SAO-銀ノ月-
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「『あるばいと』として当然です」
「それで、アルゴさん? ちゃんと説明してくださるんでしょうね?」
「まあまあ、アーたん。落ち着けヨ」
エルフたちに囲まれていた事態から一変、ショウキたちはエルフが運転する馬車の荷台に乗せられていた。すぐにでも捕らえられていた状況から、怪しまれてはいるものの客人扱いにした功労者――アルゴは、何でもないように共に座っていて。珍しく感情的な様子を見せるアスナの追求をなあなあに避けながら、この場で唯一アルゴと面識のない子供アバターのままのユイへと挨拶する。
「初めまして、ユイちゃんだよナ? オレっちはアルゴ、キー坊にアーたんとの古い付き合いだヨ」
「パパやママから聞いたことがあります。アインクラッドで凄くお世話になったって」
「ヘェェ……アーたんも嬉しいこと言ってくれてたんだナ?」
「ショ、ショウキくんにプレミアちゃんは、アルゴさんと知り合いなの?」
「ああ、偶然にも」
「はい。偶然です」
プレミアに呼ばれた閃光師匠といい、トラウマとかそういった様子ではないものの、アインクラッド時代には触れて欲しくはないらしく。無理やり話題を逸らそうとするアスナに乗ると、予想外にプレミアまで口裏を合わせてくれていた……むしろ怪しくなった気もするが。
「しかしアスナ、あのキズメル……? ってエルフと知り合いなのか?」
「ええと、知り合いっていうか、その」
「おっと、その辺りはオレっちに任せてくれヨ」
異存なし。プレミアの戦闘訓練ついでのピクニックが大事になったものだと、いまいち状況を理解できないショウキたちに、全てを理解していそうなアルゴに解説を譲る。久々に会ったアルゴやキズメルというエルフで頭がいっぱいのアスナも、特に異論はなくアルゴの話を聞く体勢となり。
「それではご清聴……なんてナ」
いわく。新しいクエストの存在を探していたアルゴは、ショウキやリズのフレンドとなったことでフラグが立ったのか、あの竜人ギルバートから他の聖樹の話を聞いた。それはかつてのアインクラッドであった大型キャンペーンクエスト、エルフたちの紛争についてのものと酷似しており、それを調べていたところ……こうして、森の中にALOナイズされたエルフたちが棲んでいた。
「そんな……この層が実装された時、隅々まで調べたのに」
「新しく実装されたんだろうナ。しかも森エルフがいなかったり、あの時のキャンペーンクエストとは随分と違うのもあル」
そうしてエルフの住処を訪れたアルゴは、自慢の口八丁手八丁で客人として迎え入れられ――この辺りは企業秘密だそうだが――エルフたちも、聖大樹を襲う謎の生命体に脅かされており、不利な防衛戦を強いられているという話を聞いた。
「それはつまり、俺たちが攻略したギルバートのクエストと同じ……」
「そういうことダ。こうも同じ種類のクエストが連続すると、何か怪しい感じが醸し出されてくるよナ? だが――」
「妙ですね。50層までを解放して、第二弾グランドクエストが予定されている今、そんな連続クエストがあるなんて」
「……流石はアーたんの娘ダ。賢いナ」
そしてアルゴは知り合いを戦士として提供する約束を勝手に交わし、プレミアの戦闘訓練が終わればショウキたちに話をしてみるつもりだったが、偶然にも先にアスナに連れられて来てしまったと。さらに第二弾グランドクエストが実装されようとしている今、こんな他種族まで巻き込んだ大型クエストがあることすらおかしいとまで語るアルゴが、ショウキにだけ気づくようにプレミアを怪しむような視線を向ける。
――その視線は、まるでこの連続クエストの始まりは、プレミアが現れたことだと言わんばかりで。
「そんなわけでアーたん。残念だガ、あのキズメルと前のアインクラッドでのキズメルは……」
