SAO-銀ノ月-
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「つまり、閃光師匠」
「せーのでいくわよー」
「せーの」
「よいしょ!」
イグドラシル・シティ商店街の一角、リズベット武具店。未だに閑古鳥が鳴いている店内にて、あまり気合いの入っていない声が響き渡った。むしろ武器と武器が重なりあうことによって発せられる、ジャラジャラとした金属音の方がよく響いていて、店の外からも怪訝な視線が向けられていた。とはいえ今は閉店しているため、店内にいる二人には知る由もないが。
「よし、取り出してー」
「あいよ。触れるなよ」
密閉された店内ともなれば怪しげな印象を与えるものの、ショウキとリズがやっていたことは、相変わらず特に色気があるようなことでもなく。リズの合図とともに、ショウキがヤットコを使って炉の中に入っていたものを回収すると、そこには多種多様の武器――であったインゴットだった。
鍛冶スキルを鍛え直している最中の二人ならばなおのこと、もちろん鍛冶作業には失敗は付き物だ。失敗とは言わずとも店に出すには値しない武器や、思ったように仕上がらなかった武器はこうして炉に入れられ、再びインゴットへと戻すことになる。ただしインゴットとしての質は低下しており、量も減っているために無限リサイクルとはいかないが……まだ使い道がないわけではない。
「…………」
無論、ショウキとて失敗作にしようとして打ったわけではなく、性能がイマイチだろうと自分たちが作った武器ともなれば愛着があり、それをB級インゴットとすることに心が痛まないでもないが。今度は強い武器に生まれ変われさせてやるから、と心中で語りかけながら、熱されたインゴットをそのまま用意していた水が満載された釜へ落としていく。熱から急激に冷やされたことでインゴットの一部が悲鳴をあげるが、申し訳ないもののこの程度で破壊されてしまうようではインゴットとしても使えない。
「っし、いくわよ……!」
無事だったB級インゴットを集めて一塊にすると、元々に用意してあった鉱石とともに作業机に置くと、心待ちにしていたリズがハンマーを叩きつける。それらが衝撃から作業机を離れないように、ショウキは専門の道具を使って見守っていき、いつしか鉱石は武器に変容していく。
「……どうだ?」
「うーん……そう簡単にはいかないわねぇ……」
作業中ということで、珍しくツナギに袖を通していたリズだったが、暑いとばかりに上半身をはだけさせながら。腕組みしながら嘆息する彼女の様子に、ショウキも無言ながら肯定するほかなかった。例のクエストで竜人ギルバートから貰った鉱石である《心火の鉱石》が、他の店にはまだ流通しきっていない――とアルゴから買ったアドバンテージを活かすべく、様々な加工方法を試しており、今回は《心火の鉱石》をメインに他の鉱石を使う方法を試してみたものの、結果はあまり芳しくない。
「やっぱり最初の加工法が一番じゃないか? 実際、成功したわけだし」
「うーん……大丈夫? 結構、あんたには難しいわよ?」
「やってやるさ」
「へぇ……言うようになったじゃないの」
微妙な出来とはいえ完成した細剣をストレージに入れつつ、リズの悪戯めいた笑みを受け止めながら、ショウキは試行錯誤していた跡を片付けていく。最も上手くいった方法の短所としては、作り手への鍛冶スキルの依存度と、コスト……値段が高くなってしまうこと。リズならば経験から何でもないことだが、今のショウキの錬度では少しばかりものたりない。
「まあでも、無理しないでいいのよ? 今みたいにサポートに回ってくれれば充分だし」
「そうだな……なら俺は、どうにかコストを安くする方法を考えてみる」
「うん! ……ところで、ショウキ。最近どう? ゲームは楽しい?」
「もちろん」
