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ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす

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第三部 原作変容
第二章 汗血公路
  第三十三話 敵将心攻

パルス暦321年2月下旬、王太子アルスラーン率いる公称十万と、皇帝ギスカールが親卒するルシタニア軍二十五万は王都エクバターナの東方で正面から相まみえることとなる。

アトロパテネの会戦以来、それは四ヶ月ぶりのこととなる。原作でアンドラゴラスの率いる軍勢がルシタニア軍相手にアトロパテネ以後最初に対峙したのは七月末のことだったから、原作より五ヶ月前倒しになったことになる。シンドゥラ遠征が無かったことで三ヶ月、この世界でのトゥラーンが原作以前に既にアンドラゴラスにより滅ぼされており侵攻する力など欠片もなくなっていたことで更に二ヶ月短縮されたのだ。

ルシタニア軍の前衛八万がかなりの速度で東進し、2月28日の時点で、エクバターナの東方二十ファルサング(約百キロ)にまで進んだ。公路を西進してきたパルス軍の陣営と二ファルサング(約十キロ)の距離をおいて夜営した。この前衛部隊を率いるのはボードワン将軍で、兵力は騎兵一万五千、歩兵六万五千と諜者より報告が上がっている。

ボードワン将軍か。皇帝ギスカールの誇る二枚看板の良将がこのボードワンとモンフェラートで、その内の信心深くやや思慮深いのがモンフェラート、やや脳筋なのがボードワン、といった印象だな。もしこの両者がいなくなれば、勇敢な騎士は他にもいるとしても、大軍を指揮統率するだけの力量のある将軍は、ルシタニア軍には存在しなくなる、とまで原作では言われていた。実際、パルスを叩き出され、その後にボダンを倒してマルヤムを統一したギスカールだったが、何度もモンフェラートとボードワンがいればと嘆いていたものだった。

原作ではこの夜、アンドラゴラスが「今宵は風が強いな。明日はさぞや風塵が舞うことであろう」と第六巻のサブタイトルを暗に示唆していたが、この世界では季節が違うためか、特に今夜は風が強いということはない。むしろ月も出ておらず、絶好の夜襲日和だろう。原作ではさっきの一言を言うがためにアンドラゴラスは大人しく過ごしていたようだが、別に俺たちがそれをなぞる必要もない。

◇◇

「ボードワン将軍、敵の夜襲は無事撃退しました!こちらの損害は軽微、その代り敵の見切りも早く、こちらから向こうへもそれほど痛手を与えることは出来なかったようです」

「うむ、ご苦労!」

ふん、こんな夜なのだ。夜襲があり得るかもしれないことは承知していたわ。ギスカール陛下の両翼である、このボードワンを舐めるではない!しかし、奴らめ、妙にあっさりと退いたな。ということはそれほど士気が高くないということか。そう言えば、陛下はアルスラーンを腑抜けと仰っていたな。領主や諸侯を糾合するところまではうまくやったが、その後はそれらの手綱をうまく握れておらず、この夜襲も単なる思いつきで、命令に従った将兵もそれほど本腰では無かったということだろう。

その後も厳重に警戒することを部下に言い渡してから、儂は眠りについた。しかし、何処かに油断があったのだろう。翌朝起きてすぐ、陣幕に従者が転がり込んできて、それを悟った。

「大変です。高名な騎士の何人かが起きてこられません!昨夜の内に何者かの手にかかったようです!」

オルガノ、ジャコモ、ロレンソ侯爵、バラカードと更に何名か、儂の命令を受け、兵たちを直接動かす指揮官たちの命が失われた。しまった、これではまともに兵を動かせぬ。くっ、昨夜のこれ見よがしな夜襲、あれはその後の密かな夜襲の意図を隠すためだったか。儂はそれにまんまと引っかかったというのか!

「閣下、更にパルス軍が朝駆けをかけてきました!」

「くっ、慌てるな!落ち着いて対応しろ!」

しかし、味方の動きが鈍い。指揮官不在で兵が右往左往しておる。眼の前の敵にばかり注意がいって、周囲と連携が取れておらぬ。各個に分断され、撃破されるばかりだ。しかも、本陣にまで敵兵がなだれ込んで来おった。率いているのは両手に剣を携え、見事な美髯を蓄えた男だ。

「ルシタニアの主将だな!俺は双刀将軍キシュワード!お主らルシタニア人がアトロパテネで盗んだ勝利を、取り返しにやって来た!お主らが盗賊ではないと言いたいなら勇気によってそれを証明するがいい!」

ここまで言われては引き下がるわけにもいかない。儂は真新しい戦斧に持ち替え、馬腹を蹴って奴に斬りかかった。だが、奴の双剣が目まぐるしく繰り出され、攻めあぐねるどころか防戦一方に追い詰められていく。やがて奴の左の剣が儂の戦斧を持った手ごと斬り飛ばし、右の剣が儂の首筋を貫いた。

