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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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十三 操り人形の手綱

空間が歪む。
身体が歪み、捻じ曲げられる。

「…ぐっ」

不可解な現象に、デイダラは身を捩る。空中で体勢を整えるのもままならない。
真下を見下ろすと、はたけカカシの赤く渦巻く瞳と眼があった。


(あいつか…!)

万華鏡写輪眼。
ピントを合わせた部分を中心に目標をピンポイントで転送。
狙いを絞ったデイダラの身体を得体の知れない時空間へ送りつけようとするその術をカカシは発動する。
一度として瞬きしていないのがその証拠だ。


なんとか逃れようとしたものの、完全に狙いを定められている。
自分の身体がみるみるうちに、さながらブラックホールに吸い込まれていくおぞましい感触がして、デイダラは冷や汗を掻く。

一方のカカシも、抵抗してなかなか転送に踏み切れないデイダラに、顔を険しくさせた。


狙いを絞らないといけないので、瞬き一つできやしない。それでもチャクラを込めて眼光に力を注ぐ。

不意に、視界の端で、何かがチラついた。なにやらヒラヒラと舞うその白に、気を逸らされる。
僅かにピントがデイダラからズレた。

「しま…っ」



狙いが外れる。

全身を捉えていたはずのデイダラの腕だけが術でねじ曲がった。
苦悶の表情を浮かべるデイダラだが、無事に身体を歪んだ空間から引き抜く。
腕が取れ、バランスを崩したデイダラの姿が背後の森へ墜ちていく。



「外れた…!」

正確に狙いを定めていたのに、視界端に映った白い蝶に気を取られてしまった。
焦点がズレた事でデイダラの像が一瞬ぼけてしまい、術を発動したものの、腕しか空間転移できなかった。


チッと舌打ちしたカカシは、瞼を閉ざす。
次に眼を開けた時には、赤く渦巻いていた瞳はいつものカカシの眼に戻っていた。

視線を走らせる。術の発動を偶然にも邪魔した白い蝶が、森へと飛んでいく。
デイダラが墜落した森の方角を確認する。


デイダラが墜ちた箇所へ視線を向けたまま、カカシはナルを呼んだ。

「ナル」




しかし、返事がない。


不審に思ったカカシが背後を振り仰げば、ナルは【螺旋丸】で引きちぎったデイダラの巨鳥の頭部を抱えていた。
その背中が小刻みに震えている。


巨大な鳥にくわえられていた我愛羅のだらんとした手足が、カカシの瞳に映った。




「我愛羅…我愛羅…」
「…ナル」
「なにしてんだ、我愛羅…!起きろってばよ!!狸寝入りすんじゃねぇぞ…!」
「ナル」



ナルの悲痛な声を耳にし、カカシは唇を噛み締める。
奪回には成功したものの、既に遅かった事は、理解していた。

わかってはいたが、それでもやはり、親しい者の決別は何度経験しても慣れない。
戦争慣れしているカカシでもそうなのだ。ナルなど、心が引き裂かれるほど辛いだろう。


「ナル…」

肩に手を置こうとしたカカシは、次の瞬間、反射的に飛び退いた。
触れようとした指先が火傷している。


ぞわり、と悪寒がして、カカシはナルを凝視した。



(……おいおい…まさか、)




我愛羅を抱えるナルの瞳は紅い。

寸前までは隈取りのように目元に引かれていた紅色は無く、今はただ、炎のように燃える双眸が赤々とデイダラが墜落した森の方角を見ていた。







「よくも…我愛羅を…ッ!!」
「待て、ナル…!!」


カカシの制止を聞かず、ナルが森のほうへ飛んでいく。
カカシは慌ててナルを追おうとしたが、残された我愛羅を見て取ると、彼の身体を担いだ。
我愛羅を背中に乗せる。


力無いその身体からはやはり生きているとはとても感じられなくて、カカシは間に合わなかった己を責めつつも、ナルの後を追った。
















その一部始終を、物言わぬ蝶がずっと見ていた。

森へと飛んで行った蝶とは別の黒い蝶は、胴体と頭部が別れた巨鳥の上をひらりと舞う。
やがて、デイダラ、そしてナル・カカシに続いて、黒い蝶もまた、森の奥へと向かった。

































「チッ…」

刀を手に迫る傀儡人形。
自分の得物であるにもかかわらず、主であるサソリに襲い掛かる。
かと思えば、チヨが操る【白秘技・十機近松の集】の傀儡人形の攻撃。


己の傀儡人形が一体、急に指示に刃向かって、サソリ目掛けて刃を振るう。
それを避け、傀儡を壊した次の瞬間には、別の人形がサソリを襲う。

最初はチヨがチャクラ糸を使い、自分の傀儡を奪っているのかと思っていたが、どんなに注意深く観察しても、チャクラ糸は見えない。



それならば、答えはひとつ。




(あの女、か…!)

