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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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乙彼

 
前書き
ハッピバァァァァスデイ! リズベットの誕生だ! という訳で誕生日短編を投げておきます。ちょうど映画ことオーディナル・スケールが終わったあたりですね 

 
 拡張現実をコンパクトに実現する端末《オーグマー》が爆発的に流行してから数ヵ月。表沙汰にはならなかったオーディナル・スケールの事件からしばらく経って少し。GWも終わってしばし――あの踊り子がもたらす騒動よりも以前、そんな時のこと。

「翔希さーん」

「相席、いいですか?」

「え……ああ」

 生還者学校、学食。オーグマーを起動して中空に浮かぶデータとにらめっこしていた翔希に、気づけば桂子とひよりが昼食が載ったお盆を両手に話しかけてきていた。礼儀正しく相席の了解を取るひよりと違って、桂子はいただきます、と菓子パンの包装を開けながら苦笑していて。

「翔希さん、凄い顔してましたよ? 出来れば近寄りたくない感じの」

「えっ」

「何か悩みごとがあるなら、相談くらいには乗れますが……」

 ……どうりで、自分の周りだけ不自然に席が空いているし、あまり友人にも話しかけられないわけだ。そう翔希は理解しつつ、ばつが悪くなって髪の毛をクシャクシャと掻きながら、すっかり放置してしまっていた唐揚げ定食に箸を伸ばす。翔希本人からすれば、まったく恐ろしい顔などしていなかったというのに、世にも奇妙な話だと。

「ふふ、ひよりさん。悩みごとも何も、この時期に翔希さんが辺りに殺気まで出して悩むことなんて1つですよ」

「……そうなんですか?」

「はい。ズバリ、里香さんの誕生日ですよね!」

「ああ……」

「……………………そうだよ」

 なるほど、とばかりに納得しながらも、ひよりは頬を紅潮させてサンドイッチを小さく食していて。ふわふわと広がるパーマに隠れてはいるが、興味津々といった様子で見てくるひよりも、一人の少女なんだとどうでもいいことを考えつつ。とはいえすぐに、ない胸を張ってドヤ顔を晒している名探偵シリカに、今さら隠し事もないだろうと白状する。

「……かわいい……」

 ……ふと。ひよりが小さく呟いた言葉は絶対に空耳だと言い聞かせながら、断固としてスルーを決め込んだ翔希だったが、ひよりは自らの口から出てしまった言葉に慌てたようで。話を変えるように、すぐさま他のことを問いかけてきた。

「そ、そういう里香さんはどうしたんですか?」

「レポートの提出。まだもうちょっとかかるんじゃないか」

「でも翔希さん、オーディナル・スケールで、その、えっと……ペア旅行券、引き換えたんでしたよね?」

 冷えきった唐揚げを咀嚼しながら、あと一週間ほど後に誕生日を迎える彼女のことを想えば、ひよりから照れくさそうに問いかけられる。そんな誕生日プレゼントとしては、次の休日にかの《オーディナル・スケール》で最も高いクーポンによる旅行券を、二人で行こうとプレゼントしていて。

 ――どうにかポイントを貯めて、遂に交換しようという時には、里香と二人で周りのみんなには秘密にしておこうと約束していたはずなのだが。どうしてか気づけば周知の事実となっており、最近のからかわれるネタ筆頭だ。流石に普段の仲間うちのみで、学校の友人たちにまでは伝わっていないものの、最近はクラインやエギルから感じる視線が生暖かい。まるで結婚式を控えた父親であるかのような。

 ……それはともかく。翔希にしても確かに、そちらはそちらで非常に厄介な事案だったが、そんな事案から現実逃避するかのように違うことも考えていた。

「それは里香と二人で決めて、二人でポイント集めたものだからさ。他に何か少しでも、里香を驚かせるものは……って」

「あ。その気持ち、分かります!」

 なんでかガッツポーズで熱弁する桂子に残り二人で苦笑いを浮かべつつも、それでも翔希は、相変わらずこういった相談では神様仏様桂子様だ――と、余裕のない思考を脳内から振り払いながら、ひとまず水筒に入れてきた緑茶を一口。定食のおまけにある味なしパスタに胡椒をふりかけて、あまり品のない食べ方ではあるが冷めた唐揚げとともに食べていく。

