デート・ア・ライブ〜崇宮暁夜の物語〜
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半精霊:明星堕天(ルシフェル)
「なんでだよ・・・」
信じられない光景に暁夜はポツリと言葉を漏らした。数秒前に、《クライ・クライ・クライ》から放たれた弾丸は的確の十香の背中を撃ち抜いた。おびただしい程の血が噴出するのを双眼鏡で捉えていた。致命傷を与えたはずなのだ。だというのに--なぜ
「--嗚呼、嗚呼。 貴様らだな、貴様らだな」
目の前にいる。 その精霊は今まで戦った精霊よりもやばいと直感する。十香の手には、金と黒で彩られた柄と鍔に、不思議な光を放つ刀身の両刃剣<鏖殺公>ではなく、闇色に彩られた柄に鍔、そして刀身を持つ片刃の巨大な剣が握られていた。
「はっ。 だったらなんだってんだよ!」
暁夜は即座に、鞘の解除装置に触れ、白塗りの片手剣《アロンダイト》を抜剣して、恐怖を押し殺すように声を張り上げた。
「殺して壊して消し尽くす。 死んで絶んで滅に尽くせ」
十香は冷静に、狂う。--刹那、地面が砕け散った。否、闇色の巨大な剣によって、両断されたのだ。
「っぶねぇ!? 無事か? 折紙」
「暁夜のおかげで助かった」
砂煙が舞う中、寸での所で躱していた暁夜と折紙は警戒を解かぬままお互いの安否を確認する。パラパラと砂粒が落ち、やがて砂煙は消え、それと共に十香の姿も消えた。否、移動したのだ。
「・・・っ!?」
「おあぁあああああああああ---ッ!!」
まるで涙に濡れた泣き声のような咆哮を上げ、十香が巨大に過ぎる剣を振り下ろす。が、間一髪、《アロンダイト》の刀身で受け止める。ただ、その判断は余りにも甘かった。前回とは比べ物にならない威力。明らかに格が違う。CRユニット無しで戦える自分と比べることすら、攻略法を考えることすら冒涜に思える、暴虐なる王の鉄槌。時間にすれば、僅か二・五秒。
《アロンダイト》が。
絶対の力を誇るはずの暁夜の武器が。
「---」
甲高い音をあげて、刀身の半分を残して砕け散った。そして、流れるように浅く肩から脇へと剣が振り抜かれ、真っ赤な血が噴き出した。
「--かはっ!?」
「暁夜ッ!」
折紙の声が、どこか遠く感じる。《アロンダイト》が半壊された為か、抑制されていた痛みが徐々に全身を蝕んでいく。少しでも気を抜けば、意識を手放しかねない。 いや、もう楽になりたい。 それが、暁夜の本心だった。 アレは止まらない。 アレには勝てない。アレは人間がどうこうできる次元を超えている。無意識に脳がそう訴えかけてくる。
ただ、それでも--
「まだ・・・終わらねえ。この身を引きずってでも『精霊』を殺す。殺さなきゃ・・・駄目なんだ。もう・・・守れなくて・・・後悔で涙を流すのは・・・嫌だから--ッ!!」
半壊した《アロンダイト》を手に突撃する。
「擬似天神:『クニノサギリ』解放ッ!!」
「おあぁあああああああああ!!」
半壊した《アロンダイト》と<鏖殺公>が激突し、ほんの数秒で《アロンダイト》諸共、暁夜の身体が両断された。赤黒い血が噴出し、暁夜だったモノがゆっくりとゆっくりと左右に倒れ--なかった。
「・・・ッ!?」
初めて、十香が動揺を顔に浮かべた。切り伏せたはずの暁夜の肉体が目の前で霧状になり、消失していく。まるで、元からそこに暁夜がいなかったかのように。
「あの男、何処に」
静かな怒りが篭った声で周囲を見渡す。ただ、そこに気配は感じず、ましてや服のこすれる音や傷口から地面に伝う血の音も、足音さえもが聞こえない。あるのは濃い霧だけ。オマケに、暁夜以外にもう一人いた人間の姿が消えている。先程までずっとそこにいたというのに。
「どこへ行った! 崇宮暁夜!!」
