ガンダム00 SS
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ep25 反省
ソレスタルビーイング輸送艦『プトレマイオス』ブリッジ
「クリス、ここはいったん俺に任せて休んどけ」
ラッセ・アイオンがヘルメット越しにニッと笑いかけてくる。一方の私は、取り繕う言葉をかける余裕などなかった。
「うん、ごめん。ちょっと出るね」
「おうよ」
ラッセが手を上げて応じる。隣にいるリヒテンダール・ツエーリーー通称リヒティはいつも通りにカラコロと笑った。
「ティエリアには出くわさないようにね」
「ハハ……」
リヒティの冗談にも上手く答えられない。普段なら軽口を返せるのに、今は精神的に難しかった。
ブリッジを出た私は、大きく息を吐き出す。それから、先ほどもずっと冷静だったフェルト・グレイスの横顔を思い浮かべた。
ーー情けないところ見せちゃったな。
人類革新連盟軍が行なった、ガンダム鹵獲作戦。プトレマイオスは敵MSの猛攻に遭い、私は初めて戦場における『死』を感じた。
自分の部屋に入り、ヘルメットを取ってノーマルスーツの上半身を脱ぐ。汗を吸った紺のインナーもついでに取っ払おうとして、私はハッと気づく。
「……まだ警戒態勢は続いてるじゃない」
戦闘領域を抜けたとはいえ、みんなはまだ作戦後の警戒を続けている。それなのに、私はいつもの流れでーー。
「私がこんななのに、ティエリアのことを笑えるわけないじゃん……」
私はここにいないリヒティに対して呟いた。彼が私の気をほぐそうとしてくれていたのは分かる。でも、今の私が落ち込んでいるのはそこじゃない。
自分の、戦争根絶に対する甘さをみんなに見せてしまった。いざ戦場に繰り出したとき、私は冷静さを完全に失った。
戦場には当たり前のようにつきまとう生死に、心の底から恐怖した。
覚悟をしていたつもりだった。けれど、それはあくまで『つもり』で、本当に理解していなかったことに気づかされた。
前線で戦うガンダムマイスターに戦況を伝えたり、敵軍の情報をハックしたりするのが私の仕事。そんなふうにどこかで考えていたかもしれない。
だからこそ、プトレマイオスが数十機の敵MSと対峙したとき、明確な死を脳裏によぎらせてしまった。死ぬかもしれない。そんな思いが心を蝕み、動けなくなった。
机に置いていたミネラルウォーターを口に含んで、もう一度ゆっくりと息を吐く。
もう行こう。5分くらいしか経ってないけど、それで十分だ。みんなはまだ戦っている。私だけがこんな状態じゃダメだ。
ノーマルスーツを着直して、ヘルメットを被る。部屋を出てブリッジに向かった。
すると、通路の突き当たりで人にぶつかりそうになって慌てて身体を逸らす。
「す、すみませんっ」
私は手すりを器用に使って体勢を整える。改めて相手を見ると、戦術予報士のスメラギ・李・ノリエガだった。
若干距離はあったが、彼女の方から酒の臭いが漂ってくる。目元が赤く腫れているのは気のせいではない。
「スメラギさん、こんなときにもお酒ですか?」
「そんなに飲んでないもの。3缶だけよ」
「飲んでるじゃないですか……」
先の作戦では、ガンダム4機の収容中にブリッジを出て行った。それからブリッジに帰ってきて今後の指示を出していたが、ティエリアの理不尽な抗議を受けた。
何より、いつも作戦を立案し、指揮を取っているスメラギさんは私よりもずっと負担を抱えているはずだ。
私は何となく考えていたことを言葉に発していた。
「スメラギさんは、酒だけで心の痛みを薄められますか?」
「なあに、クリス。一緒に飲みたいの?ダメよ。あなた、私と一緒に飲んで潰れたことあるじゃない」
「あれはスメラギさんのペースに合わせちゃったから……ってそうじゃなくて」
スメラギさんは私のテンパりに微笑むと、ゆったりとした口調で答えた。
「お酒だけでどうにかなったら良いんだけどねえ。でも、それだけで世界に満足できていたなら、私はここで戦争根絶を目指してない。私はね、クリス。世界を変えたいけど、弱い人間だから酒で誤魔化してるの」
「そんなことないです!」
私は思わず大きい声を出していた。スメラギさんの目が丸くなっている。
「スメラギさんは弱くなんかないです。だって、お酒の力に頼ってでもここにいるじゃないですか。私なんか、さっき取り乱しちゃって……。私だってマイスターのみんなと同じ立場なのに、思いっきりうろたえちゃって申し訳ないです」
刹那たちは、いつも戦場にいるのに。彼らはガンダムに乗って、任務を果たしている。それは一見難しくなさそうだ。
でも、自分が死ぬ可能性だってある。ガンダムが頑丈だから安全なわけじゃない。現に、アレルヤとティエリアは敵に鹵獲される寸前だった。
スメラギさんは視線を虚空に移して、言葉を口にする。
「確かに、私もクリスもマイスターたちと立場は変わらない。だから戦場にいるという覚悟は必要よ」
「じゃあ、どうすれば良いんですか?」
スメラギは、まだ少しだけ充血した目を笑みで彩る。
「あなたのやるべきことをやるの。それが、みんなが生きるために必要なことだと信じて」
「みんなが生きるための……」
「死ぬのが怖いのはみんな同じだし、恐れてる自分を認めてあげて。その上で、あなたはあなたの仕事を果たすの」
死を恐れても良い。それでも、自分の仕事をする。みんなが生きるために。イオリア・シュヘンベルグの計画に賛同した私たちが、世界から紛争をなくすために。
スッと、頭の中から靄みたいなものが失せた気がした。死という言葉で心を惑わされた自分は、もうどこにもいなかった。
スメラギさんは私の右肩に優しく手を当てた。その流れでブリッジの方へ身体を泳がせる。
「みんなに仕事任せてるから早く行かないとね」
「あっ、そうだ!早くしないと!」
私は生きる。生きて世界を変える。ガンダムに乗ることはできないけど、ソレスタルビーイングのメンバーとして覚悟を持って臨みたい。
だから、まずはーー。
「フェルト、任せてばっかりでごめんね!ここは私が変わるから!」
終
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