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外伝・少年少女の戦極時代

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小説版鎧武における掌編
  ◆◇◆◇◆◇◆

〔親愛なるフォーチュン・クッキー〕


 現在の呉島貴虎は、各地のユグドラシル支社から漏えいしたドライバーとロックシードを回収するため、世界中を飛び回る生活をしていた。
 ハードスケジュールだが、貴虎自身はそれを苦とは思わない。
 ノブレス・オブリージ。力を持つ者は、持てる力に相応の働きを。父からのその教えだけは、貴虎という男に正しく根ざしていた。

 今日もそうだ。
 ロシアで悪用されていたドライバーとロックシードを回収した貴虎は、その足で南アジアの某小国を訪れた。

 空港のロビーにて。着の身着のままで入国した貴虎は、暇を見つけて夏服を調達に行こうと考えながら、ある人物の到着を持っていた。

「きゃー! メロンの君~、ご無沙汰~!」

 その人物とは、おそらくは世界最強のパティシエである、男――かどうかはおいて。凰蓮・ピエール・アルフォンゾである。

「わざわざ遠くまで来てもらってすまない」
「とんでもない! お呼びとあらばこのワテクシ、たとえ地球の裏側へだって参りますわよ」

 ――場所を運転手付きのリムジン(協力者であるロシアのベンチャー企業社長からの借り物)に移し、貴虎はさっそく依頼のための現状に入ろうとしたのだが。

「いっけない! 実は大事な預かり物をしてましたの。はい、どうぞ。アナタのChère sœur(愛しの妹君)から」

 いかにもオトシゴロの女子らしいラッピングの袋を受け取り、中身を一つ摘まんで出す。貴虎は最初、それを揚げ餃子だと思った。

「フォーチュン・クッキー。またの名をおみくじクッキーとも言うわね。生地が空洞になってて、中に占いを書いた紙が入ってるの。これはアナタのための“特別”」

 貴虎は生地を、ぱきり、と割った。確かに中には六角形に折り畳んだ紙片が入っていた。
 紙片には、たった一文。


“早く帰って来てね”


 ――されど、一文。

 紙片を畳み直して、背広の胸ポケットに大事にしまった。
 暇を見て、夏服と一緒に、ロケット付きのペンダントかブレスレットを買おう。





〔センセーは最強だ?〕


 室井咲は中学校に進学してもダンススクールに通っている。
 同じ中学、同じクラスになったナッツ、モン太、チューやんも。残念ながらヘキサとトモは進学校に入学した関係もあって辞めてしまったが。

「「「こんにちはー」」」
「へい、らっしゃーい」

 いつもどおりの講師の出迎え口上。
 いつもどおりでなかったのは、講師が大ケガをしていたことだった。

「センセー、どーしたの!? ウデ吊ってるし、顔っ! 包帯でぷちツタンカーメンっ」
「ありえないっしょ! ヒトの三倍はケガに敏感なセンセーだよ!?」
「なにと戦ったんすかー? ヒグマ?」
「……あんたたちがアタシをどう見てんのかよーく分かったよ」

 だってセンセー、ブラーボもとい凰蓮を蹴り倒したことあるじゃん。
 咲たちは声を出さずして心を一致させた。

「ほら。市内で自爆テロが流行ってるっしょ。目の前で相手がいい感じにラリったもんだからさ、こりゃもう蹴るしかないじゃん? そんで手からロックシード蹴飛ばしたのはいいけど、間に合わなくて。ま、足は無事だったからオールオッケーさね」

 確かにダンサーにとって足は命だが、それでいいのか。そもそもダンサーとは全身が資本だ。腕も使うし、踊っている最中の表情さえもがダンスの一部なのだ。

 そして何より、咲たちにとってこの女性は、咲たちみんなの大好きな「センセー」だ。

(よくもあたしたちのセンセーを)

 咲の額にデコピンが炸裂した。

「ぁだ!?」
「物騒なこと考えるんじゃないよ。あんたはやっと中学生なんだかんね。法的責任能力もないガキが粋がってんじゃない」

 講師は、小学6年生から1センチしか背が伸びていない咲の頭に、ぽふんと手を置いた。
 言葉と裏腹の優しい手つきだった。




〔一かけ二かけて三かけて〕


 自爆テロで世間を騒がせる、カルト教団の再来“黒の菩提樹”へ、信者のフリをして潜入し内情をスパイする。

 恒例となったガレージでのビートライダーズ全体会議。光実がその案をためらいがちに口にした時、チャッキーは一番に潜入捜査官に名乗りを挙げた。これについてはペコに凄まじい勢いで反対されたのだが、顔が割れておらずヘルヘイム騒動で根性逞しくなった自分こそ適任だと言いくるめた。

