ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!
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第百十話 カロリーネ皇女殿下の決意です。
昼休み――。
カロリーネ皇女殿下は独りベンチに座っていた。コーヒースタンドで売っていた紙コップのコーヒーを買って。
ベンチに身を預けたが、すぐに前かがみになる。
「・・・ふうっ。」
落ちかかる髪を払いのけると、カロリーネ皇女殿下はまた手に持った紙コップに視線を落とした。ともすれば視線が落ちがちになるのには理由がある。今や帝国ラインハルトは全権を掌握し、近々自由惑星同盟に攻めてくるというのがすでに既成事実化していた。そのようなことはどうでもいいとさえカロリーネ皇女殿下は思っている。なぜならば自分たちの身近にはラインハルトを凌駕するとんでもない化け物が棲み着いてしまっているのだから。
ウィトゲンシュティン中将と共に自由惑星同盟士官学校に入り込んだものの、手をこまねているというのが現状だった。シャロンの身の回りを探ろうにも警備が厳しすぎて無理だった。それだけならまだしも、一体何を探ればいいというのだろう。弱点?生い立ち?そんなものが彼女にあるのだろうかとさえカロリーネ皇女殿下は思う。
転生者としてここにやってきた当時は、あっさりと天下を取れるのではないか、などと思っていた。だが、そんなものは幻想に過ぎなかった。自分たちよりもはるか上の存在、次元が違う存在がこの自由惑星同盟を支配し、さらに銀河帝国にまで食指を伸ばそうとしている。
「どうしてこんなことになってしまったの・・・・。」
何がどうして、こうなってしまったのだろう。一時少尉に降格した後、カロリーネ皇女殿下は今日付けで中尉に戻っていたが、浮かぬ顔をしていた。18歳になるというのに、未だ事を成しえないままこうしてここにいること自体もどかしさを覚えることがある。
最近はアルフレートとも会えていない。アルフレートは旧ウィトゲンシュティン艦隊を引き継いだヤン艦隊に配属となり、日々忙しい業務をこなしている。
自分もそこにいて何かできれば、と思うのだが――。
ふいにカロリーネ皇女殿下の口から歌が漏れた。幽閉された時にも口ずさんでいたあの不思議な歌だった。悲しいとき、不安なとき、この歌を口ずさんでしまう。幸いまだ聞きとがめられたことはないが。
カロリーネ皇女殿下は口を閉じた。どうしてこんな歌を歌うようになってしまったのだろう。
「冷めてしまいますよ。」
カロリーネ皇女殿下が顔を上げると、金髪をボブカットにした軽やかな身のこなしの女性が隣に立っていた。白のショートパンツに紺のノースリーブの服装はどこかランニングにでも行くような軽装だった。年恰好は自分よりも上だったが、緑色の瞳が少女のようなきらめきを放っている。
「ミハイロフの店のものでしょう?それは。」
「えっ?」
唐突に言われたカロリーネ皇女殿下はぼんやりと女性を見つめた。言われてみれば確かにミハイロフの店で買った記憶はあるが、それが何だというのだろう。
「隣、いいですか?」
女性は返事を待たずに軽やかな身のこなしでベンチに座り、すらっとした白い手足を伸ばした。
「何かお悩みですね?」
「・・・・・・。」
「それもあまり人に知られたくはない悩み、ですか?」
「・・・・・・。」
女性はカロリーネ皇女殿下に尋ねているが、それでいて視線は青空を眺めている。
「気分が乗らないようでしたら、質問を変えましょうか。何故原作に倣ってフィッシュアンドチップスを買わなかったのですか?」
「アッチィッ!!!」
カロリーネ皇女殿下は悲鳴を上げた。コーヒーカップが膝の上にこぼれてスラックスに染みを作っている。
「まぁ、ごめんなさ――。」
「あなたは誰!?」
さっと立ち上がったカロリーネ皇女殿下は身構えた。
