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ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす

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第一部 原作以前
第三章 神前決闘編
  第十三話 神前決闘

あの後、ふと横を見ると親爺が寝具に突っ伏して失神してたので泡を食って介抱した。そしたら

兄弟で戦うなんてやめてくれ。もっと話し合え。どうしても戦うと言うなら代理人を立てるのじゃ、などと親爺が泣きついてきた。

既に話は決裂していて、相手の性根を叩き直すためにも自分の手で痛い眼をみせるしか無いこと、それに兄弟の争いに他人を巻き込むとか筋違いでしょうと諄々と諭すが全然納得してくれない。

結局、殺し合いではなく、戦意喪失か、武器を失うなどして戦闘不可能となったら決着とし、敗者は死刑などにはせず、国外退去処分とすることなどが決まりかけたが、ここで兄貴が待ったをかけた。暗器の使用を認めてほしいと言い出したのだ。

「俺の得意の獲物は槍だからな。それを奪われて即終了などという事態は避けたい。が、これ見よがしな武器を携えたり、他にはこれこれの武器を使うなどと明言したり、もしたくない。簡単に手の内をさらすのはバカのする事だ」

ちっ、もしかすると、こっちこそ手の内がバレてんのかもな。俺は以前からバハードゥル相手に剣を交え、どんな相手にも十合は持ちこたえられるよう、修練を積んできた。それだけ持ちこたえていられれば、味方の助けが間に合うだろうからな。そして、それと合わせて武器破壊技の習得にも取り組んで来た。敵の本陣に斬り込んでおいて武器を失えば、無手の人間に待っているのはなます斬りにされる末路だけだ。見逃してやるから立ち去れと告げる事も降伏させる事も出来るだろう。しかし、それがジャスワント辺りから漏れたかもな。

暗器、隠し武器というと、ナイフとかか?まあ、そんな程度しか隠し持てはしないだろう。おれは剣を使うつもりだし、間合いの点でも負ける恐れはないか。

「いいぜ、使いたきゃ使えばいい」

だが、挑発して使わない気にさせてもいいな。

「しかし、王になろうって人間が暗器ねえ。上に立つものはキレイである必要はなくとも、キレイにみせる必要はあると思うんだがなあ。まして今回は公衆の面前でもあるんだ。俺なら恥ずかしくて使う気にはなれんがなあ!」

「見解の違いだな。王は負けてはならんのだよ、どんな手を使ってもな。その覚悟を示すためにも、私は使わせてもらうぞ!」

ちっ、挑発には乗らないか。

「ああ、勝手にするがいいさ。民に失望されても知らんがな」

それでも一応チクリと刺しておく。これでいざ使おうって時に手が止まれば儲けものだしな。

◇◇

私、ガーデーヴィの槍は柄の半分ほどを残して、ラジェンドラの剣により斬り落とされた。地に落ちた穂先はすぐにラジェンドラに蹴り飛ばされ、闘技場の壁際まで転がってしまった。もはや、拾いに行くことは出来ないだろう。私の手に残ったのは、1ガズ(1m)にも満たないほどの長さ。くっ、短すぎる、これでは棒術の棒として使うことも出来ぬな。私は手元に残った柄を背後へと放り投げた。

神前決闘が始まって最初の内は私が押していたのだ。ラジェンドラの武器は剣だが、私は得意の槍。間合いではこちらの方が勝るからな。だが、何度めかの突きをあいつは紙一重で躱し、脇に私の槍の柄を挟んで固定し、気合一閃斬り落としたという訳だ。

距離を取り、半身に構えた私をラジェンドラが油断なく見据える。手首、足首、懐と、目線が私の体の各所に向けられるのが判る。私の暗器が何処にあるのかを探しているのだろう。しかし、見当たらないと見たのか、ニンマリと口の端を上げた。

「兄上、暗器を使うということだったが、どうやらハッタリだったようですな。もう何も持ってはおられぬようだ。潔く負けを認めては如何ですかな?」

口調には冷笑の響きがある。最早自分の勝利は動かないと確信したか。

「何を言っているのだ、お前は。暗器ならあるさ。ほら、ここにな!」

私は帯を勢いよく腰から抜き放った。そして、その帯の先端はふわりと地に落ちたりせずに、じゃらりと音を立てた。信じられないものを見たかのように硬直している弟の前で、私は殊更ゆっくりと帯に仕込んであった2ガズ(2m)ほどの長さの鎖(先端に分銅付き)を取り出した。

「鉄の鎖…。ナバタイ国の鉄鎖術か!馬鹿な、そんなのを習得してたなんて、諜者からも聞いたことが無いぞ!」

「馬鹿か、お前は。諜者が全てをお前に報告していると思っていたのか?お前は何度言っても判っていないのだな。諜者はお前ではなく、この国に仕えているのだ。当然お前には取捨選択された上で伝えられる事になる。これなどはその最たるものだな」

