駄目親父としっかり娘の珍道中
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第83話 無邪気な子供は時々残酷な事を楽しむ事もある その3
前書き
正直紅桜編だけで此処まで長くなるとは予想してませんでした。(-_-;)
銀時が現実世界に引き戻された時、辺りは騒々しい状況だった。
周りに居る桂率いる攘夷志士達が慌ただしく甲板の上の右往左往している。
その中央では仕切りにエリザベスがプラカードを掲げて指示を送っているのが見える。
こんな状況なのだから声位出せよ! とツッコミを入れたくなるのだが、それは野暮な事なのでお控え願いたい。
それで、自分の周囲に目をやると、其処には新八や神楽、それにヅラや鉄子と言った面々が安堵の表情を浮かべながらこちらを見下ろしていた。
「え? 何・・・今どう言う状況なのこれ?」
「目覚めたか銀時。今は急を急ぐ状況だ。我らは早急にこの場を離れねばならない!」
「あぁ、何となく状況は把握してるつもりだ」
よっこらせと身を起こしながら銀時は呟いた。実際、眠っている間に大体の事は紅夜叉から言伝されている。今更聞き直す気などない。
面倒臭そうに頭を掻きむしった辺りで銀時は気づいた。
今、自分が頭を掻いているのは桜月に切られた筈の方の手。
だが、今確かに自分はその手で頭を掻いている。
「そう言えば、銀さん・・・その腕―――」
「あぁ・・・俺も立派にこの妖刀に呪われちまったみてぇだな」
どうやらあの時のビジョンは嘘でも妄想でもなかったらしい。その証拠に肩からごっそり切られた筈の銀時の腕は衣服だけ切られた状態で元通りになっていた。
まるで、何処かの緑色の肌をした宇宙人みたいな気分だった。
「ったく、俺はピ〇コロ大魔王かってんだよ」
「何ぶつくさ言ってるアルか銀ちゃん」
「何でもねぇよ」
適当にあしらい、銀時は自分の身の回りを一度確認する。腰には確かにあの忌々しい白夜が収まっていた。
まるで、自分を主と崇めているかの様に―――
そんな風に見えた白夜が銀時にはこのうえなく憎たらしく見えた。
「ちっ、ふてぶてしい妖刀だぜ」
「すまない、銀時。私のせいでお前に呪いが掛かったようなものだ」
「良いさ、どの道、今はこいつの力が必要だ。クソ忌々しいが今はこいつに頼らせて貰う」
刀身を抜き放ち、銀時は呟いた。抜き放たれた白夜の白銀の刃に銀時の顔が映し出される。
その名に恥じぬ程美しい白金の刃。それを手にした者は一騎当千の強さを得られると言わしめた業物。
だが、その代償として支払われるのは使い手の命―――
これを手にした以上、銀時には今後幾多の苦難が降り注ぐ事になる。
本人の意思を問わずにだ―――
「さてと、んじゃとっとととんずらするとしてぇんだけどよぉ。おい、家の屋台骨何処だ?」
「そ、それが―――」
答えを渋るように、新八は恐る恐る上を指さした。それに従い上を見上げると、其処にはついさっきまで空を埋め尽くさんばかりに浮かんでいた筈の時空管理局の航行船が火を噴いて破壊されている光景だった。
既に粗方の艦が沈められており、残っているのと言えば既に戦闘能力を失いまともに航行も出来ないズタボロのが数隻残っている程度でしかなかった。
「え? なにあれ・・・一体何があったの? まさか、ヅラがやったのか?」
「嫌、俺達ではない。非常に言いにくいのだが・・・」
言葉の途中で桂が口ごもった。嫌な予感がしてきた。
桂がこう言う表情をする時は決まって碌な事がないのは長い付き合いで分かっている事だ。それだけに余り聞きたくはないが、今は聞くしかない。
「銀時、上のあの惨劇を引き起こした張本人は・・・お前の娘だ」
「・・・マジかよ!?」
嫌な予感はしていたが、予想よりも遥かにやばい事を知り、愕然とした。
つまり、あれだけの惨劇をなのはが一人で行っていると言う事になる。
しかも、この江戸の地でだ。
本来、魔法を用いる魔導士達はこの江戸の地では空を飛ぶ事が出来ない。
原因は未だに分からないのだが、永続的に飛行魔法が使用不可状態にあるらしい。また、戦闘能力も劇的に低下してしまう。
それは、かつて自分達が海鳴市に辿り着いた際に感じたのと全く同じ現象だった。
だが、その類がなのはには何故か適用されない。それはあの惨劇を見れば分かる事だ。
戦闘力の低下した魔導士に戦艦を破壊出来る力などない。ましてや、それが艦隊ともなれば尚更な事だ。
「それで、今なのはは何処にいる?」
「分からん。だが、仲間たちから聞いた話によると・・・彼女はまるで殺戮を楽しむような表情をしていたと言っていた」
「・・・・・・」
返答は沈黙で返した。
あのなのはが殺戮を楽しむような真似をする筈がない。となれば、導き出される答えは見えて来る。
なのはの中に埋まっていたジュエルシードの暴走。それによりなのはの意思が呑み込まれてしまい、ただただ殺戮を繰り返すだけの獣へと変えてしまった事。それが一番有力的な答えだった。
そして、その後に待っているのは、ロストロギアへの変貌。
以前、時の庭園でプレシアがジュエルシードを用いて変貌した時の光景が思い起こされる。
だが、あの時はなのはが一時的に魔導士として覚醒したお陰で難を逃れた。
しかし、今回はそのなのはがロストロギアへと変貌を遂げようとしている。仮にそうなったとして、誰が止められるか?
