名探偵と料理人
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第五十話 -揺れる警視庁 1200万人の人質-
前書き
このお話は原作第36,37巻が元になっています。
「はい紅葉、お弁当」
「ありがとぉ、龍斗。それにしてもいよいよやねぇ」
「…普通、模試の前なんて緊張するか憂鬱になるかのどちらかだと思うんだけど……随分と楽しそうだね?」
「そやろか?」
「うん。すごく笑顔になってるよ。気づいてない?」
俺にそう言われて初めて自分が笑っていることに気付いたのだろう。自身の顔に手を当て、はにかむような笑顔を浮かべた。
「ほんまや……ふふっ」
「お嬢様、それに龍斗様。ご歓談中恐縮ですがそろそろ学校に行くお時間です」
「ああ、伊織」
「伊織さん。もうそんな時間ですか」
時計を見ると、丁度7時になるところだった。
「ええ。今日は全国模試があるとのことで早めの登校のご予定だったはずですので」
「そうやったな。じゃあ伊織、それに夏さん。ウチらはそろそろ出ますね」
紅葉は皿洗いをしていた夏さんにも声をかけた。
「ええ、いってらっしゃい紅葉ちゃん龍斗君。普段勉強している二人にはいらないお世話かもだけど、つまらないケアレスミスなんてしないように時間いっぱいまでしっかり見直しするのy…するんだよ?」
あ、ちょっと女言葉になりそうになった。伊織さんもいるし慌てて言い直していたけど。
「分かりました」
「ウチも大丈夫や」
「では、いってらっしゃいませ」
「気を付けてね」
「「行ってきます」」
俺達は二人に見送られ、帝丹高校へと歩き出した。今日は11月8日の日曜日。なぜ、休日にも関わらず、俺も紅葉も制服に着替えて朝早くから学校に向かっているかというと伊織さんが言っていたと通り、全国模試が開催されるからだ。幼馴染みズと一緒に、空いた時間を見て勉強してきたからそれなりの結果は出せるだろう。おっと、パトカーか。
俺はパトカーが通り過ぎるのを待って紅葉に話しかけた。
「それで?さっきは聞きそびれちゃったけど、なんで紅葉は笑っていたの?」
「ウチ?ウチはね……教えてあげてもええけど、龍斗のことを先に教えて欲しいな」
「俺?」
「龍斗さっき言うとったやん。「緊張するか憂鬱になるか」って。龍斗はそのどっちでもあらへんやん。いつも通りや」
「俺は……まあ、ほら。語学系は(転生特典もあって)確実な得点源だし、生物化学は前の人生のお蔭で大丈夫だしね。確実に取れる科目があるから心に余裕がある、だからいつも通りなのさ」
さらに言うなら1000年以上生きてきて今更ペーパーテスト?だから、何?って感じがあるのと、学力の良し悪し関係なしに自活できる経済基盤が出来ているから、かな。まあ父さんたちに見せて恥ずかしくない点数を取るために準備は怠ってないけどね。
「そういうことですか……今更ですが龍斗は長生きしとりますもんなぁ。またいつか昔話を聞かせてくださいな」
「そうだね。オヤジとの修行の話や弟分が出来た話、戦争、冒険、宇宙に飛び出した話……どれだけ語っても語りつくせないかもね?」
「せ、戦争って。それに宇宙!?うう、気になりますやんか。これから模試やって言うのに集中できひんかったらどうしてくれるんです!?」
「あはは、ごめんごめん」
「もぅ…ウチが楽しそうにしとったのはこの模試に至るまでのことを考えていたからです」
「模試まで?」
「ええ。東京に越してくるまでは家庭教師や自習ばっかやったから…お友達と一緒にワイワイ勉学に励めるなんて思わへんかった。そのことを思い出してたんです」
「…そっか」
「だからウチは模試のために頑張った日々が重要やったから、笑顔やったんよ」
「うん。紅葉にとっていい時間を過ごせたのならよかったけど…模試も頑張りなよ?」
「勿論や。大岡家の娘として、恥ずかしくない結果を出す所存です!」
「はは。じゃあ、俺と勝負でもする?」
「ええやんか!科目ごと?それとも総合点にします?」
「そうだなあ…」
全国模試を受ける直前の高校二年生とは思えない、緊張感のない会話をしながら俺達は高校への道を進んだ。あ、またパトカー。
――
「おはよー」
「「おはよう、園子ちゃん」」「おはよう、園子」
「皆どうよ?今日の模試の自信は?」
