ソードアート・オンライン〜Another story〜
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マザーズ・ロザリオ編
第264話 Happy Valentine
前書き
~一言~
うぅーん、遅れてしまってすみません……。とりあえず オリ話を追加致しました! 次の話くらいで、マザロザ編は終わりですね! ……と、言うより マザロザ編はもう終わってる様なものですけどw
このお話の題材である日、とても良いですよねぇ~。義理ならたーくさん貰った事あるんですがー。うん。チロルチョコとか含めたら、本当に沢山……ですよ……? (自虐)
と、暗い話は置いときまして、最後にこの小説を見てくださってありがとうございますっ! これからもガンバリマス!!
じーくw
~ 2月13日 ~
「本当にありがとうございます。美樹先生」
「いえいえ。もう3回目、ですよ? ふふ……でも、凄く頑張りましたね。藍子さん」
場所は横浜港北総合病院の一室。
ラン事、紺野藍子は担当医の1人である古里 美樹先生と一緒にあることをしていた。
藍子と木綿季の2人を蝕む病気――後天性免疫不全症候群。
投薬の治療が上手くいかない薬剤耐性型となっていて 現状の日本で出来る治療方法は限られてしまっていたが、今は状況が一変している。
この病院には世界中の医療技術の結晶。医術の粋が終結していると言う事が非常に大きい。
そして、世界的には効力があり、実用化もされている治療薬を次々と輸送。現在日本では承認されていない未承認薬だが、治験と言う形で使用した。勿論、患者の体調面にも常に気を配り続け、24時間体制で経過観察を綿密に取り、更に職員の管理体制を整え……そして数日後には。
ここ横浜港北総合病院は、もはや世界一と言って良い大病院へと早変わりしたのだ。
最初こそは、自分達の為に……と申し訳ない想いでいっぱいだった紺野姉妹だったが、いつも笑顔で接してくれる人たちが多かった事。世界の名立たる名医たちが集結し、大いに刺激を受け、一生モノの勉強になった事。紺野姉妹を助けたいと言う思いが強くあると言う事。紺野姉妹の頑張りのおかげで多数の患者たちが助かる可能性だってあると言う事。
そして、何より1人の少年の存在。そう――隼人の受け継がれた強い想いを成就させてあげたいと言う事。
それらを常々感じた姉妹は、生きる事が何よりの恩返しになる。申し訳ない、と表情を落とすより、最高の笑顔で接する事が何よりだと言う事を悟るのに時間は掛からなかった。
最高の環境での治験の結果は 非常に好ましいものだった。
姉妹にとって、何よりの楽しみであるのはまた学校へ通える様になるかもしれない、と言う事。そして、隼人を支える事が出来る様に 依頼された仕事を熟せる様になる事。
場面は元に戻る。
藍子は、あることの最後の工程――箱詰め作業をせっせと熟していた。
「本当に上手にできましたね。最初、自信が無さそうにしていた表情にすっかり騙されちゃいました」
「い、いえ、本当に自信は……。美樹先生の教えのおかげです」
「あーらとっても嬉しい。もっちろん、藍子さん。あっという間に免許皆伝の出来です。太鼓判です」
「ありがとうございます。……これは、お礼の意味を込めて……ですから頑張りました。だって リュウキさん、隼人さんには返しても返し切れない恩がありますから。これからも頑張らないと、と思えますから。勿論、私だけじゃなく、ユウもです」
汗をそっと拭い、出来上がったのは小さな箱に花柄の包装紙で包みリボンでコーディネイトした物。そしてまだ部屋に仄かに香る甘い香り。
淡い想いを込めて作ったそれは――チョコレート。
そう、今は2月……もう直ぐバレンタインデー。
「う~ん……でもお姉さんとしては少々複雑、かな? 藍子さんの事を応援してあげたいんだけどなぁ……。玲奈さんの事も私は知ってるから……うぅ~~ん……」
ぼそっ、と呟いた一言は 藍子の耳を通り越して脳に、……いえいえ ありきたりな表現かもしれないが、割と真面目に心直撃した。(様に見えた)
「っっ!? ななな、なにを……!?」
