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エターナルトラベラー

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エイプリルフール番外編 【シンフォギアXD編】

 
前書き
長らく放置して申し訳ありません。 

 
ある日、朝早くからスキニルへと集められた装者達面々。

バビロニアの宝物庫の鍵であるソロモンの鍵はアオが厳重に管理。ほとんど出てくる事のない普通のノイズが現れててんやわんやの後本部でブリーフィングと相成ったのだが。

「こんな朝っぱらから何の用だよ」

クリスはそうあくびをしながら指揮官である風鳴弦十郎へと問いかけた。

「今朝早く二課で保管中の完全聖遺物ギャラルホルンから強大なフォニックゲインが感知された」

え、完全聖遺物まだあったの。二課保有の完全聖遺物ってデュランダルと…ネフシュタンだけじゃなかったんだ。

「ボクも今日初めてその情報を開示されたので」

とすまなそうな顔を浮かべるのはエルフナインだ。

「完全聖遺物…」

「ギャラルホルン、デス?」

調と切歌の疑問の言葉と同時にそこに居る装者達の視線がこちらへと向いた。

「な、なんでみんなでこっちを見るの?」

「いやー…たはは」

「いや、こういう時はミライを見るだろ?」

と響とクリスだ。

「響…」

「雪音も」

未来と翼は呆れたようにつぶやくも自分も同じくこちらへと向いている。

「皆…」

そうつぶやいたのはマリアだが、同じだからね?

「はぁ…」

とため息を付いてからミライは最近アオとの境界が薄い記憶を整理する。

「北欧の神、ヘイムダルが持つと言う。終焉の角笛、ギャラルホルン」

「終焉…?」

誰かが物騒な言葉とつぶやく。

「神々の黄昏、ラグナロクの訪れを告げるのだから終焉と言われるのもしょうがないだろう」

えーっと…

「ラグナロクとは、北欧神話による神と巨人による最終戦争。この戦いで世界は海に没し、滅びる。ついでに、わたしのナグルファルはこの時に巨人を乗せて戦いに出た船の事で、フリュムはその舵をとった巨人の事だね」

「えええっ!?」

「響…驚いている所悪いけれど、ガングニールを持つ主神オーディンはこの時ロキの息子である魔狼フェンリルに食い殺されているのだけど」

「うぅええぇ!?」

驚きの声が強まった。

「神様って死ぬもんなんだな」

「クリス…神が不滅であるのならわたしは…アオは神様を殺していないよ」

「ああ、そうだったか」

クーリースー。

さて、問題はここに集められた理由である完全聖遺物ギャラルホルンのその特性。

「へーこー世界だぁ?」

「へいこう世界って何ですか?」

クリスと響が問う。

「で、こっちを見ますか…」

「この間のオラリオの時とは違うのですか?」

「調っ」

調と切歌。

「あれは異世界。平行世界とは似ているけれど、定義そのものが違う」

「定義?」

「どう違うんだ?」

「異世界は別次元の世界。しかし平行世界は基本的には可能性の世界。つまりは普通に地球と言う事になる」

「可能性って?」

響、何でも聞けば良いと言うものでのないぞ。まぁ、いいけど。

「簡単な話、わたしがもしあの日、響と出会った日に公園に行かなかったら?わたしはきっとここには居ない。世界は選択の数だけ分岐して枝分かれする。それが平行世界論」

「ミライちゃんっ!そんな事いっちゃヤダよっ!ミライちゃんと出会わなかった、なんて…」

「いや、響。だから、そう言う可能性で分岐した世界もあると言うのが平行世界論なんだけど…」

ぎゅっと響に両手を力強く握られてたじろぐ。


「ああっと…後は平行世界の運営の概念だと編纂事象と剪定事象と言うのも有るのだけれど、これは今は関係ないのかな」

「平行世界の運営?…いえ、出来れば教えてください」

とエルフナイン。

「うーん…編纂事象はいいかな。これはこれからも続いていく世界の事。問題は剪定事象だけど…」

「剪定って?」

聞きなれない言葉にマリアが問う。

「樹木の枝葉の形を整え切り落とし風通しを良くして成長を促す行為だが…」

そう弦十郎が答える。

「まさか…」

「世界の時間軸を樹木で現すとするならば、平行世界とは枝分かれした枝葉のような物。宇宙は可能性を広げる為に膨張しているのであって、先が見えている世界に分け与えるエネルギーは無いゆえに世界事刈り取られる、と言う理論なんだけど」

「つまり…ある日突然世界が無くなると言う事なのか?」

「そう言う可能性もあり得る、と言う考え方だね。とは言え、いつどのように編纂が行われるのかなんて事は気にしても仕方のない事。考える必要もない事だよね」

明日終わるかもしれないと言う不安に押しつぶされては生きる意味もない。

「剪定事象…」

エルフナインが何か考えるこむようにつぶやいた。

それで、ギャラルホルンの事だが、この聖遺物は平行世界へと渡河する事が出来る神具であるらしい。

ギャラルホルンが起動すると、災厄がこの世界に現れ、平行世界の事変の元を解決しない限りしばらくの間こちらの世界にも災厄が続く。

先のノイズがそうである可能性が高いらしい。

ギャラルホルンで平行世界に渡れるのは現時点ではギアを持つものだけ。

聖遺物の共鳴がそうさせるのか、事変の解決できる人間を探しているのかは定かではない。

ギャラルホルンが起動したのは過去に二度。

最初の一度目は天羽奏が平行世界に赴いて事変を解決して戻って来たらしい。

この事に翼が知らなかったと憤る。

二度目はネフシュタン起動実験時。この時は解決に当たれる人材がおらず収まるのを待つのみだったとか。

結果被害は拡大し、もしかしたら天羽奏が死に、響が被害にあったノイズの襲来の規模が大きかった事もギャラルホルンに由来するのかもしれないとの事。

「場当たり的だが、こちらにノイズが現れた時に対処して被害を防ぎギャラルホルンの発動が弱まるのを待つと言う考え方も出来るが…」

「それはやめた方が良いかもしれません」

弦十郎の言葉にエルフナインが応える。

「それは?」

「ギャラルホルンが平行世界へと助けを求めるほどの事変だったとした場合、それは枝に付いた病気や害虫と考えられるんじゃないですか?それは一世界にとどまらず、食い尽くしては隣の枝葉へと浸食する…」

