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=体育祭編= セレクト・アウト
水落石です。瀬呂と順番入れ替わって俺の目の前に轟がいるとです。
やべーよ。終わったよ。相性的に既に終わってるという問題もさることながら、エンデヴァーに会ってしまったのか顔が濃ゆいよ。醤油顔の氷ブッパという空間攻撃でドンマイルートしか見えねぇよ。いや、瀬呂は偉いってよく分かった。だってこの人殺しそうな空気纏ってる轟相手に最善手を打ったんだもん。相手が悪かった。マジドンマイ。
いやしかし、これは逆にいいのかもしれん。正直、さっきの砥爪の件でちょっと気持ちが散漫になってた。轟に対する本能的危機感が俺の思考をクリーンにしてくれる。後腐れなく負けられるってのはちょっと腹立つので考えうる限りの抵抗はさせてもらうし突ける隙は突くが、あれだ。「勝てる気はしないけど負ける気もない」。うん、瀬呂は本当にいい事言う。
「よう、轟。路傍の石を見るような面してるな」
「……………」
「だんまりか。余程誰かにご執心らしい」
適当に言ってみても、無視だ。轟の一番悪い癖、見ているのに見ていないし聞いているのに聞いていない。成程これは――爆豪や緑谷程ではないが、正直ちょっとカチンと来るな。
だったら、少しイジワルでもするか。
『START!!』
プレゼントマイクの声と共に試合開始。しかし轟は俺を見ているものの先手を打たなかった。本気でやってればここは打つし俺相手なら最大の最善策なのを、やらなかった。理由は単純で、俺を見ながらも実際には俺の奥にいる男、エンデヴァーを見てるからだ。親父に一番吠え面かかせられる嫌がらせは何かを、心のどこかで吟味し、勝つと言いながらその思想が最善手を遠のかせている自覚がない。
いいのかよ、轟。ぼーっとしてると俺も心操の真似事しちゃうぜ。
「ほら、ぼさっとすんな。『パパが見てるぜ』?」
「――ッッッ」
その瞬間俺は左に――轟の初期戦術最大の弱点、右の氷しか使わない動きを逆手に取った跳躍をした。普通ならこれ、範囲攻撃使ってくる相手には間に合わない。だけど、『未来視』を見た俺は「視覚情報より一瞬早く動ける」。そして、心の地雷に触れられた轟の思考は一瞬怒りが優先し、その後に攻撃が出る。でなければ瀬呂の先制攻撃を喰らってから反撃などしない。
相手が一瞬遅く、こちらが一瞬速ければ、相対的に二瞬の間が生まれる。飯田ならゼロタイムでもレシプロで間に合わすだろうが、凡人の俺が轟の攻撃を躱すには二瞬、どうしても必要だった。
背後で轟音を上げながら反り立つ巨大な氷山を無視し、挑発的な笑みを受ける。初撃を避けられた以上、二発目は確実を期す。故に俺が一発でも轟に攻撃を叩きこめるのは今この瞬間のみ。
「一発貰っていけよ」
俺は、思いっきり足を踏み出し――。
『轟の顔、肩、腹に1発ずつ拳を叩きこんだうえで轟の攻撃を回避していた』。
「ガッ……!?」
「あ……???」
なん、だろう。これは、今――何か背筋が熱くなるような何かが流入し、その瞬間俺の感覚が俺の時間と乖離した。あの達人特有の瞬間をスローで感じ取れるようになる、といった刹那の見切りではない。
今の俺は、それが出来る当然の事だと思うように轟に複数発の攻撃を叩きこみ、そのうえで『轟が氷を展開したのを確認して回避』した。轟が唖然とするが、俺も唖然としている。自分の感覚と意識が『おかしいのに噛み合っている』。
今の俺は、未来を見なかった。
何だ、この世界は。
まるで、ふうせんとなった体に無尽蔵に空気が送り込まれているような――思考が過敏になり、過敏な思考が更に過敏に肉体に送り込まれる。俺は次の瞬間、轟の視界から消える速度で走り出していた。
頭が、ズレる。何か、聞こえる。
『がんばって』
『まけないで』
『――変えられない未来なんてないもの』
貴方は、誰だ。ああ、轟が攻撃してくる。考えるな、と念じた時には轟の攻撃への対処という思考が独り歩きして体が爆発的に動く。過敏になりすぎたブレーキのように、僅かな一押しが体を勝手に動かす。過剰なまでの力の流入――体の制御が、利かない。
足が千切れる、肺がはち切れる、心臓が爆発する。駄目だ、視界に見るなと命じても見る意識が勝手に見て、動くなという意識を動く感覚が上書きしていく。これは、こんな事が。ありえない。
俺の個性に、こんな力はないのに――!!
