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344部分:第二十六話 聴かれたことその一


第二十六話 聴かれたことその一

                第二十六話  聴かれたこと
 文化祭の翌日。陽太郎は家に帰った。そうしてであった。
 自分の部屋にこもってゲームをしていた。そこにであった。
「ねえ」
 母の声だった。部屋の扉の向こうからだった。
「今日は何処も行かないの?」
「ああ、家にいるよ」
 こう返すのだった。
「今日はさ」
「そうなの」
「やっぱり疲れたからさ」
 こう母に返すのだった。
「だから今日はさ」
「そう。それじゃあね」
「それじゃあ?」
「お昼はカレーでいい?」
 これが母の言葉だった。
「それでいいかしら」
「あっ、お昼カレーなんだ」
「レトルトだけれどね」
「ひょっとしてボンカレー?」
「そう、ボンカレー」
 レトルトのカレーの定番である。昔からあるものだ。確かに定番であるがそれだけあって中々安定した味を持っているものである。
「それでいいわよね」
「辛口あるかな」
「あるわよ」
「じゃあそれで御願い」
 陽太郎はすぐに答えた。ただしゲームを使う手は止まってはいない。
「ボンカレーの辛口でさ」
「ええ、そうするわね」
「何かカレー食べるのも暫くぶりかな」
「何言ってるのよ。この前作ったばかりじゃない」
「いや。ボンカレー」
 ここで言うのはそれだった。
「それを食べるのがさ」
「そういえばそうかしら」
「そうだよ」
 また応えた彼だった。ただし顔は相変わらず画面に向いている。しかもそこから動こうともしない。それも全く、であった。とにかく今はゲームだった。
「最近なかったんじゃない?」
「お母さんお昼結構それが多いから」
「そうなんだ」
「ええ、だからね」
「カレーそんなに食べてるんだ」
「好きだし」
 それが最初の理由だった。
「それにボンカレーって手軽じゃない」
「確かにね。お湯で温めるだけだしね」
「それに安くて美味しいし」
「最後の理由が一番重要じゃないの?」
「まあね。この二つは絶対よ」
 扉の向こうから主婦に相応しい返答が来た。
「だからね」
「そういうことだよね。じゃあ」
「辛口ね」
「うん」
 まさにそれだというのだった。
「それで御願い」
「じゃあお母さんはね」
「他のカレーもあったんだ」
「甘口にするわ」
 彼女はそれにするというのである。
「それでね」
「甘口なんだ」
「別にいいでしょ」
「まあそれはね」
 いいと返す陽太郎だった。実際彼にとっては母が何を食べようが別に構わなかった。それは彼には関係のないことだったからだ。
 
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