「だから、まあ……そういうことだよ」

「そういうことじゃわかりませんよー?」

「け、桂子さん……」

「……どうか知恵をお貸しください」

「ふふふ……いつもの頼みますね」

 ……どうやら今回も桂子様に頼ることになりそうだと、パフェの代金が頭を下げた翔希の財布から消えることに決定する。年下の少女に頭を下げるなどと、無関係の第三者が見たら何かのプレイのように思われるかもしれないが、当人はもはやそんなことを気にしてはいられなかった。もはや見栄を張ってもいられない。

 ……というより、その第三者の立場に最も近い者がすぐ隣にいた。優雅に紅茶を嗜みながらも、話の流れに着いていけていなさそうな、首をかしげたひよりと目があって。

「ああ、もちろん、ひよりにも必ず」

「ああいえそんな、私は別に……!」

「いや、こうして相談させてもらうんだから、桂子だけって訳にもいかない」

「で、では私も、しっかりと里香さんを驚かせるようなものを考えますね!」

「……ですけど翔希さん。真面目な話ですけど、もう予算もポイントもないですよね?」

「……お察しの通り」

 翔希とひよりの生真面目なやりとりを横目で見つつ、菓子パンをかじっていた桂子から鋭い指摘がショウキに刺さる。確かにその指摘の通りだと、オーグマーで見ていた光景を可視化させれば、もはや欠片も残っていないポイントと軍資金が二人に晒される。そもそもオーディナル・スケールのポイントに頼ったのは金欠からで、そのポイントはメインのペア旅行券に全て使い果たしたのだから、何もないのは当然の結果だったが。

「旅行券っていっても現地で使うお金は必要だし、どうしたものかってな」

「なるほどなるほど。ズバリ、翔希さんと里香さんなら元手もなしにいい手がありますよ!」

「おお……!」

 元手がいらない、というのは素晴らしい。とはいえ翔希たちならば、というのも少し気になって、学食から窓の外を見てみれば。相変わらずも仲むつまじく、明日奈の手料理を食している桐ヶ谷夫妻が、独特の雰囲気を発していて。翔希につられて窓の外を見た桂子も、一瞬だけ羨ましげな表情を見せたものの、翔希の言わんとしていることは伝わったらしい。

「キリトさんたちじゃダメですねー。翔希さんと里香さんじゃないと!」

「どういうことでしょう……」

「それはですね――」

 キリトたちでは出来ないが自分たちでは出来る――とは、翔希にもさっぱり分からない。それはひよりも同様らしく、桂子は胸を張って、そのウルトラCを言ってのけて――


「――ショウキ? なによ、ボーッとしちゃって」

「あ、ああ……悪い」

 イグドラシル・シティ、リズベット武具店。かの踊り子との騒動より以前のため、慣れ親しんだ店とアバターであり……それはとにかく。

 店先を店員NPCに任せて、休憩用の長椅子でボーッとしていたショウキに対して、リズから鋭いツッコミついでにコーヒーが手渡される。そのままリズも自らのコーヒーを片手に座り、どことなくタイミングが揃って一口。

「いや、暇だなって」

「……まだオーディナル・スケール流行ってるものねぇ。そろそろストップするとは思うんだけど」

 正直、口先からの出任せではあったものの、リズも苦笑しつつ納得してくれたようだ。確かにオーディナル・スケール、ないしARの流行によりまだVRはちょっとした冬の時代だったのは事実だったが、ショウキが考え込んでしまっているのはそんなことではない。客もいないリズベット武具店にて、まずは頼まれていたメンテナンスや武具の作製などを終わらせ、ゆっくりとコーヒーでも飲んでいたが、ショウキの脳内からはそのことが離れない。

『愛してる、って言うだけでいいんですよ!』

 ――シリカから自信満々にアドバイスされたのは、たったのその一言。いわく、普段からそんなことを言い合っていないカップルには効果てきめんですよ! ……などと、本人は誰と付き合っているわけではないだろうに、目を輝かせて言ってきていて。とはいえひよりからも里香さんは喜びそうですね、などと太鼓判を押してもらってはいるが。

 問題は言うタイミングだ。そもそも言うようなタイミングが普段からあるらしい、例えば桐ヶ谷夫妻のような状態ならば、そもそもこの案は成り立たない。普段は照れくさくて言っていないからこそ、不意打ちが如く効果を発揮する訳だが……だからこそ言うタイミングもない。

