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ソードアート・オンライン  ~生きる少年~

作者:一騎
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第一章   護れなかった少年
  第三十四話 Diablo

「一人を殺せ。もう一人を助けてやる」

「......え?」

 思考が停止する。それは数瞬の話だったのか、それとも数秒続いたのかは分からない。僕が思考能力を取り戻すのを察したのか、Pohは僕の髪の毛をひっつかみ、頭を無理矢理上げさせ、今度は眼を合わせながら、呟いた。

「どうした。さぁ、どっちを殺す? どっちを生かす」

 フードの下は暗く、どんな顔立ちをしているのかは分からないが、その眼の異常なギラつきだけを知覚した。
 口の中が乾く。ここが現実だったらそれと同時に背中は嫌な汗でぐっしょり湿っていたことだろう。
 口は麻痺しているかのように動かしづらく、重い。それでも、つっかえながらどうにか声を出す。

「ま、待て。あいつらを助けるって......」

 つっかえつっかえでそう言うと、アイツはフッと笑い、髪の毛を離し、言う。

「Yes. 確かに言ったな」
「だったら――」
「だが、両方助けるとは一言も言っていない」
「ッ!?」

 有無を言わさずそう告げられる。それでもどうにか思考を回す。止めたらもうどっちかを殺すしか無くなる。そんなのは認めない。絶対にどっちかじゃなくて、両方を救うんだ。

 そう決意を固め、一つ息を吸う。

「待てよ、Poh」
「What? まだ何かあるのか?」

「交渉だ」

 そう言うと、Pohはキョトン、としたように数瞬口を開けると、突然笑い出す。

「く、くくく、くぁあはははははは!! 何を言い出すかと思えば、交渉だと!? 今この瞬間にそんな言葉を吐くのか!! はははははは!!」

 そう言いながらたっぷり十秒ほど笑うと、スイッチが切り替わったかのように笑うのをやめてこっちをジッと見つめてくる。

「interesting. いいだろう。話を聞いてやろう。せいぜい楽しませてくれよ、ソラ」

 乗ってきた。こっちの交渉の材料は僕の身柄だけだ。だが、僕は今まで幾度も勧誘されている。

 ......行ける、はずだ。

「それじゃあ話をしようか。と言っても僕の切れるカードはそんなに無い。武器は先ほど折られたし、防具にしたって喉から手が出るほど欲しい、というような物じゃない」

 続けろ、と言う風に顎を少し持ち上げるPoh。

「それなら金。僕の金は正直かなり有り余っているし、この世界に居る人達の中でもかなり持っている方だろう。.....だけど、アンタラは金で動くほど安くない。そうだろ?」

「......わかってるじゃないか。もし金で釣ろうというなら、直ぐにでも二人を殺して、お前も殺す所だった」

 そう言いながら肩を竦めるPoh。そう、そのはず。現状彼の要求は一つのはずだ。僕の口から、笑う棺桶に加入することを告げる。そうしてこちらの心を折り、敗北心とともに縛る。それしか考えられない。
 そうじゃなきゃ、こんな面倒な手を使う理由なんて無い。生け捕りよりも殺す方が簡単だし、リスクも少ない。

「だから僕の切るカードはこの一枚だ」

 息を吸って、吐く。僕はこれから僕じゃなくなる。いや、僕に戻る、と言った方がいいのか。詩音を殺した、蒼空という存在に。僕はこれから薄汚れた人殺しに戻る。もう二度と日の目を拝めなくなろうが、そんなことはどうでもいい。そんなことよりも、二人が生きて帰ることの方が重要だ。
 