「……うん。顔が同じだけの別人ってことだよね」
「ママ……」
……そんなプレミアへの視線が嘘だったかのように、次の瞬間にはアルゴはアスナへ痛ましく話しかける。言われてみればショウキにも、キリトとアスナが攻略したキャンペーンクエストの話を聞いたことがあり、確かにエルフの話だった記憶もある。あのキズメルと呼ばれたエルフと、以前に何かあったようだが……そこは彼女でしか知るよしはないと、ショウキは踏み込むことはせず。
「でも良かった。別人とはいえ、もう一度キズメルに会えて……ありがとう、アルゴさん」
「……別に礼を言われるようなことじゃないだロ。それより――おわっ!?」
「プレミア!」
恐らくは、これからエルフたちと共闘して、クエストをクリアする――といった旨のアルゴの説明が入ったのかもしれないが、それがショウキたちにもたらされることはなく。突如として発生した、馬車から振り落とされかねない衝撃に、アスナにアルゴ、ショウキはどうにか近くにあった物を掴んで落下を防ぎ。ショウキがプレミアを掴むことに成功し、ユイは妖精となることで一同は難を逃れた。
「ありがとうございます、ショウキ。しかし、一体どうしたのでしょう」
「おい! どうなって……っテ」
プレミアの呑気な声をバックに。馬車に設えられたカーテンを引いて正面を見ながら、馬を引いている筈のエルフに文句を言いつけたアルゴだったが、馬車を牽引する馬に乗っている者は誰もおらず――いや、強いていえば。エルフの御者のような形をした石像が、落馬するその瞬間まではそこにはあって、地面に叩きつけられ砕かれた音が響き渡った。
「――敵ダ!」
「プレミアはどこかに掴まって、アルゴは馬を頼む!」
「はい」
「テイムスキルなんてビタ一文あげてないがナ!」
アルゴに言われずとも敵襲でしかない。まずは何より、依然として森の中を暴走する馬をどうにかする必要があると、とにかくプレミアの安全を守りつつ馬の停止をアルゴに頼む。馬に近かったから、ケットシーだったから、という理由からの頼みだったが、あまり頼もしくない返答が帰ってきた。
「……ま、こんなもんだナ」
「流石です。拍手したいところですが出来ません」
とはいえどうにか暴れ馬の制御に成功したようで、若干ながら震え声で馬にまたがるアルゴへと、馬車の天井にへばりついたプレミアから驚嘆の声が送られる。暴れ馬は何らかの攻撃を受けて馬車を牽いたまま森に突入してしまい、それを止めるべき御者エルフが敵の攻撃で石化してしまった……というところか。馬車の乗ったまま付近を見て回れば、どこも似たような騒ぎが起きているようだ。
「……大丈夫か!」
「キズメル……!」
とにかく分からない状況の把握も兼ねて助けに行くべきか、とまで考えたところで、草木をかき分けてキズメルと呼ばれたエルフが現れる。ただしその左腕は石化しており、あちらも無事では済んでいないようだ。血相を変えたアスナが馬車から飛び降りて、急ぎヒールの呪文をかけるものの、ダメージは回復するものの石化には通用しない。
「……すまないが、人族のまじないでもこの呪いには無駄だ。説明が遅れたが、我々を石化するこの呪いを使う化物に我らは追い込まれている……」
「……石化するのはエルフのみってことで、オレっちも交渉できた訳だがナ」
「あいにくこのザマだがな。無礼を働いてしまったが……力を貸して貰えないだろうか」
「ママ、敵が来ます!」
石化の呪いを使う化物。左腕をかばって馬車に腰かけるキズメルは、エルフたちが陥った状況をそう語る。そして呪いはエルフ以外に通用しないということから、アルゴを通して人間たちに力を貸してもらうつもりだったということも。そうして話しているキズメルを追ってくるように、幾人ものワーウルフが馬車を囲むように現れる。
「っ……!」
