ノーゲーム・ノーライフ・ディファレンシア
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第10話 決着
「あ~、もう疲れましたぁ……限界ですう」
フィールドの外。
魔法を削り切られ、疲労困憊のプラムがそうこぼした。元より魂の減衰により魔法の連続使用が危ういプラムだ、言うのも無理はないだろう。
「甚だ不本意なのですがぁ……同意するのですよぉ」
なにせ、『六重術者』たるフィールすら疲弊しているのだ。むしろ、よく頑張ったと讃えるべきだろう。
「ですがぁ、シグさんが負けたら、私たち……」
「はいぃ…空さまの所有物になってしまうんですよねえ……」
それだけは嫌だ、と。フィールとプラムは揃って零し、フィールドへ目を落とす。
シグよ負けるな、と────それだけを祈って。
一方、フィールド内。
こちらでは、絶え間なく銃声が響いていた。
「シ~グさ~んこっちら♪銃声鳴る方へッ♪」
……何と言えばいいだろう。空のこの様子……なんと例えよう。
シグの気迫に押されチャンスを逃した空は、だが二つの事象に気付いてしまった。即ち────
ビビらず撃ってりゃ勝てたじゃん、という盛大なるミスと。
誰の妹撃ってくれてんだテメエ、という壮大なる怒りに。
斯くて、怒り狂って壊れた空は、エアガンを上方に構え、乱射しながら練り歩いていた。
「…おいおい、大丈夫かよ」
その様子に、シグは対戦中でありながら空の心配を始めた。常に相手に自分の位置を教えながらゆっくり歩くなど、悪手以外の何物でもない。
────だが。哀れみにも似た感情を垣間見せるシグの目が、徐々に陰りを見せ始める。
「────そもそも、俺のせいじゃねえか。くそっ────」
────仮面が剥がれかけている。シグはそう自覚する事さえ出来なかった。
発作のように、シグの仮面が軋む。その足が、震え始める。
────胸が焼けるように痛い。呼吸さえつらい。何とも例えようのない喪失感が、胃に落ちるような感覚がする。
ポロポロと崩れる仮面は、もう少年の心を止めることは出来ない。溢れそうになった罪悪感が、少年の膝を折ろうとする────
だが。
「落ち着い、て…?」
そっと頬に添えられた手に、その心が止められる。
「な……白?何で────」
白。『 』の片翼。それが何故、敵の俺を助ける?そう、シグの頭は疑問符に埋めつくされる。
だが、答える気はないと。そう言うように、白は流し目で端的に告げた。
「自分を、責める必要、無い……どうせ、勝つの、『 』」
「……ハ。ハハ、ハハハハハ────!!」
ともすれば挑発行為と捉えられてもおかしくない────否、普通なら挑発行為としか思えない行為。だがシグは白の言葉に、確かな慈悲を感じて。
シグは笑った。仮面に入ったヒビは、もう無かった。幼い少女が、治してくれた。
シグは立った。その目は、まさしくゲーマーのそれだった。挑戦的に、闘志を燃やしていた。
「わざわざ敵に塩を送って────後悔すんなよ?」
「大、丈夫……にぃは、勝つ」
気持ちばかりの挑発を返すシグに、だが白は空への全幅の信頼を以て返事をした。シグは再び、ゲーマーらしい笑みに顔を歪めて────静かに、空の前へと躍り出た。
「おうシグ姿現したな地球ごと消えてなくなれッ!!」
……全面的に兄を信頼する白には悪いが、今なら簡単に勝てる気がする。シグはそう感じ、内心でそっと白に謝った。
だが、壊れた空を下したとして、それで『 』に勝ったなどとは思えない。まずは正気に戻ってもらおう────シグはそう思考し、言葉を紡ぎ出した。
「なあ空。ちょっとした禅問答を一つ、どうだ?」
そう、ケラケラと目以外で笑って言う。しかしその眼差しは氷よりなお冷たく、その視線でシグは空を刺した。
その様子に、一切の悪巫山戯は存在しない────それを悟った空は、冷静になって問う。
「なに、誘導でもする気か?」
「いや?……そんなんじゃないさ」
そう言って、シグは苦々しげに笑う。そして────視線の温度をより一層下げて問うた。
「お前は────『 』として君臨する際に、一体何人の人を蹴落としてきた?」
心を閉ざし、ゲームに逃げた少年が問う。その言葉に、空は何を感じ取ったのか────ただ一言、鼻で笑うようにこう言った。
「何に悩んでるかと思えば、その程度のことかよ。んな出来た人格者がいたことが驚きだ」
────は?