俺達が登校して10分ほど経った後に登校してきた蘭ちゃんを加えて三人で各科目の要点をまとめたノートを見ていると園子ちゃんが教室に入ってきた。
「ウチはまあぼちぼちやなあ。苦手分野は皆と教え合って強化できたと思うし。でも龍斗には負けへんよ!」
「私は理系科目がちょっと自信ないかな?でも、部活で忙しい分は皆に教えてもらっているし準備は出来ていると思うから。あとは難しいのが出ないことを祈るだけよ」
「俺も苦手な所を補完してきたし、ソコソコはとれると思うよ。紅葉には負けられないし」
「おーおー。流石成績上位陣は余裕ですな…それにしても龍斗クンも紅葉ちゃんもなんでそんなに張り合ってるの?」
「今日来る途中の話で、各科目ごとと総合点での勝敗で勝負することになってね。英語数学国語理科社会は各勝ち点1、総合点数で勝ち点2の計7点のうち4点以上を取った方が勝ちって言う勝負をすることになってね」
「へぇ。それで?勝ったらどうなるの?」
「俺が勝ったら紅葉の小さい時のアルバムを取り寄せてもらって見させてもらうんだ。俺のは見たのに紅葉は見せてくれなくてね」
「ウチが勝ったら、時価数百億のお料理を作っていただくことになってます」
「「時価数百億!!??」」
その金額を聞いて蘭ちゃんや園子ちゃんだけではなく周りで雑談していたクラスメイトもざわついた。
「は、はは。龍斗君それはいくらなんでも…」
「そ、そうだよ。龍斗クンの料理は確かに美味しいけどそんな金額はいくらなんでも…」
「まあ、それだけ美味しいものってことだよ」
久しぶりにトリコ世界の素材をふんだんに使うことになっているから、こっちで出そうものなら実際は億じゃ足らないことになるだろうけどね。
「な、なーんだ。龍斗君はぼったくりなんてしないわよね」
「そうだよね。そんなうん百億もする料理なんてありえないわよね。本当ならうちでだってそうそう手が出せないわよ」
「まあまあ。お疲れ様ってことで力を入れた料理は作るけど、俺が勝てばいいだけの話だし。負けないよ、紅葉?」
「あら。いくら龍斗でも勝負事で負けたくありません。本気で勝ちに行かせてもらいます」
紅葉って結構負けず嫌いな所があるしね。俺もアルバムを見たいし、ここは少々大人げない態度で行きましょう。
「…なんだろう。珍しく反目してるのかなーって思ったけど」
「うん…結局じゃれ合っているようにしか見えないわね」
さあ、勝ちに行こう!
――
「うー、疲れた…」
「どうだった?今の数学」
「ウチはヤマが当たったこともあって上々や」
「俺は可もなく不可もなく」
「私は全然イケてねぇーって感じ…はあ。蘭は?」
「私?私は思ったよりできたかな?閃きがあったっていうか」
「えー…じゃあ自信ないの私だけ?…あーあー。私も蘭みたいに強力な助っ人がいればもっと解けたのに」
「強力な助っ人?」
「どういうことや?」
「私に?」
「とぼけても無駄無駄!数学のテストの時間にちらちら後ろの…新一君の席を見てたじゃない。「助けて―新一。私、どうしてもこの問題が解けないのー」ってな困り顔でね!」
「ほー」
「あらまあ」
「ち、違うわよ!新一の席を見ていたのは……」
「「「見ていたのは?」」」
「あ、いや。だからその…」
―ボン!
「あら真っ赤。試験中に赤なんて不吉なこと♡」
「も、もう。止めてよ!……ね、ねえ。それにしても赤って言えば朝からパトカーのサイレンの音よく聞くね」
「そうねえ」
「ウチらが登校中にも三度もすれ違いましたし……」
「何があったのやら…」
――
数学の次は英語だった。俺はすでに解答を終えて、見直しも終わりカンニングを疑われない程度に周りを伺っていた……うん?さっきから巽先生は何を聞いているんだ?
2B担任教諭で試験監督をしている巽先生はさっきの数学の試験中には身に付けていなかったイヤホンを左耳につけて英語の試験監督を行っていた。確か、英語の試験が始まってすぐはそんなもの付けてなかったよな?ってことは試験中に別の教諭が廊下に呼び出していた時につけたのか。聞いてみるか。『…東都タワーに爆弾が仕掛けられていると警視庁が発表してから、すでに一時間以上が経過しております。爆弾はエレベーターに仕掛けられており、中には警察官と少年が取り残されており…』おいおいおい。なんかすごいことが起きてるな。もしかして朝の大量のパトカーは爆弾テロの警戒のためか?にしても…少年、か。ま、まさかね?