十香が怒りのあまり大声をあげた。それと共に彼女の身体を包む紫色のドレス型霊装を中心に衝撃波が生じた。それに伴い、木々がへし折れ、地面に小さなクレーターを作った。 このままでは、この場所だけでなく、ここ周辺の建物が犠牲になる。どうやら、数分前に避難警報があったらしく住民達は避難しているだろうが、それでも建物を犠牲にはできない。
「・・・くっ!? 化け物め!」
「隊長、このままじゃ、被害が!」
「隊長、指示を!」
上空で待機していた燎子及びAST隊員達は、『精霊』によって生み出された衝撃波による目の前の惨状に恐怖した。今すぐにでも逃げたい。そればかりが頭の中で乱反射する。だが、それでも彼女達には揺るがないモノがあった。それは誰にも譲れないモノ。例え、この身が滅んでも消えないモノ。人から人へと伝染していくモノ。それは--
大切な人をこの国を守りたいという『心』だ。
人は守りたいモノがあれば強くなる。その存在が大きければ大きいほどに。
精霊に自分達が勝てないことぐらい知っている。CRユニットも対精霊武装でも時間稼ぎ程度にしかならない事も分かってる。そんなことは百も承知。 それでも--
「暁夜・折紙が戦ってんのに、黙って見ていられるわけがないでしょ--ッ!!」
燎子はそう叫んで、顕現装置搭載の対精霊高周波ブレード《ノーペイン》を手に下降を開始した。それに合わせて、他のAST隊員達も震える身体を誤魔化すように喉が張り裂けんばかりの声を上げ、《ノーペイン》を手に、続くように下降を始めた。
❶
「司令・・・ッ!」
「分かってるわよ。 騒がないでちょうだい。 発情期の猿じゃあるまいし」
琴里は口の中で飴を転がしながら、狼狽した様子の部下に言葉を返した。
《フラクシナス》艦橋。 正面モニタには身体を木の枝に貫かれた士道と、精霊・十香の戦闘映像が表示されている。
部下の動揺も分からなくはなかった。
状況は、圧倒的に、絶対的に、破滅的に、絶望的だった。ようやく空間震警報が鳴り始めたようだが、住民の避難はほとんど終わっていない状態で、十香と暁夜の戦闘が始まってしまったのである。 人の住んでいない開発地で、というのが唯一の救いだが--十香の一撃は、そんな楽観を容易く打ち砕いた。
今までの十香が可愛く見える、超越的な破壊力。
たったの一撃で開発地は二分され、中心に深淵を作ってしまった。 そして--《ラタトスク》の最終兵器であったはずの五河士道の突然の死。 琴里達は、考える限りの最悪の状況に立たされた格好になっていた。
だが、
「ま、あれぐらいなら大丈夫そうね」
琴里はさほど深刻そうな調子も見せずにそう言って、キャンディの棒を動かした。そんな琴里に、クルー達が戦慄したような視線を向けてくる。まぁ、仕方あるまい。 今まさに兄が死亡したばかりなのである。 だがそんな中にあって、令音と神無月だけは違った反応を見せていた。
令音は、平然とした様子で十香と暁夜の戦闘をモニタリングし、データを採取している。
神無月の方は相変わらずの様子だ。
「とう」
「はうッ!?」
相変わらずの神無月のすねを蹴り飛ばすと、その場に立ち上がった。 そしてフンと鼻を鳴らしながら、半眼を作って告げる。
「いいから自分の作業を続けなさい。 士道が、これで終わりなわけがないでしょう?」
そう。
ここからが、士道の本当の仕事なのだ。
「し--ッ、司令! あれは・・・!」
と、艦橋下段の部下が、画面左側--公園が映っているものを見ながら、驚愕に満ちた声を発してきた。
「---来たわね」
キャンディの位置を変え、にやりと口元を歪ませる。
画面の中には、のしかかる体重によってへし折れて木の枝から落ちた士道が映っていたのだが--着ていた制服が、突然燃え始めたのである。
精霊の生成物が消失しているとか、太陽光によって火がついたとかでは、ない。 だって、燃えていたのは制服ではなかったのだから。制服が燃え落ち、綺麗に数カ所を貫かれていた士道の身体が露わになる。
そこで、《フラクシナス》のクルー達は再び驚愕の声を上げた。