= =
轟は父親を混ぜた挑発を受けたことに激昂して要らぬ隙を生み出してしまったことを後悔するより、一撃で氷の攻撃にて水落石を仕留められなかった事より、ただただ唖然とした。幼い頃から人でなしの父に叩きこまれた訓練のせいか自分が何をされたのかは理解したのに、その現実が余計に混乱させる。
水落石は、飯田のレシプロに匹敵するかそれ以上の速度で轟の懐に入り込み、複数回の攻撃を叩きこんで視界から失せた。失せたということは死角に入られたという事だ。
普通なら、水落石にそんな異常な速度で動ける切り札があったのかと混乱したり、あり得ないと現実を否定する事で隙を生んでいるのが常人だろうが、この時ばかりは訓練で叩きこまれた反射的行動が功を奏した。
瞬時に自分の背後、攻められるであろうルートを氷で閉鎖して水落石の居場所を炙り出す。轟に出来る、その場の全員が認める最適解を導き出し、実行した。
氷をむやみに出せば自分の視界を塞ぎかねないし、遮蔽物は水落石にとっては利用できる道具になるのを承知で出さざるを得なかった。結果的にそれは轟にプラスに働いた。
轟は、改めて見た。
全身から青白いオーラを噴出させて、目にも留まらぬ速度で迫る水落石の姿を。その、時間を置き去りにしたような圧倒的な速度を。
『な………ンだあの馬鹿スピードはッ!!予選でも授業でも使った事ねぇだろォォォォーーー!?ここにきて隠し札とはどんだけトリッキーなんだ水落石ィ!!』
『あのオーラ、個性発同時にたまに出てるのと一緒だから自前の個性じゃああるんだろ』
司会の二人は困惑に満ちている。相澤先生も口ではそう言っているが、合点がいっていない。当然だ。水落石の個性は『超感覚』。察知系の力であって、物理的な力に転用できる代物じゃない。だが、そんな謎は後回しだ。
「まずいな……あの速度じゃ捉えられん。かといって氷に籠城してるんじゃ戦意なしと見なされて失格……」
一瞬、炎を使うかと思案するが、すぐに棄却。使わないと決めているのは勿論のことだが、あの速度の水落石相手に慣れない炎攻撃など付け焼刃にしかならないからだ。炎は邪魔になった氷を解かす時のみ、あとは氷だけで封殺するしかない。
「だったら……!!」
多少無茶をすることになるが、会場内にまともな足場を無くすために轟はステージ上全体に氷柱を作る。これは、水落石の攻撃を受ける事を承知の上での前置きだった。実際、予想通り水落石はこの隙を逃さず仕掛けてきた。
ただし、投げた氷片とバウンドさせた氷片、そして自分自身という同時三点攻撃によって。
「つあああぁぁぁぁッッッ!!!」
「曲芸かよ……っ!!」
直撃すれば痛いではすまない山なりの投擲、作った氷柱にバウンドしながらこちらに向かってきた氷、そして水落石。とっさの判断で、轟は目の前に氷の盾を作りながら水落石側に突進した。シールドバッシュだ。これによって二つの氷を避けながら水落石を迎撃する。恐らくは最善手――しかし、獲れる最善手と成功の確率は必ずしも一致しない。
水落石はそれを見た瞬間に獣染みた踏み込みで方向を変える。避けられると判断した轟が氷の盾を手放した瞬間、烈風の如く回り込んだ水落石の強烈なボディブローが叩きこまれた。
「がはッ……!」
内臓が揺れる衝撃が突き抜け、一瞬意識が飛びそうになる。しかし歯を食いしばって耐えた轟はそのまま水落石の手を捕まえようと手を伸ばす。
が、寸での所で手を引かれ、歯ぎしりする。絶対的な速度差が違いすぎる。
(あと二、三発も貰ったら……立てなくなりそうだ)
もはやこうなれば後先を考えている暇はない。既にこの事態を想定してステージ全体に土壌は作っている。あとは根競べだ。
「一発でいい、当たれェェェェェェェェェェェッッ!!!」
個性、最大出力。自分の周囲だけ氷を溶かしながら一度体温を調整し、そのまま轟は完全に氷柱を発生させることに全神経を集中させた。昔の忍者のような超人的速度と判断力で跳ねまわる水落石をひたすら追撃する。
追撃、追撃、追撃。跳ねた先、避けた先、隙間に入った先、全部だ。轟音を立ててフィールドが巨大な氷柱に反り立ち続ける。