悪戯めいた顔から商売人の顔へ、商売人の顔から心配そうな顔へ、心配そうな顔から向日葵のような笑顔へ。ころころと変わるリズの表情に、ショウキも満足げに微笑んで。ゲームは楽しいなどと聞かれずとも、こういった瞬間が最も楽しい――と、ちょっと我ながらキザなことまで思っていたショウキとは反して、リズの表情が今度は不満げなものに変わっていて。
「……こうしてリズと、あーでもない、こーでもないって言ってるのが一番に楽しい」
「よろしい」
むふー、と満足げに鼻を鳴らすリズへと、ショウキはすっかり癖となってしまったクシャクシャと髪を掻く動作をしつつ目を背けて。どうせ先程の照れくさい言葉を言い放たなければ、思ってることを口にも出さないから根暗なのだと、口をすっぱくして言われていただろう。
「ショーウキ!」
「おわっ!?」
とはいえそんな風に思われっぱなしも癪だと、何か言い返してやろうと思考を巡らせるショウキだったが、その思考がまとまる前に背後からリズに抱きつかれて失敗する。背中に感じる弾力のある感触を存分に味わいながらも、平常心平常心平常心だと自らに言い聞かせつつ、ショウキは咳払いしながらリズに問いかける。
「……どうした」
「別に。久々に二人きりだから、ちょっとショウキ成分の補充よ」
「……あんまり有益そうじゃない成分だ。それで?」
ショウキ成分というものの正体はともかく。今は新商品の開発という名目で店を閉めていて、かつ最近はよく一緒にいる同居人兼アルバイトも出掛けているため、久々に二人きりだというのも正しくて。ついでにこうしてリズが甘えてくるというのも珍しい話で、こういう時はちょっとした話がある時だと先を促すと。
「……楽しいって思ってくれて、ありがたいわ。勝手に新しい店にしたら閑古鳥が鳴いたり、二人の店だって言ったのにプレミアを抱え込んじゃったり」
「リズが勝手にやってくれたから、こうしてプレミアに会えたんだな。おかげさまで毎日が楽しいし」
最初に会った時は人形のようだった彼女だったけれど、今は……なんというか、どう表現していいか分からないような、プレミアという一人の少女になった。ちょっと食い意地が張っていて、いきなり突拍子もないことを言い出す、けれでも優しい少女へと。そんなプレミアに会えたのは、リズがこの店で預かると決めてくれたおかげであり……少し口を濁しながら、ショウキも本心を伝えていく。
「前も言ったかもしれないけど……俺はリズが一緒にいてくれれば、それだけでいいんだ」
「もっと欲深くなってもバチは当たらないわよ? ……さてさて、そろそろ時間かしらね?」
せっかく本心を伝えたにもかかわらず、リズにはあまり好感触ではなかったようだ。クスクスと笑って、名残惜しげにショウキから離れていきながら、リズはある武器と防具一式を用意していって。ギリギリまで試行錯誤する予定だったせいでもあるが、確かに予定の時間ギリギリであり、閉めきりだったリズベット武具店の扉が時間通りに開かれた。
「ごきげんよう」
「お帰り、プレミア」
「約束のもの、出来てるわよー!」
ひょっこりと店から顔を出したのは、すっかり日常と化した少女の姿。礼儀正しくペコリと頭を下げる彼女が店内に入るや否や、リズはノリノリでプレミアの前に躍り出た。その手に持っているのは、かの竜人から貰った鉱石で作った細剣と鎧――リズベット武具店の新製品、その試作品一号だった。
「これは……」
「フィールドに出るんだから、一応はこれくらいしないとね。ほら、着てみた着てみた!」
とはいえ鎧と言ってもしっかりとした金属の鎧ではなく、以前のリズが好んでつけていたような、急所のみを守る可動域を重視した軽装鎧。もちろん理由はプレミアの
体格では重装鎧が着れないからであり、肩や胸部に軽い素材の金属鎧を装着していく。
「よし! なかなか似合うけど、何か変なところはないかしら?」