 かくして。“黒の菩提樹”の教会に通って1週間。

 ――かっしゃかっしゃ。かっしゃかっしゃ。

「~♪ ~♪」

 無人のガレージで。チャッキーは二種類のロックシードを交互に投げて弄んでいた。

 くすんだ葡萄色と鮮紅色のお手玉。

 鮮紅色は、信者のフリをして“黒の菩提樹”から首尾よく入手したザクロのロックシード。これはあとでガレージに来た光実に保管を頼むことになっている。

 くすんだ葡萄色は――ヨモツヘグリロックシード。チャッキーとペコが、あわや戦極凌馬に殺されかけた舞を助け出した時に、イレギュラーインベスを召喚したロックシードだ。

(なぁんか、これ持ってたら大丈夫な気がしたんだよねえ。だからあたしがやるって言えたんだし)

 教会でザクロのロックシードを受け取った瞬間の謎の浮遊感と歓喜は、ポケットに忍ばせていたこのヨモツヘグリに触れるなり、速やかにチャッキーの胸から去った。
 それがヨモツヘグリ固有の効果か、チャッキーのトラウマに似た思い出がなさしめた(わざ)かまでは、チャッキー自身にも判然としない。

(このロックシードを見れば、嫌でも思い出せる。あの雨の日。あたしたちは誰も舞を救えなかった。みんなが善かれと思ってしたことが全部裏目に出て、人間としての舞を終わらせた)

 この品には生々しく昏い念を刻んである。
 これはチャッキーにとって質量のある“死”。

 ――などと打ち明けたら、ペコは、ビートライダーズの仲間たちは、どんな顔をするだろう。

(女の子同士で仲がいいのは、何も咲ちゃんとヘキサちゃんに限った話じゃないんだからね?)

 ガレージのドアが開いた。チャッキーはドアに背を向け、ヨモツヘグリを鞄に隠し、ザクロのロックシードをケースに納めてから、何食わぬ顔でふり返った。




〔三千世界に鴉が泣くなら〕


 全ての者が世界に融け、狗道供界の意識とひとつになったはずなのに、そのノイズは確固として、融けずに形を保っていた。

“かわいそう……”

 可哀想だと? 何が――誰が?

 理解できないセイヴァーの中に、ひとつになった意識を通して、コトバに込められた意味が流れ込んできた。


“あなたが融和した三千世界には、戦いと涙しかなかったのね。三千と一つ目の世界にきっとある光に、あなたは辿り着けなかったのね”

“だいじょうぶ。死んでいるっていうなら、新しい息吹を吹き込むよ。からっぽな幽霊だって満たすくらいに愛してくれる神様を教えてあげる”

“この世は地獄なんかじゃない。だから、おねがい、未来を見て?”


 セイヴァーは気づく。これは、あの日見た少女菩薩の、嘘偽りなき心だ。

(何と――遠い)

 眩しすぎて、温かすぎて。供界には手を伸ばしても届かない。

「これで分かっただろう。世界はいつでも、明日を求める者に味方する」

 目の前に男が立つ。

 セイヴァーと同じ超越者。ヒトとしての肉体の束縛から解放された存在。須くヒトを超克しながら、“人間”として生きることを選んだ、セイヴァーからすればそれこそ理解できない男。

「……くもん、かいと」

 もはやほとんどの自我を失ったセイヴァーは、男の名を呼んだ。

「あいつには夢がある。オトナになって、この街で、仲間たちと一緒に、たくさんの思い出を作りたい。夢と呼ぶにはあまりにもちっぽけな願いだがな。夢を見るということは、未来を見ているということだ。狗道供界。人類の救済は本当に()()()夢だったのか?」

 70億人を肉体の軛から解き放ち、全人類を救済し、()()()()

 なにも、思いつかない。

「―――――嗚呼」

 嘆息。そして、落涙。
 狗道供界に、夢は、ない。

 見上げる。その行為は視覚を、首を、首から下の肉体を想起させ、セイヴァーだったモノに供界という男の形を取り戻させる。

「駆紋戒斗……あなたはどんな夢を見ている?」

 そして最後に取り戻した正気を、供界は一度きりの問答のために使う。
 果たして。戒斗の答えは簡潔だった。

「弱者が踏み躙られない世界を」
「……そうか。ならば、夢見て、見果てて、死ね。争いと憎しみが連鎖する、この苦界(せかい)で」

 言祝ぎ、呪詛し。
 供界は踵を返した。

 これより彼が往くは暗闇の道。されど無明の道のりではない。見えないだけで、遠くには光があると知っている。

 供界は歩き出した。
 産まれたての雛の色をした、鋼の羽毛一枚を片手に。
 三千(すべての)世界を超えたさらに向こう側にある、三千と一つ目の世界を目指して。 
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