「キズメルは休んでて。私たちが戦うから」
「しかし……」
「この子はまだ戦い方を覚えたばかりなんだ。守ってやってほしい」
「……わかった。すまない」
とはいえワーウルフたちに石化の呪いを施せるとは思えず、アレらはただのしたっぱだろうとショウキも馬車を飛び降り、やる気充分のアスナに並走する。キズメルも参戦するつもりだったようだが、無理やりプレミアのお守りを任せて動きを封じると。
「ショウキくんは大丈夫なの?」
「……まあ、足手まといにはならないよう頑張らせてもらうよ」
「なら、いくわよ!」
新しいアバターになって鍛冶スキルばかり上げているだろうに、戦闘は大丈夫かとアスナが問うてくるが、あの程度の相手ならば問題ないだろうと両拳を開けたり閉じたりして。そんなショウキの様子を不思議そうに眺めていたものの、聞いている暇はないとばかりに、アスナはやはり閃光のようにワーウルフへ走り出した。
「さて……!」
ナイスな展開じゃないか、とショウキは自らを鼓舞しながら、突撃するアスナの代わりに馬車を守るようにその場に立って。ワーウルフがカギ爪でこちらを切り裂かんと、上段から振り下ろしてきた一撃を、左腕に出現させたバックラーで受け流すと、無防備な腹部に右腕に出現させたナイフを突き刺した。
「せっ!」
腹部に突き刺さったナイフはそのままワーウルフにプレゼントし、グラリと身体を揺らして垂れた頭を、重力と力任せに両手持ちのメイスが叩き潰した。ポリゴン片と化したワーウルフからナイフを回収して、先のバックラーのようにストレージに収容する。
ソードスキルを伴った武器を、自在にストレージから出現させ、そして回収する。OSS《サウザンド・レイン》は無事に力を発揮していた――実際の効果の違いはともかくとして。内心、このOSSを秘伝書として渡してくれたレインに感謝しつつ、アスナの支援……は必要ないらしいと、次は鞭を取り出すと、馬車に向かっていたワーウルフを拘束する。
「こっちだ!」
馬車の方に向かわせるわけにはいかない。胴体に巻きつき継続ダメージを与え続けた鞭が煩わしくなったのか、ヘイトを馬車からショウキに向けるワーウルフが、鞭の拘束などものともせずに剛腕を横薙ぎで振りかぶる。
「……悪いな」
その一撃をショウキが身体を翻して避けてみせれば、背後からショウキに襲いかかろうとしていた別のワーウルフに、鞭で拘束されたワーウルフの剛腕が炸裂してしまう。鞭による動きの誘導をしていた本人だとはいえ、仲間を殴らせて悪いと思った気持ちを素直に伝えながらも、武器を両手持ちの鎌へと変えると。とにもかくにも切れ味だけを優先させたその一撃は、二体のワーウルフの胴体を切り裂き上半身と下半身を分裂させた。
「アーたん! ショウキ! 乗レ!」
「ッ!?」
「これなら!」
しかしキリがないと考えてしまったところで、背後からアルゴの声が響き渡るとともに、馬車がショウキを弾いてしまうほどの勢いで走ってきた。驚愕しながらも馬を操縦するアルゴの意図を察し、翼を広げて飛翔することでなんとか空中に避けて馬車に着地する。アスナも同様に着地するのを確認した後、アルゴはさらに馬車のスピードを上げるとワーウルフたちを突き放していく。それでも馬車を追おうと疾走するワーウルフには、アスナから痛烈な氷魔法が炸裂する。
「お疲れ様です。ショウキ、師匠」
「こうして発車できるのもプレミアのおかげだから、そっちもお礼を言っておけヨー」
「あ、ああ……ありがとう」
「うん。でも師匠は止めてね」
お疲れ様の印からか、ピクニックの余りのお茶を差し出してくれるプレミアに、馬車の通路を細剣で文字通りに切り開いてくれたこととともにお礼を言いながら。すぐに荒れた森からエルフたちが整備してくれた通路へと戻り、文字通りに爆走する馬車からはもはやワーウルフの姿は見えずにいた。
「ハハハ! 意外と楽しいナ!」