勿論、それがすべて真実と言うわけではない。確かに頭領のカルナを始め大半の諜者はラジェンドラではなく国に忠誠を誓っている。だが、弟が命じて拾ってこられたと言うパリザード、レイラ、フィトナの三人の娘、それとごく少数などは、自分たちは王とラジェンドラ殿下のみに従う。まだ即位していない貴方に従ういわれは無いと明言し、弟の乳兄妹のラクシュに至っては「私はラジェンドラ殿下だけの為の弓。他の誰かが私を使うなんて真っ平御免さー!」と言い放ち、母親のカルナに頭を抱えさせたものだった。だが、そんな真実は教えてはやらん。少なくとも今この瞬間にはな。

ナバタイ国の鉄鎖術は手枷をはめられ鎖で繋がれた黒人奴隷が、主人の虐待に耐えかね抵抗するために生み出したと言われている。故に元々分銅なんてものはついていなかった。だが、それだと鎖は何処まで行っても鎖。しょせんはありあわせの武器でしか無く、他のどの武器よりも取り回しに劣るのだ。どれだけ練習しても上達しないことに業を煮やした私はある日、「そうだ、先端に重りをつければ鞭の様な感覚で使えるのではないか!」と思いついたのだ。すると、それまで打撃にしか使えなかった鎖が、実に多彩な武器に変身したのだ。以来、私はずっと分銅をつけた鎖を使っている。私に鉄鎖術を教えてくれた黒人奴隷は「コンナノ本当ノ鉄鎖術デハアリマセーン!」と嘆いたものだったがな。

その分銅を先端にして、それを頭上で水平にひゅんひゅんと音をさせながら振り回す。そしてすり足で少しずつ間合いを詰めていくと、弟は気圧されたように少しずつジリジリと後退していく。だが、突然その後退が止まり、弟はニヤリと嗤った。

「ははは、確かに驚いたよ。驚かされたよ。そいつは認めるさ。でもな、鉄鎖術は恐ろしいが無双の武術じゃあない。集中してりゃあ避けられないものでもない。それだけが切り札なんて、今ひとつでしたな、兄上!」

「くっ!」

見透かされたか。私は図星を指されてうろたえた

フリをした。


「ラジェンドラ殿下ー!!」

その時、いきなりその様な叫び声が上がった。弟は雷に打たれたように声のした方向を振り向く。弟の目に映ったのは乳兄妹のラクシュが、観客席と舞台を仕切る金網まで駆け寄ろうとしていたところだった。弟は、何故ここに?捕らえられていたんじゃなかったのか?などと考え、一瞬混乱したことだろう。

そして、それがつけ目だった。

即座に距離を詰め、弟の剣を鎖で絡め取り、一気に鎖を引っ張って両腕から剣をはたき落とした。失態に気づき、剣を拾おうと伸ばした腕に、更にまた鎖を放って巻き付け、自分の方へ引き寄せる。引き寄せられ、弟の体が前方へつんのめった。その弟の腕を両腕で抱えて引っ張り、腰で背負い、投げを放った。

「ぐはっ!」

弟は突然の投げ技に反応できなかったのか、受け身も取れずにまともに背中から地面に叩きつけられたようだ。痛みが全身を駆け抜けたらしく動きが一瞬完全に止まった。

その隙に私は弟が手放してしまった剣を先に拾い上げ、それから鎖もきっちりと拾い、立ち上がろうとした弟の鼻先に剣を突き付けて、

「残念だったな、我が弟ラジェンドラよ。これで勝負ありだ!」

殊更余裕有りげな微笑みを無理やり作って、弟を見下していると、程なく、敗北を認める言葉が弟の口から紡がれた。

ふう、何とか勝ったか。実際のところ、バハードゥル相手に修練を積んだというラジェンドラは実に厄介な相手だった。序盤は私が攻勢だったものの、攻撃は全てかわすか受け流すかされていた。かすりはしても、まともに当たった攻撃などおそらく一つもあるまい。そして、槍の穂先を斬り落とす動きも実に手慣れたものだった。斬り落とされる前に慌てて槍をひこうとしたが、ガッチリ掴まれていて全然動かなかったしな。槍を失っても戦い抜けるようにと鉄鎖を用意はしていたが、本当に使うことになるとは思ってもみなかった。そして、ラクシュも使わずに済むなら済ませたかったんだがな。

鉄鎖を出さざるを得なくなって、それでも戦闘が膠着した場合には、捕らえていたラクシュたちを「ラジェンドラが劣勢だ。死んでしまうかもしれない」と煽った上で解き放てと命じてあったのだ。

実際、私程度の鉄鎖術ではまともにやったら弟に勝てる気はしなかった。だから、その膠着した瞬間に解き放って声を掛けさせる。それで集中を奪い、一気に倒したというわけだ。

言っただろう。王は負けてはならないと。そのためならどんな手でも使うとな。

悪く思うな、これは私とお前の戦争だったのだからな。

◇◇


 
 

 
後書き
やっと第一話に繋がりました…。 
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