それを考えた時、答えは全く浮かび上がってこなかった。
「ヅラ、此処からづらかる前にしなきゃならねぇ事がある」
「ヅラじゃない桂だ。お前のやる事など百も承知だ」
銀時の言いたい事を察したのか、桂が言葉を遮って来た。
「正直、その原因には少なからず俺も関わっている。だから、俺も同行させて貰うぞ」
「待て、それなら私も―――」
「お前は此処に居ろ」
話に加わろうとする鉄子を銀時が制した。
「何故だ? そもそも、私達兄妹が招いた事なんだ。私にだって責任がある」
「かもな。だが、お前の出来る事は此処にはない。それより、お前にはやんなきゃならねぇ事があるだろう」
「私にやる事?」
鉄子の前に、銀時はそっと白夜を見せた。
「お前のやる事は、こいつを鍛え上げる事だ。今のこいつはなまくら同然。この状態じゃ、桜月を破壊する事なんざ出来やしねぇ。多分、次に俺が戻ってきた時にゃこいつはブチ折れてるか刃こぼれしまくって使い物にならない状態になってるかもな。だから、そうなったらこれを直して鍛えてくれ。桜月に勝てる位にな」
「・・・・・・分かった。その役目、私が引き受ける。だから、必ず戻ってきてくれ!」
「心配すんな。仮にもジャンプ主人公がこんな中途半端な場面で死ぬ筈ねぇからよ」
「メタいですよ銀さん」
毎度おなじみ新八のツッコミを背中に受けつつ、銀時は周囲を見渡した。
急がなければならない。どれだけの時間眠っていたかは分からないが、余り猶予がないのは把握している。
なのはの意識がなくなり、別の意識が芽生え始め、やがては肉体すら変貌させ、全く異質の化け物になってからでは手遅れになる。そうなる前に何としても暴走を止めねばならない。
「銀ちゃん、あそこに!」
神楽の指さす方。それは高杉一派の乗っていた偽装船の甲板上だった。
其処には確かになのはの姿があった。
さっきまで黒い色のバリアジャケットが今は白い色へと変化しており、その衣服もまた敵の返り血などで赤く染まっていた。
そして、その周囲には無残にも惨殺された管理局局員達の亡骸が転がっている。
どれも惨たらしい殺され方をしている。あれをなのはがやったのかとは正直思いたくはない。
「あの光景は、流石にきついな。俺もお前も、骸を見るには慣れたものだが、あんな惨い骸となると―――」
「ビビったか? ヅラ」
「ヅラじゃない、桂だ! ビビッてなどいない。ましてや、攘夷を成そうとしているこの俺が臆する事などないのだ!」
「上等、そんじゃしっかりついてこいよ! てめぇらもだ」
その声を合図に、四人は甲板を飛び移った。
既に偽装船の航行能力は粗方失われてしまっている。艦内に船員がいるかどうかも怪しい。だが、今はそんな事などどうでも良い事だ。
今、自分達がすべき事は目の前にあるのだから。
「ん? 何、あんた達」
気配を感じ、視線をこちらに向けて来たなのはの表情を見て、明らかに意思がない事が分かった。
瞳はどんよりと濁っており、まるで生気が感じられない。無表情と言えば良いだろうか。
とにかく薄気味悪い表情をこちらに向けて来ていた。
「よぉ、迎えに来たぞ悪戯娘。流石に今回は俺も叱りつけねぇといけねぇみてぇだな」
「何? ひょっとしてこの周りの事言ってるの? こいつらは私を殺そうとしたんだよ。だから殺した。上で浮かんでる奴らもそう。私を見るなり攻撃してきたから全部叩き落としただけだよ。別に悪い事なんてしてないけど」
「下手な言い訳だな。最近のガキだったらもっとマシな言い訳考える筈だぜ。まぁ、幾ら言い訳したって聞きゃしねぇがな」
問答を切り上げ、白夜を抜き放ち、刀身をなのはに向ける。
「お仕置きだクソガキ。こんだけ派手にやらかしたんだから、拳骨程度じゃ済まさねぇぞ」
「何だ、あんた達も私の敵なんだ。回りくどい事言わないで最初からそう言ってくれれば良いのに。まぁ、良いやーーー」