それは…

「つまり、剪定事象の考え方で言えば隣り合うあまりにも近しい枝葉は刈り取られてしまう、剪定されてしまう、と?」

弦十郎がまとめる。病気がうつりかけている隣の枝諸共切り落として病気を防ごうと言うのだ。

…完全に否定は出来ない。平行世界が干渉してくるなんて事象でどのような現象が起こるかなんて誰も想像できようもないのだから。

これに答えられる存在が居るのなら、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグくらいな者だろう。

「一応聞くけど、ミライは…いえ、アオはヘイムダルの権能は持っているのかしら?」

「デスデスデース。それが有ればもしかしたらギャラルホルンの制御が出来るかもしれないのデース」

マリアの言葉に切歌がコクコクと頷きながら言葉を続けた。

しかしミライはそれに顔を横に振る。

「残念ながら、蒼(わたし)は持ってないなぁ」

「そうか…」

「と言う事は、結局向こうに出向いて原因を排除するしかない、と言う事かしら?」

「そうなると思います」

マリアの言葉にエルフナインが頷き返した。

「こちら側にもノイズが現れる危険性が有る以上、装者達全員でと言う訳には行くまい。半数、それが限度だ」

と言う弦十郎の言葉にすぐに翼が立候補。これは以前奏がやったと言う事が彼女の動機だ。

続いてマリアが立候補し、クリスもとなったのだが、それはマリアがお願いする形で残ってもらう事になった。

三人目は響。平行世界で有ろうと困っている人がいるなら、と言う事なのだろう。

「最後は…」

じっと皆の視線がこちらへと向いた。

「えぇっ!?わたし、ですかっ!?」

「当然だろう。ミライが行かずして誰が行く」

と翼。

「えー、出来れば遠慮したい。面倒くさーい」

「あなた、だんだん蒼(かれ)に似て来たわね」

そうあきれ顔でマリアが言う。

「それはしょうがないですよ。同一人物ですからね」

本当は、アオとの同一化が進んでいる為だが、黙っていた方が良いだろうか。

時間をかけてゆっくりと分かりずらい速度で変わって行けば、皆も分からなくなるはずだ。

別にどちらかが消えると言う訳じゃ無い。今の状況で推移すれば、それは両方とも自分と言う感覚になるだろう。

「どの道、ミライくんが平行世界に渡るのは規定事項だ。ミライくんが行かないと言うのなら、ギャラルホルンの停止を待つ選択肢を取る。万が一と言う事も有るからな。君が居れば万が一でも何とかするだろう」

