ソードアート・オンライン ~生きる少年~
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第一章 護れなかった少年
第三十六話 選択(後編)
前書き
ちょっと時間がかかりました......。すみませんリアルでやらなきゃいけないことがあったので......。
パァン、と頬に衝撃が走ることで、僕は現実に回帰した。
状況を思い出し、すぐさま自分のHPゲージを確認する、が減ってはいなかった。
「hey、この程度で現実逃避かよ。この先が不安だなァソラ」
「......」
その言葉には無言を貫く。そうだ。しっかりしないと。ここで、自分を失えば全員が死ぬことになるんだ。一人でも多く生き残るには、どんなに辛くても眼を開いて考えるしかないんだ。
一回深呼吸をして取りあえずは落ち着く。本当の意味で落ち着くことはまず出来ないことはわかっている。今から大事な人二人を天秤に掛けるのだ。それを落ち着けるほど、僕はできた人間じゃない。ケイは、昔から僕たち幼馴染みの間ではいつもリーダーシップをとってくれていた。いつも本当に頼りになって僕らの中心だった。いつもかばってくれて、僕の憧れで、自慢の親友だった。
メイは昔は引っ込み思案で、よくケイや詩音について歩いていた。詩音はムードメーカーだったから、当時引っ込み思案だったメイは強く惹かれたのだろう。少しずつ明るくなっていって、時々詩音と同じ服で歩いていたり、本当に微笑ましかった。最近では月読のみんなとの橋渡し役になってくれて、一緒に居る時間も増えたし、この前の遊園地でのキス。新しい一面だって知れたし、恋心に近しいものを抱いた、と言っても嘘ではない。それにメイもメイでケイと一緒に転校するまではずっと僕のことをかばってくれた。「詩音を殺したのは蒼空じゃない!!」ってみんなの前でずっと言ってくれた。当時の僕には、それが本当に嬉しくて、二人の大事な親友が味方で居てくれることが本当に嬉しくて......。
(大事な......人達だ......)
何に変えても。それは嘘じゃない。でも、もうそんな段階では無くなってしまった。僕以外のどちらかの被害を出すことでしか、もう一人を救う方法はもう、無いのだ。
(だからって......)
こんなの、どう選べばいいって言うんだ。二人とも大事な人で、何者にも代えがたい。
苦悩が続く。選べない。選ぶことが出来ない。選ぼうとするたびに、過去の残像が僕に微笑みかけてくる。
その笑みが、僕を、私を選べ、と言っているように感じるのは、ただのエゴだろうか。それでも、僕は信じて、でも、そうすることでどうしても選べなくなる。選ぶ、捨てる勇気が出ない。切り捨てる勇気が出ない。
「ソラー? ずいぶんとかかるなぁ」
「頼む!! もう少し、もう少しだけ待ってくれ!!」
Pohの催促に懇願する。ふとすれば、さっきのように正気を失いそうな思考の中、どうにか正気を保っていられるのは、過去の残像のおかげだろう。
(嫌だ!! 捨てたくない!! 縋り付いていたい!!)
