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彼願白書

作者:熾火 燐
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逆さ磔の悪魔
  スプローリング・バースト

「向かうべき場所がわかってる。ぶっ叩くべき敵もわかってる。わかんねぇことは、リバースド・ナインを叩き切れるのか?という結果だけ。よくよく考えりゃ、いつものことじゃねぇか。」

金城は、指揮艦の甲板で壁に背を預けてタバコに火を着ける。
大淀は、その隣でタブレットに指を滑らせる。

「やっと、いつもの調子に戻りましたか。このまま調子を外していたらどうしようかと思いましたが。」

「たまには、潮風に撒かれてみるものだな。感覚がクリアになる。」

「クリアになったところで、ご指示を。存分に。」

「陸攻隊を発進させろ。その後、第二艦隊の航空機発艦。タイミングは陸攻隊、第二艦隊所属航空隊、第一艦隊所属航空隊全てが同時に空爆出来るタイミングでだ。」

「了解です。タイムスケジュールは……こうですね。ご確認を。」

大淀がタブレットに打ち込んだタイムスケジュールを、金城は確認する。
話を聞きながら組んでいたとは思えないほど、細かい時間配分。
数字を扱わせればこの上無しの大淀とはいえ、ここまで手早く組み上がるものだろうか。

「最初からこうするつもりだったな?」

「いえ、提督が必要とするものを常に用意し、あとはそれをどこに仕舞い込んでいたかを思い出すだけの段階にするまでが私の仕事です。あとは、提督が合図を振るだけです。」

なんでもないこと、と言ってのける大淀に、金城は苦笑する。
大淀が用意したものに必要なデータは、気象条件のリアルタイム観測から陸攻隊の発進所要時間、それぞれの空母が艦載機を発艦させる時間などあらゆるデータが必要なものだ。
それらを束ねた上、スケジュールを組み、このように提示するまでの時間。

「まったく、お前が味方でよかったと思うぜ。」








「ブルネイの基地、様子はどうだ?」

『やはり、通信機器施設や電探施設を中心にやられとうな。本拠地の迎撃能力は実質的にないものと見てええんちゃうかな?』

龍驤は偵察機で見た状況を整理して伝える。
この海域に来てから、一番忙しくしているのは実は『みのぶ』の第二甲板で偵察機を繰る龍驤かもしれない。
なにしろ、敵どころか味方すら把握できないほど隠匿されている状態の偵察機を少なくとも既に3機フルに動かしているのだ。
鳳翔でさえ、その手品の種明かしは出来ていない。
壬生森が龍驤のこの技術をアテにするのを、内心ではどう思っているのか、熊野は少し気になった。
彼は性格上、自分が理解出来ないものをアテにしたがらないと思うのだ。
それを、彼は重用している。
割り切るような性格だろうか?
彼は既に種明かし出来ている?
まさか。

『ブルネイから攻撃に出た艦隊のその後方に指揮艦っぽい護衛艦が艦娘の護衛艦隊付きで一隻出とる。たぶんそいつに、例のビッグパパが乗っとると思うで?』

壬生森はそれをインカムで聞きながら、戻った席でやはり同じように頬杖を突きながらメインディスプレイに新たに追加されたグリッドのコード割り振りを見る。
指揮艦らしき艦へ『paps』と振られたところで壬生森は口を開く。

「では、この艦はこのまま防空に専念。龍驤はブルネイ艦隊の戦況を注視!リバースド・ナインの行動次第で状況は簡単に引っくり返る!」







「偵察機により目標視認!奴です!グリット修正!」

『こちら第2艦隊所属航空隊!第一波、合流地点にて合流!』

『基地航空隊、ゼロポイント通過!ヒトヨンサンフタ、メテオル作戦開始!第一段階、陽動始め!』

無線越しの指示で、導火線は火を纏った。
全ては、後戻りのない一方通行。
行ったっきりの鏑矢の如し。

「OK!第一フェーズ、航空攻撃!GO!」

金剛の合図で、赤城と加賀が既に飛ばしている機体への指示を飛ばしつつ、第2攻撃を既に構えている。

「第一次攻撃隊、攻撃配置!艦爆隊、高度5000まで上昇して!」

「雷撃隊、高度300まで降下。戦闘機隊は各機、エンゲージ。」

赤城が艦爆を受持ち、加賀が雷撃を受け持つ。
そして、その二人だけの攻撃ではない。

『そっちにばかり任せていられないわね!こっちも遅れずに続いて!』

『こっちの攻撃隊も続けるよ!行っけぇえーっ!』

『基地航空隊、高高度爆撃、第一弾投下!弾着までカウント開始!』

無線越しだが、飛鷹と隼鷹の航空隊も赤城達の後ろにぴたりと付けた。
全部の発艦スケジュールが噛み合わなければ成り立たない、一切の遅れなしの合流からの一斉飽和攻撃。
飛鷹達のやってるそれは、まさしく芸術的な航空管制だ。
普段なら並大抵の戦力はこの第一次攻撃だけで滅びるし、ここまでする必要がそもそもない。
それを強いているのは、まさしくターゲットのネームレベルだ。

「敵航空機、再度発艦!数、フタジュウロク!」

「この期に及んで、まだ出してくるネ……」

神通が紫雲越しに見ているものくらい、金剛からも見えていた。
『彼女』が手をかざした前にぶわりと浮かべた黒い靄、そこに構えた弓から矢を撃ち込むことで、一気に発艦したその数、26機。

「敵は迎撃しか出来ません。このまま押し切ります!」

「ここで臆してはなりません。数は依然として我々のほうが圧倒的に優位、このまま彼女は圧殺されるのみです。」

赤城と加賀が言うことはもっともだ。
そして、金剛もこのまま押し切るべきだと思っている。
他にそもそも最善などない。

「OK、このまま押し潰すネ!全艦全機、GO AHEAD!」

彼女達は、前に進むことを決意した。
押し切るのが正しいと判断する状況に変わりなかったから?
押し切れる自信も、実力もあったから?
違う、ここで退けないだけの理由があったからだ。






『ブルネイの連中、ついに弾きよった!基地航空隊、艦爆艦攻全部押し出しての一斉攻撃や!』

龍驤の割り入るような報告に、壬生森は表情ひとつ変えないで答える。
やはり、全てわかっていることなのだと、熊野は壬生森の傍らで思う。

「おそらく、空襲の一波のあとに水上打撃を仕掛けるはずだ。そして、トドメの雷撃も用意しているだろう。我々の戦い、そして終局点はその雷撃のあとにこそある。」

リバースド・ナインが、ブルネイの提督が、どう動いているのか。
そしてこのあとのことも。
普通なら買い被っていると思うだろう。
熊野だって、これが買い被りではない自信などない。
ただ、そう思わせるだけのことがずっと続いているのだ。

「見逃すなよ。不死鳥が煉獄から舞い戻るその瞬間を、必ず捉えろ。」
 
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