困惑するシグに、空は笑って続ける。
「お前が勝ったら、詳細を教えてやるよ。さあ、ゲームを続行しよう」
言うや、銃に手を添える空。同時、シグも銃をそっと握る。
────俺の苦悩が小さい?そう言うなら、理由を聞かせてもらおうか空。
────先に銃を抜いたのは、シグだった。
銃声。空気を裂いて、双方の弾丸が敵を討たんと飛翔した。
空は、銃を先に抜いたシグより速く、腰溜めに撃っていた。刹那の判断、瞬間の反応、双方において────シグは負けた。空は、シグを越えてみせた。
だが。しかし。それでもなお。シグは笑った。
さて、そろそろ『寄せ』だろう?そろそろ、切り札のお披露目だろう?
そろそろ────勝利を掴む時だろう?
「『反射術式』────────!!!!」
叫ぶシグに呼応して、シグの腕に刻印術式が走る。そして、その手をかざした空の銃弾が────シグの手前で跳ね返された。
「この手は────読めたか?『 』」
喀血しそれでもなお笑い、シグが言う。
────人類種に魔法は使えない。その絶対法則を、壊して見せた。
体内精霊を無理矢理吸い上げる刻印術式で、体内精霊、つまり己が肉体を体外精霊に変じて。それをそのまま『反射術式』に流し込む────その暴論を以て。
当然、それだけでは人類種が魔法を使うには至らない。何故なら魔法は、最低でも魔法適正を持ったものによる起動が必要だからだ。
だが────今のシグには、フィールとプラムがいる。シグの術式を起動し、そして維持し、シグの意思で発動出来るようセッティングする役目────プラムでは役不足だろうが、フィールならやってのける。
故にこそ、フィールはこれほどまでに早く削り切られたのだ。シグの刻印術式を起動しながら、それをゲーム開始以前から維持し続けていたのだ────『六重術者』と言えど、消耗を強いられて当然だろう?それこそ、不自然なまでにフィールが早く削り切られた理由である。そこまでして────シグはこの一手を打ったのだ。
────本来は、シグが魔法を使う必要は無かった。
シグが魔法を使わずとも、ただフィールが魔法を使えばいいだけだ。むしろその方がフィールは本領を発揮出来た────どう考えても、シグの行動は理に適っていないのだ。
その証拠に、シグは魔法の負荷に耐えられず喀血した。身体そのものを溶かして魔法を使っているのだ────当たり前だろう。さらに言えば、フィールが消耗しきってからはシグが術式の維持を行っていた────つまり、空との一騎打ちになって以降シグは肉体を溶かされ続けていたのだ。
どう考えても、メリットはなくデメリットは大きすぎる選択。だが────シグはその手を打った。
────最後は自らの手で。自らの力で勝ってみせるのだと。
完全なる想定外を、その手を打って見せた。読めるもんなら読んでみろよ『 』────!!