【白秘技・十機近松の集】の傀儡衆と同じく、チヨにチャクラ糸を結ばれ、操られている本人────山中いの。

チヨがいなければ、自分の攻撃を避けることも出来ない小娘だと侮っていたが、どうやら違うようだ。


(あの女…一体どういう能力で、俺の傀儡を…)




一国を落とした、最大の奥義。
チヨの持つ【白秘技・十機近松の集】の十倍の数をも保持している【赤秘技・百機の操演】。
一瞬で決着をつける為に繰り出した術のはずなのに、思いの外、時間を食っている。


それもこれも、何処から、どの人形が自分に刃向かってくるかわからないという不可解な現象が原因だ。


(…数で圧すつもりが逆に仇となったか…)




どういう力かまだ判明は出来ないが、自分の傀儡人形を乗っ取って操っているのは間違いない。
サソリと同じ傀儡師のチヨが、チャクラ糸を結ばずに傀儡を奪うなんて芸当は流石に持っていないだろう。



(だが、人形を操るにしても、法則性があるはずだ…)

チヨの【白秘技・十機近松の集】と、急に制御が利かなくなる己の傀儡人形を相手にしながらも、サソリは、いのの能力を判明しようとする。

ふと、背後から襲い掛かる自分の傀儡の攻撃を避けたサソリは、すれ違い様に己に刃向かった人形を破壊した。直後、目の前から新たに傀儡人形が迫り来る。
たった今、破壊した人形とは直線上にいた傀儡の攻撃を見て取って、サソリは含み笑った。



(────なるほど)

つまり、人形から人形へと操る対象を変えるこの術の盲点は、直線上でしか使えないという事だ。
今し方、サソリの制御が利かなくなった傀儡が、背後にいた人形から、目の前にいる人形へと、変わったのがその証拠。


ならば、直線上にいる傀儡に気を付ければいい話だ。






「まぁ、その前に、本体をぶっ叩けばいい話だがなっ!!」


そう言うや否や、サソリはいのに向かって、傀儡人形を放った。

一斉に迫り来る人形は尋常な数ではない。
チヨが慌てて、いのを守るべく自分の【白秘技・十機近松の集】の人形を向かわせる。
同時にいのに繋いでいるチャクラ糸を、チヨは操った。


顔を俯かせているいのは、チヨのチャクラ糸に従い、サソリの攻撃をかわす。
だが、サソリはチヨにも己の傀儡人形を襲わせて、いのに注意が向けられないように施す。


自分に襲い掛かる傀儡の猛攻に耐えながら、チヨはいのを呼んだ。

「いの…っ!!」



直線上でしか人形を操ることが出来ないのなら、全方向の違った方角から襲い掛かってくる傀儡には、対処しようがない。
仮に、一体を操ったとして、他の人形はサソリの指示通りに直線上にはいないよう、上手くコントロールする。