その信頼が重たい。

「弦十郎さん…まぁ、分かりましたよ。別に本気で嫌がった訳じゃないしね」

翼、響あたりは人の話を聞きそうにない。どんなに危険が有ろうとも行くと決意してしまっている。

だったら一緒に行った方が幾らか心配も減ると言うもの。

さて既に行く気満々の翼だが、準備は……大概のものは道具袋に入っているから良いか。

「まぁ、平行世界にはアオは何度も飛ばされていますし。今更ですね」

「…何度もなのか?」

「ええ…何度も、です。おかげで戻ってくる術式を構築しなければならなくなる位でした。彼の苦労が伺えます…」

苦い顔をするミライ。

過去、ゼルレッチの家系…遠坂凛と一緒に彼女の生涯を掛けて迫った事がある。その成果はゼルレッチに迫るものだった。

「資料によれば、ギャラルホルンで送られた場合、出口近くに帰還用のゲートが有るらしい。最優先で確認してくれ」

「りょーかいです。あ、それと一応ギャラルホルン入手の経緯を教えてもらえれば」

「どうしてだ?」

「渡った世界にもギャラルホルンは有るかもしれない訳でして…有るのなら発動する前に何とかしておこうか、と」

まぁ、平行世界だ。こちら側にあった場所に有るとも限らないが、調べるくらいは良いだろう。

ギアを纏ってギャラルホルンを潜る準備を整える。

ギアは宇宙空間でも問題なく活動できるし、装者を真空などの環境からでも守ってくれる。よほどのことが無い限り環境に対応できないと言う事はないだろう。

翼は思い切りよく、マリアは翼に続くように平行世界へと渡っていく。

「それじゃ、ちょーっと行って来るから」

「うん、待ってる」

響が未来に行ってきますとギャラルホルンに吸い込まれていった。

「さて、わたしも行きます」

「ああ。怪我の無いようにな。死ぬ事など絶対に許さん」

「あ、はい。大丈夫ですよ」

弦十郎にそう言うと最後にギャラルホルンを潜った。

一瞬の瞬きの後に景色は一変。しかし変わり映えのしない日本の首都の景色。

「ここが平行世界…?」

「それにしては変わり映えが…」

「と言うよりも、いつもの公園です。本当に平行世界に来たのかな」

「二人とも、後ろを見なさい」

響、翼の戸惑いを受け止めマリアが後ろを振り返る様に促す。

「これは…」

「これが帰還用のゲートかな」

とミライ。

「しかし、ここだとシンフォギアは目立つ。とりあえず情報収集だね」

公園(こんなところ)でシンフォギアを纏っていれば嫌でも目立つ。差し迫った危機が無ければ取り合えず解除するべきだろう。

しばらく辺りを歩いて情報を収集する。

「本当にここは平行世界なのだろうか」

「翼、あっちを見てごらん」

と促した先にはここからでもその存在を確認できるはずのものが無かった。

「カ・ディンギルが、無い?」

翼が驚いたのもしょうがない。月を穿った尖塔の残滓はまだ完全には解体されておらず、この位置からでも確認できるはずのそれが見当たらないのだから。

「平行世界、と言う事なのでしょう。それと過去と言う事でもないようよ」

とマリア。

「近くのコンビニで確認してきたところ、西暦に違いは無いわ。この世界ではカ・ディンギルは完成してない、またはそもそも無いのかもしれないわね」

「ええっ!?それじゃあリディアンはまだあそこに有るんですかねっ!?」

「それについては実際に確認した方が早そうだね」

響の問いに返す。

目的地はとりあえず旧リディアンと決めて歩き出すが…

ビーッビーッ

「警報っ!?なんでっ!?」

最近、この手の警報が鳴る事が無かった響は忘れていた。

「バカものっ!ノイズに決まっているっ!」

「あ、そうかっ!」

翼の叱咤に現状を把握。

「どっちっ」

「悲鳴はあっちだな」

翼、響、マリアは頷き合うと走り出した。

「あ、ちょっと。おーい…まぁ、しょうがないか」


「Balwisyall Nescell gungnir tron」

「Imyuteus amenohabakiri tron」

「Seilien coffin airget-lamh tron」

「Aeternus Naglfar tron」

聖詠が木霊し、フォニックゲインが物質化しギアを形成。

「はっ!」

踏みしめたアスファルトを踏み抜く勢いで蹴り上げると力いっぱい響は飛んだ。

「てりゃーーーーっ!」

ギュンと響の右手のギアのギミックが高速で回転するとフォニックゲインを圧縮、打ち出す拳がノイズを砕く。

「大丈夫ですか、速く逃げてくださいっ!」

響の前で転んでいたであろう親子は頷くと一目散に走り去る。

「はっ!」

それを追うように全身を伸ばして突撃するノイズへと響は拳を振るう。

「立花っ!」

「一人で突っ走りすぎよっ!」

「ごめんなさいっ、でもっ!」

「響の人助けはいつもの事。諦めて」

はぁ、と翼とマリアがため息を付くと、剣を振るう。

「どれだけいようと今更ノイズ」

「ええ、せん滅するわっ!」

翼とマリアも一匹も逃さないとノイズを駆逐していった。

「くっ…」

響の嗚咽。

どれだけ速く駆けつけてもノイズの出現は被害が出る。

今も道路のあちらこちらに対消滅で炭化した黒い物体がサラサラと風に飛ばされて行くのが確認できた。

「あっちでまだ戦闘音がするわ」

「あ、響っ!」

マリアの言葉ですぐに飛んでいく響。

追いかけて行くと、戦場に歌が聞こえた。

「歌?…シンフォギア…?」

「やはりこちら側にも装者はいたのね」

とマリア。

どうやらノイズはこちらが駆けつける前に倒し終わっていたようで、ビルの間にただずむのはオレンジのシンフォギアを纏った…

「え、…ええっ!?」

驚く響。

翼に至ってはワナワナと震えて黙りこくっている。

「何?響、知ってるの?」

「だ、だって…あの人は…」

「…奏………奏ーーーーーっ!?」

「つ、…翼っ!?」

駆けだした翼。振り返ったオレンジ色のシンフォギアの装者は翼の存在を知っていた。

駆け寄る翼、しかし…

「あたしに近づくなっ!」

対する天羽奏は拒絶の言葉を発した。

「奏、…なぜ」

「翼は死んだっ!偽物があたしの前に現れるんじゃねぇっ!」

「わたしが…死んだ…?」

ショックを受ける翼。

天羽奏。

音楽ユニット、ツヴァイウィングの片翼であり、二年前に絶唱を唄い、散った。

「翼、ここは平行世界。生きている人間が死んで、死んでいる人間が生きている事もあるよ」

「ミライ…だが…」

ピピッ

「なんだとっ!ちっ…わかったよ…おい、お前らっ!着いて来い。おまえたちに弦十郎のおっさんが用があるってさ」

何やら天羽奏の方に通信が入ったらしい。

「弦十郎。風鳴弦十郎ですか。二課はやっぱりあるのかな?」

「奏…」

翼は心ここにあらず。

まぁ、仕方ない。

死に分かれた片翼に再会したら拒絶されたのだからね。

連れていかれたのはリディアン女学院。

「リディアンか…」

翼がつぶやく。

「なんだ、ここがそんなに珍しいのか?」

と奏。

「ああ…もう見る事も無いと思っていたからな」

「なんだ、そいつは…まぁいい」

そう言えば、わたしは通ったことが無いんだよね。ここ。

地下には頻繁に居たけれど。

「マリアさん、こっちこっち。こっちです」

響がマリアを連れて歩く。

「どうしてって…あぁそう言えば」

「はい。勝手知ったると言うやつです」

「お前ら、どうして…」

「奏…」

エレベーターで地下へと降りると懐かしき二課本部。

「お前…翼かっ!?」

といきなり驚愕の声を上げたのは風鳴弦十郎。

「おじさま?いえ、風鳴指令。はい、恐らく、あなたが知っている風鳴翼ではありませんが」

「俺の知っている翼では無い…だと?了子くん」

「はいはーい。呼ばれて飛び出て了子さんです。まずはそちらのお話を聞かない事には何も答えられないわよ?」

推察は出来るけれど、と了子さん。

「ええっ!?りょーこさんっ!?」

驚く響。

「あら、そんなに驚かれるとはね。私も有名になったものね」

いや、それはあなたがかなりヤバい事をしてくれて、すでに死んでいるからなんですが…

かいつまんで経緯を説明する。

「なるほど、平行世界から来たと」

一応納得と頷いた弦十郎。

「それで、おじさま。こちらのわたしは…」

奏の反応、二課の反応は異常だ。

「二年前…ツヴァイウィングのデビューコンサート…その時に…な」

この世界の翼はボロボロになった躰で絶唱を唄い、死んだ。

「そちらの世界ではどうなっている?」

と弦十郎。

「わたしではなく、奏が絶唱を唄い…そして…」

「そうか…」

翼の表情からどうなったのかを悟ったのだろう。

ツヴァイウィングのコンサートの後、一人になった奏は現れるノイズと一人で戦っていたようだ。

「そこが分岐点かしらね」

そうマリアが考察する。

「わたし達にとって大きな分岐点は確かにそこだろうけど。世界規模で言えばどこで分岐したのかなんて考えるだけ無駄。世界はこの瞬間にも分岐しているのだからね」

「それにしても、そちらの世界には装者が八人も居るのね。まったく装者の大盤振る舞いね」

「了子くん…」

「こちらの世界の装者達は…」

翼が問いかけた。

「天羽々斬は失われ、シンフォギア装者はガングニールの装者である奏くんだけだ」

「ほんの二年の間なのに、どれほど世界が違うのでしょうねぇ、興味深いわ」

「それはっ」

「響っ」

口にしかけた響を制す。

「ミラ…アオさんっ!?」

「こちらの世界で解決された大きな事件に二課が関わっていない以上語る事は無い」

「どうい事だ?」

「わたし達の世界で解決した事変は三つ。確かに同じ火種はこの世界でもくすぶっているだけかもしれない。だから尚の事言えない」

「アオ…さん?」

(詳細を片鱗でも語ればこの二課本部がカ・ディンギルであるのかも分からない状況では危険すぎるだろ?)

(た、確かに…)

(了子さんがフィーネと言う世界規模のテロリストですとでも言うつもりか)

(それは…そうですけど…)

「全てに先手を打つことが得策であるとは限らない。得た結果が十全である保証もない。だからあやふやの情報で動いてほしくないだけだ」

「…そうか。それならば仕方ない、か」

それらしい事を口にしてどうにか弦十郎を引き下がらせることに成功した。




二年前、翼が絶唱を使いざるを得なかった主だった要因はカルマノイズと弦十郎達が呼称する敵にあったらしい。

「カルマノイズ…?」

「ああ。普通のノイズより強力で、何より人間に触れても自身は炭化消滅しない」

「なっ!?」

弦十郎の言葉に絶句する。

「それじゃあ…」

「ああ、その一体で何人もの人間を殺せる」

マリアの呟きに弦十郎が答えた。

そのカルマノイズは現れると一通り人間を駆逐すると消えて行ってしまうらしい。

「確認が取れているだけでも五体のカルマノイズが存在しているわ」

「そちらの世界には?」

そう了子と弦十郎が言う。

「いえ、現れていません」

翼が神妙な顔で返答した。

「やっぱり、色々な所が違っているようね。本当はもっと色々聞きたいのだけれど…答えてくれそうに無いわね。残念」

ミライをみて了子は肩を竦めた。

「とは言え、ギャラルホルンがシンフォギア装者を必要としていて、カルマノイズと言う敵が居ると言う事は今回のギャラルホルンの異変はこれの解決と言う事になるとは思います」

