デート・ア・ライブ〜崇宮暁夜の物語〜
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再び
精霊と一戦を交え、五河琴里が司令官を務める《フラクシナス》での誘いを断った翌日の朝。暁夜と折紙は、来禅高校の自分達の教室にいた。時間的に今は生徒達の登校時間。 何故こんなにも早く学校にいるのか?という疑問に対して答えるとすれば、何となくだ。 別に補修でも呼び出しでもなくただ単に何となく早く来ただけ。たまたま、早く起きて、たまたま登校したのが早かっただけ。 要するに偶然が何度も重なった結果だ。
「・・・ふあぁ、ねむ」
椅子にもたれかかり、机に足を乗せた状態で大きく欠伸をする暁夜。 その隣では折紙が、パシャパシャとカメラのシャッター音を鳴らしている。傍から見たら、こいつら何してんだ?と思われるかもしれないが、暁夜と折紙にとってはこれが普通だ。写真を撮られる側も撮る側もごく普通の日常の一コマとして、この写真撮影を含めている。 逆に問うが、毎日ジムで体を鍛えている人に、なぜ毎日鍛えるの?なんて聞くのはおかしいだろう。 それと一緒で、折紙が暁夜をカメラで撮ろうが、それが日課であれば、ごく普通の日課なのだ。
「そうえば、今日の昼はどこで食べる? 折紙」
「暁夜に任せる。私はアナタの行きたいところにただついて行くだけ。だから、アナタが私を襲いたいなら、襲えばいい。 むしろ、襲って」
「・・・じゃ、昼は屋上って事で。さてと、授業始まるまでまだ時間あるし、寝るかな」
何も聞こえていなかったようにそう返事をして、瞼を閉じる暁夜。 昨日は疲れていたということもあり、すぐに眠気が襲ってきた。あと少しで完全に眠れるという所で、むにゅうと、顔に柔らかい何かが押し付けられた。暁夜は小さな溜息を漏らし、
「何してんだ? 折紙」
柔らかい何かもといそこそこある胸を暁夜の顔に押し付けている折紙に呆れた口調で尋ねる。 それに対し、
「その体勢だと身体を痛める。だから、私の胸を枕に使うか、私の膝枕で眠るといい。 特に膝枕がオススメ。 ひんやりしてて気持ちがいい」
折紙は、自身の椅子を少し後ろにずらし、自身の太ももを叩く。
「じゃあ、遠慮なく」
暁夜は椅子から起き上がり、折紙の膝に頭を乗せる。 体勢的には、折紙の胸を真下から眺める形だ。なんというか、眼福な光景だ。これが膝枕の眺めなのか、と思うと恋人関係もいいもんだと感じた。
「じゃ、HR始まる前には起こしてくれ」
「ええ、分かった」
「おやすみ、折紙」
「おやすみ、暁夜」
暁夜はその言葉を最後に瞼を閉じた。それを確認した折紙は優しい手つきで、色素の微かに抜けた青髪を撫でる。口元に小さな笑みを作って。
❶
HRが終わり、午前の授業後。 大半の生徒達は中庭や教室等で、仲良し同士で昼食をとっている頃だろう。暁夜と折紙は中庭や教室ではなく、屋上で昼食タイムに耽っていた。
今日の昼食のメニューは、折紙お手製の愛情たっぷりの弁当だ。敷き詰められた白米の上に、ふりかけでハートが描かれている。 おかずは、昨日の唐揚げと厚焼き玉子。サラダと少量のパスタ。それと、温めたまま持参できる味噌汁の入った水筒に、ペットボトルのお茶。
「もぐもぐ」
白米を口にかきこむ暁夜。 その向かいに座って、上品にお弁当のおかずを食べる折紙。 二人の関係を知らない者からすれば、イケメン美女のカップルに見られるだろう。だが、付き合っているわけではない。それもあり、周囲からは羨ましがられたり妬まれたりするが、虐めやハブられるといった陰湿な愚行にあったことは無い。