『轟、攻撃が当てられないと見たか質より量の氷絨毯爆撃ぃぃぃーーーッ!!いや下から生えてきてるから地雷か!?』
『どっちでもいい。水落石だってスタミナはあるんだ、あんな出鱈目な動きいつまでも続けられないなら数で攻めるのはあながち有効かもしれん』
そんな実況を聞いて、轟は確かにと思った。今の水落石の運動量は常識的には考えられないレベルに達している。飯田のレシプロとて絶大な速度と引き換えに時間制限があったのだ。個性は無限には続かない。ならば水落石の速度もどこかで落ちる筈。
しかし、水落石は空中で氷を蹴って反転するような曲芸じみたジクザグ跳躍をひたすらに繰り返し、速度が落ちない。馬鹿な、どんな理屈だ――そう理不尽ささえ感じた轟は、ふいに水落石の表情を垣間見た。速度差が酷くて今までは見えなかったが、慣らされた目はそれを見た。
水落石は、滝のような汗をながしながら苦悶の表情を浮かべている。
それは今を乗り切ろうという必死さではなく、今まさに首を絞められているような焦りが垣間見えた。
「まさか――個性の暴走。止められないのか、水落石!?」
強力な異能である個性は、特に初めて発現した際は扱い方が分からず暴走してしまう事もある。大抵の場合、子供の個性は貧弱なので大した騒ぎにはならないが、時に強力な個性で大事故を引き起こしてしまうこともある。成長しても個性をコントロールしきれないと緑谷の腕のようにバキバキに折れてしまったり、個性の暴走は命がかかる。そして意図的にしたならば意図的に止められるが、意志に反する暴走を自力で止める事は困難を極める。
あのままでは、限界を超えた水落石の体は負荷に耐え切れない。いや、今既に過剰なのだ。
助けなければ――倒すという発想を通り越し、轟はそう強く感じた。
「だったら、これで!!」
更に力を絞り出し、物理的に水落石を外から中へ、今まで遠ざけるように使っていた個性を招き入れるように使う。個性暴走のせいか攻撃に偏重している水落石の体は次第に轟の方へ近づいていった。招き入れられている事には気付いているのだろうが、体が言う事を聞いていないお陰で互いに助かったようだ、と轟は思う。
やがて轟に攻撃するしか方法がない状態になり――水落石が出鱈目に投げた氷が体に命中しながらも踏ん張って耐え続け――しびれを切らしたように頭上に躍り出た水落石を、轟は個性で拘束した。
動き回る敵を捕らえるのは困難だが、ただ一か所に来るのを待っていれば難易度はぐっと下がる。野球でピッチャーの放つ球種を一つに絞って打とうとするような、リスキーだがこの場では確実な方法だった。
『氷の食中花に誘い込まれた所を一撃バインドォォォッ!!お前が密林のラフレシアだ轟ッ!!』
『それ誉めてないだろ』
落ちてきた水落石は、全員に一切力が入らないとばかりに氷上を転がり、見ているこちらが苦しく成程にぜいぜいと全力で呼吸していた。どうやら、もう体の自由は戻ったようだ。周囲の氷を個性で溶かし、轟は審判のミッドナイト指示を待った。
「み、水落石くん……まだ戦える?」
「ぜひゅー、ぜはー、ゴホッ、コフッ、ぜぇー!!」
「うん、これ無理ってことでいいよね。という事で勝者、轟くんッ!!」
全身に霜を被って凍えそうになりながら、ミッドナイトは戦いの終了を宣言した。
「はぁー、はぁ、とどろき………助かっ、はぁー……」
「………何があったか知らんが、休んでろ。運んでやるから」
こうして、水落石拓矢の体育祭は終わった。
多くの謎と、全身筋肉痛を残しながら。
「――負けちゃった」
「うん、凄く頑張ったのに残念だったね。でも、いい戦いだった」
「うん………つぎも、がんば、れ………、………すぅ」
「…………眠ったか。それにしても水落石くん、ね。まさか本当に芽吹いていて、それがこんなにも深く彼女と結びつくとは………恥を忍んで、会いにいかなければね」
後書き
とにかく謎ぶちまけ回になっちゃった。
次回は水落石視点に戻すのと、余裕あったらつくもちゃん。
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