「すまない。本当は君たちに頼めることじゃないのだが…」

と言った瞬間奏が会話を止めようと割って入る。

「だんなっ!」

しかし弦十郎は意識的に無視。

「こちらには装者は奏くん一人しかいない。異変解決に協力してもらえないだろうか」

「ええ、はい。もとよりそのつもりです。この身に変えてもカルマノイズを討ち果たして見せましょう」

翼が代表して返答。まぁ、目的はギャラルホルンの異変の解決なのだから仕方ない。

「この身に変えてなんて言うなっ!」

「奏…?」

奏の怒声に翼は何とも言えない表情で見つめる。

「ちっ」

「奏…まって…」

なにやら整理の着かないような表情で退出していく奏。翼は呼び止めるも聞く耳ないようだ。

「奏、どうして…」

あんまりこう言うのは不得手なんだけど…

先ほどから事態の推移を見守る辺りでアオが強くなっているミライが声を掛ける。

「翼」

「アオ…さん?」

何かを懇願するような表情。

「翼。あれは言わば君の合わせ鏡だ」

生き残った自分。失った自分。

「合わせ…鏡…?」

「君が一番彼女を理解できるし、しなければならない」

「分からない…分からないよ…何が奏を怒らせたの?」

「これは俺が教える事じゃない。翼自身が気付く事だ。けれど…もう一度言う。彼女は君自身だ」

「アオさん…」

しゅんとなって翼は二課内のソファへと下がる。

「アオさん」

「アオ、少し厳しくないかしら?」

と響とマリア。

「アオにしてみれば優しい方だと思うよ」

「言うだけ言って引っ込んだのね、彼。まぁ良いわ。確かに翼自身が気付く事よね」

マリアはそれ以上言わなかった。

「アオくん?…君はミライくんではなかったか?」

弦十郎の問い。

あちゃぁ…まぁ別に隠す事でもないかもしれないが。

「彼女は二重人格なのよ」

マリアが当然とばかりに答えた。隠すよりはオープンにしてしまおうと言う事なのだろう。その方がこれから堂々と会話が出来て便利と言う事だ。

「二重人格…だと」

「ええ、まぁ。記憶はある程度共有してるし、どちらも自分自身なので、基本的に利害が不一致すると言う事はありませんが」

「そうなのか…?それにしても先ほどの彼はどうも男っぽいと言うかなんというか…」

「彼は男なので」

「そ…そうか…」

体は女の状況に、弦十郎は理解しなくてもいいかと理解することを諦めたようだ。

「そんな事よりぃ、わたしが気になるのはぁ、あなた達のギアなのだけれど?」

と了子さん。

「ガングニールと天羽々斬は良いとして」

「のけ者にされたっ!?」

「響…」

「他二つのギアは?向こうのわたしが作ったのかしら?」

「一応そう言う事になるわね。アガートラームとナグルファルのシンフォギアよ」

どのみち聖詠が聞かれれば分かる事だし隠し立ては難しいとマリアが答える。

「こっちの世界には?」

「さっきも言ったがこちらの世界には奏くん以外の装者はいない。…この世界の君たちを見つければ適合できるのかもしれないが…」

「弦十郎さん。それはこの事変が解決してからでもいいだろう。自分自身に会うのは中々変な気分になる」

「それにそもそもアガートラームとナグルファルは発見されているのかしら?」

「いいや…そうだな」

「それに、適合できるかも未知数ですものね。ああ、だけど、その二つのギアはみっちりと調べてみたいわね」

「了子さん…」

だめだ。マッドサイエンティストが居るぞ…

「だ、め、です」

「ちぇ、けちー」

彼女たちのギアはギアであってギアじゃない。調べられては困るのだ。

「すまないな、君たちはこちらの世界の人間でもないのに」

「本来は自分たちの都合で来ただけなので気にしないでください。それでも気に病むと言うのなら」

「言うのなら?」

「衣食住の保証をしてもらえませんかね」

「そんな事で良いのか?」

「そんな事、では無いですよ。戸籍も、この世界のお金も、保護も無い状態ではベースを確保するのは難しいですから。その点今回は風鳴指令に出会えて…こちらの知ってるあなたに似ている事は僥倖でした」