「そうえば、一限終わった頃に士道連れてどこ行ってたんだ?」
「・・・嫉妬?」
「ではなくて、ただ純粋に何してたか聞きたいだけだ」
ジト目を折紙に向けて言う。
「そういうことにしておく。五河士道には、昨日の事を誰にも話してないかを確認しただけ」
「・・・さいですか。 で? 士道の答えは?」
「・・・言っていないと、答えた」
「あ、そう」
暁夜は予想していた通りの答えに素っ気なく答え、弁当の白米とおかずを平らげる。そして、カチャカチャと弁当箱を片付ける。
(話したんだろうな。 あの船で)
《フラクシナス》と五河琴里の事を知らない折紙には分からないことだが、暁夜には分かる。恐らく、士道が言わなくても、琴里が彼に教えているだろう。『AST』の事も『精霊』の事も一般人は知らない極秘情報を。
「んじゃ、教室戻るか、折紙」
「ええ、分かった」
折紙は空の弁当箱を片付け、風呂敷で包み終える。 そして、風呂敷を手に、暁夜と共に屋上を出た。
教室へと向かう際中、窓の空いた教室で昼食を摂る女生徒達や、トイレ帰りの女生徒、廊下で談笑する男子生徒達から、各々好意や妬みの視線を、暁夜と折紙に向ける。
(うへぇ。 俺、こういう妬みや好意の視線って嫌いなんだよなぁ)
当の本人は、うんざりした表情で歩くスピードをあげる。 やがて、二年四組の教室に辿り着き、扉を開ける。中に入ると、士道と殿町が昼食を摂っているのを視界に捉えた。暁夜は軽く手を振り、自身の椅子に腰を下ろす。そして、五限目の準備をし、懐から携帯を取り出し、弄り始める。
「ふーん、なるほどねぇ」
ネットニュースを流し読みしながら、時折、相槌を打ちながら、操作する。ピタリと、とある記事の部分で指が止まった。
その記事は何ら変哲もないただの事故現場の写真が載ったものだ。 ただ、その写真の奥側に見覚えのある少女の後ろ姿が写っていたのだ。
後頭部で括った青髪の少女、崇宮真那の後ろ姿が。
「・・・生きてたのか」
ホッと安堵し、小さく言葉を漏らす。まだ真那かはわからないが、生きているかもしれないと思えたら、心に突っかかっていた何かが消えた感覚になれた。暁夜はすぐに、携帯を操作し、とある人物に電話をかける。着信メロディが暫くなり、
『どうしたんだい?君から電話をかけてくるなんて珍しいじゃないか。暁夜』
若い男の声が電話越しから聞こえてきた。
「あぁ、久しぶり。 いきなりで悪いがちょっとお願いしたいことがあってな」
『お願い? あぁ、構わないとも。 君にはよく助けられているからね。 聞いたよ、また精霊を撃退したんだってね?』
「悪いが、その話はまた今度。 後でメールに添付しておくから、早めに頼むぞ。 アイク」
『任せたまえ。 我が友よ』
その言葉を最後に、通話が切れる。それを確認した後、メールを開き、先程見た事故現場の画像を添付し、電話相手の携帯に送信する。送信中のマークが消え、メールを閉じ、液晶画面を消した携帯をポケットにしまい込む。そのタイミングで、五限目の担当教師が教室に入ってくる。今日の五限目は物理だ。
無造作に纏められた髪に、分厚い隈に飾られた目、あとは白衣の胸ポケットに傷だらけのクマの縫いぐるみを入れた姿の女性、村雨令音。 今日から二年四組の副担及び物理担当になった新しい女教師だ。だが、本当の彼女は、五河琴里と同じく《ラタトスク》のメンバーである。それを知る暁夜と士道は、HR時に思わず大声を出しかけたものだ。
「・・・初めてで何かと迷惑をかけるかもしれないが、よろしく頼む。とりあえず、教科書を開いてくれ」
令音は眠たそうなぼうっーとした声で、教科書を開くよう指示する。
(・・・あの人、大丈夫なのか?)