「私のことを知っているという事は、あなたも転生者なの!?それともあの人の差し金!?」
シャロンが何か超魔術的な作為で自分の所在を知って差し向けてきた――。そんな風に考えてしまうほど、カロリーネ皇女殿下はシャロンに対して日夜神経を使っていたのだ。
「何か・・・怒らせましたか?それに、転生者って、一体何の事です?」
女性はきょとんとした表情をする。
「だって、原作って――。」
「あら、知りませんでしたか?ここはワーズリー女史の執筆した『フォーミダブル』というベストセラーの舞台にもなっている場所なのです。」
「・・・・・・・・。」
カロリーネ皇女殿下は振り上げた拳を盛大に空振りした気持ちにさせられた。何のことはない。自分が盛大に勘違いしただけではないか。
「・・・というのは冗談です。私の申し上げた原作はあなたの考えている物そのものですよ。」
女性は楽しそうにその単語を口にした。
「銀河英雄伝説。いい響きだと思いませんか?」
「―――――!!」
カロリーネ皇女殿下は唖然となった。
「そんな、そんな・・・・!!じゃあ・・・・あなたは、まさか!?」
女性は指を一本立てた。喋るなという意味だったがその動作には少しの焦燥感も緊張感もなく、むしろさわやかさがあふれ出ていた。
「今この世界で、正確に言えばこの自由惑星同盟において何が起こっているのか、はっきりしたことは言えませんが、元凶はあなたにもわかっているはずでしょう?」
カロリーネ皇女殿下はこっくりとうなずく。そう、言われなくてもわかっている。転生者であれば、そして心ある人間ならば絶対にこの異変を察知できないはずがない。自由惑星同盟において原作の登場人物をはるかにしのぐ圧倒的なオーラで自由惑星同盟全土を掌握し、そして今まさにラインハルトたちを滅ぼそうとしている――。
「元凶はあなたですよ。」
思いもよらなかった言葉が飛び出した。カロリーネ皇女殿下は自分の胸の前にさされた指先を見、ついでその持ち主の顔を見た。
「正確に言えば、もう一人あなたと同じ転生者がいるはずですけれど、主要な元凶はあなた一人だといっても過言ではありません。」
10秒ほど固まっていたカロリーネ皇女殿下は呪縛から解放された。私が!?この元凶の原因!?なんで!?
「ふざけないで!!!!」
大声が出た。もう誰が聞いていようと構うものか!!どうして、どうして私が加害者にならなくてはならないの!?こっちはむしろ被害者なのに!!!
「この世界、一度巻き戻されているのですよ。」
「・・・・・・・・・・?!」
一瞬何を言われているのかわからなかった。巻き戻し!?ドラマにある設定の事を言っているのか?
「いったい何を言っているの・・・?」
「言葉通りです。いったんこの世界は銀河帝国に統一されているのですが、それが巻き戻されている状態と言うわけですね。」
「・・・・・・・?・・・・・・確かに転生者という存在そのものが異質だから、それもあり得ない話ではないのだろうけれど・・・・・いったいどういう事?それが何だっていうの!?」
「あなたがラインハルト麾下の諸提督を取り込み、そしてラインハルトを殺し、ゴールデンバウム王朝の女帝となって、最終的には自由惑星同盟さえも滅ぼして傘下に置く。それが巻き戻しの前の結末です。」
「・・・・・・・・!」
カロリーネ皇女殿下は胸に一撃を受けた様に手を当てた。それは、まだ皇女殿下であったころ、実際に自分が夢を見ていた理想そのものだったのだ。
「けれど、それを喜ばないヴァルハラの神々がいたわけです。そしていま一度時を戻し、今度はラインハルトに味方する英雄たちをこの世界に送り込んだ。結果、あなたの野望は阻まれ、こうして自由惑星同盟に亡命した形になっています。」
「まさか・・・・そんな・・・・・。」
その言葉を言うのがやっとだった。それほど今の言葉の発する衝撃はカロリーネ皇女殿下を打ちのめしたのだ。この私が、この私が掌の上で踊らされていたというの?今までの事は、全てそうだったというの!?