話を一旦区切り、準備体操に似た動きをし始める。周囲でも、いつでも距離を取れるように身構える。
「だったらこの周りに居る連中と同じように・・・・・・コロシテヤル!」
聞きたくない一言と共に、なのはが一直線に突っ込んできた。
一連の会話から分かるように、既になのはの意思はなくなっているようだ。
「散れ!」
一同が周囲に散らばり、銀時だけが残り、なのはの拳を白夜で受けた。
魔力で覆った拳が白金の刃とぶつかり火花を散らす。
「ちっ、神楽並みの馬鹿力だな。こんな奴と真正面からやり合うのは骨が折れるぜ」
「なら、骨ごと砕いてやるぅぅ!」
更に拳に力を込めて銀時を押し退けようとしだす。前に前に力みまくっているのが目に見えて分かる。
「へ、御免被るぜ」
皮肉めいた一言を述べた刹那、身を翻すかの様に側面へと銀時は逃れた。
突然の出来事だった為になのははよろめき、バランスを崩した。
「其処だぁ!」
其処へすかさず新八の一撃が舞い込んで来る。避けるには間に合わないと判断したのか、なのはは手を翳し、結界を張ってそれを凌ぐ。
「鬱陶しい!」
そのまま結界ごと叩き壊す勢いで拳を突き出すも、その時には新八は既に拳の届かない距離まで飛びのいていた。
憎々し気にそれを睨んでいたなのはの後頭部に衝撃が襲い掛かる。
「銀ちゃん、これ手加減した方が良いアルかぁ!?」
踵落としをやった後で今更な質問を投げ掛ける神楽だった。
「やった後で言うなよ! それだったら気にすんな。寧ろぶっ殺すつもりで行け! 今のなのはならお前の馬鹿力でぶん殴っても大して効かないだろうからな」
銀時の言った通り、神楽の踵落としを食らったなのはは後頭部を抑えながらも、全く堪えた様子を見せない。
「いったいなぁ。首が変な方向にねじれたらどうするつもり?」
「私の一撃を食らってその程度だったら銀ちゃんの言う通り問題なさそうネ」
「何かムカつく。お前・・・・・・すっごいムカつく!!!」
怒号を張り上げながらなのはが拳を振り被って神楽に向けて放ってきた。神楽もそれに応じる構えを見せ、互いに拳を放ちあう。
「うえぇ、あの神楽ちゃんと至近距離で殴り合うなんて―――」
「以前のあいつじゃ考えられない光景だな」
銀時と新八が互いにそう言い合っていた。仮にも宇宙最強の戦闘民族夜兎族の神楽と五分に近い接戦をするのは不可能に近い。
しかし、それをやり抜いている今のなのはは明らかに脅威と言えた。
「リーダー、下がれ!」
何処からともなく桂の声が響き、神楽はそれに応じてなのはから一旦距離を置いた。
突然殴り相手が居なくなった為にその場に立ち尽くしたなのはを頭上から桂が狙っていた。
「頭上ががら空きだぞ!」
そう言って、懐から数個の小型爆弾を投下し、遠くの場所に転がり落ちる。
桂の声が聞こえた時には既に、爆弾が足元に転がっており、しかもリミットが切れて一瞬の閃光が周囲に起こった。
その後に訪れた爆音と衝撃。毎度おなじみ爆弾テロご用達のテクニックと言えた。
「ちょ、ちょっとやり過ぎなんじゃ―――」
「だな・・・ヅラのあれはやり過ぎだろう」
「むぅ、流石に調子に乗り過ぎた。だが、案ずるな。ちゃんと火薬の量は調節してある。最悪ドリフヘアーになる位で済むだろう」
「何言ってるアルか! ヒロインにそれは致命傷アル! おめぇ、もうちっとヒロインの扱い方を考え―――」
刹那だった。
爆煙の中から数発の閃光が放たれた。
局員を瞬殺したあの恐るべき閃光だと思われる。
その閃光が四人全員に命中し―――
「あっちぃぃぃぃ!」
新八の眼鏡が黒焦げになってしまった。
「し、新八ぃぃぃぃ!」
そう言う神楽はと言えば閃光を受けた箇所が少し焦げた程度でしかなく、桂も同様の被害しか受けていなかった。
「嫌、新八こっち! 神楽ちゃん、ボケるんならタイミング考えて! 今そんな状況じゃないから!」