「き、傷が--」
そう、傷口が。 ドス黒い貫かれた穴が、燃えている。その炎は士道の傷を見えなくするくらいに燃え上がってから、徐々にその勢いを無くしていった。 そしてその炎が舐めとったあとには、完全に再生された士道の身体が存在していた。
『---ん、』
画面の中に横たわった士道が、
『ん・・・・・・ぉ熱っちゃぁぁぁッ!?』
と、未だ背中に燻っていた火を見て、跳ね起きた。慌てた様子でバンバンと背中を叩き、火を消し止める。
『て--あ、あれ? 俺・・・なんで』
艦橋内が、騒然とする。
「な、し、司令、これは--」
「言ったでしょ。 士道は一回くらい死んだって、すぐニューゲームできるって」
琴里は唇を舐めながら、部下に返した。 クルー達は一斉に訝しげな視線を向けてきたが、無視しておく。
「すぐ回収して。 --彼女を止められるのは士道だけよ。 それと神無月」
「はっ! お呼びですか? 司令」
「ええ。 あなたには他の事を任せるわ」
琴里はそう言って、キャンディの棒を神無月に突きつけるような仕草をして、ニヤリと笑った。
❷
暴走した精霊『十香』を覆うように漂う濃霧。それは暁夜が形成した『幻覚の霧』。 十香だけに見える幻霧。その為、上空から突撃してくる燎子及びAST隊員達には暁夜と折紙の現在地が何処か確認することが出来た。
精霊『十香』の背後にある草木に身を隠し、息と気配を殺した暁夜と折紙の姿を。ただ、暁夜の方は白のシャツが真っ赤に染まっており、彼の専用武器である《アロンダイト》が半壊していた。対する折紙の方もCRユニットが故障し、ワイヤリングスーツの所々が破れていた。互いに危険な状況。 ふと、暁夜の視線と燎子の視線が合わさる。それを確認した暁夜は、指の動きで何かを伝えてくる。 燎子は即座に何を伝えたいのかを理解し、全AST隊員を手で制止させた。 そして、暁夜の伝えてきた指の動きを真似てAST隊員達に伝達する。それを理解したAST隊員達は、《ノーペイン》を納め、顕現装置無しの普通の銃火器類を構えた。そして燎子自身も銃火器を構え、
「全員、一斉射撃!!」
「「了解!!」」
大声に対して大声で返して、燎子とAST隊員達は銃火器類の引き金を引いた。目標は『プリンセス』。 しかし、人を容易く貫く弾丸は精霊の前では無力。弾丸は精霊の体に触れることなく、見えない障壁に当たっては金属音をあげて弾かれていく。だが、それでいい。狙いは『精霊』を倒すことではなく、気をこちらに一瞬、向かせること。その一瞬の時間は約一秒にも満たないかもしれない。無駄な足掻きだと理解しても引き金を引く指は止まらない。仲間を信じているからこそ、彼女達は引き金を引き続ける。やがて、弾かれた弾丸が木々を貫き、床を抉り、砂煙が舞う中、それを払うかのように、『プリンセス』を中心に激風が生まれた。 その風は全ての砂煙を吹き飛ばし、光の灯らぬ瞳が上空の燎子とAST隊員達に向けられた。その瞳に身がすくみ引き金を添えた指が止まった。その瞬間、『プリンセス』の姿が燎子とAST隊員達の真ん中に現れた。瞬きを一度しただけの数秒で移動した『プリンセス』に、全員が驚き、身体と思考を固まらせた。
「---終われ」
そう『プリンセス』が呟いた瞬間、黒い輝きを放つ光の粒のようなものがいくつも生まれ、剣の刃に吸い寄せられるように収束していく。やがて、剣の刃が闇色の輝きを帯び、握る手に力を込め、振り下ろした。
そして--燎子達の悲鳴が響き・・・
「--させるかってんだ! 化物!!」
暁夜の声が響き渡り、右手に《アロンダイト》ではなく黒紫の片手剣を握り、下方向から叩き上げる。全身全霊の力を込めた暁夜の一撃。闇色の剣の刃と黒紫の片手剣の刃が触れた瞬間、火花が散り、爆風が生じた。大気が揺れ、木々がミシミシと悲鳴をあげる。
「まだ生きていたのか。 崇宮暁夜!!」
「あいにく、案外しぶといんでねっ!!」
ギュオン!