久しくあきらめの境地の海に沈んでいた火種が一気に火を噴きだしたかのようだった。
「ふざけないで!!!」
カロリーネ皇女殿下は相手に詰め寄った。
「そんな人の人生を、弄ぶような真似なんて、許さない!!」
「あなたはラインハルトの歩むべきだった本来の人生を消し去ったのですけれど?それも一方的にラインハルトをいたぶって、彼の姉君まで人質同然の扱いをし、彼を死地に何度も追いやり、最終的には反乱罪をかぶせて処断したのです。」
「それは・・・・!そんなことは記憶にないし!!」
「当り前です。だからこそ時は戻ったのですから。」
カロリーネ皇女殿下は激しく首を振った。こんなことはばかげている。目の前の人間は気が狂っているのだ。
「でもね、それは今回の悲劇のほんの序章にすぎませんでした。先ほどこの世界に英雄を送り込んだ話はしましたが、その過程で事故が起きたのです。」
「事故・・・・?」
「つまりは、今起こっている現象の首魁がこの世界にやってきた、という事ですよ。」
「そんなこと、だったらそれはその神々とやらが悪いんじゃない!!!」
「いいえ、あなたです。いいですか?あなたさえこの世界にいなければ、こんなことにはならなかった。違いますか?」
訳の分からないまま一方的に責められている気分だった。目の前の相手がどういう人間かわからないのに、カロリーネ皇女殿下はそもそも相手の名前を尋ねることすら念頭になかった。それだけ衝撃的だったのだ。
それに――。
悪くない。悪くない。自分は悪くない。それを主張するのにいまのカロリーネ皇女殿下の頭は一杯だった。
「あなたの理屈から言えば、私をこの世界に飛ばした存在がいるわけだし!!その存在がそもそも悪いと言えるんじゃないの!?だって、仮に――。」
「確かにその存在があることは認めますが、非はあなた自身にあります。」
「どうして!?」
「ラインハルトを殺し、ゴールデンバウム王朝を承継したのは、ほかならぬあなた自身の意志だからです。」
「―――っ!?」
「あなたが動かなければ、ラインハルトは死ぬ事はなかった。これは紛れもない事実、そうでしょう?」
「あなたに何がわかるのよ?!」
今度こそ本当にブチ切れた。相手の襟首をつかんでやりたくなった。そのまま相手の言葉ごと絞め殺してやりたいほどに――。
「そんな時間軸の事なんか知ったことじゃないし!!問題は今なのよ!!私が帝国を亡命し、今日の今までどんな暮らしをしてきたか。どれだけ耐えてきたのかわかっているの!?何も知らないくせに、しったかぶって!!」
「そう、あなたは確かに耐えてきましたね。あくまで被害者として。」
「ひ、被害者って・・・・・。」
カロリーネ皇女殿下は絶句した。それはすばりと中枢に差し込まれた一片の薄い刃だった。
「そう、あなたは演じていたのではないのですか?『被害者』を。帝国の反勢力に虐げられ、巻き込まれ、そして否応なしに飛ばされた可哀想な被害者を。何故なら――。」
目の前の女性は今までの横顔の姿勢から、カロリーネ皇女殿下に正面から見た。
「あなたは自由惑星同盟士官学校を特進で入校しています。その気になればこの自由惑星同盟において再起することも可能だったはずです。」
「・・・・・・・・。」
「けれど、あなたはそうしなかった。あなたは逃げていたのですよ。あらゆる事象から。そして『被害者』としてひっそりと生き続ける道を選択したのです。もう一人の転生者、そしてファーレンハイト、シュタインメッツたちを巻き添えにしてね。」
カロリーネ皇女殿下は絶句した。
私は悪くはない。私が悪いんじゃない。他の人が悪いんだ。だからこの事故は私が起こしたものじゃない。
何かわからないが、こんな言葉が頭の脳裏でエコーしたのだ。走馬灯のように一瞬だったが、その時の情景も思い浮かんできた。それは前世のことだったのか、それともこの世界での巻き戻し前の事だったのか。
はっきりとはわからないが、一つだけ思い出したことがある。そう、今まで自分はそうやって逃げてきたのだ。本当に立ち向かわなくてはならない時に限って。
だんだんと記憶がはっきりしてきた。そうだ、前世では小さな事件や責任は自分がかぶってきた。それも、本当に大きな責任が生じた時の逃げ道を作っておきたかったから。
「・・・・・・・・。」
不意に膝をつきたくなった。どうしていいかわからなかった。これがすべて自分のせいだとすれば、自由惑星同盟のみならず全銀河の400億人の苦しみはすべて自分だという事ではないか。
「シャロンがこの世界に来たのは、私の責任、なの?」
かすれた声がかろうじて出た。
「はっきり申し上げればそういうことです。」
目の前の女性は躊躇いなくそう言った。
「・・・・・・・・。」
「こんな時にうわべだけの言葉を並べ立てても、仕方がないでしょう?」
最後通告だった。