「……かっこいいです。騎士みたいです」
「騎士……ねぇ」
微妙に聞いたことと違う答えが帰ってきたことには苦笑いしつつも、どうやらプレミアからは太鼓判をいただけたようだと、ショウキたちは二人でガッツポーズを見せあって。白銀の鎧と細剣を装備したプレミアの姿は、元来の人形めいた印象も合間って確かに騎士のようで、瞳を輝かせながら騎士らしいポーズを取ってみせた。
「はい。リズベット騎士団の騎士、プレミアの誕生です」
「だそうです、姫」
「騎士団長が頼りにならなさそうねぇ」
残念ながらリズベット騎士団は発足前に頓挫したようだ。騎士団の名を冠するともなれば姫だろうリズから、騎士団長に勝手に内定されただろうショウキに解雇通知が届いたため。
「さっそく試したいです。行きましょう、ショウキ」
「はいはい、武器しまってからな……リズは?」
「あー、ごめん。やっぱり向こうでちょっと用事あるから。アスナによろしく言っといて!」
細剣をぶんぶんと振り回しながら店を出ていこうとする、どうやら随分と喜んでくれていそうなプレミアを止めながら、ショウキはリズに聞いてみたが。やはり事前に聞いていた通りに予定があるらしく、リズは少し寂しそうに笑いながらも、プレミアが手に持っていた細剣を鞘にしまって背中に背負わせて。
「プレミア、危ないことがあったら隠れなさい。いいわね?」
「はい。行ってきます」
「よろしい。行ってらっしゃーい……ショウキもね?」
ついでのように声をかけられながら、ショウキもリズに小さく手を振って、やる気充分のプレミアに連れ添ってリズベット武具店から出ていって。いつも通りに商店街を抜けた先にある転移門へと向かう……途中で、ふとプレミアが立ち止まり、店主がログアウトしたであろうリズベット武具店を見据えた。
「どうした?」
「いえ。ショウキやリズはよく消えていますが、どこに行っているのですか?」
「それは……」
立ち止まったのは一瞬で、プレミアは疑問を呈しながらもすぐに歩きだした。不幸にも転移門は順番待ちをしているらしく、プレイヤーたちの間に交じりながら……ショウキは正直、その質問に答えあぐねていた。現実世界のことを答えることは簡単だが、そんな質問をこの世界のNPCから聞いたのは、始めての経験だったからだ。
知らないことがあれば無邪気に喜ぶ普段のプレミアの姿を見ていると、たまに忘れてしまう……彼女が得体の知れないNPCであるということを。
「……別の世界だよ」
「そうですか。では行きましょう、ショウキ。今は外に出るのが楽しみです」
正体がよく分からなくてもプレミアはプレミアだろう――と、得体の知れないなどと思考してしまったことを脳内から追い出し、何を聞かれようが答えてやると意気込んだ……ものの。すぐに転移門の順番が回ってきたからか、これからのことの方が楽しみだったからなのか、質問もなく話は終わってしまう。
「転移! ズムフト!」
……質問が来なかったことに少し安心する自分が嫌になりながらも、ショウキは切り替えていこうと一息をついてから。アインクラッド第三層、主街区の名前を叫んで閃光に包まれれば、すぐさま目的の人物たちが顔を見せた。
「やっほー、ショウキくん」
「今日はよろしく、アスナ。ユイも」
「はい! プレミアも元気ですか?」
「ごきげんよう。元気いっぱいです」
転移門を越えた先にいたのは、以前にお世話になった故にプレミアのことを知っている二人。ローブ姿のアスナの隣には、家のなか以外では珍しく妖精姿ではないユイが立っていて、ショウキの背後にいるプレミアへ声をかけて。そのままプレミアの元へ走っていくユイを見ながら、アスナがクスリと微笑みながらショウキに耳打ちする。
「いいですか、プレミア。フィールドはですね――」
「ユイちゃんったら、妹が出来たみたいってはりきってるの」