「……ひとまず、難は逃れたようだな」
「キズメル。他のエルフのみんなは……」
「私が戦った、呪いを発する親玉と戦っていないならば、自力で逃げられているだろう。しかし……」
「その親玉はどんな奴なんだ?」
「……そうだな」
……馬車を爆走させるのに少しハマってしまったらしい鼠はともかくとして。見張りをしていたキズメルからワーウルフを振り切ったと報告を受け、ショウキもひとまずは安心してプレミアから貰ったお茶で喉を潤して。やはり自分の名前を知っているアスナを、不審げに見つめるキズメルだったが、ひとまずショウキに先を促されたのを優先して。
「一見すればただの大樹だ。だが両手足を持っていて、そいつに掴まるか傷を与えられれば我々は石化してしまう」
「……それはあんなヤツのことカ!?」
アルゴの警告に外を見れば、付近のものよりひときわ巨大な大樹が、馬車の進行方向に鎮座していた。それはキズメルの言った通りに両手足を備えており、瞳はなかったがどこかこちらを見下ろしているように感じられ、ゆっくりと馬車に手を伸ばしてきた。
「飛び降りロ!」
鋭い警告とともに馬に飛び乗るアルゴ、引き裂かれる馬と馬車を繋いでいたロープ、急ブレーキをしたかのように崩れ落ちる馬車。そこからアスナとユイがキズメルを、ショウキがプレミアを抱えて脱出した直後、大樹に握りつぶされ馬車は原形を止めず粉々と化して。馬に乗ったまま走り去っていたアルゴの元に、粉々になった馬車を見返すことなく合流する。
呪いの大樹――そんな意味が込められた名前が表示された、れっきとしたボスモンスターがショウキたちの前にはいた。
「いい機会だ……ここで貴様を打倒してくれよう!」
「キズメル、でも……」
「心配するな。奴を打倒さえすれば、石化の呪いは解かれるはずだ」
石化した左腕を庇いながらも、キズメルは大樹に向けて雄々しく叫び放った。その叫びに呼応するかのように、脱出してきていた幾人かのエルフが合流し、大樹を取り囲むようにしながら武器を構えて。ただ石化の呪いが解かれるなどと言ったところで、石像になった後に砕けてしまえば元も子もない……石化した後に落馬して、粉々になってしまったあの御者のように。
「総員、攻撃開始!」
それはキズメルにも、他のエルフたちも分かっているだろう。それでも仇敵である大樹を打倒せんと、雄々しい叫びとともに戦闘は開始された。
「ショウキくん、アルゴさん!」
「見物って訳にはいかなさそうだナ……」
「プレミアは下がっててくれ。危ないから」
「分かりました。がんばってください」
もちろんそれらをただ見ていることなど、ショウキたちもすることはなく。小さく礼とともにエルフから借りていた馬から降りたアルゴも、ストレージから新たにクローを装備し直して。人数はキズメル率いるエルフたちのおかげで、ボスを倒せるほどの人数は揃っているが、問題はやはり石化の呪い。
……ただし勝機がないわけでもない。
「でりゃあ!」
片手剣を振りかぶり攻撃を開始するエルフたちに対して、呪いの大樹は一歩たりとも動くことはなかった。ただその生い茂った葉を、カッターのように全方位に向かって発射したのみだ。
「ぐっ!?」
幾つかは後方にいるエルフの弓兵が見事に撃ち落としてみせるものの、大樹に宿る葉の前には焼け石に水も同然であり。カッターがごとき葉にエルフ自慢の鎧も切り裂かれ、切り傷から石化していくことに動揺し、動きの止まったエルフの一人に、大樹がその呪いを直接的に浴びせようとゆっくりと腕を動かした。
「下がれ!」
動きを止めてしまったエルフと彼を掴まんと腕を伸ばす呪いの大樹。その間にショウキは割って入ると、生まれながらに火炎を纏った大剣を、カウンターがてら叩き込んだ。ボスモンスターとはいえ樹は樹であり、火炎攻撃ならば少しは聞くかとも思ったものの、浅慮だったかすぐに鎮火してしまう。
