外伝・少年少女の戦極時代
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
斬月編・バロン編リメイク
割れた林檎と隠された王子
――では、あの日からの後日談をしよう。
朱月藤果は最初こそ市内の病院に入院していたが、小康状態になった時に本人が市外の病院への転院を希望した。これにて咲は藤果と会えなくなった。――きっと、藤果は二度と、沢芽市の土を踏まないだろうな、と思った。
(アップルパイ、もっかい食べたかったな)
アルフレッドは碧沙と戒斗が沢芽市警に身柄を引き渡した。碧沙がアルフレッドに要求した情報は、面会室でガラス窓越しに彼から聞き出している。その面会には毎回シャプールが同席した。シャプール自身の意思で、彼にとっての“敵”の詳細を聞いていた。
(決めたんですね、シャプールさん。“財団”や義理のお父さんから逃げるんじゃなくて、戦うこと)
チームリトルスターマインはアルフレッドから得た部下たちの居場所を知るごとに動き、潜伏する部下たちを発見しては沢芽市警にしょっぴいたり通報したりした。市警の職員たちも、小学生たちが大の男を引きずってくる光景に慣れてしまい、最後のほうでは「おう、今日もお疲れさん」と身内扱いする職員が出る始末だった。
リトルスターマインが“後始末”が終わって、シャプールが沢芽市を発ってから、数日。
今日は元チームバロンと元チームリトルスターマインでコラボレーション・ステージを披露する日だ。
幕開けまでの空き時間。咲はトモから、ヘキサと入れ替わっていた期間の話を聞いていた。
これが初めてではない。これでも咲とヘキサの人格が入れ替わっていた時に生じた不都合に備えて、まめに情報交換を重ねているのだ。
「――ふうん。じゃあそのシャプールって人、お国に帰ったら、お父さんと対決することになるのね」
「そーね。成人した立派なオトナがそう言うんだったら、もう『がんばって』としか言えないでしょ」
「でもさー、引っかかるとこはあったのよ」
「おー、ナッツ」
「ども。咲もトモも、『シャプール』ってどういう意味の名前か知ってる?」
咲もトモも首を横に振った。
「中期ペルシア語で、Šāhは王、puhrは息子。合体させると『王子』って意味になるのよ。単にお父様とやらがゲン担ぎで命名したのか、はたまた、シャプールが実は王家の隠し子だったりしたのか。真相は闇の中だけどね」
シャプールが、王子様。南アジアの小国の王子。――案外おかしくは感じなかったのが我ながら不思議である。咲自身は彼とほぼ面識がないのに。
「ま。もうあたしらの手からはなれた案件だから、気にしないことにしますか。――ところでヘキサは? 早く来てくれないとチームバロンとのリフト芸できないんだけど」
「寄り道。ステージ開演の5分前には着くってメール来た」
「間に合うならいいけど。あれからあんたら、体の調子はどうなの?」
「時々ぎこちないけど、戦うのはふつうにできるようになったし、ダンスのキレももどってきてる感じ」
「じゃあ問題ないか」
「ない、ない」
碧沙は今日のフリーステージに程近い商店街で買い物をして、ステージに向かっていた。
その途中、路地の人込みで誰かとぶつかった。
碧沙は急いで謝ってからその人物を見やった。
「駆紋さん」
「お前か」
「はい。ちゃんと『わたし』のほうですよ」
戒斗は特にコメントせずに過ぎ去ろうとした。その前にふと碧沙は彼が漂わせた香りに気づいた。
「駆紋さんもお墓参りに行って来たんですか?」
ぴたり、と戒斗は足を止めた。
「す、すみませんっ。その、ユリの残り香がしたので、つい」
「――両親の墓参りだ」
「ぁ……おくやみ、申し上げます」
「別に。ところでお前のほうは、その大荷物は何だ?」
戒斗は碧沙が背負った満杯のエコリュックを見やった。
「あ、これですか? 実は明日、両親のお墓参りに行こうって話になったんです。兄さんたちは忙しいから、わたしが買い物してきますって。掃除道具とかゴミ袋とか、あとお線香とロウソクとマッチと」
「供花はいいのか」
「今日買ったらしおれちゃうんで、明日、現地調達です」
「そうか」
戒斗はそれにて碧沙との会話を打ち切り、去ろうとした。
「恨んでいますか? ユグドラシルを――わたしたちを」
それはカーディーラーに逃げ込んだあの夜、やるせなさから口を突いた言葉。
「そんな余分な感情、とうの昔に捨てた」
今度こそ戒斗は雑踏の中に紛れて見えなくなった。
(会ったこともないお母さん。裏で朱月さんみたいな人たちにヒドイことしてたお父さん。それでも、わたしたち兄妹を産んでくれたのは本当だから。そのことだけは、きちんと感謝しよう)
碧沙もまた買い物は終えていたので、チームメイトたちが待つステージへ向けて歩き出した。
【鎧武外伝 斬月編&バロン編リメイク -完-】
ページ上へ戻る