「うっさいネ! 何時いかなる時であろうとボケを挟むのは銀魂クオリティネ! それくらい察しろよ眼鏡掛け機が!」
「超ムカつくんですけどこの娘ぉぉ! って・・・銀さん?」
ふと、終始無言の銀時に三人の視線が集まった。
その銀時と言えば、咄嗟に閃光を腕で防いだようだ。だが、その防いだ腕には傷はおろか焦げ目一つついてはいない。
「今のは何だ? ただの目くらましか?」
「いや、それにしては僕らちゃんとダメージ受けてますし、銀さんだけ何で無傷なんですか?」
「えっと・・・毎日カルシウム取ってるから?」
「んな訳ねぇだろ」
さらりと流す。今はそんな事言ってる場合じゃない。
黒煙を払いのけ、のっそりと歩み寄ってくるのは、やはり全く無傷のなのはだった。
「驚いたなぁ。さっきの奴らは今ので殆ど殺せたのに、あんた達にはあれじゃ効かないんだ」
「え? あれ攻撃だったの!? 一応僕達食らったんだけど」
「そうだよ。普通だったら体を貫通する筈なんだけど、おかしいよね。何であんた達には魔砲が効かないの?」
「そんなの知るかよ」
良くは分からないが、とにかくなのはの攻撃が空振りしたのは理解できた。
だが、相変わらずなのはに決定的な打撃を与えてはいない。苦しい状況であるのに変わりはなかった。
「しかし、向こうは飛び道具有りかよ。こちとら全員脳筋メンバーしかいねぇってのに」
「飛び道具なら俺が居るだろう」
「爆弾魔は黙ってろ」
「私の傘だって飛び道具あるネ!」
「ゲロインも黙ってろ」
この後、銀時は神楽に顔面膝蹴りを貰いました。
鼻血が滝のように流れ落ちてかなり痛そうだったのをこの時の新八は密かに思っていたそうです。
「そんなのずるいよ! 折角攻撃したのにダメージないなんて! そんなのずるいよ。インチキだぁ!」
「うっせぇ! そんなのはお互い様だろうが! てめぇだって似たようなもんじゃねぇかよ!」
「私はいいもん! 私は関係ないもん! 私は私は・・・わわわ・・・がが・・・がっ・・・」
突如、変化が現れた。
さっきまで低レベルな言い争いをしていた筈だったなのはが、急に苦しみだし、甲板に膝を落とし始めたのだ。
異様な苦しみ方だった。その光景を見て銀時は察した。
「銀さん!」
「不味い、変異する気だ!」
見れば、なのはの腕は既に歪に変貌を遂げており、紫色の体毛を生やしたゴリラの様な野太い腕になっており、指の先には鋭い爪が生え始めていた。
同様に徐々に体が変異をし始めているのが分かる。
あの時の、プレシアが自身をロストロギアにしたのと同じだ。
違うのと言えば、変異の速度が遅い事位でしかない。
「くそ、間に合え!」
焦る銀時だが、正直対処法が全くない。現状でこうしてぶつかってはみたが、今の四人ではジュエルシードの暴走を止める手立てがない。魔導士は全滅してしまっているし、江戸に戻りフェイト達に助けを求めるにしても時間がない。
万事休すとはこの事かと思えた。
(・・・か・・・すか・・・)
「ん? 何だ!?」
突如、頭の中にかすれた声が聞こえて来た。立ち止まり、銀時は頭を抑えだす。
「銀さん?」
「お前ら、何か聞こえたか?」
「幻聴でも聞いたのか銀時。俺達は何も聞いてないぞ」
どうやら、三人には聞こえていないようだ。だが、何故銀時にだけ―――
(聞こえ・・・すか・・・お・・・様・・・)
「まさか・・・お前、シュテルか?」
(そうです・・・今・・・目覚・・・した・・・)
雑音で幾つか聞き取れない箇所があるが、確かにこれはシュテルの声だった。
どうやら、先の戦闘から目を覚ましたようだ。
「シュテル、なのはが暴走しちまってる。どうにか止める方法はないか?」
(落ち着いて聞いて下さい。今、なのは様は一時的なショックで感情のリミッターが外れてしまい、一種の錯乱状態に陥っています)
「相変わらず分かり辛い言い回しだなぁ。もうちっと分かりやすく説明してくれ!」