「あまり頑張って! と心からは言えないかもしれないけど…… 後悔だけはしないようにね? やっぱりそれが一番駄目だって思うからさ」
「そそ、そんなのじゃありませんよー? だ、だって感謝の気持ちだと言いましたしー!」
「ぜーんぜん、隠せれてないでーす。それで隠せれる相手って、それこそ隼人君だけでーす。和人君もそこまで鈍感じゃないですからー」
「ぅぅ……(た、確かに…… と思ってしまいました……)」
顔を真っ赤にさせる藍子。
それを見て更に悪戯っ子みたいな笑みを見せる美樹。普段は凛としていて、同性から見ればとても格好良く憧れる女医さん。だけど、時折 可愛い面も見せる所があったりする。ALOも一緒にプレイした事もある木綿季と遊んだ時も、とても頼れるお姉さんだった。
藍子にとって、面倒見がいがある木綿季と言う妹がいるから、姉と言うのは凄く新鮮で、とても嬉しかったりしたのはまた別の話だ。
その後も色々と話をした。藍子は必死に説明を、弁解を図っていた。リュウキの事もレイナの事も好きで、どっちかと言えば憧れと感謝の気持ち、その割合が大き過ぎるから、と説明。
美樹も最後は笑顔で頷いて納得した、と言わんばかりだったが、それでも 含みのある、何処か意味深な笑顔は変わらなかった。
横恋慕を当然ながら確信する美樹だったが、横恋慕がキーワードとなっていて、それが生み出す物語の結末はそのほとんどが辛く苦しい結末ばかりだ。
……だが、同時に想う事もあった。
この一回り程離れた歳の子達、皆は、きっと世間一般的な結末にはならない、と不思議と美樹は確信出来ていたから。
同刻、某デパートにて。
沢山の人が行き交うその場所でじっと少女は立っていた。
「……(色々あり過ぎて、目移りしちゃいそう)」
その少女は猫妖精族の氷の狙撃手事、シノン。
……と、現実世界で言えば間違いなく射貫かれそうな勢いで睨まれてしまうから、ここは仕様がないから朝田詩乃と呼ぶ事にしよう。
詩乃は学校帰り。帰り道にある大型デパートの入り口に立っていた。季節のイベントがあるからか、店頭ではどこもかしこも展示されているのはチョコレートばかり。様々な形のチョコレートがあるが、やはり目に移るのは 定番の形。……ハート型のチョコレート。
「……バレン、タインデー……か」
じっと この辺りに無数に、そして大々的に表示されている電光掲示板、看板を見つめる詩乃。
図書館の主を自虐的気味に自称する彼女は、そのバレンタインデーの元となる話、色々な逸話は知っていた。
聖バレンタインの元となった話。
それは悲しい話。バレンティヌスと言う人物の話だ。……この日は そのバレンティヌス司教が処刑されたとされる日。それが2月14日だ。
時代は3世紀、場所はローマ。……時の皇帝は若者の結婚を良しとしなかった。禁じた。兵隊となって戦争に出向く者たちがただ国の為だけに命をささげられる様に、愛する家族を持つ事を禁じた。
それを破ったのが……処刑された彼だ。
元となる話を知っていれば、何でこうも夢中になれてしまうのか。よく詩乃は疑問を感じていた。恋愛などくだらないとも何処か思えてしまっていた自分もある。
だが――それはもう過去の話だ。遠い……遠い過去の話。
想う人が出来れば、そんな由来など雲散霧消。頭の中から完全に消え去って、別の事を沢山考えてしまう。
つまり、どれを選ぼうか、……選び終えて、その後どうやって渡すのが一番か、と言う事だけだった。
「…………ん」
ジロジロと睨みつける様に、射貫く様に視続けた。
もうどれだけ時間が経ったか判らない。時間を忘れてしまう程にじっと詩乃は見ていた。
だからだろう。
「何かお探しですか? ご案内しますよ」
ニコっと笑う女性店員に声を掛けられたのだ。
傍から見れば睨みつけている様に見えなくもないが、睨んでる相手はチョコレート。そして長く、長く悩んでいる所を見たら、よーく判ると言うものだ。
どれを渡せば良いのか、……或いは相手にどう渡せば良いのか、大体そうと相場で決まってると言うものだ。
「あっ…… いえ、その…… ちょっと見てるだけで……」