「も、申し訳ありません。陛下…」

儂とモンフェラートは貴方に取り立てて頂いた。貴方を陛下と呼ぶのが、我らの夢だった。先帝が異教徒の女に殺されたせいだったとしても、貴方が即位された時は本当に誇らしかった。貴方が歴史に不滅の名前を刻むのを傍で見届けたかった。こんなに早くお別れすることになるとは…。

◇◇

こうして最初の大規模な野戦はパルス側の勝利に終わり、ルシタニア軍は二万五千の兵を失った。敗残兵たちはギスカールの元へ向かったことだろうが、ボードワンを討ち取れたのが大きい。その他の指揮官もわざと稚拙な夜襲をかけ失敗した後、諜者たちに闇討ちさせたしな。夜襲の後で油断しきって寝こけている者が大半だったので簡単な仕事でしたとフィトナが笑っていたわ。

ボードワンとの戦いではエステルは温存した。まだルシタニアの兵力はパルス軍よりも多いし、ここで多少なりとも削っておくのが先決だろうからな。出来ればエステルの話はルシタニアの多くの将兵に聞かせたい。雪崩を起こすなら、雪が少ない場所よりもたくさん積もった場所の方が効果は高いはずだしな。

さて、更にギスカールの神経を逆撫でし、落ち着かないようにしてやろう。ここは一つ、ジムサとミリッツァにお願いしようか。

◇◇

敵の夜襲は撃退した。私、皇帝ギスカールは怪しい魔道士に拉致されかかったり、敵将に本陣まで斬り込んで来られたりもしたがな。奴らめ、どれだけ夜襲が好きなんだと思わず笑いそうになった。が、その笑いも周囲を見回してあることに気付き、戦慄に変わった。この敵、一体何だったというのだ…。

「陛下、お怪我はございませんでしょうか?」

大声をあげてこちらに駆けつけてきたのはモンフェラートだった。ボードワン亡き後、こいつの存在価値は重い。何としても失ってはならない。

「大丈夫だ。それよりもモンフェラート、これを見るがいい!」

「こ、これは!」

本陣まで斬りかかって来て、死んだ敵兵の死体。それが纏っていたのはマルヤムの軍装だった。そして、兜の下にあったのもマルヤム人の顔だった。つまり、今夜夜襲をかけてきたのはマルヤム軍だったということに他ならない。

「そんな馬鹿な!マルヤム軍が何故ここに!?奴らは既に滅んだはず…」

「そのはずであったがな。ここにいると言うことはそうではないのだろう。一人二人がマルヤム人であったと言う訳でもないようだしな。マルヤムで何かがあったか、最悪マルヤムはマルヤム軍に奪い返されているかもしれん」

「そんな…、しかし…」

私もそうではないと思いたいが、マルヤム方面からの連絡が最近途絶えているのは事実だ。そして、確かめる余裕もない。

「督戦隊を作る。この上マルヤム軍までもが敵に回るとなれば、怖気づく兵士どもも出てきかねん。もしも逃げ出すならば督戦隊に命じて斬り殺させる。味方に殺されるのが嫌ならば、兵士どもは死に物狂いで敵と戦うしかあるまいからな!」

「そ、そんな!陛下、お考え直し下さい!」

「ならん!今はお主の意見を聞いているのではない!今必要なのはお主の意見ではなく、お主の服従だ。ただちに督戦隊を編成するのだ。人数は五千人で良かろう。指揮する者については心当たりがある故、お主は人数を揃えよ!やってくれるだろうな!」

「は、はい、畏まりました…」

負ける訳にはいかない。いや、負けるかもしれないが、それでも再起の可能性を失う訳にはいかない。そして、その為にも今このモンフェラートを失う訳にもいかない。兵なら幾らでも得られるだろうが、これほど忠実で役立つ部下は一度失ってしまえば、この先決して得られないであろうから。たとえ、生き長らえる為に自分の足を食らったという伝説の大ダコのようだと言われようともな…。

◇◇

ジムサ隊の騎馬をマルヤム兵に貸し出させ、ジムサにマルヤム兵を率いさせてルシタニア軍に夜襲をかけさせた。原作ではここでイスファーンが夜襲を行っていたが、ジムサに任せたのは奴の出番が余りにも少なくなりそうだったからだ。その上、馬まで貸せなんて言ったら奴がへそを曲げそうだったし。

城を攻めるは下策、心を攻めるは上策と言うしな。原作通りに今回プーラードがギスカールを誘拐しようとしていて、それもギスカールに恐怖を抱かせただろうし、いるはずのないマルヤム兵の存在もギスカールの心に不安を煽っただろう。原作でも督戦隊を編成しようと思うほど取り乱していた時期だ、効果はテキメンだろうさ。

さて、これだと次はサハルード平原の会戦ということになりそうだな。アトロパテネまで行くことはない。ここをルシタニア軍の墓所としてやろう。
 
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