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デート・ア・ライブ〜崇宮暁夜の物語〜

作者:瑠璃色
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序章が終わり


<フラクシナス>艦橋。正面モニタには、AST所属の暁夜と精霊『十香』の戦闘映像が表示されていた。そしてそれを何することもなくただ見守ることしか出来ない士道は自分の無力さに顔を歪ませる。

暁夜の握る黒紫の片手剣と、十香の握る闇色の長大な剣がぶつかる度に、激風が生まれ、大気が揺れ、木々がミシミシと悲鳴をあげる。それは人同士の喧嘩でも戦争でもない。人の枠を超えた化け物同士による殺し合いだ。一撃一撃とぶつかる回数が増える度に、周囲の地形が削れ凹み抉れていく。 その際に出来る地形の損傷は空間震が起こったかの様に悲惨だ。ただ、この台地にいたのがASTだけで良かった。彼女達なら随意領域《テリトリ-》を使えば身は守れる。しかし、住民達は違う。彼らは、精霊が剣をひとふりするだけで即死する脆い存在だ。

『どうして『精霊()』を憎む!どうして『精霊()』を殺そうとする! どうして『精霊()』を嫌う!貴様らに『精霊()』の気持ちがわかるか? いつも独りで・・・訳も分からずこの場所に現れては、貴様らに命を狙われ、その命を奪うことがどれほど『精霊()』にとって辛いことか!!命を摘むという行為が・・・命を狙われるという事が、どれだけ『精霊()』の心を殺してきたのかを!!』

モニターからは十香の怒りと悲しみの入り混じった叫び声が響き渡る。その言葉は十香がこれまで自身の心に押し込めていた感情だということが分かった。誰かに頼りたくても、誰からも恐れられ恨まれて、孤独だけが心を占めていた。士道は、自分ならどう答えるんだろう、と頭を悩ませた。 ここで綺麗事を言えば十香は納得するのか?それで、十香は幸せなのかと。

「・・・・っ」

士道はギリッと、下唇を噛み締めた。針が刺さるような痛みが生じ、裂けた所から赤い血が一筋伝って、床に落ちた。今すぐ暁夜と十香の元に行って、止めなければと思い、そして、自分に何が出来るんだ?という苛立ちに葛藤し、最善の答えを選択できない。それでも、彼女と約束した。 絶対に救うと。 そして、親友には伝えた。彼女を殺して欲しくない、と。だから、そんな葛藤は捨ててしまえばいい。 どうするかは後で決めればいい。

だってこれ以上の『絶望』を二人に味わって欲しくないから。

「最初から不安なことばかり考えてること自体がアホな話だよな。なぁ、琴里」

士道は背後の司令席に腰を下ろし足を組んでいる自身の可愛い妹、琴里の方に振り返った。それに対し、キャンディの棒をピコピコさせながら、不敵に笑って口を開く。

「あら、チキンな兄にしては意外と早く覚悟を決めたようね。後、少しで大気圏に転送するところだったわ」

さらり、と恐ろしい事を言う琴里に、苦笑いを返し、

「どうしたら、あの二人を止められる?」

「あら、あなたならその方法をもう知っているはずよ」

「---や、やっぱ、アレしかないのか」

「ええ、アレしかないわ。まぁ、あんたのサポートは私達全員に任せな--」

「し、司令・・・ッ!? も、モニターを!」

突如、琴里の声を遮って、クルーの一人が狼狽した声を上げた。その声に一旦、士道との話を中断し、琴里はクルーの言った通りにモニターに視線を向けると、そこには信じられない光景が映し出されていた。

白のシャツに紺色のジーンズを身につけていたはずの暁夜の全身から赤黒い血が噴出し、その血が吸収されていくように黒紫の片手剣の刀身へと収束されては、絶対的力を持つ精霊『十香』が圧されていた。否、圧倒的な差で十香が負けていた。

