カラミティ・ハーツ 心の魔物
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Ep13 なカナいデほしいから
〈Ep⒔ なカナいデほしいから〉
この町を北に少し行ったところに、小さな丘がある。
そこに、「それ」がいた。
リュクシオン=モンスター。大召喚師のなれの果て。
胸元にあるボロボロの徽章は、確かに彼のものだった。
「……お兄ちゃん」
リクシアが呟いてみても、何も言わない。怪物はただ、その場にたたずんでいるだけだった。
「追い払う。でもね、シア」
フィオルが真剣なまなざしで彼女を見た。
「追い払う、のはいいけど……。元は君の兄さんだったとしても、こいつは怪物なんだ。そのままにしたらまた誰かが死に、怪物がどんどん増えて行くんだよ」
君は一人だけのために、多くの命を犠牲にしてる、と、彼は現実を突き付ける。
「まぁ、僕らだって人のことは言えないんだけど、さ……。殺さず生かすということは、他の誰かを殺すこと。僕らは変わり果てたあの人を撃退するたびに、そのことを胸に刻んでる。それに……彼は魔物だから。君じゃない他の人に倒される可能性だって、あるんだ」
魔物になったら、元に戻せないのが当たり前。それをゆがめようとしているリクシアは、他の人の思いを踏みつけにしてまで自分の思いに忠実な、リクシアは。
「知ってる……。咎人、なんだ」
それを意識し、リクシアは前を見据えた。
変わり果てた彼女の兄は、悲しげに突っ立っていた。
と。
突然、リュクシオン=モンスターは咆哮を上げた。狂ったように、こっちに向かってくる。フィオルが鋭く警告の声を発する。
「来る!」
「わかってる!」
リクシアは呪文を早口に唱える。フィオルが「シャングリ=ラ」を取り出し、リクシアを守るように前に立つ。
リクシアは、叫んだ。
「出てって、お兄ちゃん! ここは私の居場所なの! 壊そうとしないで!」
風が、辺りに巻き起こる。リクシアの白い髪がざわざわと揺れた。
「彼方吹きゆく空の風! 今舞い降りよ。彼の烈風!」
――傷つけ、たくはなかったのに。
「仇なすものを斬り断ちて、めぐりめぐれよ、渦を巻け!」
すさまじい勢いで振りかぶられた爪を、
「くうッ……!」
フィオルの細い身体が受け止める。
途端、巻きあがった烈風は、
「テアー・ウィンド!」
叫ぶ魔物に襲いかかり、その皮膚を幾重にも切り裂いた。
魔物の目が、リクシアをとらえる。怒っている。自分を傷つけた相手に対して。
意思もない、理性もない、何もない。暗くよどんだ青の瞳が、怒りを宿してリクシアを見る。
リクシアはそんな魔物に対して叫ぶ。声の限りに叫びをあげる。思いのたけを叫びに変える。
「出て行って! 出て行きなさい、お兄ちゃん! 出て――」
そんな、時。
「シア、危ない!」
「グァァアァルルルルル!」
「――えっ?」
リクシアは、包まれていた。温かく、がさがさした、腕に。
魔物の、腕に。
「うぐぅッ!」
フィオルの苦しそうな声。何があったかはわからない。
声が、した。
「あらいやだ。魔物のくせして。他の誰かを守るなんて、ねぇ」
それは、「ゼロ」を飼っていた、妖艶な女の声。
「出して!」
魔物に叫べば。腕はあっさりとリクシアを開放していた。
そして見たのは、
脇腹から血を流し、うずくまるフィオルと、
二本の剣を、リュクシオン=モンスターとフィオル、両方に向けていた女の姿だった。
「フィオル!」
リクシアは叫んで近寄ろうとするが、リュクシオン=モンスターが引き戻す。
「放して、放してえっ! お兄ちゃん、フィオルが死んじゃう! 放してようっ!」
魔物となり果てた兄は女を睨み、暴れる妹を抱いたまま、動かない。女を警戒しているようだ。
それを見、女はつぶやいた。
「両方とも、ひと思いに殺してやろうと思ったのに。天使は反応素早すぎるし、魔導士ちゃんは魔物が守るし……。魔物には、意思なんてないって思っていたのに……。見当違いかしら、ねぇ」
薄く笑って、
「じゃぁ天使ちゃん。これ、貰って行くわねぇ」
投げ出された「シャングリ=ラ」を拾おうと手を伸ばした。
「やめ……ろ……!」
フィオルの苦しそうな声。
「やめてぇぇっ!」
リクシアの叫び。
すると。
「ガァァァアアアアアッッッ!」
リクシアを放り出した怪物の腕が、女を一直線に薙いだ。
「お兄……ちゃん……?」
意思も、理性も、何もかも。無くなったはずなのに。
壊れたような、声が言うのだ。
「いモウとの……タいセツなモの……キずツケさセなイ……!」
「お兄ちゃん!」
「ダかラ……なカナいデ……おクレよ……!」
召喚、された。もう大召喚師ではなくなったリュクシオンから。
天使が、精霊が。たくさんの妖精たちが。
どうして、とリクシアは疑問に思う。魔物になり果てて、意思も想いも、なくしたはずなのに。
わずかに残された残留思念が、奇跡を起こした。
「魔物の……くせにッ!」
叫ぶ女。人外に追われ、あわてて逃げだす。
リクシアはそのさまを、呆然と見ていた。
「お兄……ちゃん」
リュクシオン=モンスターは、首をかしげて妹を見て。
「サヨうナら」
それだけ言い残し、女を追って、歩き出した。
腕。あのとき、守ってくれた、腕。
リュクシオン=モンスターは、怪我をしていた。その大きな腕に。
リクシアを、守ったから。守って代わりに、怪我をした。
(どうして……?)
もしも兄さんに意思が残されているのなら、純粋な敵として、戦えないじゃないか。
守ってくれた、腕。
魔物になっても。
兄さんは兄さんだったのだと、知って。
(私は……どう、すれば……?)
リクシアは混乱するばかり。
その時、フィオルの姿が目に入った。
「フィオル!」
あわてて駆け寄ると、少年は苦い笑みを見せた。
「油断した……」
「そんなのどうでもいいから! 傷は!? 大丈夫? 歩ける!?」
白い天使は脇腹を押えながらも、片手だけで「シャングリ=ラ」をつかみ、それを支えに立ち上がる。
リクシアは衣を引き裂いて、即席の包帯にして、そっと傷に巻きつけた。
「私じゃこれくらいしか……」
「……構わない。ありがとう。……肩、貸してくれる?」
「ええ、もちろん」
言ってリクシアは、フィオルの怪我をしてない側の肩を支えた。フィオルが手をさっと振ると、「シャングリ=ラ」は、一枚の白い羽根となって、その手に収まった。
「……便利」
思わずつぶやくと。少年は、優しくほほ笑んだのだった。
さあ、帰ろう。
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