『あ。言って逃げたり、さりげなく言っちゃダメですよ?』

『そうですね。しっかり、面と向かって言った方がいいと思います』

「……ちょっとショウキ。またボーッとしちゃって」

 そして更なる二人からの助言もまた、タイミングを狭める原因となっていた。しっかりと面と向かって『愛してる』とリズに言ってのける――確かに元手はかからないが、なんと気恥ずかしくて難しいプレゼントろうか。そうして悩むショウキは、リズからすればまたもやボーッとしてしまったように見えたらしく、不機嫌そうにジト目を向けてきていて。

「ああ、悪い……どうした?」

「ふん。もう今日は店じまいかしらね、って。大体のお得意様は来たし」

「ああ、注文の品も終わったし……そういえば、用事があるって言ってなかったか?」

「んー……もうそんな時間ね」

 ……とはいえ、その前にリズの機嫌を悪くしては元も子もない。手遅れなような気もするが、どうにかこうにか話をそらすべく、先んじて聞いていた用事とやらについて触れてみたが。どうやらやぶ蛇だったらしく、むしろそのままログアウトさせてしまいそうだ。

「でも、まだ大丈――」

「――リズ!」

「な、なによ? 急に……」

 結局言うことは出来なかったともなれば、アドバイスをくれた彼女たちに会うのが恐い……もとい、会わせる顔がない。何か言おうとしていたリズの言葉をさえぎって、ショウキは覚悟を決めて彼女に向き直った。たった五音の言葉を口にすればいいだけなのだと、心中で自らに言い聞かせながら。

「あー、えっと、その、だな……一回しか言わないからな」

 しっかりと隣に座る彼女の瞳を見据えて。吐息が重なりあう距離……には少し遠いが、お互いがお互いしか見えない距離に、ショウキはリズに吸い込まれそうな錯覚すら覚えつつも。そんな見つめあいに照れたのか、頬を紅潮させながら、プイッとそっぽを向くリズが、文句を言おうともう一度だけショウキの方を向いたタイミングで。

 鼓動の高鳴りで《アミュスフィア》の安全装置が起動しそうになりながらも、しっかりとリズの瞳を見据えながら言い放った。

「……愛してる」

「――――!」

 いざ羞恥心を乗り越えた後は、驚くほどするりとその言葉は喉を通り抜けた。それどころかずっと鬱屈していた故か止まることを知らず、勝手に口を支配していく。

「いつも元気づけてくれて、一緒にいて楽しくて、俺なんかに支えさせてくれて……いつも、ありがとう」

 ……そこまで言ったところで、どうにか支配を自らの元に取り戻し、今度はショウキが顔を背ける番だった。あいにくと手軽なところに鏡などはないが、自分がこの世界でどんな顔になっているかは想像に難くない。リズから応答の言葉がないこの時間も、処刑宣告のようにすら感じながら。

「……どうしたのよ、いきなり」

 そうして絞り出すかのようなリズの声と、手を包み込むような柔らかい感触がショウキに伝わる。それがリズに手を握られたということだと気づいたのは、彼女の温度が伝わってきてしばし後のことだったけれど。

「……誕生日プレゼントだよ、サプライズの。おめでとう、リズ」

「ふーん……」

 それきり、リズも言葉を発することはなく。照れくさくてリズの方を見ることは出来なかったために、彼女がどんな表情をしているのかを伺うことは出来なかったが……ただ。ただ、握られている手の力は増していることだけは、確かだった。

「ショウキ……あたしね、今……」

 そうして永遠にも感じられた沈黙の時間を終わらせたのは、やはりリズの一声からだった。さらに応答する暇もなく、リズの言葉は続いていた。とはいえ彼女もどんな言葉を口にすれば悩んでいるのか、ゆっくりと一言一言、言葉を選びながら紡いでいて――


「……倫理コード、切ってるんだけど……」


 ――その言葉にショウキが何かしらの反応をするよりも早く、顔が歪むほどの強さで手が握り締められた後、すぐに手とともにリズの感触が離れていく。勢いよく立ち上がるとショウキから背を向けて、逃げるように離れた後に、見たこともない速度でシステムメニューを操作していく。