元々は大人しい少女な詩乃。仲間が出来て、女の友達が出来て、……想いを寄せる人が出来たとしても、ベースは早々変わるものじゃない。少しだけフルフル、と首を振ってそう言った。
そんな所も読んだのか、或いは詩乃の表情が仄かに赤く染まっている所を見て察したのか、判らないが女性店員はただただ笑っていた。詩乃の表情、それは肌寒さなどではないと思ったから。女性店員はニコリと微笑みながら指をさした。
「お店のから選ぶのも良いですが……どうせなら こちらの方はどうです?」
「え……?」
指さされた方を目で追って見てみると、沢山の手作りチョコの型、チョコレートの材料、そして チョコレートの作り方を簡単にまとめ、更にはアレンジ集も含めた本。それら一式セットにされている商品もあった。値段も手頃。安いものでもチョコそのものを買うより少々高い程度。間違いなく詩乃の財布事情でも問題ない。
隼人や玲奈と一緒に、大型アップデート時に叩きだしたスコアによるクリアボーナス等で、大分潤った事を考えてみても、十分お釣りが来る程だ。
「ふふ。心を、沢山の想いを込めたチョコレートの方が良い……と、私は思いますよ。それに きっと、想いを込めた分、沢山喜んでくれると思います」
「あ、あう、そ、そのっ……!」
頭の中でシャカシャカシャカ、と金銭計算を繰り返していた所に笑顔でにゅっ、と割って入られて、さっき否定する様に首をふったばかりなのに、ばつが悪いと少し詩乃は俯かせた。
でも、『沢山の想いを込めたチョコレート』そして 『沢山喜んでくれる』の言葉には特に詩乃は強く反応した。
想い人…… そう、もう隠す必要はない。他の誰でもない。隼人の事だ。
隼人は、以前に色んなイベントに疎い、と自分で言っていた。つい最近の文化祭の準備期間中にもそう苦笑いを含めてぼやいていた。
SAOの世界には行った事は無いが、玲奈と想いが通じ合い、……恋人同士になれたのは最後の方だと聞いていた。だから、高確率でそう言うイベントには きっと参加はしていない筈だろうと思えたのだ。
……色んな意味で 初めてのバレンタインデーになる。それに きっと玲奈も同じ気持ちだろう。玲奈と同じ、とまでは言わない。だけど、判る事はある。
――きっと喜んでくれる。
それだけで詩乃はとても暖かい気持ちになれるんだ。
「……あ、じゃ、じゃあ こっちで……」
だから、意を決した様に 勧めてくれた方を選んだ。
笑顔で ぱちんっ とウインクしてくれた女性店員さんに何度も頭を下げて、デパートを後にする。
元々 最初から、何かしらの準備はするつもりだった。そして、準備は整った。
そう、言わば出撃準備はもう整った。
己の相棒。心強いへカートの調子も絶好調。そして 残弾数も防具も大丈夫。後は 決意だけだ。揺るがない決意と集中力。小さな小さな的を、外さない様に。これはどんな狙撃よりも精密さを求められる難しいミッションだから。
「うん。……やろう」
詩乃はきゅっ と手に持ったアイテム……一式道具を強く胸に抱いた。
こんな時もGGOに当てはめてしまう自分が何処か笑えてしまう。でも、強く集中できている事。これも全部あの世界で 培われたものだと信じている。この強さに繋がっていると。だから感謝をしていた。 少しでも強くしてくれたへカートの事も
そして、まるで戦場へと向かう戦士、兵士の様に 歩を進めるのだった。
結城家。
バレンタインデーは女の子にとって大イベントの1つ。
義理チョコも当然あるけれど、それは渡す人には申し訳ないが社交辞令。……前座。本番は 本命の相手に、勇気をもって渡す。……チョコレートに勇気をもらってと言うのが正しいかもしれない。
何よりも大切な思い出を作る日だ。だから チョコは甘くてほろ苦い……とも何処かで訊いた事がある。
「うんっ…… 頑張らないと、だね」
玲奈はぐいっ と裾をまくり 目の前に広げた材料・道具の一式に目を向けた。
料理は元々得意。勿論 お菓子作りも同様だ。 そして 今回はより力が入るとも言える。隼人には沢山の手料理を振る舞って、沢山笑顔をくれた。美味しいと笑ってくれた。その1つ1つが大切な思い出。
でも――お菓子は? バレンタインは??