「なら!」
「プレミア、ユイ、ちょっと手伝ってくれ! キズメルも!」
「はい!」
ならば、と。ずっと呪文を唱えていたアスナの、その詠唱の長さに比例する強大な氷魔法が側面から炸裂する。一瞬にして呪いの大樹の両手両足を凍らせ、石化の呪いの大元と身動きを封じることに成功する。そうして一斉攻撃……ではなく、次なる攻撃のためにショウキは三人に頼みごとを出していく。
「もってきナ!」
しかも身動きが出来なくなったとはいえ、全方位に発射する葉のカッターがあっては、やはり近づくことすらままならない。それでも近接攻撃に踏み込もうとしていたメンバーと弓兵の援護により、葉のカッターが比較的薄いところから、アルゴが飛翔してボスに肉薄する。そのままカッターを生成している樹木に向かって、ファイヤーボール――などといった洒落たものではなく、火炎瓶がしこたま投下されていく。
「ショウキ!」
「頼む、キズメル!」
「ああ! 総員、投擲!」
ただし火炎瓶だけでは火力が足りずに、燃え残りの葉がカッターとしてアルゴを襲う。カッターから命からがら逃げながらもアルゴがショウキの名を叫ぶと、キズメルがエルフたちに号令をかけて、ショウキとともに呪いの大樹へ瓶を投擲していく。それはプレミアとユイに頼んでエルフたちに配って貰った、リズベット武具店特製、鍛冶用の油であり、火炎瓶で炎上した呪いの大樹へ多量の油がぶちまけられる。
「火を鎮めるまじないを使えるものは引火を防げ! そうでないものは私に続け!」
火炎瓶と油などという中世の戦争よろしい方法で、カッターと化す樹木部分が炎上していく。ショウキが先に試したように本体には火に耐性でもあるのか、まるで燃え盛りはしなかったものの、それが仇となってアスナが施した氷の拘束はまだ残っていて。周辺のエルフの森への引火などが非常に恐ろしかったものの、引火程度ならばエルフに伝わるまじない――魔法でどうにかなると、キズメルからの太鼓判を受けて、事実どうにかなっているらしい。
「あー、死ぬかと思ったゾ」
「……ちなみに、なんで火炎瓶なんて持ってるんだ?」
「それくらい淑女のたしなみとしては当然だナ」
その鈍重さを補うためにあった全方位カッターと、石化の呪いのための拳を封じられた呪いの大樹。引導を渡してやろうとキズメルとアスナに続いて、エルフたちが違わぬ連携で一転攻勢を仕掛けていく。あの連携に交じれるのは、その動きを知っているらしいアスナぐらいだろうと、森に引火しようとしている火を鎮火させるエルフたちを手伝うことにしたショウキの背後に、多少ながら傷ついたアルゴが着地して。
「淑女のたしなみ……ショウキ、わたしも『かえんびん』を持っていなくてはいけないようです」
「……プレミアが影響を受けるから変なことは言わないように。ありがとうなプレミア、ユイも」
「いえ、役にたてて何よりです! ですが、あんなにいっぱいの油、どうしたんですか?」
「っ……」
「お店の油です。ほとんど投げてしまいましたが」
エルフたちのように便利な魔法は使えないが、自分達なりに鎮火作業を行いながら。エルフたちに共に投擲してもらう分を配ってくれた二人に、改めてお礼を言っておくと、ユイから逃れられない現実が言い渡される。髪の毛をクシャクシャと掻いて黙りこんでしまう助手に代わって、頼りになる新人アルバイトが真実を述べてくれて。
「……よく覚えてるな、プレミア」
「『あるばいと』として当然です」
「あー、まあなんダ。リズに謝るぐらい付き合ってやるヨ」
「やあぁぁぁ!」
リズベット武具店特製、鍛冶用油が在庫切れのお知らせ。どうにか店主に謝って自腹で入荷しようと考えながら鎮火作業を終わらせれば、偶然にもあちらではアスナが呪いの大樹へとソードスキルを直撃させ、そのHPバーを削りきったところだった。
「打ち取ったぞ!」