「――っご、ごめん! なんでもないから! あーあたし……用事の時間だから!」

 ……そのままショウキの方を向くことはなく、リズはすぐさまこの世界からログアウトしていった。ショウキからすればまったく声をかける暇すらなく、リズが光の粒子となって消えていった方向へ、ただ手を伸ばすのが限度だった。

「……あー……」

 リズに伸ばしていた手を下ろすと、ショウキは代わりに自身の掌で顔を覆う。成功したのか失敗したのか、ナイスな展開なのかそうじゃないのか、それさえも分からないこのリズが立ち去った状況に、タダより高いものはないという格言を思い出せずにはいられない。

「倫理コード……か」

 かといってリズ本人に直接『どうだった?』などと聞くわけにもいかず、数少ないリズが去る前の言葉を参考にするしかないと、彼女が呟いていたことを反芻してみると。

 倫理コード――プレイヤーに設定されている、いわゆるセクハラ防止コードであり、男性プレイヤーから無許可で女性プレイヤーやNPCに触れば、酷いときは瞬時に吹き飛ばされるという代物だ。それを切っているという言葉が意味するところとは――

「……わからん」

 ――リズと同居するにあたって、店商売の途中で吹き飛ばされたり牢獄送りにされてはかなわないので、確かに切っているのだろうなとはショウキも思っていたけれど。それをあのタイミングで告白する意図は分からず、結局は首をひねるのみだった。

 ……とはいえ、意味はよく分からないにしろ。きっと彼女からすれば、勇気を出しきった一言だったのだろうけれど。


「あー…………!」

 リズベット――篠崎里香がログアウトして最初に行ったことは、直前の自分の行動を冷静に思い返して、ベットの上でのたうち回ることだった。唐突な地獄から響いたような叫び声に驚いた家族から、心配するような声が向けられるものの、理由をばか正直に言うわけもなく「なんでもない!」と叫んでごまかして。

「なに言ってんの……あたし……あー!」

 とはいえこの状態ではまた叫んでしまいそうなので、お気に入りのフカフカの枕に顔を埋めて叫ばないようにしながら、足だけでもベットの上でバタバタと動かしていく。用事があるのは本当のことだったが、時間の余裕はまだまだあり、許す限りは彼と過ごす予定だった筈なのに、里香から逃げるように立ち去ってしまった。原因は明らかだったが。

「あー……ああ……」

 それからしばし、枕に顔を埋めてバタバタするなんて、まさか里香本人もするとは思っていなかった古典的なことを繰り返して。ようやく落ち着いたことで、ゆっくりとベットの上で回転して仰向けになり、天井を見上げる形になって。

「……明日、どんな顔して会えばいいのよ……」

 慣れ親しんだ天井を見上げることで、表面上は多少なりとも落ち着きながら。まるで、自分が、そう……彼を求めているかのような。いや、求めていないというのならば嘘になってしまうが、こんな風に言ってしまって、そんな女だと思われていないだろうか――と、表面上でない面は、相変わらず落ち着いているなどとは欠片も言えなかったが。

『……愛してる』

「……えへへ」

 一つだけはっきりしていることは、思い悩みベットの上でジタバタする里香の表情は、ニヤニヤとしまりのない笑顔で固定されてるということ。瞳を閉じれば、あんなことを言ってしまった後悔とともに、鮮明に彼の言葉が再生される。根暗で見栄っ張りで照れ屋で優しい、滅多に聞けないあちらの世界の彼の言葉が。

 そう、そもそも里香がこんな動揺する羽目になったのも、彼からの誕生日プレゼントのせい以外の何者でもなく。いきなりあんなこと言ってくるからだ、責任とれ――などと、理不尽なことを思いながら、里香は枕元に置いてあった携帯端末を起動して。

「……次はこっちで言いなさいよね」

 そこに待ち受けとして表示されているのは、いつだか撮影した二人のツーショット。間違えても眠ってしまわないようにベットに座り込みながら、八つ当たりも兼ねて、困ったような表情で笑う彼の写真を指でつついて。にへら、と笑って崩れた顔を端末に向けて、彼から貰った『誕生日プレゼント』をまた堪能するべく、里香はゆっくりと瞳を閉じた。
 
 

 
後書き
知らぬは男ばかり、というか。キリト先生も実際そうでしたし、そういったことに縁のない男には、倫理コードってセクハラ防止くらいの意味しかなさそうだなって 
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