と、暁夜の握る黒紫の片手剣が眩い紅色の光の粒によって染まっていく。それに伴い、手当をしていない状態の切り裂かれた傷口から血が噴出した。とてつもないほどの痛みが頭を襲い、意識を刈り取ろうとする。それは、理性の枷を壊そうと心の中で獣が暴れる感覚。また、灼熱に身を焼かれるような感覚。色々な痛みが身体を襲い、その度に黒紫の片手剣に紅色の光粒が収束していく。それは痛みを贄とし肉体を強化させる暁夜が生み出した《精霊》の力。
黒紫の片手剣【明星堕天】。 暁夜の体内に眠る《精霊》の力によって生み出された武器の名前。但し、半精霊の為、真の精霊の力の半分しか使用出来ない。オマケに、空間震や精霊反応はない。弱すぎるのだ。精霊としての力が。彼の中に眠る精霊の力をレーダーで捉えるのは、広大な砂漠の中で指輪を探すようなものだ。そういう訳で、半精霊の力を補うために、『擬似記憶装置』の幾つもある機能のひとつ【擬似強化】を同時に発動していなければならない。但し、一時的にしか強化できないため、五分も持たずに天使は機能を失う。現在の最高持続時間は三分。
本来は、短期戦の際にしか発動しない切り札のひとつだったのだが、今回は仕方ない。と暁夜は妥協したのだった。
「どうして『精霊』を憎む!どうして『精霊』を殺そうとする! どうして『精霊』を嫌う!貴様らに『精霊』の気持ちがわかるか? いつも独りで・・・訳も分からずこの場所に現れては、貴様らに命を狙われ、その命を奪うことがどれほど『精霊』にとって辛いことか!!命を摘むという行為が・・・命を狙われるという事が、どれだけ『精霊』の心を殺してきたのかを!!」
十香は吠える。なんで分かってくれないのかと。何故、自分は目覚めた時から不幸なのかと。 何故、自分は死なねばならないのかと。
「・・・だからって、人の命を奪っていい理由にはならねえだろうが--ッ!!」
暁夜は、ふざけるな。という怒りの感情を
【明星堕天】に込めて薙ぎ払った。
ただただ憎悪の感情をのせただけの一撃。
心と頭の中を『憎悪』だけが埋めていく。
「じゃあ、どうすればよかったのだ! どこで私は選択肢を間違えた!? 知っているなら教えろ! 崇宮暁夜!!」
十香は泣くように吠える。それと共に、闇色の剣を幾度となく振り下ろす。
「--間違えた? あぁ、そうだな。間違ってるよ。生まれた時点で間違えなんだ。この世にいちゃいけない存在なんだよ。 お前も・・・俺も。 だから--」
と、息を吐くのと同時に十香の攻撃を避け、【明星堕天】を握る手に力を込め、
「--死んでくれ」
その言葉を最後に、容赦も躊躇いもなく、十香目掛けて【明星堕天】を振り下ろした。
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