 だから、僕は全てを捨てて畜生に堕ちよう。二人を救うために。

「僕は......僕の身柄を引き渡す。僕は『笑う棺桶』に加入しよう。代わりに二人を解放してくれ、Poh。」

 んんーッ!! という二人分のくぐもった叫び声が届くが、前言は撤回しない。ジッとPohを見つめる。さぁ、答えは如何に。

 Pohは虚を突かれたように、数瞬の間、口をポカンと開いていた。

「今......。今、『笑う棺桶』に入る、と言ったのか......? その代わりに二人を解放しろと......?」
「ああ、そういった」

 僕はPohをまっすぐ見つめ返しながらそう返す。

「テメッ!!」
「待、て」

 刹那、ジョニーブラックが声を荒げるも、ザザに押さえられる。そんな事が行われても僕は視線をそらさず、Pohの方だけを見る。
 と、Pohの口角が歪む。
 最初は軽い含み笑いだった。だが、それは次第に大きくなっていき、最終的に狂笑となって耳朶を打つ。それは目的が成就し、勝ち誇るが故の笑いのようにも聞こえるし、又は、余りの怒りに我を忘れて、という笑いにも聞こえた。

 そのままたっぷり数十秒ほど、狂ったように笑い続けると、Pohの笑いはピタッと止んだ。

「......ヤコブ、離してやれ」

 その言葉に黙ったままヤコブを従い、僕の上から退いた。
 ゆっくりと立ち上がる、背後は壁、前はゆっくりと歩いてくるPoh。もう逃げ場は何処にもないし、逃げる気すらない。
 後悔はしない。この選択以外無いのだから。メイもケイも、血盟騎士団レベルには育っているし、あの二人ならこれからもやっていける。だから......だから......。

 唯一、後悔があるとすれば――。

(――あの時、観覧車で言い淀んでいた言葉が聞きたかった)

 だけど、これでいい。中途半端な思いを残すくらいならそんなのは、この先の修羅の道で邪魔以外に他ならない。僕にとっても、メイにとっても。だから、これでいいんだ。

 迷いを断ち切るように、Pohを見る。そして、Pohの歩みは、僕の目の前で止まる。ここで、Pohの差し出した手を取り、僕は......。

 Pohの身長は僕よりもかなり高く、見上げる形になった。当然、フードの中身が見えてしまう。
 そこにあったのは、どこまでも冷ややかな目だった。
 
 刹那、Pohの腕が一瞬の内に首を掴み、そのまま背後の壁に押しつけられた。

「カハッ!?」

 壁にぶつかり、肺の中の空気が出て行く。息を吸おうにも、Pohの指が的確に気道を押さえており、息が吸えない。

「か......ひゅ......」

 息が吸えない俺の前で、Pohはもう片手で少しだけ、フードをめくり、僕と眼を合わせる。

「hey,『笑う棺桶』に入る、と言ったな」
 
 首を動かすことすら出来ず、目線で頷くと、ギュっと首を掴んでいる手に力が入る。さっきまでがHPの減らないギリギリのラインだったのか、今度は緩やかに、しかし確実にHPゲージが減っていく。

 どういうつもりなんだ、と眼を見ると、その眼は、冷静で飄々としていた彼とは違うような激情で染まっていた。

「『笑う棺桶』、舐めンじゃねぇぞクソJapが。テメエみたいな雑魚、誰が入れるか」

 そこで、首を掴んでいた力がフッと弱まる。HPゲージは下降を止め、ゲージの端に少し残るだけとなった。

「いいかjap.勘違いしてるようだから教えてやる。俺たちの目的はテメエの勧誘じゃねえ」

 相変わらず旨く出来ない呼吸が完全に出来なくなった。
 どういうことだ。
 頭が完全にフリーズする。

「ソラ、俺はこれでもお前に期待してたんだぜ? だから、お前の言う交渉、という言葉に応じた。俺でも考えていない何かを聞ける可能性がある、そう考えたからだ。なのに、結果はこれだ。結局、お前はあの頃とは違う、つまらねえ奴になっちまった」

 Pohはそこで一度、言葉を止める。

「いいか。お前の選択肢は二つだ! 片方を生かすか、それとも両方殺すかだ。他の選択肢なんて無い。わかったら今すぐ選べ、二人とも殺すか、一人は生かすか!!」

 Pohは俺と目線を合わせ、その眼で問い詰めてくる。

「さぁ、どっちだ。両方殺すか、片方は生かすか」

 僕は、頷くことしか出来なかった。 
 
 

 
後書き
えー、残りストックが僅か1話になりました。更に投稿ペース落ちます。ご了承ください。 
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