そして--続けざまにそれは起こった。

『じゃあ、どうすればよかったのだ! どこで私は選択肢を間違えた!? 知っているなら教えろ! 崇宮暁夜!!』

モニタ越しで暁夜に叫んでいる十香。 それに対し、暁夜はどこか悲しげな表情を浮かべて、

『--間違えた? あぁ、そうだな。間違ってるよ。生まれた時点で間違えなんだ。この世にいちゃいけない存在なんだよ。お前も・・・俺も。 だから--』

と、呟いて、同時に十香の攻撃を避け、黒紫の片手剣を握る手に力を込め、

『--死んでくれ』

その言葉を最後に、容赦も躊躇いもなく、十香目掛けて振り下ろされ、その刃は紙切れを裂くように、精霊の霊装を破壊した。それと共に、十香の胸から赤い血が噴出し、先程まで妖しく輝いていた闇色の長大な剣が光を失い霧散し、身体中を纏う紫色の霊装が光の粒となりながら徐々に消えていき、落下していく。 クレーターと化した台地に。

その光景に誰もが驚愕した。たったの一人の人間がCRユニット無しで精霊を致命傷まで追い詰めた事実に。

「・・・は? あ、あいつ何して・・・ッ。 琴里!! 今すぐ俺をあの二人の元に転送してくれ!!」

「だ、ダメよ。今、士道が向かっても怪我するのは目に見えてるわ」

「その為に、あの炎があるんだろ。だから転送してくれ、琴里」

珍しく司令官モードの琴里が不安げな顔をして、士道を制止する。 それに対し、士道はそう言い返して、

「安心しろって。 お兄ちゃんは必ず帰ってくるから」

そう琴里に向けて笑った。

「司令・・・ッ!! このままでは・・・暁夜君に十香ちゃんが殺されてしまいます!」

クルーがそう叫び、琴里はギリっと歯を噛み締め、渋々といった表情で、

「<フラクシナス>旋回!戦闘ポイントに移動!誤差は1メートル以内に収めなさい!」

どこかやけくそ気味な声で、クルー達に指示を仰いだ。その指示に反応し、操舵手と思しきクルー数名が操作を開始する。 次いで、重苦しい音と共に、微かに<フラクシナス>が震動した。

「士道」
 
「ん、なんだ?」

「封印の方法は分かってるわね?」

「あぁ、分かってるよ。 覚悟は決めた」

士道はそう言って、転送(ワープ)装置に足を踏み入れる。それを確認した琴里が

「戦闘ポイントに移動は出来てる?」

「はい!準備万端です!いつでも彼を送れます」

操舵手のクルーのうちの一人がすぐさま返答する。
 
「オーケイ、上出来よ。じゃあ、転送をお願い」

「了解!」

クルーが返事をしたタイミングで、ワープ装置が起動し、士道の全身を光が包み、消える間際、

「頑張ってね、おにーちゃん」

「あぁ、おにーちゃん頑張ってくる」

と、士道は琴里の言葉にそう返し、<フラクシナス>内から消えた。



空間震警報のサイレンが騒がしく鳴り響き渡る天宮市付近の開発地帯だった台地。 木々はへし折れ、地面は巨大なスプーンで抉り取られた様なクレーターが生じていた。オマケに、所々にベッタリとした赤い血が付着し、そのクレーターの中心には、仰向けで自身が作り出したと思われる血溜まりに倒れ込んだ状態の『精霊』と呼ばれる人ならざる存在(少女)と、右手に握られた黒紫の片手剣の切っ先を倒れ込む彼女の眼前に向けて、酷く憎悪に満ちた深く暗い両の瞳で見下ろした格好で立つ、人でありながら人を辞める手前まで足を踏み入れてしまった存在(少年)の姿があった。

既にこの場にいるのは少年と少女二人のみ。数分前までいたAST隊員達は退避した後だ。

「--これで、終わりだ」

黒紫の片手剣【明星堕天(ルシフェル)】を高く振り上げ、暁夜は憎悪で染まりきった瞳を不安や悲しみに変えることなく、底冷えた声を上げた。

その瞳に対し、十香は何処か哀しげなそして嬉しそうな表情で、

「あぁ・・・。 これで解放されるのだな。辛いことや・・・悲しいことからも・・・」

と呟いて両腕を広げた。無抵抗の意思を暁夜に見せつける十香。 その態度に答えるように、右手に握る【明星堕天(ルシフェル)】の柄を両手で握り込み、

「さよなら、十香」

「初めて私の名前を呼んでくれたな。 暁夜」

その言葉を最後に、黒紫の刀身が十香の両胸の中心部を貫い--

「暁夜・・・ッ!!」

背後から、聞き覚えのある青年の声が響いてきた。それに伴い、振り下ろしかけていた黒紫の片手剣の動きが止まる。 暁夜は視線を十香に向けたまま、口を開いた。

「何しに来たんだ? 士道」

その言葉に対し、士道は拳を握り締め、息を吸い、そして答える。

「お前を止めに来た!」

「--俺を? 何のために?」

「そんなの決まってんだろ。十香を救うためだ!