これは 隼人と初めてのバレンタイン……リュウキと想いが通じ合ってから初めてのバレンタインだから。
「……ぅぅ」
でも、それは自分以外にも言える事だろう。
SAOに囚われていた2年と言う期間で バレンタインデーと言うイベントは勿論あったけれど、リュウキと共に過ごしたバレンタインデーは無かった。
つまり、皆にとっても言える事。皆にとって初めてのバレンタインデー。
「ううんううんっ」
玲奈はぷるぷるっ、と髪の毛が乱れるのも構わずに首を左右に振った。
こんな事で嫉妬をしてどうする、と自分に言い聞かせながら。
何故なら 想いを伝えるのは個人の自由。縛られる様なものじゃないし、縛る様なものでもない。
だって 隼人は皆から慕われている。沢山の事を、偉業とも言える事をしてきた。今もし続けている。……だから、以前にもまして、比例して 増えていく。それだけの人だ。そんな人と想いが通じ合えた。相思相愛になれた。……愛しているとまで言ってくれた。
これ以上求めたらきっと欲張りになってしまうだろう。それだけでも玲奈は十分………とは言えない。はっきり言えば綺麗毎だから。
「うー、女の子は欲張りだもんっ ……独り占めしたいものだもん」
ぷくっ と頬を膨らませる。
やっぱり 当たり前だが良しとはしていない模様だった。
「ふふ、レイ頑張ってるね? おはよう」
「あ、お姉ちゃん。おはよー」
そこにやってきたのは明日奈。
彼女もばっちり準備、綺麗な純白のエプロンを装備。しっかり戦闘態勢になっていた。勿論下拵えは事前に済ませてあるから、後は仕上げるだけだ。
「午前中に仕上げちゃおう? 午後からは用事、あるしね」
「うんっ、勿論」
姉妹揃ってキッチンに立つのは珍しくない。
明日奈を追って 玲奈は頑張ってきた。背を見て育ってきたと言って良い。姉の様になりたくて、いつもそばにいたから。そして 明日奈の方も勿論 玲奈には習うべき所が沢山ある。自分には無くて、玲奈は持っている物がたくさんあるから。
お互いがお互いを尊敬し合う。……藍子や木綿季にも言えるが、本当に誰もが羨む姉妹の形だと思う。
そして、今向いている方向はお互い同じだ。
「とびっきり美味しいの、作るよ?」
「うんっ! あはっ、ALO内でもイベあるし、がんばろーね? 私ユイちゃんにもチョコレート、プレゼントしてあげたいなー」
「ふふふ。ありがとうレイ。凄く喜ぶよ」
ユイも勿論甘い物大好きな女の子。……キリトの影響もあって辛いのも好きだが、何よりもアスナやレイナが作ってくれる料理が何よりも好き。皆で食べる時 笑顔で囲まれるから、大好きなんだ。
明日奈は勿論、玲奈もユイが笑顔になってくれるのが大好き。
だけど、今は目の前のイベントに集中だ。
「よしっ……」
玲奈はもう一度気合を入れ直す。
明日奈もきゅっ とエプロンの紐を締め直した。
「頑張ろう!」
「うん!」
竜崎家にて。
「……RARA Corp、御澤セキュリティ、っと……防衛省の方もあった」
学校の大イベントの1つである文化祭も無事終了した事もあり、隼人は仕事の方に割合を増やしていた。医療関係、木綿季や藍子の病院での件、医療関係にも力を入れつつ、これまで通り。少々仕事量が多くなったが、問題は無さそうだ。
今後のスケジュールをせっせと打ち込み、忘れない様に記録を取っていく。勿論、玲奈や皆と疎遠になるのはダメだから、時間は必ず取る。
仕事量と仕事を処理する能力
まだまだ、後者の方が強いから。
「ん…… 今週時間が取れるのは、16~18、23、27……。うん。玲奈にも知らせとかないと……」
ボードに書き込んでいく所で、ガシッ! と手を握られて止められた。
「っっ!?」
「ちょっと待って下さい。隼人君」
「な、渚さん?? び、びっくりした……。驚かせないで下さいよ」
珍しく隼人は驚き、少し仰け反っていた。
彼の爺や……綺堂が忍者顔負けで気配を消し、忍び寄ってきて驚く事は多いが、今回の様に突然出てきた上で捕まえられる! 何てことはこれまでに無かったから。
因みに、防衛省の渚は、その仕事関係でよく家にいる事が多い。その次いで、と言う事で 隼人の身の回りの事を綺堂と一緒にしてくれているから 凄く頼りにしている。玲奈に最初の頃は妬かれたりした様だが、綺堂が笑顔で『心配は全くないですよ』と言っていた。その一言、綺堂の笑みは説得力が非常にあるから 安心出来たのは言うまでもない。