もっとも、なんらかの方法でサソリの傀儡の制御を奪う術者────いのを倒せば、それで済む。




「ソォラァ!!」


傀儡が殺到する。
カンクロウを動けなくしたモノと同じ、毒を滴らせた刀を、複数の傀儡がいの目掛けて刺した。



手ごたえは、あった。






「────いのッ!!」

チヨが叫ぶ。
悲痛な声を背景に、サソリはくっと口角を吊り上げた。




刹那。




頭上から風を切る妙な音がして、サソリは反射的にチャクラ糸を操る。
傀儡人形が守るようにサソリの眼前に佇んだかと思うと、直後、破壊された。



「チッ、」

傀儡人形を拳で粉砕した相手から、サソリは距離を取った。
先ほど、自分の傀儡人形を殺到させた場所を振り仰ぐ。



複数の人形に全身を刀で突き刺されている────いのの姿が確かにある。
だが、その瞬間、その場に白煙が舞い上がった。




「【影分身】か…!」
「ご名答。私の親友の得意な術よ」


ただの【分身】とは違って、実体がある【影分身】。
いつの間にか、サソリの操る傀儡人形に変化して、【赤秘技・百機の操演】に紛れ込んでいたいのは、口許に弧を描いた。



「やるな、小娘……」
「アンタもね」


今の一撃でサソリを倒すはずだったいのは、内悔しげにしながらも、拳を前に構えた。



サソリの傀儡人形を次々と操っていたのは、サソリの推測通り、いのである。
山中一族に伝わる秘伝────【心転身の術】を使ったのだ。

相手に自分の精神をぶつけ、相手を乗っ取る術は、強い精神力の持ち主には抵抗されるという欠点がある。
しかしながら、元々、精神がない人形相手なら、話は別だ。

もっともこの術は、以前まではシカマルに相手の動きを止めてもらった上で、使っていた。
しかしながら、修行の成果で、対象が動いていても身体を乗っ取る事が可能となったのだ。
ただし、精神をぶつけて身体を乗っ取る事が出来るのは、現状では直線上の相手のみ、という欠点がある。そして、相手の身体を乗っ取っている際、自分の身体が無防備になってしまうのも変わらないままだ。


よって、その間、無防備になってしまう己の身体はチヨに操ってもらい、いの自身の精神はサソリの傀儡人形を乗っ取っていたのである。
サソリに破壊される間際に、他の人形へと精神を飛ばし、そしてまた、サソリに攻撃を繰り出す。



そうすれば、おのずとサソリの傀儡の数は減るに加え、サソリの得物を奪うことも出来る。
傀儡師のチヨがいるからこそ、出来る作戦だ。




「どうやら、俺の傀儡を操っていたのはお前のようだな」

(流石ね…この術のカラクリに気づいたか)



サソリの発言に、いのは表情にこそ動揺を露わにしなかったが、内心、感嘆する。


自分が術を使って傀儡の制御を奪っていると、サソリが気づいたらしいのを見て取って、いのは一度、本体に戻ると、秘かに影分身をつくったのだ。
そして、いの自身はサソリの傀儡人形に変化したのである。


中忍試験の予選試合で、波風ナルが使用した作戦。
赤丸にすかさず変化し、キバを騙して勝利へと繋がった親友からヒントを得て、いのは影分身を自分と見せかける。

もっとも、『木ノ葉崩し』において、カンクロウと闘った犬塚キバも同じような方法を使っているとは、流石にいのも知る由は無かった。





(だけど、チャクラの消耗が激しいから、【影分身】はこれっきりね…)

【影分身の術】は、分身体の数だけ本体のチャクラも等分される為に、チャクラの少ない者が使えば、消耗も大きい。それなのに、【多重影分身】で何人もの影分身を生み出すナルに、改めていのは感心していた。




戦闘態勢のいのをじっと見ていたサソリは、不意に【赤秘技・百機の操演】の術を解いた。
百体よりは随分数は減ったものの、それでもまだ残っていた傀儡人形が掻き消える。

傀儡師の武器である人形を急に巻物へ仕舞い込んだサソリに、いのは怪訝な表情を浮かべた。



「…どういうつもり?」
「なぁに。これ以上、俺のコレクションの数を減らしたくないだけだ」


いのに操られ、襲い掛かってきた自分の傀儡をサソリ自身も破壊していた為、せっかく百体揃っていた【赤秘技・百機の操演】が、名の通り、百機では無くなっている。

このまま、戦闘を続けていても、数は減るばかり。
それならば。






「暁に入った時のいざこざ以来だ。いつだったかなぁ~…」


黒衣のボタンに指をおもむろにかける。
徐々に露わになるサソリの身体を前にして、いのと、そしてチヨの眼が大きく見開かれる。



「ああそうだ。坊に完膚なきまでに破壊された時、だったか…」


無謀にもナルトに戦いを挑んだ挙句、一瞬で粉砕されてしまった昔の出来事を思い出しながら、サソリは皮肉げに自嘲の笑みを零した。



己の全身を纏っていた、暁の外套。
黒衣が、するり、と地面に滑り落ちる。

それを脱ぎ去ったサソリの身体を眼にして、チヨは愕然とした表情を浮かべた。
直後、顔を顰める。

「……変わらんはずじゃ…」




背中から、シャキン、と刃物が飛び出す。
腹部から伸びるワイヤー。先端を地面に突き刺すと、所々から毒が滴り落ちてゆく。



自らを傀儡化したサソリは、己の腹から伸びるワイヤーに足をかけると、生気の無い冷ややかな瞳で、いのとチヨを見下した。







「なんにせよ久方ぶりだ…────自分を使うのはな」 
 

 
後書き
大変お待たせしました…!

いのの力、こういう戦闘なら、上手く活用できるのではないかと…。
ただし、捏造多数なので、もし間違っていても眼を瞑ってください。ご了承願います。 
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