俺は東都タワーの方向へ聴覚を集中させた……うん。まさかだったわ。何やってんだ新ちゃん。会話を聞くに取り残されているのは高木刑事で爆弾解体しているっぽいな…っ!!
「コラ!テスト中は静かに!」
丁度高校の上を通ったTV局のヘリコプターに反応した蘭ちゃんと園子ちゃんが注意を受けた。だが、俺はそんなことよりも新ちゃんが高木刑事にかけた言葉の方に気を取られてしまった。
どうやら、爆弾はもう一つあるらしくその在り処を示すヒントが新ちゃんの目の前にある爆弾の液晶パネルに表示されるらしい。表示されるのは爆発の3秒前から…どうする?場所は分かっているし、最悪俺が爆弾を裏のチャンネルを通して回収するか…?目の前で爆弾が消え失せるなんてオカルトが起こるけど勘弁な、新ちゃん。
俺は机に突っ伏して聴覚・嗅覚を鋭敏化させて正確な新ちゃんの位置を把握し、裏のチャンネルを机の上に展開させた。勿論体でかぶせるようにして周りに見えないように配慮して。
そこはどうやらエレベーターの天井部分のようだった。俺の視点はエレベーターを俯瞰する位置にあるようだ。さて、あと1分……
――
「…っふう」
「なんや龍斗?お疲れやな」
「え?ああ、まあね…」
「さっきのは龍斗の得意な英語やろ?そんなに苦戦したん?」
「えっと、まあ別件かな?」
「そうなんか……龍斗」
「うん?」
紅葉は俺の耳に口を近づけ、声を潜めて言った。
「(この子が正午過ぎから警告しとるんやけどなんや知らんか?)」
「(!…な、るほどね)」
紅葉の報告から俺は帝丹高校を精査してみた。すると、体育館近くの倉庫に普通の学校にはない匂いを感じ取った。
「しっかり役目は果たしているね。ちょっと面倒事が起きそうなんだ)」
「(そうなん?)」
「(ああ。ちょっと対応してくるから紅葉は普段通りにしておいて。なんか盗聴器まであるみたいだし)」
「(……わかった)」
ひそひそ話を終えて、俺達は昼食の準備を始めた。東都タワーの爆弾解体では結局、新ちゃんはコードを途中で切った。後一秒で爆発するってところまで粘るもんだから俺の手はすでに爆弾の横から生えていた。まあ新ちゃんはパネルに集中していたから気づいていないだろうけどね…っと。新ちゃんもしっかり謎を解いていたみたいだけど、どこにあるかまでは分からないはずだ。さっき見つけたことを報告しておかなきゃな。
「ごめん、先に食べていて」
「どうしたの龍斗君?」
「ちょっと電話をね」
「??じゃあ先に頂いてるわよー」
「ああ」
俺は紅葉の肩を一撫でして屋上に上がった……うん、屋上には特に何か仕掛けられてないな。新ちゃんと高木刑事の会話から爆弾には盗聴器が仕掛けられていたらしく、もしやと思って帝丹高校を調べてみると…まさかの2Bの窓の裏に仕掛けられていた。まあこれは盗聴器というよりトランシーバーに近いかな。この周波数の電波は他にないからね。
確認を終えた俺は新ちゃんに電話を掛けた。
『もしもし?龍斗か?』
「ああ。お疲れ様。爆弾を解体してたんだってね」
『…なんで知ってだよ。オメー、全国模試の真っただ中だろ?』
「あ、やっぱり新ちゃんだったんだ。巽先生がラジオで東都タワー爆破の報道を聞いていてね。まあテスト中だったからイヤホンだったけど。盗み聞きしてたら取り残された少年が爆弾解体してるって言うからまあ新ちゃんだろうってね」
『相変わらずの地獄耳だな。まあ正解だよ…それで?わざわざかけて来たってことは何かあるんだろ?』
「まあね。実はさ。帝丹高校の倉庫奥に用途不明のドラム缶が5つも設置されているんだよね」
『!!それっていつからだ!?』
「最近、だと思うよ。それにさっき偶然見つけたんだけど窓の人目につかないような場所にトランシーバーみたいのが仕掛けてあったよ。何があったかは知らないけれど新ちゃんは当事者みたいだし、ここには新ちゃんの知り合いが大勢いるからね。報告しておこうかなって」
正直、俺が普通の人間だったとして得られる情報は「新ちゃんが爆弾騒ぎに巻き込まれている(イヤホンの音を聞けるのが普通かと言われると微妙だが)」「偶然盗聴器のようなものが仕掛けられているものを見つけた」「不審なドラム缶がある」くらいだ。俺は中身が爆薬だという事は分かっているが…まあ、大丈夫だろう。動きがなければ今度こそ俺がどうにかすればいい。
