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気まぐれ短編集

作者:流沢藍蓮
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ミストラル 

 
前書き
 2017年の七月に書いた作品。正直クオリティの低さは否めないが、私の短編作りはここから始まりました。最初の話に最適かと。
  テーマは「風」です。 

 
【ミストラル】 

 ――今日も、風が吹く。

「シオン? 早く家に戻りなさい!」
「はぁい、母さん」
 母の声に、僕、シオンは歩き出す。
 
――あの日も、風が吹いていた。

 そうさ、ちょうど今日みたいに。 
 あの日も風が吹いていて。
 僕らは変わらず遊んでいたんだ。
 風を受けて回る風車を、あの子が面白いと言ったんだ。

 だけど、あの子はもういない。
 目の前にあるのはあの子の墓で。
 どろどろのぐちゃぐちゃの。
 人間だったとはとても思えぬ肉塊と化して死んだ、あの子の墓で。
 そこには。あの日にあの子と死んだ「僕」も、一緒に眠っているんだ。
 そしてまた、風が吹きすぎる。
 この地方ではこの季節風のことを、「ミストラル」というらしい。
 その響きが好きだ。あの子も、あの気ままな子も「ミストラル」と呼ばれていたんだ。
「シオン?」
「すぐ行くよ、母さん」
 考え事なんてしている暇はなさそうだ。
 僕は走って家へと向かった。
 家は湿ったにおいがした。
 悲しいにおいだなと、心のどこかで思った。

  ◆

「籠を編むんだよ」
 母さんが芋の蔓を広げた。
 僕は一応男だけれど、華奢で力仕事には向いていない。
 でも、手先は器用だから。こうして母さんの手伝いをするんだ。
 今日はただの手伝いじゃないけれど。

 ビョォォォォォオオオオオオオオオオオ。

 どこか悲しげな音を立てて風が吹いた。
 その音を聞きながらも母さんは僕に言う。
「風泣きの音は悲しみの歌だよ。ほら、あの子が。『ミストラル』が、泣いている」
 その言葉を聞いて、僕は唇を噛んだ。
 ミストラル。そう呼ばれ、本名すら忘れられたあの子。
 あの子を殺したのは僕なんだ。
 話をしようか。

  ◆

 あの日も強い風が吹いていた。
 その中を僕とあの子は走って行ったんだ。
 村の中の唯一の風車、そこまで一緒に追いかけっこした。
 でもね、運動音痴な僕が「ミストラル」に勝てるわけがなかったのさ。
 完敗した僕は悔しがって、大人たちには内緒で風車の中を探検しようとあの子に提案した。
 あの子は面白がって、その提案を呑んだ。
 そして僕らは知っていたから。鍵のかからない裏口を。そこから二人して悪戯っ子のように中に入った。えもいわれぬ背徳感があって、それがまた楽しかった。

 あの子が先頭、僕は後ろ。僕らは風車の中にしつらえられた螺旋階段を、真っ暗な中で明かりもなしに登ったんだ。この暗さが怖かったけれどそれでも少し面白くって。冒険者になったつもりで、天辺まで登ってみたんだ。
 天辺まで登ってみたら、明かり採りの窓から明かりがもれてうっすらと辺りを照らしている光景が目に入った。ガタンゴトンと風車の規則正しい音が、時計の時を刻む音に似ていた。目の前には大きな大きな風車内部の羽根が、回っていた。
 それはどことなく幻想的で、美しくって。
 僕は夢遊病者のように、ふらふらと一歩前に進み出た。
 でも、たどり着いたそこは整備用スペースで、転落防止の柵なんてなかったんだよね。

 僕は進み、あの子にぶつかり。

 前にいたあの子はそのまま転落した。

 回り続ける羽根の中に。

 あっ、と思ったときはすでに遅かった。

 僕は止まった。けれど、あの子は止まれなかった。

 あの子は回り続ける羽根の中に落ちて。

 あ、と小さく呟いて。

 悲鳴すら上げずに。

 その頭がすり潰されて、真っ赤なトマトジュースになって。

 白いワンピースに、赤い花が咲いた。

 その一部始終を、僕は淡々と見ていた。

 怖くはなかった、血を見てもなんとも思わなかった。

 ただ残ったのは、空虚。

 そして、鈍く光る後悔。

 あの子は死んでしまったのだと、心に焼きつけられた現実。

 それだけだったんだ。

  ◆

 こうして「ミストラル」はいなくなった。自由な風はいなくなった。

 でも、不思議だよね。また巡ってきたあの子がいなくなった日に。

――風が吹く。

「ミストラル」と呼ばれた風が吹くんだ。
 怨嗟の響きを乗せて、風は僕に恨み言をぶつける。

 ねぇ、シオン。大好きだったのに。
 どうして私を殺したんですか――?

 僕はそれに応える言葉を持たないから。
 だってそもそも。僕が「風車を上ろう」なんて言わなければよかった話なんだから。
 僕は悲しみの風の中、作り終わったばかりの籠にたくさんの「シオン」の花を詰めて。地面にそっと置いて。
 送り出す。
 去年は「ミストラル」は吹かなかったけれど。
 これが僕の恒例行事。
 「ミストラル」を、風のようだったあの子を、僕の過ちで死なせてしまったあの子を、あの子の魂を、怨嗟の思いを。死者の世界に送り出すための恒例行事だ。
 思いを込めて、地面に置いた籠。
 刹那、突風が吹きすぎて、シオンの花だけをさらって行った。

 ビョォォォォォオオオオオオオオオオオ。

 風が吹く。
 ああ、「ミストラル」が泣いている。
 この償いはきっと、永遠に続くのだろう。

 ――そして僕は毎年。彼女の嘆きを見るのだろう。
 
 

 
後書き
 一年前はこんな作品を書いていたのかと、見直して改めて思いました。
 そんなわけで、「ミストラル」お届けしました。 
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