「なるほど……」
何やらフィールドのことについて講釈を始めたユイの姿を見て、随分とはりきってると思えばそういう事情で、妖精姿ではないのも小さい姿をまずは見せたくないからだろう。そんな二人の微笑ましい姿を見てつられてはにかみながら、ショウキとアスナは二人で軽く打ち合わせを始めていく。
「リズはやっぱり来れないって?」
「ああ、アスナによろしくって」
「あはは、私でいいかは分からないけど……」
今日アスナに頼んだことは、プレミアをフィールドで戦えるようにすること。どこかに連れていってもらうというプレミアのクエストの関係から、自分の身は自分で守れた方がいいだろうと、プレミアが自分で考えたことだ。武器の扱いぐらいは街中でアルゴが教えてくれたが、やはり実際にフィールドに出なければ分からないこともある。
「そこは頼む、閃光様」
「……ショウキくん? 次にその名前で呼んだらリズに何を言っちゃうか分かんないよ?」
「閃光?」
「ママは昔、そんな風に呼ばれてたんですよー」
「ちょっ、ユイちゃ――」
「つまり、閃光師匠……!」
その異名に相応しいスピードでショウキの口止めには成功したものの、残念ながら自信満々に胸を張る娘を止めることは出来なかった。思いもよらない場所で黒歴史を晒されたアスナから、恨みがましい視線がショウキへと向けられるが、偶然にも空が気になってショウキは違う方向を向いていた。
「え、えーと……プレミアちゃん。アスナでいいから、ね?」
「ですが教えてもらう以上、閃光師匠です」
「ママ、かっこいいです!」
「……そろそろ出発しなきゃ、だな」
「そ、そうだね! 日も暮れちゃうし!」
子供二人に詰め寄られるアスナに助け船を出し――そもそもショウキの軽口が原因だったが、どうにかこうにか話を流すことには成功し、アスナが率先して翼をはためかせた。そしてユイが妖精へと姿を変えてアスナの肩に乗り、そして。
「ではショウキ。わたしを好きにしてください」
「……うん、だからその言い方は頼むから止めてくれ」
「ショウキくん……」
この世界の住人ならばNPCだろうと持っているはずの翼を持たないプレミアは、もちろんだが空中を飛ぶことはできない。そういうこともあって飛行するような用事がある時は、たいていショウキが担いで飛んでいるのだが、どこで覚えてきたのか最近はこんな言葉を口走る。アスナから感じる冷たい視線を気のせいだと言い聞かせながら、ショウキはプレミアを抱っこするようにして飛翔する。
「むふー」
「……それでアスナ、どこに行くんだ?」
「うん。せっかくだからピクニックも兼ねて、私もよく知ってる場所」
腕の中にいるプレミアの満足げな吐息を聞きながら。ここ、アインクラッド第三層は一面が森に覆われているフロアであり、隣を飛ぶアスナからは「歩いて回った時は苦労したなぁ……」と懐かしむ声が聞こえてくる。しかも森の中はいわゆる《迷いの森》となっており、地図なしで挑むのは無謀とも言える……今回は森やフロアの攻略ではなく、ただのピクニックなので問題はないが。
「降りるよー」
「ありがとうございます。ショウキ」
「ふぅ……ああいや大丈夫だ」
そうしてアスナからの指示を受けて降りた場所は、森林浴にでも最適な穏やかな森林地帯。明らかに強敵などいないと言わんばかりであり、ショウキも念のためにぐるりと辺りを見渡してから、地面にプレミアを下ろして一息つく。そうしてプレミアをアスナに任せて、ショウキはとりあえず近場にあった木の上に飛び乗った。
「ママ、この辺りに強敵の反応はありません」
「ありがとう、ユイちゃん。さてプレミアちゃん、準備はいいかな?」
「はい。師匠」
「……まあ、いいかな。ショウキくーん!」
