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緑の楽園

作者:どっぐす
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第一章
  第4話 一日目の終わり

 あの金髪の少年は、「夜警の仕事」と言っていた。

 まだ十三歳なのに働いている。しかも危険な仕事。
 あまりに自分の中の常識とはかけ離れていた。

 あの少年が特別ということもありえるのでは?
 というような希望的観測もあり、女医に確認を取ってみたが……。
 無情にも、「十代前半で働いているのは珍しくない」との回答だった。
 そういう国なのだ。ここは。

 少年について、もう少し女医に聞いてみた。
 人のことなので「詳しくは本人に」と言われ、深くは聞き出せなかったが、あの少年は町の孤児院の職員であり、それにプラスして夜の町の警備や高齢者の介護なども頼まれてやっているらしい。

 力が予想外に強かったので、介護の仕事が出来るのではないかと思ったが、実際にしていたということになる。
 若いながら能力が高く人あたりも良いので、何でも屋のような存在になっており、いろいろなところで引っ張りだこらしい。
 まあ納得である。

 しかし……だ。

 そういうことであれば、自分は早めにこの国とはおさらばして帰る必要がある。
 この国に『二十二歳社会経験なし』の居場所があるとは、とても思えないからだ。

 だが、その帰る方法は今のところまったく見当がついていない。
 帰る方法を探るには長期戦になる可能性が高いだろう。
 長期戦となると、この国で生活をしながらという形にならざるを得ない。

 ――むむむ。

 この国は自分が生きられるような甘いところではなさそうである。
 よって早めに帰りたい。
 しかし手段を見つけるには時間がかかりそうであり、この国で生活しながら探すことになる。
 ところが、この国は自分が生きられるような甘いところではなさそうである。

 思考がループするだけで解決策が思い浮かばない。

 いっそのこと、崖落ちでワープしたのであれば、もう一回適当な崖でダイブすれば……
 というのは、単なる投身自殺になるだけだろうから、試す気にもならない。
 せっかく助かった命を自ら捨てる理由は、さすがにまだ存在しない。

 まずい。方針が立たない。



 ***



 さっき、0時の鐘の音が聞こえていたような気がした。
 深夜になってしまった。
 部屋の中もかなり暗い。窓から入る月明かりのみとなっている。

 この病室には時計がない。女医いわく、高価なので主要な施設くらいにしかないだとか。
 町の一番大きな神社の境内に鐘があり、それを一定時刻で鳴らすことで、住民は時間を把握できるらしい。「時の鐘」というやつだ。

 クロは一見寝ているようだ。
 病室の入口のすぐ横で、頭をペタンと床につけるような恰好で目を瞑っていた。

 ――下は板張りの床だし、痛いのではないだろうか?

 こちらに積んである手ぬぐいを重ねて、下に敷いてあげることもできる。
 そのほうが良いのかどうか。言うか言うまいか迷った。

 言葉が通じるようになってしまったせいで、以前よりも気を遣わないといけない感じはあるのだが。
 どこまで構えばよいのかという線引きがイマイチわからない。難しい。

「……クロ」
「なんだ」

 起きていた。
 いや、もしかして起こしてしまったのだろうか? もしそうなら余計なことをしてしまったかもしれない。

「そこ、下が硬いんじゃないのか。何か敷こうか?」
「大丈夫だ」
「そうか。もしも今ので起こしてしまったのなら悪かったな」
「気にしているのか」
「まあね」
「顎を付けているときは深く寝てはいない。気にする必要はない」

 驚いた。少し長めのコメントが来た。
 おそらく今までで最長だと思う。

 ――これはひょっとして。

 毎日会話を重ねていけば、もっと複雑な話も出来るようになったり?
 今は中途半端にしか会話できないレベルなので、正直少し疲れる。もっと円滑に会話できるようになれば、こちらも楽だ。

 頭の中にそんな考えを巡らせていると、そのクロがピンと耳を立てた。

「あの人間が来た」
「ん? あの人間? ああ、カイルかな?」

 食器を回収しに来たようだ。
 俺には足音なんて全然聞こえなかった。凄い聴力だ。さすが犬。



「…………」

「メシうまかったぞ。ごちそうさま」
「わっ! 何だ、兄ちゃん起きてたのか」

「ああ。全然眠くならないんでな」
「そうなの? 調子が悪くて眠れないとかじゃないんだね?」
「大丈夫だよ。心配してくれてどうも」
「へへへ」

 暗さに目が慣れたので、わかる。彼は上が半袖の服、下はダボダボのハーフパンツ。かなりラフな格好をしていた。夜警の当番交代から、着替えてこちらに来たという感じだ。
 さすがにもう女医は寝ていると思うが、彼は合い鍵も持っていたのだろう。

