おぢばにおかえり
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49部分:第八話 はじまってからその五
第八話 はじまってからその五
「絶対に優しくしないと駄目よ」
「絶対に?」
「ええ」
その寂しい顔で。私に言うのでした。
「さもないとね。大変なことになるわ」
「そうなんですか」
「ええ、そうよ」
私にまた言います。
「絶対にね。それはわかっておいて」
「わかりました」
何かよくわからないけれど頷くことにしました。先輩の仰ることですし。
「それでは」
「わからないわよね」
そんな私の心を見越したように先輩が言ってきます。
「やっぱり」
「いえ、それは」
「隠さなくてもいいのよ」
また先手を打って言われました。
「そういうことは」
「それは」
「怒らないから」
こうも言われました。
「言わなくていいわ。いいわね」
「わかりました」
そこまで言われたら仕方なく。頷くことにしました。それに本当にわかりませんでしたし。
「そうなんですか」
「私も最初はわからなかったのよ」
その寂しい顔でまた私に言います。
「誰が本当にいい人か悪い人かって」
「ですか」
「いい人だって時には悪いこともするわ」
こうも言います。
「誰にだって間違いはあるのよ」
「人間ですからね」
「けれどそれでね」
また私に言います。
「その間違いに気付いた時にどうするかなのよ」
「そうするか、ですか」
「ええ、それが大事なの」
寂しい顔はそのままです。何かあったのがわかります。
「そこがね」
「そうですよね。それはわかりますけれど」
「ただ」
先輩は寂しい顔から悲しい顔になりました。
「気付かないかも知れないけれど」
「気付かない」
「そうよ。自分ではね」
こう言います。
「中々気付かないものなのよ、自分では」
「それはわかります」
私にも経験ありますし。自分が知らないうちに他の人を傷つけていてってことは。それで大変なことをしてしまったって後悔したこともあります。
「私も」
「ちっちもあるのね」
「はい、先輩もなんですね」
「ああ。あの時はね」
少し俯きました。そうして私に言います。
「いいと思っていたのだけれど。それが」
「それが」
「相手をとても傷つけていて。それで相手がどう思っているかってことに気付かなかったのよ」
「そういうことがあったんですね」
「詳しいことは言えないけれどね」
それは言おうとしないのでした。先輩にとっても辛いことなのがわかります。
「そうしたことがあったのよ」
「ですか」
「だから。ちっちも気をつけて」
声が優しいものになりました。そうして私にまた言ってくれます。
「そういうことがないようにね」
「はい」
先輩の言葉にこくりと頷きました。
「そうします」
「それじゃあこれから」
「これから?」
「何か食べに行かない?どうかしら」
「何かですか」
そう言われてみると。お腹が空いてきています。育ち盛りなのでやたらとお腹が空きます。けれどそれでも背が大きくならないのが不思議です。
「どうかしら。ドーナツでも」
「あっ、いいですね」
ドーナツ好きなので。願ってもない言葉でした。
「それじゃあ駅前のミスタードーナツですよね」
「ええ、行きましょう」
明るい顔になって私に言ってくれました。
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