閃光師匠、よりはマシらしい。苦笑しながらも受け入れたアスナの問いかけに、愚問とばかりに細剣を振り回しやる気を示すプレミアを見て、アスナはショウキに合図を出す。それを受けてショウキも、狙いをつけていた猪タイプのモンスターへクナイを投げつけてヘイトを取ると、猪タイプは一目散にこっちへ駆けてくる。ただし木の上にいたショウキを見ることが出来なかったのか、開けた場所にいたアスナたちにだったが。
「聞いた話だと、プレミアちゃんならあのモンスターぐらいは平気で倒せます。攻撃の避け方はこっちが指示するから、試しに戦ってみてください」
「はい」
……アスナもアスナで、速くも師匠モードに入っていることには触れないでやるとして。プレミアはリズが作った細剣を抜き放つと、先程までのやる気アピールでぶんぶんと振り回していた時とは随分と違った、しっかりと相手を突き刺さんとする構え方を見せて。突進してくる猪を相手に、プレミアは全く引くことはなく。
「来ます!」
そしてハラハラと心配するユイの声が響き渡り――
「……ねぇショウキくん。私、もう教えることないんだけど」
「いや……ああ、なんというか」
――結果として、プレミアの戦闘訓練は即座に終了した。他のメンバーの心配をよそに猪の攻撃を完全に見切ったプレミアは、正確なソードスキルを以て一撃で猪をポリゴン片に変えてみせた。それから数体同じように戦い、特に問題も教えることもないと閃光師匠から太鼓判をいただいた。
「全くもう、フィールドに出るまでにここまで鍛えてるなんて、ショウキくんったら意外と過保護なの?」
「…………」
俺じゃない――という言葉を、ショウキはすんでのところで飲み込んだ。そんなことになったのは、フィールドに出る前に先生を担当したアルゴの手腕……というか、なんというか。厄介な攻撃を仕掛けてくるモンスター以外ならどうとでもなるレベルまでになるまで、ただただ街中でショウキが相手をしていただけだ。
ひたすらプレミアから発せられる、日に日に鋭さを待つ攻撃を避け続け、避け続け、避け続けた日々は、当分には忘れることはないだろう。おかげでショウキも随分と、新しいアバターの回避が上手くなったように感じられ……モンスターを軽く倒した時にプレミアが発した、「ショウキより遅いから楽勝です」という言葉に、少なくない達成感を感じざるを得なかった。
そうしてアルゴの猛特訓を受けたプレミアは、敵の攻撃を避けられる後方で待機しながら、隙をついた刺突で弱点を狙う――という戦闘スタイルが、アスナの指導もあって確立し、誰かと組むことが前提ではあるものの、充分に戦える力を持った。
「魚は美味しいと聞いたことがあります」
「あっ、生はダメです!」
そんなこんなで戦闘訓練など投げ捨てて、さっさとピクニックに入ってアスナと二人で水遊びをするプレミアたちを見ていれば。捕まえた生魚をそのまま食べようとしているプレミアを、必死になってユイが止めようとしているところだった。まるで本当の姉妹のようなやり取りが、どこか微笑ましく感じられて。
「お腹が空いたならご飯にしようか?」
「ご飯……いい響きです」
「プレミア、ママのご飯はとっても美味しいんですよ」
「ほら、タオル」
ショウキが川から上がってきた二人にタオルを渡している間にも、素早くアスナはピクニック昼食スタイルを整える。まるで自分のことのように自慢するユイが言うだけのことはあり、バスケットの中からは見るからに美味そうなサンドイッチが並んでいて。思わずショウキも、プレミアと一緒に歓声があがる。
「キリトに悪いな」
「最近、パパったらアインクラッドの攻略にかかりっきりだから、いい気味です!」
「……キリト?」
「今度、プレミアちゃんにも紹介するね。でも今は、どうぞ」
「いただきます」
どうやらここにいない父は最近、少し娘を怒らせているらしいが、あいにくとショウキにはどうしようもない。そんなことよりご相伴に預かろうと、四人で食卓を囲んでサンドイッチを食べていく。