そして思考を堂々巡りを重ねる。どうすればいい。ただその言葉が頭を横切って消えていく。もうどうしようもない。そんなことはとっくに理解している。だが認めることが出来ない。
駄目だ。このままだと、僕は、僕には選べない。
「Ahー......。随分と難航してるじゃないか」
目線だけを上げ、Pohを見る。
「んー......別に時間がかかるのは構わないんだが、このままだと一生掛かっちまいそうだ」
Pohは少し悩むように顎に手を当てる。少し顎を引き、僕と目線が合った。
「選択に迷うときはこれしかないよなぁ? ソラ」
二ヤァ、と口角が釣り上がる。
「10カウントだ。今から10秒数える内に決めないと、お前ら全員を殺す!!」
「「!?」」
「はぁ!? 何よそれ!! アンタバカなんじゃ無いの!! 大体何でこんなことするのよ!! 私たちが――」
「うる、さい。黙れ」
Pohの言葉に僕とケイが言葉を詰まらせ、メイが今までのを全て発散させるかのように叫ぶ。と、そんなメイにエストックを突きつけるザザ。ジョニーブラックは嬉しそうに口笛を吹き、ヤコブはただただ黙していた。
そんな状況を心の底から楽しんで、Pohは、カウントダウンを始める。
「10」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」
そんなメイの静止を無視して、Pohはカウントを進める。
「9」
「――ッ!! いいわ、だったら私たち全員を殺しなさいよ」
「ッ!? メイ何を――」
「8」
此方の会話を楽しむように、スローテンポでカウントが進んでいく。
「私たちの誰か一人を殺すぐらいなら、全員で一緒に死んだ方がマシよ!! ねぇソラ、そうでしょ!?」
「......7」
メイのやけくそとも取れる台詞を聞いて口元を歪ませながらカウントを続けるPoh。お前はどうする? そう問いかけられた気がした。
メイの台詞には返答しない。その余裕は無い。
だけど、その選択を選ぶ気はない。二人の内、せめてどっちかだけは絶対に生かす。絶対に死なせてたまるか。
そう心の中で決める。だがその決心とは裏腹に、どうしても一人を選ぶことが出来ない。駄目だ、このままじゃ今までのままだ。無駄に時間を食うだけ。そしてそれは今考えられる中で最悪の選択だ。選ばなければ。犠牲にしなければ。
「6」
「ぅうぅぅぅうう......」
苦悩は続く。どうするどうするどうすればいい。考えども答えは出ない。選択する勇気がでない。親友のどちらかを切り捨てる決断が出来ない。
そんな地獄の中でもカウントダウンは続く。
「......5」
「ぅぅ......あぁぁぁぁああああああああああ!!」
うなり声が様相を叫びへと変えていく。発狂してもおかしくないような非情な選択。精神は現界を迎え、眼球は忙しなく左右へぶれる。最早視界はまともなものでは無く、ブレる世界の中で悪魔だけが唯々笑っている。耳を塞ぎ、外界をシャットアウトする。
それでも、悪魔の笑い声が止まない。止んでくれない。哄笑が響き渡り、何度も何度も二人の命は奪われていく。僕の判断が遅いせいで。僕が判断出来ないせいで。何度も何度も。ダガーとエストックが二人の命を奪っていく。哄笑が止まない。狂笑が止まない。慟哭が止まない。違う。慟哭しているのは自分だ。鼻水と涙を唯々垂れ流し、自分が殺されるのを待つ。だけどその瞬間は何時までも訪れない。何度も何度も二人が死んでいく世界で、獲物は段々それぞれの武器からちっぽけなナイフに変わっていく。ただただ三人の命が奪われていく。僕はそれを見ていることしか出来ない。刺されたところから紅い染みが広がって、最後には結晶のように砕け散っていく。
最早世界すら混ざり合い、現実と現実が混ざり合う。
そんな狂気の中ですら、一筋の光は射す。朱と黒に塗りつぶされた世界、狂笑と慟哭で何も聞こえないはずの耳に、よく聞き覚えのある声が響いた。
「ソラッ!!!!」
「......ケ......イ......」
「4」
ケイに呼ばれた。世界は元に戻り狂笑も慟哭も鳴り止み、朱と黒は退いていく。ちっぽけなナイフは消え去り、三人は二人に戻る。
「 !! 、 !!」
ケイの力強い声が響いた。
「......え?」
「3」
お前はどうする? 再度言外にそう訪ねられた気がした。
ケイは......ただ笑って僕を見ていた。狂笑や哄笑じゃ無い。あの頃の、僕を助けてくれた時のままの顔で。本当に穏やかで。本当に暖かくて。僕らが慕った圭介がそこに居た。
「圭介......」
メイは恐らくケイの本名を口にしていることすら気付いていないだろう。それほどに動揺し、そして、
「何を......何を言っているの!? いや!! そんなのはいや!! もう誰も欠けて欲しくない!! どうせなら、このまま三人で......」
「2」
メイはそう言って下を向いて口を噤んだ。その先は口に出せなかったのだろう。だが直ぐに顔を上げて此方を見てくる。ソラはわかってくれるよね。このまま私たち三人で......。そんな答えを向けてくる。
確かにそれは甘美な誘いだ。僕なんてどうせ、この世界から戻っても行く当てもやることも、希望も何も無い。だったら、このまま大事な仲間二人と......。そう思う。思わないようにしてたけど、それでも、メイがそれを是とするならば......そう思う。
でも、と思う。奥歯がギリッと音を立て、拳に力が入る。
(でも、その道は......。その道は、違うんだ)
自分が死ぬ覚悟で周りを助けようとする真のヒーローは、その道を是としなかった。生きろ、そう投げかけてきた。僕は。それに答えなかったら、今度こそ、本当に、もう只の人殺しにしかなれない......!!