士道は、普段とは違う雰囲気を醸し出す親友の少年にそう言葉を返す。既に喉は乾き、身体は震えている。 きっと、声も震えてるはずだ。

「『精霊』を守るのか? 士道」

暁夜が初めて、視線を十香から士道に移した。ただ、士道に向けられた眼光は鋭かった。声音は怒りと憎悪に満ちていて、どこか悲しそうにも見えた。

「あぁ、そうだ。 俺は『精霊(十香)』を救う。例え、それでお前と対立したとしても、俺は俺なりのやり方で『精霊(十香)』を救う」

「俺なりの・・・やり方? 馬鹿な事は寝て言えよ。お前みたいな一般人に何が出来るんだ? 最近、知り合ったからって、情でも湧いたのか? この十香(化け物)に」

明星堕天(ルシフェル)】を十香の顔ギリギリまで突きつける。 その行動は普段の親友とはまるで違う。 親友の皮を被った化け物のように見えた。

「確かに数日前に出会っただけの関係だ。だけど、暁夜(お前)以上に精霊(十香)の事を知っているつもりだ」

「俺以上に、か。 で? 止めに来たってことは俺をどうにかする策があるって事か?」

暁夜の質問に、士道は首を横に振る。

「はぁ。 やっぱりお前は馬鹿だよ。・・・昔から」

暁夜は懐かしむように笑って、

「分かったよ。俺の負けだ。 士道」

暁夜はそう言って、腰に備え付けられた『擬似記憶装置(ムネモシュネ)』の電源を切る。すると、先程まで禍々しい程に紅色の光粒を纏っていた黒紫の片手剣【明星堕天(ルシフェル)】が徐々に小さくなっていき、そして、消失した。それに伴い、全身に刻まれた生々しい傷口がみるみる内に修復し、カサブタに変化した。切り裂いたような傷は最後まで治ることなく、少し痛々しい姿に戻った。

「・・・ふぅ」

暁夜は小さく息を吐き、耳にはめてあるインカムで通信を行う。

「こちら、暁夜。 『プリンセス』の討滅完了。 これより帰還します」

『任務お疲れ様でした。 次も期待していますね。 暁夜さん』

「適当に頑張るよ〜」

『では、また後ほど』

その言葉を最後に通信が切れ、暁夜は大きく伸びをした。そして、半壊した《アロンダイト》を地面から引き抜き、(スキャバード)に納める。

「そんじゃまた明日、学校でな」

「は? おまえ・・・なにいって--」

「なにって。言葉の通りだけど。 精霊は討滅完了しただろ?」

暁夜がそう告げて、横たわる十香を顎で指す。

「言ってなかったけど、さっきの黒紫の剣な。 精霊の力を三分間だけ封じ込める力があるんだ。だから、お前ら、《ラタトスク》のやり方で十香(こいつ)を救えよ。出来るんだろ? 精霊を殺さずに精霊を救う方法。 じゃなきゃこんな所にお前が来るわけないしな」

そう言葉を残して、暁夜は『擬似記憶装置(ムネモシュネ)』を起動し、地を蹴った。すると、暁夜の身体を青い光が覆い、重力に逆らうように地から足が離れ、徐々に空へと浮いていく。そして、今度は宙を蹴り、加速を生み出してその場を後にした。



「--以上です」

司令たる琴里しか立ち入ることの許されない<フラクシナス>特別通信室。 その薄暗い部屋の中心に設えられた円卓につきながら、琴里はそう言って報告を締めくくった。

精霊の攻略・回収に関する報告を。

円卓には、琴里を含めて五人分の息づかいが感じられた。

だが--実際に<フラクシナス>にいるのは琴里のみである。 あとのメンバーは、円卓の上に設えられたスピーカーを通してこの会議に参加していた。

『・・・彼の力は本物だったというわけか』

少しくぐもった声を発したのは、琴里の右手に座ったブサイクな猫のぬいぐるみだった。 まぁ、正しくはぬいぐるみのすぐ前にあるスピーカーから声が発せられているのだが、琴里から見ればブサ猫が喋っているようにしか見えない。 先方はこちらの映像が見えていないはずなので、琴里が勝手に置いたものである。 おかげで<フラクシナス>の最奥に位置するこの部屋は、妙にファンシーな空間になっていた。 まるで不思議の国のアリスのマッド・ティーパーティーである。