沈黙する呪いの大樹を前にして、共に戦ったエルフたちから歓声があがる。ただし、呪いの大樹はポリゴン片と化すことなく、地面に膝をついて倒れ伏した。何かの演出かと一瞬だけ思ったものの、そのまま呪いの大樹の身体はヘドロのようにドロリと溶けていて。
「下がれ!」
「……後退しろ!」
嫌な予感を感じたショウキとキズメルの指示は同時だった――それはどちらもが遅かったことを意味していた。文字通りにヘドロのように溶けた大樹は、そのまま地面や近くにいたエルフを濁流の如く飲み込んでいき、全てを石化して広がっていく。
「アーたん!」
「ママ!」
近くで戦っていたアスナの姿は……あった。どうにかキズメルだけは助けることに成功し、近くの大木の枝上へと避難していたようだ。鎮火作業をしていたエルフにショウキたちも、アスナを倣って濁流が届かない高所へと避難するものの、ひたすらに呪いは森を飲み込みかねない勢いで広がっていく。
「何これ、エルフの森が……!」
「ぐっ……!」
ひとまずアスナたちに合流したものの、どうやら彼女たちに状況は分からないらしい。まるで大洪水でも起きて氾濫した河川のようになっている、呪いの濁流を見下ろし自らの非力さを嘆くキズメルも、無事ではすまなかったのか左腕だけだった石化が半身まで進行していて。
「……キズメル。何かないか、呪いの伝承に何か、解決策は」
「…………」
投擲武器、魔法、それらをひとまず試してはみるものの、やはり濁流の前に効果はなく。天災だと思って待つしかないのかと、思案するキズメルに問いかけると。
「……巫女。巫女の祈りだ。それで呪いは鎮まったと聞く」
「巫女……?」
「祈り……」
もちろん、この場にいる者どころか知り合いにすら巫女などいない。それはもちろん他の者も同様だろうが、飛翔できないためにショウキに抱えられるように掴まっていたプレミアが、どうしてか得心がいったかのように頷いた。
「ショウキ。祈ります」
「は――」
――驚愕の声を最後まで発することは出来なかった。両手を合わせて瞳を閉じたプレミアから、突如として目も眩むような閃光が発せられたからだ。
「呪いが……」
……そうして一瞬の後。プレミアの祈りによって生じた閃光とともに、呪いの濁流は欠片すら残さすに消え去っていた。濁流に飲み込まれていた者も、戦場で傷ついて石化していた者たちも、伝承通りに呪いが消え去っていて――高所に避難していた者たちが地面に降り立ち、もはや呪いは消え去ったのだと確信した直後、今度こそエルフたちから歓声が沸き上がった。
「プ、プレミア……何をしたんですか?」
「……わかりません」
とはいえショウキたちはそれどころではなく。ユイが代表してプレミアに問いかけるものの、プレミア本人がいちばん分かっていないかのようで……それも当然だ。そもそも自分がどんな存在か分からない、というのがプレミアという少女の出会いと始まりだったのだから。
「いや……ありがとう、プレミア。おかげで助かった、それだけは確かなんだ」
「そうだね。速くも助けられちゃったな」
「……はい」
「……コッチは、そうともいかないみたいだがナ」
……だが、プレミアがどんな存在なのかは分からなかろうが、今しがた彼女に助けられたのは確かだった。それだけは伝えておくと、プレミアは珍しく嬉しそうにはにかんでみせて、ユイにいい子いい子と頭を撫でられるのを受け入れていた。しかしてアルゴの声に振り向いてみれば、キズメル以下、エルフたちがプレミアに膝をついてかしずいていた。
「今までのご無礼をお許しください。それとともに、我々をお救いいただいてありがとうございます……巫女様」
巫女様。そうプレミアを呼んだキズメルは、まるで少女に忠誠を誓う騎士のようであった。
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