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外伝・少年少女の戦極時代

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デューク&ナックル編
  晴れ攫う空

 松葉杖を突いて病院の屋上に出たザックは、こちらに背を向けて落下防止フェンスの前に立つ咲を見つけた。
 髪を肩の上で切り揃えた点を除けば、渡米前と何ら変わらない室井咲だ。

「来てたんなら顔くらい出せよ」

 風が吹いた。
 屋上に並べて干された白いシーツが一斉に翻って、青空と、ふり返った咲の姿を一瞬だけ隠した。

 ザックは苦笑して咲へ歩み寄って、握り持ったコアスロットルを差し出した。

「返す。おかげで助かった」

 ――ペコが駆けつけて、シュラと戦っていたザックに投げ渡したこれは、咲のものだと聞いた。これがあったからザックはジンバーマロンアームズに変身できた。

 咲は、はにかんで、コアスロットルを大切そうに受け取った。

「どうした?」
「ううん。こんくらいしてあげなきゃ、ブランクあるザックくんが勝てるなんて思えなかったんだもん。ほんっと、ペコくんも戒斗くんもだけど、バロンの人たちってしょうがないオトコばっかなんだから」
「うるせえ。クソチビ」
「この前1センチのびたし!」

 咲は変わらない。ペコも光実も城乃内も皆が、ほんの少し離れている間に何かしらの変化を見せたが、この少女だけはザックが知る咲のままだ。
 そう実感して、ようやく、ザックは自分が帰って来たのだと思えた。

 つい笑みがこみ上げたザックを見て、咲は馬鹿にされたとでも思ったのか、おもむろに屋上の手すりに飛び乗った。

「どーだっ。見下ろしてやったんだから」
「おいっ」
「だーいじょーぶっ。あたし、空飛べるもん。……っと」

 言ったそばから咲はバランスを崩した。

 ザックは慌てて、黒いセーラー服の端をどうにか掴み、力いっぱい自分のほうに引っ張った。
 咲は手すりから落ちて、ザックの両腕に収まった。勢い余ってザックは咲を抱き留めたままコンクリートの地面に尻餅を突いた。

「お前なぁ……!」

 ザックは怒鳴ろうとして、はっとした。
 抱き留めた少女の体が、黄金の果実を巡る死闘の中で揉み合った時より小さいことに気づいたのだ。

(こいつはこんな今にも折れそうな体で、あの戦いをくぐり抜けてきたのか?)

 アーマードライダーに変身中は体格が通常時より大きくなることや、肩を並べて戦ってきた日々の積み重ねで、こんな当たり前のことを気づかないまま来てしまった。


“この子は大人になれないかもしれないってことよ”


「たはは~。ごめんね。なんかメーワクかけて」
「いや……まあ、なんだ。落ちなくてよかった。ほんとに」

 ぴょこん。咲がザックの腕からすり抜けて立ち上がった。

 ザックも、転がった松葉杖を拾い、それを支えにして立ち上がった。咲を見下ろす時の顎の角度は、あの頃から1度たりとも上向いた時がない。

「ありがとな。咲」
「どしたの、急に」
「ネオ・バロンに乗り込んだ時。助けてくれたろ」

 咲が大きく目を瞠った。その様は、ひた隠していた罪を暴かれた者のそれだった。
 長い沈黙を置いて、咲がようやく声を出す。

「怒られるかと、思った」

(……撫でくり回したろかこのガキ)

 ザックの偽らざる本心である。決して不埒な意味ではなく。そんなことずっと気に病んでたのかこのバカとの気持ちを込めてそうしてやりたかった。実行したら社会的地位が終わるのでできないが。

 そして同じくらいに、「それ」をこんなコドモに気に病ませてしまった己を、オトナとして恥ずかしく思う。自分のしたことが正しいか間違いかを悩むのに、オトナもコドモも関係ないのに。

 だからせめて、遅くなったとしても、今贈れる最大の感謝を。

「怒らねえよ。――ありがとう」

 咲はやっと、本当に、笑った。




「なあ。本当に乗り込む気か? シュラが言ってた“黒の菩提樹”とかいう組織に」


 ――駆紋戒斗が個性的すぎて忘れられない男なら、その男は無個性でありすぎたために忘れられない、そんな人間だった。

 シュラは、ザクロやバナナのロックシードを渡された相手を、そう評した。
 狗道供界。
 ユグドラシルの残党も構成員に含まれるテロ組織、“黒の菩提樹”のリーダー。

 不思議なことに、地下闘技場の試合の勝者に渡すロックシードの補充が必要になると、供界はまるでそれを知っているかのように、タイミングよくシュラに連絡してきた。そして、無償でザクロのロックシードが詰まったアタッシュケースをシュラに渡した。

 さすがに不気味に思ったシュラは、ネオ・バロンの手の者に供界を尾行させたこともあったが、誰もが失敗に終わった。曰く、供界がふいに()()()しまった、と。


「うん。行くとしたら、あたしと貴虎お兄さんの二人じゃないかな。城乃内くんにはお店のお仕事あるし、光実くんはペコくんとこれからチームバロンの立て直しに忙しくなるって言ってたから」

 付いて行けたら。せめてザックの退院を待ってはくれないか。そうすれば戦力は3人に増えるのに。

 対し、咲の答えは清々しかった。

「あたしから貴虎お兄さんにオネガイしたの。またネオ・バロンみたいなビートライダーズじゃないチームが出てくる前に、一分一秒でも早く、って。あたしも、あたしだって、ビートライダーズのリーダーの一人だから」

 ――そういう少女だ。室井咲は。彼女が小学生だった頃からよく知っていたではないか。 
 

 
後書き
 公式ではナックル編は映画フルスロットルの後なのですが、拙作では発生時期を前倒しにしましたので、まだ咲とヘキサがぎこちないです。
 ついでにヘキサは思春期真っ盛りなので光実・貴虎ともぎこちないです。

 シュラと供界の取引については、小説版鎧武の要素も、詳細がお分かりいただけるよう取り入れさせていただきました。 
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