「あの、すみません。……差し出がましいかと思いますが、黙ってられなくなりまして。そのスケジュールには異議ありです」
「え??」
「……なぜか 判らないですか?」
「……すみません。学校の方への登校も問題ありませんし……。まぁ 直ぐに帰らなきゃならないですが」
申し訳なさそうに話す隼人。
それは本当に判ってなさそうだ。そんな所を見て、渚は眉間に指を押し当てて唸る。
少しだけため息を吐くと、諭す様に渚は隼人に言った。
「うぅ~ん。あのですね、隼人君。今月はまだです。世の女の子の一大イベントがまだ残っているんですよ? 判りませんか?」
「……?? 一大イベント……?」
隼人は学校でのスケジュール、年間スケジュール一覧を頭の中でパラパラと捲り、2月の欄で止めた。文化祭は超えた。テスト関係はあるが、それは学校での時間内だから仕事面では問題ない。
数秒――考えていた所で、渚は軽く隼人の頭にチョップした。
「バ・レ・ン・タ・イ・ンです」
「……ばれんたいん? バレン、タイン……。ん……、あ」
ふと思い出すのは街中での光景。至る所で目に付くワードだった。
でも、思い出しても 特に気にしたりはしなかった。
玲奈もそうだが、詩乃、明日奈、和人、直葉、、里香、圭子…… 学校等で直ぐ会えるメンバーは特に何も言ってなかったから。(実は 秘密にしてたりした、と言うのもあったりするのが裏目に出た様だ)
つまり、詳しく判ってなかった。博識な隼人だが、まだまだ俗世の事で疎いのも多い。それに、SAO時代に経験してなかった事だからと言うのもある。
「バレンタインデーは女の子が意中の男の子にチョコレートをプレゼントする一大イベントです。チョコに勇気を貰って、一緒に想いも伝える一大イベント! そんな時に、隼人君は 仕事だから~ とスルーしちゃったら、大ヒンシュクですよ!」
「あ、う…… そ、そう、なんです……か?」
「そうなんです! ググってください。一瞬でHITします。ユイちゃんに検索してもらいますか?」
「いえ、大丈夫です……。それは、ちょっと恥ずかしいですから」
隼人は、ささっとチェック。
渚に言われた通りだった。直ぐに出てきて、内容も直ぐに理解した。
「色々とあるんですね。…義理に本命、友、俺、マイ、……沢山のチョコ。チョコが沢山、ありますね」
「えーっと、あまり余計な情報を頭に入れなくて大丈夫です。女の子から男の子へとチョコを贈る、と言う事だけ頭に入れておけば。……ですから、隼人君。そこに予定をびっしり入れちゃ駄目なんですよ? ちゃんと時間、空けておいてください。きっとALO内ででも イベントタイムはある筈ですから」
「あ、はい。……判りました。ありがとうございます、渚さん」
「……いーえ」
渚はにこっ、と笑って持ち場へと帰って行く。
でも、離れた後で少々顔を顰めていた。
本当は内緒にしておきたかった。サプライズ的な意味で、渡して欲しかったが……、仕事をびっしり入れられて、当日会えません。と言うのは本当悲惨過ぎる。まだ同じ学校なら良いかもだが、状態は良好でも、まだ病院から出る事が出来ない藍子や木綿季。学校が違う詩乃。それに ALO内でしか会えない子も多い。忙しいから行けない、ログイン出来ない。……冷たい風が現実やALO内で吹き荒びそうな氷河時代到来が目に浮かぶ。
折角ヨツンヘイムは緑を取り戻したと言うのに、また霜巨人族に占領されてしまったのか? と錯覚しそうな勢いで。
「全く……。綺堂さん? しっかりと教えてあげておいてくださいよ」
「ほほほ……。申し訳ない。お手数をおかけしました渚さん。私も、隼人坊ちゃんにお伝えはした筈なのですがね」
「あまり必要としなかった情報、って事で頭の奥底にしまっちゃったんですね……。きっと」
だが、それも今年までである、と言う事はよく判る。
愛する人が、沢山の友達が出来て、1年通して過ごすのは 厳密にはこれが初めてだと言うのは綺堂は知っているから。
「……頑張ってください」
綺堂は そうポツリと呟く。
それはきっと隼人だけではないだろう。
今この時間……頑張っている子達全員へと向けたエールだった。
~2月14日 バレンタインデー ~
場面は学校。
いつも通りの授業、いつも通りの学校――ではなかった。
「隼人くんっ! 受け取って~!」
「あっ ずっるい! わたしもわたしも!」
「はいはーい、こっちも宜しくー」