そう、勝利宣言をして見せたシグの目に────だが、あり得ない光景が映った。
────反射した空の弾丸を、後ろから放たれた白の弾丸が捉え、再び跳ね返す光景が。
「悪いが、脱落者は発砲禁止ってルールは無いんだよなあ?」
意地悪く言う空に、シグの弾丸が着弾する。それは、二度反射した空の弾丸が、シグに着弾するのと同時だった。
────同時着弾。それは、シグにとって想定外の────『引き分け』を意味していた。
「おぉっとぉお!?でも着弾は同時だしなぁ~~これは引き分けだよなあ~~!?」
空は、わざわざそれを口に出して明文化する。その行動に────わざわざ勝ちを捨てた行動に、シグは怒りに燃える目で空を睨んだ。
「空────いや『 』。何で勝てるのに引き分けた」
その声からは、微塵の喜びも感じ取れなかった。『 』に勝てないまでも、引き分けた戦績────しかし、シグがそれに納得している様子は微塵もなかった。
「あんな神業が出来たなら、俺の弾丸だって弾けただろ!?哀れみのつもりか!?」
「ストップ」
だが、空もまた一切の悪巫山戯もない表情で言葉を返す。これ以上なく真剣なその目に────シグですら、二の句を告ぐ事を躊躇った。
そして、押し黙ったシグを確認した空は、やがて呆れたようにこう言い放った。
「それが答えだろ、シグ。お前は、手加減されて引き分けたとしても、嬉しくはないだろ?」
心底めんどくさそうに。なんでこんなことも分からないと言いたげに。
「蹴落とされた奴らは────這い上がってくる。勝てない相手っていうのは、ゲーマーにとって寧ろ歓迎すべき代物だ。お前も、そうだろ?」
シグは息を呑んだ。空の言葉を、肯定せざるを得なかった。
自分が『 』に挑み続けている事自体が、空の言葉の正しさを物語っていた。
「つまり、お前が罪悪感を感じる必要なんざどこにもねえ。────そろそろ、肩の荷を下ろせ」
そう、空は小さい苦悩を、一蹴した。
────シグは頷くしかなかった。答えを聞けば笑うしかない────本当に、シグの苦悩など小さいものだったのだ。『勝ちすぎてごめんなさい』などと、シグはそんな出来た人格者のような言葉を吐いていたのだ。
「そして、更に言えばだが。自分に噓ついてる虚像────そんなもんに勝っても嬉しくねえ」
完璧に己の矮小さを叩きつけられ呆けるシグに、空はなおも告げる。その感情は、シグもつい先刻抱いていた────壊れた空に、そんな感情を抱いた。
空からすれば、シグは最初から壊れていたのだろう。そんな相手に勝っても嬉しくない────空は最初から、そう思っていたのだ。最初から、このゲームを引き分ける結末を描いていたのだ。
「シグってな────『至愚』、極めて愚かな事を意味するんだよな。ゲームの本質を忘れた、どっかの誰かさんみてえにな?」
ゲームの本質────それは楽しむ事。それを忘れた虚像は、まさしく『至愚』だった。シグは、苦々しげに笑った。
「けどさ────それなら。ゲームを楽しめてた頃の実像はどこだ?」
────ならば、その本質を覚えている実像は、誰だ?
そう問いかける空の言葉に、シグは思い返す。答えは分かりきっていた────少なくとも、虚像ではない、と。
在りし日、ゲームを純粋に楽しんだのは────仮面ではないと。
「そいつの名前は、俺が与える。実像の名は────『グシ』だ」
実像は、仮面を外した少年の名は────グシだ。
あの日笑った少年は。居場所ではない────生き場所を見つけた少年は。
「虚像の反対、偽りなきゲーマー。愚かな志────『愚志』を。愚直に思う────『愚思』だ」
もう、噓に苦しまない、『愚志』を『愚思』する、そんな実像だ。
「だから────ニューゲームをしよう」
これまでの虚像を、振り払うために。
「遊ぼうぜグシ。今度は、完全勝利してやるよ────
『 』に敗北の二文字はない」
────────。
「はは、今度は、じゃねえよ……俺の、完全敗北だ」
ポツリと。そんな言葉が、彼の口をついた。
けど、次は。生まれ変わった実像は。今度は、負けない。今度こそ、負けない。
そう、シグは────否、グシは。仮面を取り払った少年は、言った。
「次は負けねえよ────『 』に、敗北の味を教えてやるさ」
その声は、顔は、もう仮面越しのものではなかった。『 』を倒す────そう新たに誓ったゲーマーは、確かに自らの意思で笑った────。
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