ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす
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第一部 原作以前
第三章 神前決闘編
第十四話 同時告白
「不敬罪」
その罪の名のもとに俺は牢屋に入れられていた。父の病室に居た兄に怒鳴り込んだ直後から神前決闘の直前まで、そして神前決闘が終わった今もだ。牢屋からの直行直帰と言ったところか。こんな嬉しくない直行直帰は前世ですら無かった気がする。
尤も、待遇はそう悪くない。牢内の設備は簡素だが清潔で、食事も並みの宿屋程度でそう不味くもない。ただ、今に至るまで諜者とは全く接触出来ていない。確か、かつてカルナは「諜者に入り込めない場所など存在しません」と静かな自負を漏らしたものだったが。この場所がその例外だったというのか、或いは入り込むつもりがないのか。
不意に格子の外に人の気配を感じた。やっと来たのか、待っていたぞと思ってそちらを見ると、
「やあ、愛する弟よ!ご機嫌如何かな?」
全く待ってもいない人間がそこにいた。たった今最悪に不機嫌になったところです、兄上。
そして、その傍にはもう一人人影があった。兄はごくごく自然にその人の肩を抱いており、その人物も少しも拒まずにそれを受け入れているかのように見えた。つまり、これは、兄上と言うより、兄夫婦と呼ぶべきだった。
「義姉上まで、どうしてここに?」
「ふふふ、貴方には謝らなくちゃと思って。実はね、見ての通りなの!」
見ての通りって…、夫婦だからってくっつきすぎじゃね?豊かな双丘が兄の腕に当たってるのか当ててるのか、実にうらやまけしからんですな。身にまとっているサリーはあの夜のよりだいぶ露出部分が多いような…。いや、実に眼福ですね。…じゃなくて、
「怪我が、古傷が一つも見当たらない!?そんな!何で?」
見間違えだった?いや、そんなはずはない。
「ゴメンねえ、貴方をたばかっちゃった。あれはカルナ渾身の偽装工作だったの!あの日の言葉も全て嘘!本当にごめんなさいねぇ!」
は?偽装?あの体中にあった傷が全部?泣いて震えてたのも?口にした言葉も全て?何から何まで全部嘘だったと?思わず俺は膝から崩れ落ちた。
「はああ、良かった!ヒドいことされてるとかじゃなくて!」
余りの安堵感に、俺はしゃがみこんでガッツポーズらしき仕草まで思わずしていた。それを見て兄嫁はドン引きしてたみたいだが。
「え?ちょ、ちょっと、ねえ、そこ…怒るところなんじゃないの?」
は?何で?「よくもだましたアアアア!!」とか絶叫すべきだとでも?
「いや、だって俺嫌なんだよ。女が痛めつけられたり、可哀想な目にあうってのがなあ」
何でだろうかな。前世で何かあったのか。それとも幼いころ死んだ母があんまり幸せそうに見えなかったせいなのか。とにかく、それに比べりゃ女に騙されるなんてどうってことはない。「女の嘘は許すのが男だ」って言うしな。
「でもまあ良心が咎めるってんなら教えてもらおうか!俺を嵌めた理由をな!」
◇◇
「納得いかないさー!何で、何でラジェンドラ殿下がこの国から出て行かなきゃならないのさー?」
ラクシュ姉の疑問は尤もだった。あたし、パリザードもそうだし、きっと三人娘として一括りにされることの多いほかの二人、レイラやフィトナも同じ思いだろう。
あとで知った事だけど、丁度同じ話をほぼ同時刻に、あたしたちは王宮内の諜者の詰め所でカルナ様から、ラジェンドラ殿下は牢屋でガーデーヴィ殿下から聞いたそうだ。
カルナ様は、ラクシュ姉につかみかかられていると言うのに常日頃の怜悧な表情を少しも崩さない。
「では貴方たち、この先ラジェンドラ殿下がこのままこの国に居続けたら、どんな事が起きると思いますか?」
「んー?何言ってるんさ、お母さん。ガーデーヴィ殿下が間もなく即位し、ラジェンドラ殿下は実に頼もしい王弟として新王を支えるでしょう。めでたしめでたし、パチパチパチじゃんさー?」と何を決まりきったことをと言いたげなラクシュ姉。
