外伝・少年少女の戦極時代
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斬月編・バロン編リメイク
ニセモノお嬢様と帰って来たメイドさん
「かいけん?」
仰々しい夕食の席で、貴虎から「明日の会見の席で着る服は用意したか?」と尋ねられての、咲(体はヘキサ)の間抜けた返事である。
何でも、南アジア某国の財団の御曹司が来日していて、沢芽市の視察に当たって市内の名士にも挨拶回りをするのだとか。その「名士」の中には呉島家も含まれていて、急きょ当主の代理として貴虎が御曹司と市内のホテルで会うスケジュールなのだとか。
そして何より。その席には光実とヘキサも同席する段取りなのだとか。
たらー、とイヤな汗が背中を流れる。
(このお兄さんってばこのお兄さんってば! 何で小学生のヘキサをそういうオトナな世界にいっしょさせるかなあもう!)
「碧沙? どうした」
「う、ぁ、ええとね。ええと」
「後学のために同席したいと言い出したのはお前だろう。都合の悪いことでもあるのか?」
「大丈夫だよ、碧沙。緊張しないで。僕も一緒だから」
光実が微笑んで咲の顔を覗き込んだ。
二人の「兄」に(本人たちはそのような意図がなくとも)畳みかけられて、咲にはとっさの言い訳が思いつかなかった。
夕食を終えて私室に入った咲は、ドアを閉じて内鍵をかけるなり、すぐさまクローゼットをぶち開けた。
やはり、並ぶ並ぶ、庶民派小学生の咲からは想像もつかない、ひらひらフリフリのフォーマルワンピースの数々。ダンススクールとビートライダーズ活動でのアクティブな服装のヘキサしか知らない咲からすれば、驚きの品揃えである。
だが、圧倒されている暇はない。
今は咲が「呉島碧沙」なのだ。ヘキサに恥を掻かせないためにも、咲はふさわしい衣裳をこの中から選び出さねばならない。
「こ、これは、ちょっちハデめ? あ、このサクラのやつかわいい! ……って季節先どりしすぎ! 3月だけどまだ寒いし。う~、あ~、う~……あ! これなんかいいかも」
釦部分と袖がフリルになっているブラウスに、コルセットタイプの茶色いフレアースカートが掛かったハンガーを取り出した。咲はダンススクールで培った早着替えスキルを遺憾なく発揮し、それらの衣裳に着替えて姿見の前に立った。最後にスカートと同じ色のリボンを頭と襟に結んで完成である。
「わあぁ……ヘキサ、かわいい~……」
傍目には鏡に映った自分に見惚れるイタい少女でしかないと、室井咲は気づかない。
そこにノックの音がした。
「碧沙、入るよ。――あれ? 鍵閉まってる?」
光実の声だ。
咲は慌ててドアに向かい、内鍵を解錠した。ドアが開いたそこにはやはり光実が立っていた。
「着替え中だったんだ。ごめんごめん」
「あたしに用事?」
「用事というか……うん。お客さんが来てるんだ。碧沙もちょっと来て。あ、着替えなくていいよ。すぐ終わるから」
「お客さん、明日じゃなかったっけ」
「それとはまた別なんだ」
光実の笑みは貼りつけたようにぎこちない。
踵を返して歩き出した光実に、咲は付いて行った。
客室と思しきその豪華な部屋にいたのは、貴虎と、咲が知らない一人の女性だった。誰だろう?
「覚えてるか。朱月藤果君。6年前までこの家で、父の下で働いていた女性だ」
「お久しぶりです、碧沙お嬢様。お綺麗になられましたね」
藤果が恭しく頭を下げたので、咲も慌てて頭を下げ返した。
綺麗になった。咲はつい有頂天になりかけ、この体がヘキサのものであることを思い出して自嘲した。悲しいことに、咲自身には第二次性徴期の兆しすらない。
「会うのは父が倒れて以来、か。父は元気でやっているだろうか」
「そのことですが……お父様、呉島天樹様が、お亡くなりになりました」
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