だから戦力に考えるのは気に病む事では無いと念を押す。

「それと答えられなければそれでいい。幾つか確認したい事があるのだけれど」

「なんだ?」

「わたし達がこちらの世界に来た原因。ギャラルホルンはどうなってる?それといくつかこちらの世界で見つかっている完全聖遺物なんかの所在も知りたい」

「ギャラルホルンについては見つかっていないな。装者の少ない世界だからなのか…」

なるほど。


「何もしてないけど疲れたぁ」

用意してもらったセーフハウスで響はさっそくグデっとだらしなく横たわる。

「カルマノイズ、ね」

「データによれば黒く変色したとても強力なノイズとの事だけど…それにしてもこの世界でのノイズの出現率は異常に高いね」

「そうなの?」

弦十郎さんからもらったデータを閲覧すると結構な頻度でノイズが現れているようだ。

「そもそも、カルマノイズとやらが日本の一都市にだけ現れるのが不可解」

「そう言われればそうね」

とマリアも同意した。

「それよりも翼さんが…」

そう響が心配そうにつぶやいた。

「翼は…」

正に心ここに在らず。

「仕方ないのかな。会う事は無いと思っていた天羽奏と出会っては、ね」

「ミライちゃん…」

「こればっかりは翼が自分で解決するしかないわ」

「マリアさん…はい…」

「とりあえずの方針はこちらのノイズ被害を抑えつつ、カルマノイズを討つと言う事ですかね」

「それで良いと思うわ」

「決まりですね」

マリア、響と同意する中、翼の返答は無かった。


ノイズが出なければ自由時間だ。

響たちの各々時間を潰している。

ミライは二課のコンソールを一つ借り受けていた。

ついでに了子さんとシンフォギアについて意見交換。生きている頃には聞けなかった所などを質問し、驚かれている。

「聞いて良い事なのか分からないのですが」

「なんだ?」

と弦十郎。

「二年前のツヴァイウィングのライブ。いったい何の完全聖遺物を起動しようとしたんですか?」

ツヴァイウィングのデビュー切っ掛けは大量のフォニックゲインを集めて聖遺物を起動させる事だったと言う。

「む…それは…」

「弦十郎くん。似通った世界の彼女達に隠し事は難しいわよ。起こった出来事の内容は違っても経緯は似通っている事も有るわ」

「む、むぅ…了子くん…」

「聖杯よ」

「聖杯…ですか」

「あら、その反応はそっちはやっぱり違うのね」

「はい。わたし自身はデータでしか知りませんが、聖杯ではなかったようです」

「何の聖遺物か聞いても良いかしら?」

「こちらはネフシュタンと聞いてます。この世界で発見されているかは分かりませんが」

しかし、聖杯か。起動が成功していればそれこそ無限のエネルギー炉になりかねない代物だ。

結果を聞けばやはり聖杯が暴走。小規模爆発を起こした後に喪失。黒いノイズ…カルマノイズが現れた、と。

「そっちのネフシュタン?も喪失したのよね」

「ええ。そう言った所も似通ってますね」

なんて談笑していると突然警報が鳴り響く。

「ノイズ発生」

「場所はっ!避難急がせろっ。至急奏くんに連絡を入れろ」

弦十郎が指示を飛ばす。

「何事ですかっ」

指令室へと走り込んでくる翼、響、マリアの三人。

「ノイズだっ」

「現場に急行します」

翼、マリアと反転。

「すまない、任せた」

「はい、任せてください、師匠」

「…師匠?」

「あっ…いえ、なんでもっ…とりあえず、行きます」

響も指令室を出て行った。

「ミライくんは…」

「避難誘導が終わっているのならただのノイズならあの三人で過剰戦力です」

「そ、…そうなのか?」

一応わたしがここに残るのにも意味がある。向こうの世界の事がだが了子さんは要注意人物なのだ。

ほどなくして現着した響達三人と奏はノイズを殲滅し始める。

「戦いの密度の差なのだろうか…」

弦十郎が感嘆するのも無理はない。

実際は事変の後にあった迷宮攻略(オラリオ)の方が成長させているのであろうが…

「ほんと、強いわね」

そう了子さんも言う。

数だけは多かったノイズはたちまちに殲滅されてしまった。

それはそうだ。三人の合唱がもたらすフォニックゲインは相当に高い。

今更ノイズなんかに負けるはずもない。

が、しかし。そこに現れたのが黒く変色し、一回り大きなノイズだ。

「カルマノイズ、現れました」

藤尭さんが告げる。

「あれがカルマノイズ」


「黒くなろうがノイズはノイズっ」

響が地面を蹴ってその拳をカルマノイズに振るう。

「なっ!硬いっ!?」

「シンフォギアによる調律が効いてないのっ!?」

響とマリアの戸惑い。

斬っ

「ダメージ自体は通っているっ!」

アメノハバキリで斬り付ければカルマノイズの体を引き裂いた、がしかし…すでに傷が塞がりかけていた。

「ソイツに半端な攻撃は効かないっ」

奏が憎らし気に呟いた。

そもそも普通のノイズより少し強い程度なら奏でも殲滅出来ている。

それでも倒せていないのはこの超回復能力のせいなのだ。

「なるほど。今のギアじゃちょぉっと辛いかな」

「そうね」

「そのようだ…ならば抜くか」

「はいっ」

「ええ、行きましょう」

「お前ら、何を…」

雰囲気の変わった響達三人に戸惑う奏。

「「「コード・イグナイト」」」

コールを聞き届けるとギアが再び発光すると変形。

ギアが黒く染まりバーニアが伸び尻尾のように膨れ上がる。

「これは…」

「いったいどうなっているっ!?」

了子さんと弦十郎。

「イグナイトモード。またの名をビーストモード。シンフォギアに施されているロックを制御できる形で解放する狂歌形態」

「なんて禍々しい力なんだ」

「ここまでしなければ勝てない敵が居た、と言う事ね」

だが、イグナイトは強力だ。

激しい音色から紡ぎだす強力なるフォニックゲイン。

「行きますっ!」

尻尾のように変形したバーニアを打ち付けて発射するロケットの如く飛びかかる響。

「はぁーーっ!はぁっ!」

右の拳を打ち付ると同時にギアに貯めたフォニックゲインを爆発させ吹っ飛ばすと、それに追いついて回し蹴り。

「マリアさんっ!」

「はっ!」

ボールのように飛ばされてきたカルマノイズに銀腕を打ち付ける。

「翼っ!」

「我が翼の刃に斬れぬものは無いと知れっ!」

細身の刀を強化変形させて巨大化させると空中から刀を思い切り蹴りつけた。

斬っ!

真っ二つに切り裂かれたノイズは、大量に込められたフォニックゲインに再生できずに塵となって消えていく。

「勝った…のか…」

「カルマノイズ消滅を確認。…指令」

「まさか、これほどとは…」


「ふぅ…何とか勝てましたね」

と響。

「お前ら…その力は…いや、何でもない」

「奏…」

奏は一人その場を辞し、翼は心配そうに見送った。

「翼、あなたはもう少し奏を分かってあげるべきだわ」

「マリア、だがこのわたしに奏の何を分かってあげろと言うのだ」

「それはあなたが気付きなさい」

「マリア…」

翼が情けない顔を浮かべている。

「さて、帰りましょう」

「はいっ」

「あ、まて。二人ともっ」



「お疲れ、響。どこか体調に変化はない?」

帰って来た響達を出迎える。

「全然平気、絶好調だよぉ。あ、でも…」

「でも?」

「なんかイグナイトを使った時にモヤっとしたような?」

「モヤ?」

「それは私も感じたわ」

「ああ、わたしもだ」

マリアと翼が同意。

「う、うーん…」

どう言う事だろうか。

「ちょっとした違和感と言うだけでそこまで問題視する事では無いのだけれど」

「そう言えば」

と響。

「あれはわたしが昔デュランダルをぶっ放した時の気持ちに近いかも?」

暴走しそうになった響に近い…?

