短編達
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獣人と女の子
──ばけもの。
その言葉はオレの耳にまるでシミのように、呪いのように、ドロリと染み着いて離れない。
おかしい、つい先日まではそんな事言われたこと一度もなかったのに。
──近寄るな。
なんでだろう。今まではそっちから近寄ってきたクセに。なんで──オレから離れていく。
──気味が悪い。
オレの何が変わったって言うんだ。何も変わってないだろ、何故そうなる。
──俺とお前はずっと友達! ソウルフレンドって奴だ! な、親友!
ああ、そうだ「おれ」の友達に会いに行こう。アイツならきっとオレのことを──────────
──来るな! 来るな来るな来るなぁ! 誰だよお前!? なんで俺の名前を知ってるんだ!? アイツがお前はわけねぇだろ!!
──裏切られた。結局、友情は紛い物だった。歪だった。儚いものだった。夢のように──
でも、この、深く黒い体毛で覆われた両腕は夢なんかじゃない。痛みを感じた。何度も寝た。起きる度に自分の異形を知って心が痛む。
──居たぞ! アイツだ! 捕まえろ!!
とある日を境に、拒絶が奇妙な悪意へと変化した。押し寄せてくる好奇心。捕まえてみよう、解剖しよう、世界初の事例だ。そんな声が聞こえてくる。
「はっ、はっ、はっ、はっ……」
二足で逃げるよりも、両腕を使った方が早い。段々と野性に染まってきているのがわかったのはその頃だった。
少しずつ、追いかけてくる人数は減り、あと二桁もいないだろうとなってやっとオレはその足を止めることができた。
「──────────憎い……」
心の底から漏れた今まで口にしなかった本音。
「憎い憎い憎い憎い!」
その思いが奔流となり、止め止めなく心の底から、流れ、口から溢れ出てくる。
「憎い憎い憎い憎いにくいにくいにくいにくいニクイニクイニクイニクイニクイ────!」
何十、何百、同じことばを叫んだのだろうか、いや、それはもう言葉ではなく呪詛にもなれない何かだった。
何時間、同じところに留まっていただろうか。こうしてはいられない。また声が聞こえ始めた。逃げなければ……だが傷だらけの足は……剛毛で筋肉質となった足は赤い液体が先程の憎しみに比例するかのように零れていた。
腹も減った。何も食ってない。出来れば上質な肉が食いたい……例えば────
「大丈夫、ですか?」
その声に咄嗟に反応して顔を上げると白く、陶器のような可愛らしい少女がまるで怪我人を心配するかのような目で真っ直ぐオレを見ていた。
その白い髪と紅の眼をした少女はこんな獣と成ったオレを見ても何故、そんな人間を見るような目で見てくれるのだろう。
「あ、あ……」
既に声は出ない。いや、出ないんじゃない、出せないんだ。人と関わることを止め、独り言しか喋らなくなった今のオレ(化物)は誰かに応える事なんて出来なかった。
「これ、食べますか?」
少女が渡してきたのは真っ白で、見るからにフワフワしたパン。見ず知らずの、しかも化物に何故そんな事が出来る。何故、そんなモノを渡すことができる。
オレは、口を開けていた。だが、その口は思いの外開いてしまい……先程の思考に引っ張られ、少女の細く美しい手も齧ってしまいそうな────
─────バクリ
オレはパンを租借した。久し振りの、人間らしい食べ物。水分が無くてもその美味さは口に、身体に、心に染み渡る。一分もしないうちにパンはオレの手からも、少女の手からも消えていた。
「すごいすごい! 町のお兄さんでもそんな早く食べられないよ!! ねぇ、お兄ちゃんは何? 教えて!」
ピョンピョンしながら少女はオレの事を褒めてくる。その鮮やかな紅の眼でキラキラと見つめてくる。
「オ、レ……」
オレは……オレは──────────
「オレは、お前と、同じ、人間、だ」
辿々しく、オレは彼女に、自分に言い聞かせるように彼女の質問に返答する。同時に、自分がもう人間ではないと証明してしまったような気もした。
「そうなの! お耳は尖ってるけど……2つ、同じ。おめめは2つだし、色もお兄さん達と……同じ」
少女は悪意なくオレの顔をペタペタと触ってくる。煩わしい、だが何故か安心できる。
「お鼻は──」
「……くすぐ、ったい」
「あ、ごめんなさい」
鼻までも触られて、咄嗟に言うとシュンとなって謝った。その行動が、とても愛らしく思えてきた。
「お口は大きい……でも1つ、歯は形がちょっと違う……でも同じ。ここだけはお兄さん達と違ってフワフワ……」
最後には抱きつかれてしまった。その顔は敵意も、悪意も、奇妙な好奇心も存在せず純粋な好意を感じとることができた。
「お兄ちゃん、色も大きさも違うけど私達同じだね!」
ああ、オレは、おれは、この言葉が欲しかったんだ。化物と呼ばれて、迫害されて、追いかけ回されて、拒絶されて、否定されて、理解されなくて──誰かにオレのこの、オレでも受け入れられない異形を受け入れてほしかった。
「あたしはブロン! お兄ちゃんのお名前教えて!」
少女──ブロンが依然として抱き着きながらオレの名前を聞いてくる。
「おれは──」
咄嗟に、おれの名前を言おうとする。だが、おれはあの時、死んだんだ。今この場に居るのはオレだ。この、黒い毛で身を包んだ獣であり、人間であるオレなんだ。
「オレは、ノア」
「ノア! よろしくね!」
さようなら、おれ。
後書き
獣人を本格的?に書くのははじめてだったりする
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