呆れた表情で、暁夜はそう告げた。
❷
放課後。 村雨令音の初授業はグダグダな感じで終わりを迎えた。 もちろん、六時間目のタマちゃん先生の授業も大して変わらなかった。暁夜はクラスメイトや他クラスの生徒達が談笑しながら帰路につく光景を退屈そうに眺めていた。ぞろぞろと生徒達がいなくなっていき、二年四組の教室に残ったのは、暁夜と折紙だけとなった。 士道は先生に呼ばれて、少し前に教室を出ている。
「あー、折紙」
「なに?」
隣の席に座る折紙が首を傾げる。
「ちょっと悪いんだけど、先に帰っててくれるか?」
「・・・また女?」
「違ぇよ!? てか、またってなんだよ! またって!!」
「昨日は五河士道の妹と会っていた。その前は日下部隊長と。その前の前も他のAST隊員と。その前の前の前も--」
「うん! 悪かった! ちゃんと説明するから、やめてくれる? それ以上、そんなドス黒い怖いオーラ出さないでくれますぅ!?」
折紙の口から呪詛のように垂れ流されていく暁夜の女事情(いかがわしい意味ではない)。その度に、折紙の背後からドス黒いオーラが大きくなり、瞳から光が消えていく。暁夜は悲鳴にも似た声でヤンデレ化していく折紙をおしとどめる。少しだけ、アニメでよく見るハーレム系主人公の気持ちが理解出来た。
「話して」
「さっき、物理の授業があっただろ? その授業のプリントを提出しに行くだけだ」
「そう。 でも、なぜ最初からそう言わなかったの? 隠すようなことではないはず」
「・・・いや、その」
視線をさまよわせながら、折紙の鋭い質問への適切な答えを導き出すために思考をフル回転させて考える。と言っても、答えが出ることはない。 どれだけ考えたところで答えなんてものは導き出されない。例え、嘘をついた所で折紙にはすぐにバレる。逆に真実を伝えれば、《ラタトスク》や士道の秘密がバレてしまう。どうすれば、と答えあぐねていると、ガララッと扉が開き、士道を呼んだはずの令音が教室に入ってきた。
「・・・おや? 確か、君は・・・さんたろう、だったかな?」
「暁夜です。 『さ』しかあってませんよ、村雨先生」
令音の勘違いを適切に訂正しながら、暁夜は溜息をつく。
「・・・君を探していたんだ、暁夜」
「俺を・・・ですか?」
「あぁ、そうだ。 すまないが、彼を借りていってもいいかな? えーと・・・」
「鳶一折紙。 私の名前。 先生の呼び出しなら構わない」
折紙は少し渋々と言った感じで答えて、鞄を手に教室を出ていった。 とりあえず助けてもらえた暁夜は軽くお礼だけしておき、本題に入ることにする。
「それで? 俺に用ってのは?」
「その話は後でしよう。 とりあえず、ついてきたまえ」
「もし、断ったら?」
「・・・そうだねえ。 君の黒歴史ノートをこの学園の生徒の下駄箱に入れるというのはどうかな?」
令音は少し考えた後、そう提案する。それに対し、暁夜は鼻でフッと笑い、
「残念だが、俺に黒歴史ノートは存在しない! ましてや、誰かに見せて恥ずかしいものなんて俺にはない!」
「ふむ。 では、先程の・・・折紙と言ったかな? あの娘に、君が浮気をしていたと伝えておこうか?」
「--それだけは勘弁してください! 先程は調子に乗って申し訳ありませんでしたっ!!」
挑発じみた態度から一変、見事なまでの土下座を恥ずかしげもなく披露する暁夜。 ましてや、教室で先生に対して。 他の生徒や教師が見たら、ドン引きだ。
「では、行こうか」
「わかりました」
令音は暁夜の土下座を気にすることもなく、というか何も無かったかのように華麗にスルーを決め込む。 暁夜はのたのたと歩いていく令音のペースに合わせながら、黙って歩き続ける。 やがて、東校舎四階、物理準備室の前に辿り着く。
「さ、入りたまえ」
「あ、えーと、はい」
令音に促され、暁夜はスライド式のドアを滑らせた。 そしてすぐに眉根を寄せて目をこする。
「・・・は?」
思わず間抜けな声を零す。 しかし、それは無理もない。 何故なら--物理準備室とは掛け離れた構造をした部屋だったからだ。
コンピュータにディスプレイ、その他見たこともない様々な機械で部屋中が埋め尽くされていた。さらに驚くことにその中心に、負のオーラを漂わせた見慣れた青年の背中と、殿町がやっているようなギャルゲー?と呼ばれる恋愛シミュレーションゲームの画面があった。