「お前、孤児院の職員だったのか」
「そうだけど。何で知ってるの? お医者さんから聞いたの?」
「ああ。十三歳で働いているとはな。ビックリだ」

「別に十代で働くのはおかしな話じゃないと思うよ? まあ、オレは他の人よりちょっと早めなのかもしれないけどさ。何か仕事しないとメシ食えないし困るじゃん。あ、兄ちゃんは宇宙人だからこっちとは違うのかな?」
「だから宇宙人じゃないっての」

「冗談冗談。兄ちゃんの国では何歳から働くのが普通なの?」
「うーん。二十二歳とか二十三歳から働き始める人が多いんじゃないかな。俺は二十二歳でまだ働いてない」

 少年が驚きの表情を見せた。

「え? そんなに遅いんだ。兄ちゃん働いていないって、いつもは何をやっているの?」
「大学に行っている。まあ勉強をしている……ことに……なるのかな?」

 自信を持って言えるほど、きちんと勉強はしていない。

「ってことは。兄ちゃんは学者になるの?」
「あ、いや。そういうわけじゃないよ。卒業したら普通に働く予定だった」
「そうなんだ? じゃあ何で大学に行ったの?」

 彼の反応を見るに、こちらの国では大学は学者の卵だけが行く感じなのだろう。
 そうでない人間はモラトリアム期間などなく、さっさと働くというわけだ。

 自分が言うのも何だが、そのほうが合理的だと思う。
 現に、俺自身が何をしに大学に行っているのかよくわからないわけだから。

 とりあえず、このまま会話を続けると俺が惨めになる気がするので、打ち切ることにした。
 子供の無垢さは時に凶器だ。

「あー……。まあ、何となく、みんなが行っているから、かな。それより、お前そろそろ帰って休んだほうがいいんじゃないのか。仕事してきて疲れているだろ」
「オレなら平気だよ! それよりもっと話聞きたいな。兄ちゃん全然眠くないんでしょ?」
「むむむ。うーん。お前の親は心配しないのか?」

「オレ、親は居ないよ。孤児だったから」
「え? あ? そうなのか? ご、ごめん」
「大丈夫だよ、オレも言ってなかったし」
「すまん……」

 し、しまった……。
 孤児院の職員をしているということは、当然そういう可能性もあると考えるべきだった。無神経すぎだ。

「それよりもさ、もうちょっとここにいてもいいでしょ? ……あ、そうか。別に帰らなくてもいいんだ。オレこっちに泊まるよ。寝ながら話しよ!」

 そう言うと、カイルは服を一枚ずつ脱いで、下着とおぼしき恰好になった。
 そして――

 ベッドに潜り込んできた。

「うわっ? ちょ……俺はそんな趣味はないぞ」
「ん? そんな趣味って何?」

 俺を犯罪者にするつもりか――そう思ったが、どうやらそういうわけではないらしい。



***



 結局俺の半生を話す羽目になった。明日声が枯れそうだ。

 しかしまあ。
 自分で話していても薄っぺらい人生のような気がして嫌になる。
 とにかく今まで何となく学生をやってきただけで、そこに中身などはない。

 既に一通り話し終わったので、現在は記者会見の質疑応答のような形になっている。

「兄ちゃん剣術はやらなかったんだ?」
「ああ、俺のいた国では戦争が禁止されていたのもあるし。治安もいいので武器なんて要らないというか。そもそも剣を持っているだけで犯罪になるんだ。
 だから剣術なんて普通の人はやらないし、俺もやっていない。剣道ならずっとやってたけどな」

「ケンドー? 剣術とは違うんだ?」
「ああ、違う。剣道はスポーツ……ゲームとしてやるということだな。だから使うのは真剣じゃなくて竹で出来た刀。人を斬ることが目的でやるものではないんだ」