「とは言え相手はノイズ。シンフォギアでしか戦えないからなぁ」

「現状、このままでいくしかない、か」

ミライの呟きにマリアがやれやれと肩を竦めた。


ミライ・ハツネは忙しい。

ノイズとの戦いには参加していないが、やる事は山ほどあった。

まずこちらの世界のギャラルホルンの存在確認。

見つかったとされる場所で円を伸ばして探索。

「あった…けれども…」

見つかったギャラルホルンはバラバラに砕けていた。

「一応回収しておこうか」

次はネフシュタン。

結論から言えばこれは見つからなかった。持ち去られたのか…もとから無かったのか。


「ミライくん…その、だな…」

自由行動をしていた所、弦十郎から声が駆けられた。

ああ、なるほど。

「わたしに監視を付けても無駄ですよ?」

「どう言う事だ?」

「わたし、魔法使いなので」

「シンフォギア装者では無い…?だが」

「いえ、魔法使いが先でシンフォギアが後なだけです」

とは言え。

「言いたい所は分かりました。これからはおとなしくしておきますね」

「そうしてもらえると助かる」

「はい」

フロンティアがどうなっているか調べそこなったが致し方あるまい。



「何もしないの飽きたー」

ソファでゴロンと寝転がる響がごねる。

「私や翼は久々のオフと好きに過ごさせてもらってるけれど」

とマリア。

「まぁ、確かにここじゃ出来る事は限られるからね。学校も行かなくて良い、宿題もしなくて良いとは言え、待機中にできる事は限られるから」

「うー、ひまだよー…」

「暇なのは平和な証拠だよ」

「でもでもー」

ビーッビーッ

「警報っ!?」

翼がイの一番に駆けだしていく。

「響が変なフラグ立てるから…」

「わたしの所為っ!?」

「ほらほら、バカやってないで行くわよっ!翼はもう行っちゃったわよっ」

今回はミライも現着。

ノイズなど調律さえ済んでしまえば倒すのは容易。

位相差と言うアドバンテージで守られていただけで有ってそれを取っ払ってしまえばノイズはさほど強くは無い。

「強くは無いけど…数が多いっ」

さらに…

「大丈夫っ!?もう心配ないからっ!」

倒れるコンクリート片から少女を庇う響。

「ありがとうございます…」

「走れるね」

「はいっ!」

避難誘導がまだ完了していないのが痛かった。

「これでは全力戦闘は無理ね」

「ああ。だがなさねばなるまい」

マリアと翼は小威力の攻撃でノイズを屠っている。

連携をとる響達は問題ないが、一人で戦おうとする奏が場を乱していた。

「奏、前に出すぎ」

「うるせぇっ!あたしに指図すんなっ」

翼でなくミライの言葉すら聞こうとしない。まぁ、ほとんどしゃべった事もないから仕方のない事なのかもしれないが。

「きゃーっ」

「くっ…」

ミライはノイズに襲われる一般市民を救助しようと駆けつけると同時に離れた所で黒いノイズが現れる。

「カルマノイズっ」

「翼さん、マリアさんっ」

「ええっ」

「分かっている」

現状、カルマノイズに対抗できる手段であるイグナイトを使うのだろう。

が、しかし…

ドクンっ…

「あっ!」

「くっ…」

「これはっ!?」

すぐさまセーフティーが働いてイグナイトがキャンセルされる。

「はぁ…はぁ…」

「くっ…はぁ…」

「はぁ…いったい…何が…」

ミライは救助した一般人を避難させると響たちの元へ。

「汚染かな」

「汚染っ!?」

響が驚く。

「もしくは同調。イグナイトの根底は制御された暴走。強化される感情は怒りや憎しみと言った負の側面。意図的に抑えられているそれにアレはキツ過ぎる」

精神的に消耗してしまった響達。

「おらぁっ!」

果敢にカルマノイズへと斬りかかる奏もノイズとの連闘で消耗している。

反発で消耗してしっている響達三人。その分をカバーしている結果普通のノイズに足止めされるミライ。

「ここまでだな…もともとあたしがここまで生きてるはずはなかったんだ」

何やら思いつめた表情を浮かべる。

「あたしのとっておきをくれてやる。あたしの最後のオーディエンスとしてはまずまずだ」

カルマノイズを道ずれに絶唱を使うつもりなのだろう。

「だめーっ!奏っ!」

翼の絶叫。リンカー頼りの絶唱は装者に多大な負荷をかける。

だが…

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl

奏が絶唱を唄いきるより速くミライは跳んだ。

「はい、ちょっとまったーっ」

デコピン一発。

「あうっ…」

極限へと高まっていっていたフォニックゲインが霧散し始める。

「なっ」

「ええー、そんな事が」

弦十郎と了子さんの驚きの声が通信機越しでも入ってくるほど驚いたのだろう。

「響っ!」

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl

「結局絶唱じゃねーかっ!」

奏が怒声を上げた。

Gatrandis babel ziggurat edenal

翼、マリアも響に続き…

Emustolronzen fine el zizzl

「な…」

奏の霧散し始めているフォニックゲインすらも響は束ねて収束させていた。

「セット・ハーモニクスっ」

響のアームのギアが変形してギアが回る様に高速回転してフォニックゲインを束ね、また収縮させ、打ち出されるのを待っている。

「S2CAトライバーストっ!!」

噴射するバーニアで地面を蹴るとカルマノイズ目がけて一直線。そのままその拳を突き放つ。

ドーーンっ

カルマノイズに風穴が空くと、再生する間もなく炭化して消えて行った。

「お前たちのその力はいったい…」

「うっ…くぅ…」

「響っ」

「立花っ」

「たはは、ちょっと疲れました」

「響は後でメディカルルーム」

「ええっ!そんなっ…」


「奏…」

「…翼」

「絶唱なんて…もうどうなってもいいなんて思わないで…生きるのを…諦めないで…その言葉をわたしはあなたから教えてもらったんだ」

生きるのを諦めないで。その言葉は響が奏から継いだもの。いつしか装者全員に共通するものになった言葉。

「それをお前が言うのかっ」

「え…?…奏っ!」

奏はギアを解除すると翼を押しのけて帰還。

「だから合わせ鏡だと言ったのに…」

ミライの呟きは誰か聞いていただろうか…


二体目のカルマノイズを倒してからの奏は更に心の均衡が崩れているようだ。

それはそうと。

「カルマノイズ相手には余りイグナイトは使わない方が良いかな」

「だが、それでは…」

翼の懸念も分かる。

「イザとなればわたしが何とかするから」

「ミライちゃん…」

響が心配そうな声を上げる。

「しかし、本当にノイズの襲撃の間隔が短いな」

「ええ。それは私も懸念しているわ」

とマリアも頷く。

「操られているのか、…引き寄せられているのか」

「変わった事と言えばわたし達が来た事くらいだが…」

「翼…そうだけど。まぁ、こればっかりはね」

分からないと首を振る。

「さて、響はとりあえずメディカルチェックで異常は無かったわけだけど。あまり無茶はしないでね」

「う、うん。まぁ…たぶん」

たぶんて…


昼過ぎ、ミライは二課のコンソールを一人いじっていると後ろのドアが開き奏がどこか所在なさげに入室してきた。

「たく、なんなんだよあいつらは…調子くるいやがる」

そう悪態吐く奏。

ああ、なるほど。マリアや響がおせっかいを焼いたな。

特に悪意のない響のおせっかいは無下にしにくい。

「響はね。他の誰かの為に何かしないと死んじゃう生き物だから」

「な、お前…聞いてたのか」

「聞こえちゃったの間違いだけどね」

「ちっ…」

「それに、奏は響にとって特別だから」

「あたしが特別?それはそっちのあたしの事だろう?」

「まぁそうなんだけどね。わたしと違って響も、…翼も別人ととらえるには大きすぎる存在なんだよ。…彼女達の贖罪に付き合ってやれと言う訳な無い。むしろそれはしないで欲しい。けれど、それでも彼女達から向けられた手を握り返すくらいはしても良いんじゃないか?」