「なぁ、あいつ何してんの?」
「ん? あぁ、彼は今、訓練中さ」
少し引き気味の声音と表情で、令音に尋ねると、そんなアホくさい答えが返ってきた。ふと、視界をずらすと、チ○ッパチ○プスを咥える琴里を見つける。と、琴里もこちらに気づき、咥えていたチ○ッパチ○プスを手に、口を開く。
「遅かったわね、崇宮暁夜」
「前も言ったが、お前らを手伝う気は無いからな」
「ええ、それは分かっているわ」
琴里は足を組み替えて、不敵に笑う。
「なら、なんで俺を連れてきた? 理由があってのことなんだろう?」
「それはもちろんよ。 ただ、あなたには私達がどのようにして『精霊』の力を封印するのか見ててほしいのよ。 それで、もし、『精霊』の力を封印できたら、私達を手伝ってくれるかしら?」
「はぁ。 結局、勧誘じゃねえか。 無理なもんは無理なんだよ、バーカ。夢物語は寝て言え。ガキ一人でどうにかなるもんじゃねえ事ぐらい、士道でも知ってるはずだ。現実はアニメや漫画みたいに上手くいかねえんだ」
暁夜はそう吐き捨てる。
ヒーローは誰だってなれるわけじゃない。
これは当たり前。
人は魔法や超能力なんて使えない。
これも当たり前。
結局、この世はそうやって出来ている。確かに魔術師がいるのは知っている。だからって、空を飛ぶ事や瞬間移動する事が当たり前にできるとは限らない。人には向き不向きがあり、限界がある。 『精霊』を救うか、殺すか、一か八かの対話より討滅の方が成功率は高い。力を持たぬ者が、身に余る選択を取るのは無駄死にと変わらない。
「だから大丈夫って言ってるじゃない。 士道は特別だって」
「特別? 特別なら人間一人、犠牲にしてもいいと? お前には人の心がないのか?妹が、兄を危険な目に? お前、それを家族って呼べるのか? そんなもの家族なんて言わない。 お前がそうだと思っても俺は否定する。家族ってもんは、金や地位よりも大切で、一度失ったら二度と戻らない絆で繋がった存在の事を言うんだ。 決して、お前が思うような大切な人を危険な目に合わせる関係を『家族』だとは言わせない」
暁夜は鋭い目つきで琴里を睨み告げる。誰よりも『家族』を失う辛さと痛み、後悔を知る彼だからこそ言える事。なぜ、弟が生きているのかは分からない。だけど、今、彼がまた新たな人生を歩んでいる。五河士道と名乗り、とても楽しそうに『--』のいない人生を謳歌している。その第二の人生をまた精霊に奪われることは耐えられない。だから、少しでも士道を精霊に関わらせないように、やってきた。だが、そんな暁夜の行為も無駄に終わってしまう。それだけは防がなければならない。
「あなたには関係ないことでしょ。それに、そういうあなたも身勝手だとは思わないの?」
「は?」
「あなたが士道を危険な目にあわせたくないのは分かる。 けど、『プリンセス』を助けたいと言ったのは士道本人よ。私じゃないわ」
「--っ! そんなわけ--」
ウゥゥゥゥゥゥゥーーー
琴里の言葉を否定しようと暁夜が口を開いた瞬間、空間震警報が鳴り響いた。今の所、この学園には生徒は暁夜と琴里、士道のみ。教師の大半は既におらず、残っていたとしても今ここにいる令音ぐらいだろう。
「--ちっ。 こんな時に」
暁夜は苛立たしげに舌打ちして、物理準備室を出て、屋上の壁に取り付けられた機器を操作する。 すると、箱型の機器がガパッと開き、そこから折り畳まれた白塗りの片手剣《アロンダイト》が現れる。それの柄を掴み、勢いよく振るった。
ブゥン!
と風を薙ぐような音がなり、折り畳まれていた《アロンダイト》が変形する。それを手に、箱型の機器から小型の特殊な端末を取り出し、腰に装着する。そして、通信機を耳につけ、屋上に出る。
「こちら、暁夜。 オペレーター、座標データ頼む」
『こちら、オペレーターの藍鳴です。『プリンセス』の座標データを送ります』
数秒後、腰に取り付けられた特殊な端末に座標データがインプットされ、それを操作しながら、
「これより、討滅を開始する」
『お気をつけて、暁夜さん』
その言葉を最後に通信を切り、暁夜はとある教室へと屋上から飛び降りた。
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