(つまり、切れてしまってるんです)
「んなの見りゃ分かる。どうすればあいつの暴走を止められるんだ!」
(私一人では無理です。なのでお父様のお力を貸して下さい)
「俺の? どうやってだよ」
(今、私がこの体の動きを封じます。変異の途中ですので身動きは出来ません。お父様はその間になのは様に接触してください。私が内部へ連れて行きます)
「は? 何それ!? あいつの中に入るって・・・一体どうやって!」
(説明してる時間はありません! 急いでください)
「ちっ!」
他に方法がない以上藁にもすがる思いでシュテルの作戦を信じる他ない。とりあえず自分が変異途中のなのはに接触する事。そうすれば後はシュテルの方で何とかしてくれると言っているが正直不安だ―――
「銀時、さっきから一人で何ぶつぶつ言っているんだ?」
「あぁ、あれだ。お前の短髪が気持ち悪いなぁって思ってただけだよ」
「そんな事の為にぶつぶつ言っていたのか? 因みにこれはイメチェンのつもりなのだから其処は嘘でも『似合ってる』とか言って場を濁してくれても良いんじゃないのか?」
「てめぇに使う社交辞令なんざ持ち合わせちゃいねぇんだよ」
軽口を叩きつつ、四人は動きを止めたなのはへと近づく。その姿は少しずつではあるが異形の化け物へと変異していこうとしている。
完全に変異が終われば恐らく勝ち目はない。
現状、戦力に魔導士が居ないのが非常に痛い。
だが、泣き言など言ってはいられない。もう一人の娘の努力を無に居しない為にも銀時はなのはに向かい手を伸ばす。
そんな銀時に向かい野太い腕が振り向けられた。
咄嗟に身を翻してそれをかわすも、掠っただけで風圧が体中に突き刺さり痛みを感じさせてくる。
「くそっ! どうなってんだよシュテル。動き止まってねぇぞ!」
(すみません・・・片腕だけ・・・止められませんでした・・・)
「??? おい、大丈夫か。やけに苦しそうだぞ?」
脳内に響いて来る声が何処か苦しそうにも聞こえる。恐らく抑え続けられる時間も余りなさそうだ。
「銀さん?」
「お前ら、あの動き回ってる腕をどうにか止めておけるか?」
「え? 一体何をするつもりなんですか銀さん?」
「説明してる暇はねぇ。とにかくやれるんならやれ! ヅラもだ」
「ヅラじゃない。桂だ!」
良くは分からないがとりあえず三人は了解した。目の前で凄まじい勢いで振り回されている右腕。それを新八、神楽、ヅラの三人で抑え込み、その間に銀時が接触する考えだ。
「力勝負なら任せるネェ!」
パワー勝負を神楽は買って出た。相手がなのはだと言う事もあり、姉貴分としての意地が出たのか、はたまた別の意図があるのかは不明だが、とにかく神楽が先頭に立ち、暴れ回す丸太の様な変異した右腕を抑えつける事が出来た。
その後に続き、新八が、そしてヅラがそれぞれ腕を抱え込んで抑え込む。
「うぐおぉぉぉ! 何この馬鹿力!? 神楽ちゃん並、嫌それ以上に感じられるぅぅっぅう!」
「弱音を吐いてはならんぞ新八君! 我らは共に攘夷の炎を燃え上がらせる為に集った仲ではないか!」
「誰もあんたの目的の為に集った覚えはないわぁ!」
「ぐだぐだ言ってねぇでしっかり押さえろゴラァ! あ、やべっ・・・無理し過ぎたせいかりバースしそうアル」
三人で抑え込んでも手に余る程の怪力。正直動いてるのが片腕だけで助かったと思える。
もしこれが自由に動き回っていたらと思うとゾッとする。
「そのまま暫く抑え込んでてくれよ」
小声でつぶやき、銀時はなのはの傍に歩み寄った。
既に顔の半分が異形の顔へと変貌し、鋭い牙やおぞましい眼光を放つ異形の顔へと変わり始めている。
残った半分の顔が銀時を見上げた。何処か苦しそうで、そして寂しそうで悲しそうな顔をしている。
「お前だって化け物になるのは御免だよな。もう少し待ってろ。今何とかしてやっからよ」