「お前…ミライ…お前があたし達の何を知っているっ!」

「何も。…わたし自身も響や翼に知り合って二年ほどしかたっていない。でもね、響が受け継いだのはガングニールだけじゃ無い。彼女の口癖、聞いた事ある?」

「生きるのを諦めるな、ってやつか?」

「そう。それ、響があっちのあなたに最後に聞いた言葉だったって」

「なっ!?」

「そんな言葉を言ってくれたあなたが、こっちの世界では一番生を諦めている。それは響も、そして翼もつらい事なのだろうね」

「だが、あたしとお前らの知っている奏(あたし)は違うっ!」

「本当に…?」

じっとコンソールを叩く指を休めて奏を見つめ返す。

「くそっ!」

どかっと奏は近くのソファーに座りなおす。

「あー、…なぁ」

奏の言葉にミライは入れてあったコーヒーをつーと口を着けて振り向いた。

「女同士の恋愛ってアリなのか?」

ブーッと飲み込みかけたコーヒーを吹き出す。

「けほけほっ」

「な、なななな、なにを…?」

「いや、あーすまんな。ちょっと意地悪だったな。忘れてくれ」

「奏ーっ!」

「おまえもそんな顔すんのな」

「もうっ」

「すまんすまん。…あー、しかし久しぶりに愉快な気分だ」

「どうして…?」

「何となくな、見ていれば分かるものさ」

「あ、そう」

「しかしあの翼がねぇ…お前はどうなんだ?」

「…今生では離れられないと思うよ…わたしも、あの人も」

「あの人…?」

「こっちの話」

その後、奏はすこしすっきりした表情で指令室を出て行った。


数日は訓練室を使った模擬戦で時間を潰しながらカルマノイズの襲撃に備える。

「どうやらカルマノイズはフォニックゲインが高い所へ優先的に現れるようだね」

とミライ。

「なるほど、そしてフォニックゲインが一定値を下回ると撤退してしまう」

マリアが顎に手を当ててうつむきつつ続けた。

「先手は取れないのでしょうか」

と響。

「難しいな」

「なら、撒き餌をしてやればいいのさ」

「奏?」

わだかまりは少しづつ解けてきたようだ。最初の様なとげとげしさは少ない。まだ全面的に心を開いている訳じゃ無いだろうが、良い兆候だろう。

「撒き餌と言うのは?」

「フォニックゲインが高い場所に出現すると言うのなら、それを逆手に取ると言う事ね」

翼の質問にはマリアが返した。

「なるほど、歌か」

と翼が言う。

「勿論、誰の歌でも良いと言う訳じゃ無い。シンフォギア装者が唄わなければ効果はないだろうね」

「と言う事は翼と…」

とマリアの言葉に被せ気味に響が続ける。

「ツヴァイウィングっ!…わたし、また翼さんと奏さんの歌が聞きたいですっ!」

「それは…」

その響の言葉に奏が顔をしかめていた。

「奏…ダメかな…わたしは、もう一度奏と歌いたい」

「翼…くっ……」

ダッと後ろを振り返り走り去って行く奏。

「奏…」

「まちなさいっ!」

マリアの静止の声もむなしくもう姿は見えない。

ガタっとマリアは立ち上がると奏を追うようだ。

「マリア、わたしも…」

「翼はここに居て。当事者じゃない方が良い事も有るわ」

「あ、ああ…」

追いかけて行くマリアを見送るとしょぼくれた顔で響が言う。

「わたし、いけない事言いました…?」

「いや、そうじゃないよ。そろそろ乗り越えないね、奏も…そして翼も」


奏に追いついたマリアはベンチに座る彼女の前に立っていた。

「あんた…」

どうやって、と奏。

「ちょっとね、あなたの気配を追ったのよ」

「け、気配っ!?」

「あら、可愛い反応。そうよね、普通そう言う反応よね…」

「なんであんたがショックを受けてる」

「いえ、ちょっと…そんな事が普通になってしまった自分にちょっと戸惑っただけ」

「…?」

「いいえ、こちらの話よ」

さて、と話題を変えるマリア。

「あなたが唄わないのなら、翼の相方、わたしがもらうわよ?いいの?」

「お前が…?」

「わたしもむこうじゃちょっとしたアーティストでね、何度か翼とも共演しているわ」

「あんたが、翼と…だったら」

「あなたは悔しいと思わないのっ!?」

マリアに恫喝されてショックで顔を上げる奏。

「わたしは、過去の亡霊のようなあなたに翼を取られたようで正直面白くないわ」

「だったら…」

「でも、翼はきっともう一度あなたと歌いたいのよ。翼は、あたしたちの世界ではあなたを失っている。でもそれでも彼女は立ち上がったわ。あなたはどうなのっ!」

怒気を込められたマリアの一喝に怯むどころか奏は全身に反抗心を張り巡らせたように勢いよく立ち上がるとマリアを睨み返す。

「あたしだって、翼と唄いたい…でも、だけど、歌を無くした今のあたしじゃ翼に釣り合わないっ」

「歌は無くならないわ。あなたが今唄えないのだとしたらそれはあなたが唄う事を忘れているだけ。思い出せるはずよ、翼と一緒なら。翼の歌は皆に力を分け与える事の出来る力強い歌なのだから」

「そんな事、分かってるよ…このあたしが翼のすごい所は一番分かっている。でも…」

「確かにあなたの過去は変えられない。この世界の翼は確かに死んでいるわ。でも、翼なら、あなたが立ち止まっている事をどう思うかしら?あなたの中の翼は何と言っているの?」

マリアの言葉を反芻するように奏は目を閉じた。

そう長くない沈黙。しかし、自身の内面に問いかけた葛藤に奏はようやく結論をだしたようだ。

「歌いたい…もう一度…たった一度でも良い…翼と一緒に歌いたい」

「今必要なのは後悔や慚愧の念じゃないわ。今あなたが思った、歌いたいと言う気持ち。忘れないで。でないと…」

「ああ、こっちの翼に申し訳が立たない。ああ、そうさ。翼は言っていた。死ぬ間際…絶唱の負荷で全身ボロボロ、一瞬後に消え去ると言う時にも…このあたしに…歌う事を忘れないで、と。最後まで…」

「そう…そうなのね」

「翼に謝ってくる」

マリアとの会話はこれでお終いと奏はゆっくりとだが確実に一歩を踏み出した。

「あんたたちが翼についていてくれてよかった。あたしは乗り越えるのにだいぶ時間をかけてしまったようだ。やっぱり翼は良い仲間に出会ったんだな…それは、少し羨ましい」

「あら、世界は違ってもあなたもわたし達に仲間よ。翼はともかく、わたしはあなたしか天羽奏と言う人物をしらないのだから」

「そっか、ありがとうな」

と言ってニカっと笑った奏の顔は晴れ晴れと吹っ切れた表情を浮かべていた。


さて、どうやら奏の中で何かが吹っ切れたようだ。

まだぎこちないが翼への硬化した態度が随分と軟化している。

「何かあったの?」

「ちょっとね」

マリアに尋ねればそんな言葉が返って来た。

…まぁ、良いか。



作戦は単純。

翼と奏でユニゾン。

二人の歌に釣られて現れるであろうカルマノイズを叩く。


「緊張してる?」

「ここが作戦場所なんだね」

「翼?」

「ううん、奏は辛くない?」

「あー…そうか。そっちもココだったのか」

「…うん」

ステージ裏で待機していた翼と奏。二人はすでにステージ衣装に身を包んでいた。別にフォニックゲインが高まれば良いだけなので、衣装を着る必要は無いが、そこは様式美と言うやつだ。