だから僕は選択をする。最後の最後に、全てを与えてくれた親友に報いるために。大事な仲間を救うために。例え彼女に恨まれても、それでもいい。彼女が生きてさえ居てくれれば。彼女が生きてさえ居てくれればそれでいい。それだけで僕は戦える。それだけで僕は、全力を尽くす理由が出来る。
(だから、だから僕は......。そのために)
「1」
Pohが楽しそうにカウントしている。さぁどうする。もう覚悟は決まったのだろう? そう投げかけてくるその目を真っ直ぐ見て僕は――
「ケイだ」
「!?」
「ケイ? はてさてどっちだ? それにそれだけじゃよく分からないぞソラ。ちゃんと殺すか生かすか言ってくれないと」
メイの信じられない物を見る目を僕はしっかりと一度見る。そして直ぐPohに向かい合う。
「男の方だ。男の方を――殺してくれ」
「ソラ!! あなた――むぐっ」
「黙、れ。女」
選択を見届けたかのように、ザザはメイの口に再度猿轡を噛ませる。
「は、は.......ははは、ハハハハハハハハハハ!! そうか!! そうかそうか!! 男の方を殺すか!! はてさて、原因は何だったのやら、痴情の縺れって奴か!? ハハハハハハハ!! それとも、さっきの自己犠牲の安っぽいヒーローのような台詞が決め手か!? ハハハハハ!! そうだとしたら最ッ高にcoolだ!! 面白い面白い!! 実にいい美談!! ここまでやった甲斐があったというものだ!!」
Pohは狂ったように笑いながら宣い続ける。それに対して僕は何も言わない。言ったところで全て無意味なのだから。
たっぷり十数秒笑い続け、Pohは自分の獲物である、友切り包丁を抜いた。
「Well done. 素晴らしい決断だ。自分の手を汚せとは言わない。そこで、見ているがいい。自分の選択の末路を」
「......」
その言葉に無言を貫く。悔しいが、出来ることは無い。僕には、自分の手を汚すことすら、最早出来ない。
くぐもった絶叫をバックミュージックにPohは唯々歩いて行く。ケイの前に立った。友切り包丁を振りかぶった。ケイは唯々こっちを見て笑っていた。その顔はお礼を言っているみたいで。ありがとうと言っているみたいで。
(お礼を言うのはこっちなんだよ馬鹿野郎......!!)
唯々流れ出る物を堪えることは出来なかった。だから、僕は、せめて、たった一言だけ届けよう。
「圭介ッ!!!!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を必死に歪めて口角を上げる。たった、たった一言だけ。伝えたいことは山ほどある。それでも、もう時間も無いから。ほんの少しの言葉に、今までの全てへの感謝を込めて。
「ありがとうッッッッ!!」
絶叫のように放たれた感謝の言葉は彼に届いただろうか。きっと届いた。欠片に成り行く彼の姿を決して逃さまいと眼をしっかりと開いて、涙で歪む視界もそのままにその光景だけを見続ける。
やがて全ての欠片が消える頃には、白浜 圭介という人間はこの世から消えていた。
悲しみはあるけれど、それでも前を向けとヒーローは教えてくれた。生きろと言ってくれた。決して、決してそれは安っぽい自己犠牲なんかじゃなかった。独善的ではあったのかもしれない。偽善ではあったのかもしれない。それでも、彼は貫き通し、そして死んでいった。
だからこそ少年は希望を復活させることが出来た。だからこそ少女には呪いが残った。だからこそ狂人は最後に賞賛した。
感じることは三者三様。希望は芽吹き、呪いは重くのしかかる。芽吹いた希望は枯れるか咲誇るか。呪いは果たして周りを巻き込むのか唯々一人だけを呪い続けるのか。
最後に、狂人は嗤う。狂人故に嗤う。ショーの終幕は大団円だ。
後書き
これからの部分がちょっと難産なのでかなり時間が掛かると思います。多分失踪はしないと思うので気軽にお待ちいただけると幸いです。
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