カロリーネ皇女殿下は重い衝撃を胸に受け止めた。それをどうにか抱きかかえ、認識するまでに数分を要した。その間女性はただ黙って空を見上げていた。まるでカロリーネ皇女殿下の気持ちの整理が終わるのを待っているかのように。
「最悪・・・・ホント最悪よね。」
長い間の沈黙から出た言葉は、ぎこちなくてさびついていた。
自嘲したくなった。けれど、乾いた笑いすらも出てこない。
「自分は被害者だから。そうやってあなたは自ら動くことを避けてきましたね。だからこそあなたの側にいるもう一人の人も動くことはできなかった。あなたを思いやっての事です。それはファーレンハイト、シュタインメッツも同じ事。ですが、それではあなたが彼らの首に首輪をつけ、あなたの手元につないでいるだけ・・・・。本当にそれでよいのですか?」
「・・・・・・・・・。」
「もう『被害者』を演じるのはやめにしませんか?」
女性の言葉がカロリーネ皇女殿下を打った。
「あなたには一度全銀河を統一したほどの才能と力量があるのですよ。その力を、今の元凶を退治し、銀河に平和をもたらすことに使ってみませんか?」
「・・・・・・・・・。」
「これからの戦いは自由惑星同盟も銀河帝国も関係ないのです。だってそうでしょう?」
元々人類は一つの旗「銀河連邦」の下にいたのですから、と目の前の女性ははるか昔に忘れ去られている一つの政体の名前を口にした。
「・・・・・・・・・。」
カロリーネ皇女殿下は思う。本当に、そう、本当に理想なのは人類が皆貧困も病も無縁で等しく平等で生きられること。多少差があるにしてもそれは自らの才能を認めてもらえての差であること。自分たちの長所を活かし、短所を補い合って、皆が助け合って暮らせる世の中。
「そんなものは笑い話や理想そのものだって思っていたけれど・・・・。」
現実世界ではそんなものは無理だと決めつけていただろう。そんなことを口にする人間をあざ笑っていただろう。けれど――。
だからといって本当にそれが実現するのならば、やってみたい気がする。動いてみたい気がする。
「私、長い間自分で時を止めていたのね。」
自分がしてきたことを、その意味を、カロリーネ皇女殿下は今やっとわかっていた。だからこそ、この言葉を紡ぎだすことができたのだ。
「自分だけじゃなく、周りの人たちのことも・・・・。」
カロリーネ皇女殿下はほうっと息を吐きだした。
「ありがとう。あなたはそれに気づかせてくれた。でも、ものすごく腹が立つけれど!!!あなたの言い草はね。」
「それは失礼しました。あまりにあなたが激昂するものですから、もしかして、ラインハルト嫌いとか、なんて思ってしまいました。」
「そんなんじゃないし!!!その時の私に聞けって感じよ。たまたま帝国に生まれたからじゃないの?」
いってしまってから、思わず笑い声が出た。何故なら自由惑星同盟に生まれたとしてもラインハルトと対峙する時が来るからだ。女性もそれがわかったらしくしばらく二人の笑い声が青い空に響いた。
「あの人を斃すには、ヤン・ウェンリーだけじゃだめよ。ラインハルトだけでも駄目。ラインハルトとヤン・ウェンリー、そして全宇宙のあの人に侵されていない人全員が手を組んだならば、あるいは――。」
「勝てると?」
「勝たなくちゃならない、でしょう?」
カロリーネ皇女殿下は決意を秘めた瞳を女性に向けた。
「やっとその気になってくれましたね。」
女性は柔らかな微笑を浮かべた。さぁっと一陣の風が吹き渡った。
「私は負けない。」
カロリーネ皇女殿下は女性を見た。
「それは嫉妬や、やっかみからじゃない。本当に私が戦うべき存在から逃げないという事。絶対に!!」
ふと、時計を見るとベンチに座りこんでから、もう、1時間もたっている。それでいてわずかな時間しか話さなかったような、それとも長い長い旅路をしてきたような、そんな不思議な感覚にとらわれていた。
「まだあなたの名前を聞いていなかったけれど、あなたの名前は・・・・?」
女性がまた人差し指を一本立てた。
「あなたが今の志をお持ちになり続ければ、いずれ会える時がやってきます。」
カロリーネ皇女殿下はうなずいた。はっきりといわなかったが、今までの彼女の心の内と違っていたことは確かである。
「その時までどうかご健勝で。いずれ今回のことは改めて話にのぼるときが来るでしょう。それが笑い話の一つとして、であってくれればと思っています。」
「私もそう思うわ。心から。」
うなずいた女性はカロリーネ皇女殿下に片手を上げると、さっと立ち去っていく。
「ありがとう・・・・・。」
カロリーネ皇女殿下は去っていく女性の背中にそうつぶやくと、踵を返し、公園に入ってきた時とは別人の足取りで去っていった。
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