「へえ……人を斬ることが目的じゃない、か……」
「いや、そこはそんな深読みしなくてもいいと思うぞ」
「ふーん……」

 意味を込めた発言ではなかったのだが、少年には少し引っかかったようだ。
 至近距離で俺の顔を見たまま考え込んでいた。

 ――しかし可愛い顔してるよなあ。こいつ。
 俺はそのケがないので大丈夫なのだが、そっち系の人だったら事故が起きている可能性が高いと思う。

「じゃあ戦争が禁止ってのは? 他の国も全部禁止ってことになっていれば大丈夫そうだけど、一つでも戦争するって国があったら成り立たなくない?
 他の国からいきなり攻められたらどうするのさ。よそに攻め込むのは禁止だけど、国を守って戦うのは禁止じゃないってこと?」

「お前、頭の回転いいな。一応そういうことになるのかな。国を守る部隊は一応ある。あとは強い同盟国がいるから、簡単に手を出されないってのはあるのかも。
 ああそうだ。あとは国と国との紛争を解決する機関があったりするな。まあ公民の授業はほとんど寝てたし、俺もあまり詳しくないけど」

「授業で寝てた?」
「ん? そこに驚くのか。こっちでは授業サボったり寝てたりはしないのか」
「そりゃそうだよ。そっちでも先生にお願いして教えてもらうんだよね? そんなことしたら二度と教えてくれなくなるかもしれないじゃんか」

 なるほど、と思った。

「そうか。意識が全然違うんだな。多分お前の感覚があるべき姿なんだろうと思う。
 もっと驚かせてやろうか? こっちの国では、学校にいれば特にお願いしなくても先生が勝手に教室にやってきて、モノを教えてくれる。
 それが当たり前になっているから、そのことをありがたいと思っている学生はまずいない。だから緊張感もないし、眠ければ寝る」

「…………」

 ぽかーんとしている。絶句したか。

「やっぱりびっくりしたか」
「……うん。びっくりした。でも兄ちゃんの国、平和で剣術を習わなくても安全だし、誰でも教えてもらえる学校があるんだ。それってすごいよ」

 なぜそうなるのか――そう思ったが、どう思うのかは本人の勝手だ。
 喋りくたびれた。そろそろ眠いということにして終わろうと思った。

「じゃあそろそろ――」
「あ、そうだ。霊獣様……じゃないんだっけ、クロだったね。クロとの関係も聞いていい? 二人がどうやって知り合ったのかというところから」

 終われなかった。

「クロは捨て犬だったんだ。仔犬のときに、公園のトイレの横で、段ボールに入れられた状態で捨てられてた。血統書が添えられた状態でな。
 学校の帰りに俺がたまたまそれを発見してさ。犬ってあまり好きじゃなかったんだけど、そのときは雨も降っていて放置するわけにもいかなくてさ。段ボール抱えて、家に連れて帰った。
 俺の家族は俺以外犬が大好きで、大喜びだったよ。捨てられて苦労が多かった犬だから、クロって名づけられた。真っ白なのにな」

「へー。それでシロなのにクロなのか。面白いね。仔犬の時からずっと兄ちゃんと一緒に育ったから、二人はすごく仲良しなんだね」

「いや、そうでもないと思うぞ? クロの世話は家族がほとんどやってたから。あと、いま言ったとおり犬はもともと好きじゃなかったというか。あのニオイとか結構苦手だしな。
 一緒に散歩したのも昨日が初めてだった。だから、一緒に住んではいたけど仲良しというわけじゃ――」

 ――あ、しまった。

 言い終わる前に、ヤバいと思った。
 俺の話は入口のところにいるクロにも聞こえてしまうかもしれない。
 ついつい、クロと話が通じなかった頃の感覚で喋っていた。またも無神経すぎだ。

 そのクロは……入り口近くで顎をペタンと付けて寝ている。

 ――この姿勢だと、熟睡はしていないんだっけか?
 ヤバい。

 ……。

 見ている限りでは、いまの話に反応はしていない。
 だが、クロは俺にとってはカイル同様に恩人だし、感謝しないといけない対象だ。
 今後は無神経な発言をしないよう、気を付けねばならないだろう。

「疲れてきたせいか、ちょっと自分が何を喋っているのかもわからなくなってきた。寝る」
「わかった! じゃあ続きはまた次に」
「もう勘弁してくれ……」
「へへへ」

 長い一日が終わった。
 結局、今後のことについては方針が立たないままだ。 
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