「或いはラジェンドラ殿下は援軍を率いて、パルスとルシタニアの戦争に介入するおつもりかもしれませんね。パルスは兵力的には劣勢。そこに助力を申し出て、ルシタニアの駆逐に貢献すれば功績は大。恩賞としてアンドラゴラス王から娘を嫁に貰えるかもしれません。まあ、娘と言っても私たちの事ではなく、重臣の娘を養女に迎えてでしょうが。年回り的には万騎長マヌーチュルフの令嬢、ナスリーン辺りでしょうか」とレイラ。
あたしたちが、って話には決してならない。あたしたちはアンドラゴラス王の娘じゃないって、ラジェンドラ殿下から聞いてるからね。まあ、あたしにとっちゃ殿下は年の離れた兄さん的存在だし、ラクシュ姉の恋路を邪魔する気はないし、あたしにはちょっと狙ってる殿方が他に居るしね。他の二人はどうか知らないけどさ。
「世襲宰相家は跡継ぎの男子の存在が公的には認められていないため、マヘーンドラ様の後はラジェンドラ殿下が宰相の任を引き継ぐ事もありえるわね。そこから世襲するかどうかは判らないけれど」とフィトナ。
マヘーンドラ様は確かにご自分がジャスワントさんの父親だと認めはしたものの、後継ぎとして公的には届け出ていない。反対するであろう正妻は既に亡くなっているって点では問題ないけど、ジャスワントさん個人の資質は武に偏りすぎてるのだ。残念ながら学問に関してはラクシュ姉、バハードゥルさんと同じくらいに出来ないらしいから、宰相どころか文官の適性は皆無だろう。大丈夫、あたしもあんまり出来ないけど困ってないし。
あたしだけ意見言ってないけど、まあみんなとほぼ同意見だ。盛んにコクコクと頷いておいた。
「そうですね、他国の戦争に介入するか、宰相になるかはともかく、順調に功績を重ねるでしょう。そうなると何が起こるでしょうね?」
え?あたしも他の三人もそこまでしか考えてなかった。でも、その先に何かが起こるって何が?
「…国王と声望を二分するようになる?或いはガーデーヴィ様が体を悪くでもされたら、嫡男を差し置いて、次の王はラジェンドラ殿下をと言う声が出るようになる?」フィトナが考え考え口にした。
「待ってよ、ガーデーヴィ様はラジェンドラ殿下と同い年だよ?そんな事ありえる?」
ラクシュ姉が首を捻っている。あのご兄弟は一ヶ月しか誕生日が離れていない。確かに本来は考えられない。
「そう言えば、ガーデーヴィ様ああ見えて白髪が割とありますわね、染めて隠してらっしゃるけど。若くして摂政として激務をこなされてるし、昔はラジェンドラ殿下に相当心労を掛けられたようですし」
そんなレイラの言葉にあたしも思い当たる節をはたと思い出した。
「ああ、あとガーデーヴィ様、夜とか頑張り過ぎだよなあ。幾らキレイな奥さんだからって、あれはヤりすぎて早死を疑う域だわ!」
…あれ、何だよ、みんなその目は?「はしたないさ…」「見すぎ…」「表現が…」「育て方を間違えた…」と言外の言葉を感じる。…ご、ごめんなさい。
「…コホン!ともかく、骨相学や占星学の視点からもガーデーヴィ様の在世はカリカーラ王よりも短く見積もられています。ですが、もしその為にラジェンドラ殿下に譲位してしまえば、ラジェンドラ様の血統に王統は移り、二度とガーデーヴィ様の血統には戻らないでしょう。また、パルスや他の国がラジェンドラ殿下に婚姻政策で自国の血を入れ、影響力を増そうとする事も考えられます。要するに、ラジェンドラ殿下の存在はこの国にとって、不安定要因なのです。端的に言えば、邪魔、という事です」
余りにも、余りにも情の無い言葉だ。確かにそれはそうかもしれないけど、乳母としての情をカケラも感じない。そんなあたしの思いは、言葉にせずともカルナ様にはお見通しだったのだろう。
「当然でしょう。私は殿下の乳母である以前に、この国に仕える、王直属の諜者の頭領なのです。情を差し挟むことなど許されません。それから、今後ラジェンドラ殿下についていくことはこの私が許しません。いいですね?」
「そんな!そんなのってないよ!殿下は頑張ってたじゃないのさ?ガーデーヴィ様とも仲良くされてて、信頼しあってたんじゃないの?なのに、邪魔だなんてヒドいさ、ヒドすぎるさー!」
ラクシュ姉が泣き崩れた。あたしたちもみな同じ思いだ。何で?何でこうなるの?どうしてうまくいかないんだろう?
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