『…ありがとよ、龍斗。これでスムーズに事件が解決できそうだ』
「そう?それはよかった」
『じゃあな。試験頑張れよ』
そう言うと、新ちゃんは電話を切った。それにしても、なんでここに爆弾なんかしかけたんだ?誰かが恨みでも買ったのかな……
――
「つーかーれーたー!」
「終わったねー」
「流石に一日で全教科の試験を受けるのはしんどいですなぁ」
「みんな、お疲れ様」
「「「お疲れ様!!!」」」
あのあと、爆弾が爆発した!…なんてことは無く、粛々と解体されていった。帝丹高校からも見える歩道橋の上に犯人が陣取っていたらしく15時過ぎに捕り物をやっていた。それを歩道橋のやり取りを聞き届けた俺は感覚を元に戻して普通に試験を受けた。全く、爆弾解体中も解体班の何かしらのミスで爆発しないかと気を張りながらテストを受けていたから余計に疲れた。俺なら至近距離で爆発しようがなんともないが他の皆はそうはいかない。倉庫奥とは言え、あの量が爆発していれば校舎の半分は吹き飛んでいただろうからね。
「どう、龍斗?ウチは結構いい自信あります。勝負はウチの勝ったも同然や!」
「俺は…どうかなあ。午後一発目がちょっとね…」
丁度試験と爆弾解体を同時進行してたからね……
「??ともかく、もう帰りましょうか?おなかペコペコです」
「あ、じゃあ帰りに何か甘いもの食べに行こうよ!」
「いいわね!頭もいっぱい使ったし」
「ウチはかまいまへんよ」
「俺も。でも夕飯もあるだろうから、皆ほどほどにね?」
「わかってるって!じゃあ話題のケーキ屋さんに、レッツゴー!」
それにしても、新ちゃんがいないのに事件に巻き込まれたのって一の時を除いたら初じゃないか…?日常でも気が抜けないって事……?
「流石に勘弁してくれ……」
――
「やあ新ちゃん」
『おう、龍斗か。情報サンキューな。探す手間が省けて、余裕を持って爆弾を解体出来たってよ』
「いいよいいよ。不審物が爆弾で、東都タワーにも爆弾が仕掛けられていたって話を聞けば関連付けるのも無理ないでしょう?」
『……てことは、あの電話の時には爆弾だってことが分かってたことか?』
ぎくり。
「は、はは。まさか。でもなんとなく新ちゃんに教えた方がいいって思ってね」
『ふーん……?』
新ちゃんが言うには爆弾は正午になると水銀レバーという仕掛けと時限装置のカウントダウンが作動するようになっていたという。これは振動を察知すると爆発すると言う仕掛けだそうだ。爆破予告日時は日曜日の15時で、それ以前に爆発しないように当日の正午にその仕掛けが動くようにしたんだろうとのこと。まあ確かにあの倉庫は生徒が頻繁に使っているし、現に園子ちゃんがテニスのネットを出す時に邪魔だったと言っていた。ドラム缶にぶつかった生徒も数多くいたことだろう。
まあそれらの装置がONになったことでSP透影の警戒網に引っかかったんだけどね。紅葉に被害が及ぶ可能性が生まれたことで気づいたと。正直、まさか帝丹高校に仕掛けられているとは俺も思っていなかったししっかり役目を果たしてくれた。この電話が終わったら美味いものをご馳走してあげよう。
「まあ、今度事の顛末はしっかり聞かせてもらうよ」
『ああ。事件は土曜日から始まってたし、電話口で話すにはちっと長くなりそうだからな』
「へえ。じゃあまた今度博士の家か、たまには俺の家に遊びにきなよ」
『そりゃあ楽しみだ。じゃあまたな、龍斗』
「それじゃあね」
さあ、ご褒美の料理を作りますか!
後書き
とうとう五十話に到達しました。こんなに長く書けるとは思っていませんでしたが、これからもよろしくお願いします。
今回の話では事件現場に居なくても事件に巻き込まれると言う初の事象になりました。これからは普通に生活していても油断できなくなってしまいますねw
捏造設定
・全国模試の実施科目の時間割。
・正午に水銀レバーと、時限装置の作動。
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