「お……これ、どこで採れる野菜だ?」
「ふふ。ショウキくんったら、お店で使おうだなんて思ってるでしょ?」
「むっ!」
「どうですか、プレミア? わたしも手伝ったんですよ!」
「……美味しいです。どこか、ショウキに食べさせてもらう『ほっとどっく』と似た味がします」
柔らかいパン生地に挟まれているのは、この世界特有の緑野菜であり、ヘルシー志向ながらも野菜の味が強いサンドイッチが完成されていた。これならリズベット武具店の食品部門にも採用できるか――などと思いながら尋ねると、すっかり質問の意図がバレているらしいと肩をすくめるショウキの隣では、ペロリとすぐさま食べきってしまっているプレミアがいて。アスナから新しいサンドイッチが支給されるものの、それも一口で食べ終わってしまう。
「まあ、ウチのもアスナの監修が入って……こら、ゆっくり食べろ」
「しゅみみゃへんぐぐっ……ぷはっ。どうりで美味しいわけです」
注意はしたものの聞いているのかいないのか、また新たなサンドイッチに手を伸ばすプレミアに、そっとお茶も手渡しながら。予想通りに喉を詰まらせてしまうプレミアが、偶然にも目の前にあった飲み物で命を繋ぐことに成功しているのを尻目に、ふとショウキは森の奥を見た。
「……ん?」
「動くな! 人間ども!」
――そして森の奥からショウキたちの近くの地面に、鋭い矢が突き刺さった。アスナと反射的に立ち上がって警戒するものの、その時には既に遅いと感じざるを得なかった。既にショウキたちを取り囲むようにエルフたちが展開しており、中では弓矢を次は外さないとはがりに持つ者もおり、とても動くことも出来そうにない。
「…………」
「ここは我らエルフ族が治める聖大樹の森。悪いが人族には出ていってもらいたい」
「え……?」
聖大樹――最近、竜人ギルバートのクエストでもそんな名前を聞いたが、どうやらこちらにも、あのアインクラッド百層ボスゆかりの品があるらしい。それも気になったが、警告の中でもモグモグとサンドイッチを食べるプレミアにシリアスな雰囲気が削がれてしまい、どうしてかエルフの皆様に申し訳なくなってしまうが、奥から出てきた指揮官のエルフはピクリと眉をひそめたのみで、特にプレミアには触れることはなく。むしろ紫色の髪に褐色肌の、女性エルフにどうしてかアスナが息を呑んだ。
「さもなくば――」
「キズメル! キズメルなんでしょ!?」
「――なに? ……どうして私の名を知っている」
突如として女性エルフの名前を言い当ててみせるアスナだったが、あまり穏やかな雰囲気ではなく、キズメルと呼ばれたエルフからも剣呑な雰囲気しか感じられない。少なくとも女性はキズメルという名前ではあるらしいが、アスナが想定していた人物ではないようだ。
「怪しい連中だ。正体を名乗らねば、捕縛することになる」
そして指揮官の名を言い当ててしまったことは、エルフたちからは怪しい存在だと見なされてしまったようだ。逃げるか否か、アスナに目線で問いかけたものの、キズメルとやらが現れたショックからか判断が出来そうにない。
「待った待っタ! 味方だヨ!」
――プレミアの安全のためにも、一暴れする他ないかとショウキが決心した直後、キズメルという名のエルフとショウキたちの間に、一人のケットシーが割って入った。まるで喧嘩を仲裁するかのような立場で、ショウキたちには一瞬だけ、話を合わせロ――といった視線を送ってきて、またもやアスナが驚愕の声をあげた。
「味方だと?」
「アア。約束してた人族の戦士ダ」
「アルゴさん……?」
――鼠。それが今回の仕掛人の異名だった。
後書き
サブタイトルでどんどんプレミアが愉快になってきているようで嬉しいです
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