「だから言ったじゃないですか。 士道ならやれるって」

琴里が得意げに腕組みすると、今度は左手に座った泣き顔のネズミが静かに声を発する。

「--君の説明だけでは、信憑性が足りなかたのだよ。 何しろ自己蘇生能力に・・・精霊の力を吸収する能力というんだ。 にわかには信じられん』

琴里は肩をすくめた。 まぁ、仕方の無いことなのだろう。 様々な観測装置を使って、士道の特異性を確かめるために要した時間は--およそ五年。 とはいえ、その間に<フラクシナス>が建造され、クルーが集められたのである。 タイミングとしてはちょうど良かったのだろう。

『精霊の状態は?』

次いで声を発したのは、ブサ猫の隣に座った、涎をだらっだらに垂らした間抜け極まるデザインのブルドッグだ。

「<フラクシナス>に収容後、経過を見ていますが--非常に安定しています。空間震や軋みも観測されません。どの程度力が残っているかは調べてみないとわかりませんが、少なくとも、『いるだけで世界を殺す』とは言い難いレベルかと。 ただ、崇宮暁夜によって付けられた傷は未だ残ったままですが」

琴里が言うと、円卓についた四匹のぬいぐるみのうち、三匹が一斉に息を詰まらせた。

『では、少なくとも現段階では、精霊がこの世界に存在していても問題ないと?』

明らかに色めき立った様子で、ブサ猫が声を上げてくる。 琴里は視線を嫌悪感に滲ませながらも口調は穏やかに「ええ」と答えた。

「それどころか、自力では隣界に消失(ロスト)することすら困難でしょう」

『--では、崇宮暁夜とはどういう人間なんだね。精霊とあそこまで戦える・・・ましてやCRユニットも無しで『プリセンス』を追い詰めるとは。 君は知っているか?』

今度は、泣きネズミが問うてくる。

「その事でしたら、現在、部下に調べさせております。 ですので、分かり次第ご報告申し上げます」

『そうか。だがあの力は・・・きっとこの先、我々の脅威となりえるだろう。くれぐれも気をつけろ』

「ご忠告感謝します」

琴里はそう言って、頭を下げた。 そして数秒の後、今まで一言も喋っていなかった、クルミを抱えたリスのぬいぐるみが、静かに声を発した。

『--とにかく、ご苦労だったね、五河司令。 素晴らしい成果だ。 これからも期待しているよ』

「はっ」

琴里が初めて姿勢を正し、手を胸元に置いた。



『プリンセス』討滅完了から三日後の朝。とある高校の上空にソレはいた。人というよりノイズに近い『何か』。

『--見つけた。 やはり君が持っていたんだね』

男なのか女なのか、低いのか高いのか、それすら分からない奇妙な声音を響かせている。言葉の内容は認識出来るのに、その特徴が一切聞き取れないのだ。

その『何か』は、校舎を見下ろすような形でそう呟いていた。その『何か』が向けているであろう視線の先には――椅子に座り眠たそうにしている薄い少し色素の抜けた青髪の青年の姿があった。

『・・・どうやらまだ上手く扱えていないようだが、あまりその力は使っていけないよ。 でないと--』

『何か』は首を振るような動作を見せ、

()んでしまうよ』

そう呟いた。その際に漏れた言葉には、親が子を心配するような思いが込められていた。そして、

『君がいなくなっては彼を守る者がいなくなってしまう。 それに、君と彼、そして--私と彼女が揃わなければ■■じゃないからね。 だから--』

『何か』は、薄い少し色素の抜けた青髪の青年と青髪の青年が黒髪の少女の登場に驚いている光景を眺めて、

あの男(・・・)を、手遅れになる前に思い出す事を願っているよ。暁夜(さとや)

それだけを言い残して、『何か』の姿は消失したのだった。
 
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