靴箱に可愛らしく包装された箱が沢山。
直接手渡される箱もある。
勿論、隼人だけでなく他の男子もそれなりに貰っている様子。和人も似た感じだ。
妙に冷たい視線を背に受けて、和人はびくっ、と震えていたが、隼人は ただただ驚いていて、固まっていた。
何にせよ、プレゼントをくれた事が純粋に嬉しくて、初めての事だったから、くれた皆に…… は無理だが、少なくとも手渡された子には笑顔で礼を言っていた。
『ありがとう』
ただその一言だけで報われた? とでも言わんばかりに意気消沈する女の子達。リュウキガールズたち。
「ありゃ無理でしょ……。天然ジゴロー あのリュウキスマイル、勇者スマイルは無理だわぁ、皆惚れちゃうわぁ。ほんと」
「うぅ……、私、渡しそびれましたよぉ……」
傍から見てるだけでも高威力なのは判るし、十分過ぎる程知っている圭子に里香。
長く一緒に旅をしたし、共に戦い続けてきた仲間、間柄だから リュウキ耐性+2程備わってるからまだ まともだった。
それでも高威力なのは間違いない。離れた所で圭子は悶絶してしまいそうだったから。自分に向けられている訳じゃないのに。
「むーっ。リューキ君………! うぅ…… でも、流石にあの中で渡すのは……」
凄く複雑で複雑で、嫉妬心バッチリな玲奈。可愛らしく睨んでいる。そんな姿を見たら、里香の中のSな心を刺激してくれるのだが、直ぐ横にいる明日奈と言う名のBOSSがいるからあまりシャシャリ出る事が出来なかった。ゲンコツされるかも? と思ったからだ。
隼人だけじゃなく、和人もしっかりと何人かから受け取ってるから。
「黒の剣士に、白銀の勇者。もう学校内ではバレバレの超有名人だし、まぁ 仕方ないよ? うんうん。そりゃ、渡しちゃ駄目なんて法律無いし」
「どーどー、明日奈落ち着きなって。だいじょーぶだいじょーぶ、キリトだって明日奈一筋の一番だって。義理~義理~。あーれーは、ぎーりー」
ぽんぽん、と明日奈の背を摩る里香。黒いオーラの様なのが見えるし、これはからかうと、その黒い何か? に色々やられてしまいそうだから触らぬ神に、だ。
その後は学校も無事終わって、用事で向かった病院で藍子から。
帰りに詩乃から。
本当に沢山の人から貰った。
詩乃や藍子、木綿季から貰ったチョコレートも嬉しい。胸が熱くなる想いだったが、やっぱり隼人にとって特別なのは今隣にいる彼女からが一番だった。
「むー…… 良かったねー。たっくさん貰ってさ? 初めてのバレンタインでそれだけ貰えれば、凄いって思うよ?? これこそ、空前絶後の絶対無敵、そう、これが本当のゼッケンだよ!」
「……いや、それは流石に関係ないと思うけど。……剣?」
「細かいトコはいーの! だって、凄いじゃんー 凄いじゃーーんっ!」
「………」
隼人は苦笑いをしつつ、隣にいる距離、心なしか、少しいつもより僅か離れていた距離を詰めた。そっと手を取った。
「皆から貰えたのは嬉しいよ。……もらえたの初めてだから。……いや 厳密には初めてじゃないと思う。小さい頃、貰った様な気もする。仕事ばかりだったから あまり覚えてないんだ」
隣の彼女…… 玲奈は 少しだけ頬を膨らませたまま 隼人の方を見た。
「折角くれて、皆には悪いんだけど、俺はやっぱり玲奈が一番だから。……玲奈が一番大好きだから」
少しだけ困った様に笑う隼人の顔が心地よくて、くすぐったくて、頬をぷくっ と膨らませていた玲奈の頬の空気が、ぷしゅ~ と抜けた。
「あ、あはは……。うん。私もリュウキ君。隼人君が一番好き、大好き。……だから」
玲奈は、鞄の中をごそごそ、と探る。
大事に大事に仕舞っていた今日一番のモノ。それを取り出すと、隼人よりも一歩前に出て、両手でその箱を持って 差し出した。
「沢山、沢山 愛情……込めたから。どうか 私のも貰ってください。私は 隼人君が一番好きです。大好き、です」
時刻はもう夕闇が迫る黄昏時。
玲奈の顔は、とても赤かった。それは隼人も同じく。 それをそっと受け取る。
笑顔のまま、だった。もう言葉は要らなかった。
何度だって伝えたいけれど、今日はもういらなかった。
受け取った後、玲奈を自分に抱き寄せた。
とても華奢な身体を傷つけない様に、それでも、自分の想いが伝わる様に―――。
―― Happy Valentine ――
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