「ここはそう…あたし達二人にとって片翼を失った場所で…でもだからこそここで良いんだ」

「奏…」

ここは二年前のライブで二人大切な人を失った場所、そのライブ会場だった。奇しくもここが一番人的被害が及びにくい施設だったのだ。

しかし、翼も奏も悲壮な表情は浮かべていない。

「ライブの時間だ…行こう、翼っ」

「うんっ!」




「響…一応、作戦中なんだけど」

隣の響を見れば両手にいっぱいのサイリゥム。

「あ、えーっと…分かってはいるんだけど…ツヴァイウィングの復活ライブなんだよ!?」

然様で…

マリアは…

「ちょっと妬けるわね」

こっちはこっちで複雑なようだ。


装者以外居ないこの…奏と翼のラストステージ。

唄う歌には力があふれ、例え聞いている人が少なかったとしても彼女達は全力で歌うのだろう。

「オーディエンスがわたし達だけじゃ、少し寂しいわね」

「いや、…どうやらお出ましのようだよ?」

沸きあがる多数のノイズ、その中に…

「カルマノイズっ!」

「それも…」

「残り全部とは豪勢ね」

最奥に三体のカルマノイズ。

「くっ…」

「翼」

「…奏?」

「この場に槍と剣を携えているのはあたし達だけじゃない。大丈夫、あたし達ならやれる」

「奏…うん…うんっ!」

「Imyuteus amenohabakiri tron」

「Croitzal ronzell gungnir zizzl」

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

「Seilien coffin airget-lamh tron」

「Aeternus Naglfar tron」




「はっ!」

「やぁっ!」

それぞれシンフォギアを身に纏い近場のノイズを切り伏せていく。

「どれだけいようと今更ノイズっ!」

「だけど、数が多いよぉ、ミライちゃぁん」

「響、泣き言言わないっ!」

アルカノイズでもない普通のノイズなどは確かに圧倒的に優位なのだが、いかんせん数だけは多い。

「イグナイトが使えないのが痛いわね」

「それと、数が多すぎてS2CAを使う隙がありませんっ」

マリアと響が若干焦りを感じているようだ。


ノイズを屠りつつ、カルマノイズに攻撃するも致命打には程遠く、すぐに再生されてしまっていた。

この驚異的な再生能力があるために高威力攻撃の一撃で打ち抜かなければならないのだけれど、本当に周りのザコが多すぎる。

「露払いはあたしと翼に任せろっ、お前たちはきついの一発お見舞いしてやれっ!」

「はいっ!」

コクリと響が頷いた。

「出来るよね、翼っ」

「両翼揃ったツヴァイウィングはどこまででも飛んでいける。そうでしょう、奏」

「ああ、絶対だっ!」

翼と奏がひと際力強いユニゾンでシンフォギアを輝かせると、モーゼの如くノイズの海を割いた。

「ミライちゃん、マリアさんっ!」

「ええっ」

「はいはいっと」

割れた海を駆け抜けてカルマノイズへと接敵。

「はぁっ!」

響の右拳がカルマノイズを捕らえて抉る。

「やっ!」

マリアも短剣で切り裂いて見せた。

ミライもカルマノイズを細切れに切り裂くが…

「ダメージが通りにくいっ…普通のノイズが紙切れ程度だからよほどっ」

カルマノイズの再生能力が厄介すぎる。

位相差障壁がある為にシンフォギア以外の攻撃は有効打たり得ないのも面倒な点だった。

「けれど、攻撃が通っていない訳じゃ無いっ」

「はい、このまま押し切りますっ!」

確かにこのまま削り切れれば…

「なっ!?」

しかし、カルマノイズが不利を悟ったのか一所に集まると融合、さらに周りのノイズを吸収し始めた。

「合体っ!?」

「ええっ!巨大化したよぉっ!ミライちゃーん」

「……特撮かってのっ!」

合体巨大化は定番。ええ、ええ…分かってましたとも!一筋縄ではいかないくらいっ!

しかも何だろう…両手がハサミみたいな宇宙怪獣のような形に落ち着いたみたい。

さらに巨大化したことで削り切る事が難しくなった。

そのうえ…

「わっ…わわわっ!」

両手のハサミが開くとそれが銃口とでも言うかのようにビームを乱射。響は慌てて避けているが、直撃すればタダでは済まないのだから避けるのが正解。

それでも隙を見てインパクト。

斬っ

足の一本を切り落としても倒れるより速く再生してしまった。

「本当に厄介ね」

と、マリア。

「今はまだわたし達に注意が向いてるから良いけど、街に行かせる訳には行かないから本当に短期決戦」

だから…

「今のままじゃダメね」

「うん、だから…響っ!」

「うんっ」

ミライが手前のカルマノイズを打ち上げると響、マリアも強烈な一撃を繰り出し弾き飛ばしカルマノイズをのけぞらせ距離を取った。

「翼、奏、スイッチっ!」

「やぁっ」「はぁーーっ!」

すかさず翼と奏が割って入り注意を引き付けているうちに響の手を繋いで握り込む。

「マリアさんっ」

「ええ」

響を中心にマリア、ミライと手をつなぎ…そして…三人の絶唱が木霊する。

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el baral zizzl

Gatrandis babel ziggurat edenal

Emustolronzen fine el zizzl

「スパーブソング…」

「コンビネーションアーツ」

「セットハーモニクスっ」

三人分の絶唱を響が調律して編み上げるて放つ奇跡の一撃…

だけど今回は…

「マリアっ!」

「分かったわっ!」

マリアが一度収束したその力をベクトル変換て再調律。

「翼、奏」

二人の一撃で再度カルマノイズがのけぞった隙に二人を呼ぶ。

「なんだ?」

奏は訳が分からないと言った表情。しかし翼は悟ったようだ。

「奏、こっち」

翼が奏の手を引いて響の前へとやってくると響が二人の手を握る。

「お願いします。わたしにかっこいいツヴァイウィングを見せてください」

「おまえ…」

「ああ、任せておけ立花」

次の瞬間、響の腕から流れ込んだフォニックゲインが翼と奏のギアのリミットを外していく。

二人のギアは白色を増し、さらに力強く変化。

「これ…は…?力が、溢れる…」

とまどう奏。

「エクスドライブ…ありがとう、立花」

「はいっ」

「奏…両翼揃ったわたし達なら」

「ああ、どこまでも飛んでいけるっ…いこう、翼」

「うん…うんっ!」

二人のユニゾン。それはどんなライブよりも力強く…

「勝ったわね」

「うん」

「なんかおいしい所を持っていかれた気がします」

マリア、ミライ、響はその場を動かず。

「奏っ」

「ああ、これで負けたら大恥だっ!」

エクスドライブで解禁された飛行能力。翼と奏、左右に分かれて飛ぶと携えた剣と槍でカルマノイズのハサミを切り落とす。

グギャオオオオオオオオ

「再生なんてっ」

「させないっ!」

翼は斬撃を、奏は槍を打ち下ろし追撃。

「翼っ!」

「奏ぇっ!」

二人で手を取って翔けあがると、互いのアームドギアが融合し、巨大な矛となって現れた。

「「これで、終わりだーーーーーっ」」

ギュラォオオオオオオオオオオオオオオオオ

巨大な矛と共に突貫し、巨大カルマノイズを貫くと体内で強力なフォニックゲインを爆発展開。

塵も残さずに消失して行った。

「さすがツヴァイウィング、さすが翼さんと奏さん」

浮かれ声を上げる響。

「……どうしたの?ミライ」

「え、…うーんと…何でもない?」

「そう、なら良いのだけれど」

一瞬、カルマノイズから何かが抜けて行ったような…?気のせいかな。

カルマノイズを打倒した翼と奏が降りてくる。

ライブ会場は凄惨な有様だが、人的被害はゼロ。まずまずの結果だろう。

「翼」

「なに、奏」

「翼と二人で唄う歌は、やっぱり楽しかった」

「うん…わたしも」

「やっぱ翼はスゲーやつだよ」

「そんな事ないよ。奏の方が」

「ううん、翼はすごい。翼は…あたしと同じような立場になっても歌を忘れなかった」

「それは…」

「きいて、翼。あたし、今日スゲー楽しかったんだよ。唄う事の楽しさ。思い出させてくれてありがとな」

そう言って奏は寄り添っていた翼から離れる。

「あたし、もう一度歌ってみるよ。あたしの翼に言われたように、歌う事を忘れない。だから…だから翼、さよならしよう」

「か、奏…?」

奏の言葉に涙がにじむ翼。

「笑って、翼」

「そんな、どうしてそんな事言うの?ようやく会えたのに」

「うん。あたしも翼にまた会えて、すごく嬉しい。でも、今の翼の居るべき場所はあたしの片翼じゃないだろ」

そう言って奏が視線を向けた先には響達が手を振っていた。

「翼さーん」

「翼ー」

翼はそれを見止めて再び奏を振り返る。

「あ…」

「だから翼。笑ってさよならしよう」

「奏はわたしに意地悪だ……」

そう奏の言葉に返した翼の眼からは止まることなく涙が流れ落ちていた。

「翼」

「うん、分かってる、分かってるのに…涙が止まらないよ」

奏は翼に手を伸ばしそうになって…引っ込めた。

「あたしはもう大丈夫。大丈夫だから、もうヤケになったりしない。周りの…二課のみんなも支えてくれている」

そう言ってはにかむ奏。

「あたしはこれからも…ずっと歌っていくから…だから…翼…バイバイ」

にぃっと笑ったその奏の笑顔は、しかしやっぱり無理をしていたが、輝かしいものだった。

「うん…バイバイ…奏」

翼もどうにか笑い返していた。

 
 

 
後書き
色々書いては見たのですが今一歩完成には至らず時間ばかり過ぎてしまいました。今回のこれもどうにか形になっていたのをエイプリルフールと言う事で上げています。次の更新はいつになるのかは分かりませんが楽しんでもらえたのならば幸いです。 
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