言い聞かせるようにそう言って、銀時はなのはの頭に手を乗せた。
「触れたぞシュテル。それで、この後はどうすれば良い?」
脳内のシュテルを呼び出すように銀時は呟く。しかし、返答はない。
一体どうしたのかと悩んだその刹那、突然銀時の意識が吸い込まれる感覚に見舞われた。
声を出す暇すらない。瞬く間に銀時の意識は深い闇の彼方へと吸い込まれてしまった。
***
目が明いてるのか閉じてるのかさっぱり分からない。
何しろ、目の前が絶えず真っ暗なのだから―――
「おいおい、一体どうなってんだよこりゃぁ―――」
突然自分が置かれた状況を前にして、銀時はぶっきらぼうな呟きしか出来なかった。
周りを見渡せば闇しかなく、しかも地に足がついていない絶えず浮遊状態と言う摩訶不思議な状態だった。
「ったく、こんな状況で俺にどうしろってんだよ? 懐中電灯とか持ってなかったけか?」
仮にあったとしてもこんな深い闇の中では恐らく意味をなさないと言う事は銀時自身も薄々感づいていた。
しかし何もない世界だ。これがもし死後の世界だと言うのならば是非お断りしたい。
「おぅい、シュテル! お前の言われた通りにしたぞ。何処に居んだぁ!?」
試しにシュテルを呼んではみたが、やはりと言うか返答がない。周囲に自分しかいないこの空間に彼女が居れば反応したのだろうが、生憎返って来たのは静寂だけだった。
「勘弁してくれよ。こんな何もない空間でぼっととか有り得ないんですけど。ってか、何時までこの話引っ張るんだよ。いい加減終わらせようって考えはねぇのか此処の作者はよぉ! 散々引っ張っておいて今度は白と黒の闇の中ってか? 面白くねぇぞゴラァ!」
やけっぱち紛いに周囲に罵声を飛ばし始める。仕舞いには昨今の情勢だとか自身の貧困さとか糖尿関連とかをやたらめったらぶちまける始末。
ただの騒音でしかなかった。
「・・・ま・・・さま・・・」
「!!!」
近くで掠れた声が聞こえてきた。それは、ちょうど銀時の真後ろだった。
振り返ると、其処には確かに彼女は居た。
右半分が闇に呑み込まれ、意識のない状態のなのはと、同じように顔と片腕以外殆ど闇に呑まれてる状態のシュテル。その二人の姿があった。
「お前ら!」
「間に合った・・・みたい・・・です・・・ね・・・」
「シュテル、お前―――」
「今なら・・・間に合います・・・早く・・・なのは様を・・・引き摺り・・・出して・・・」
そう言って、シュテルは自分ではなくなのはを助けるように言ってきた。彼女だって闇に呑み込まれている。それももう間も無く全身が沈んでしまうかの様な勢いでだ。
「なのはをって・・・お前はどうするんだよ?」
「私は・・・良いです・・・それよりも・・・早く・・・」
「ふざけんな! だったら二人一緒に連れ出してやれば―――」
「そんな事を・・・すれば・・・お父様も・・・闇に・・・呑み込まれて・・・しまいます・・・」
「そんなの知った事か! 待ってろ」
二人の手を掴もうとした時、右腕に違和感を感じた。
無い、さっきまであった筈の右腕が無くなっていたのだ。
「嘘だろ! こんな時に!!」
焦りが生まれる。どう考えても片方助けた後でもう片方を助ける時間はない。そうしている間にもどちらかが闇に呑み込まれてしまう。
助けられるのは一人だけ。だが、どちらを助ければ良い。
「恨むなよ・・・」
小声で申し訳なさそうに言う銀時に、シュテルは無言で頷いた。分かっていたのだ。
本来助けるべきなのは自分ではないと。だが、それも納得している。
生まれてからほんの短い時間でしかなかったが、実に充実した時だった。
悔いはない。
「う・・・・あ・・・・」
そんな時だった、なのはが呻くように声を発したのだ。それと同時に、彼女の目が銀時に向けられる。
「なのは・・・お前―――」
彼女は何も言わなかった。ただ、出来る限り銀時に向って笑みを浮かべて見せた。
その笑みが銀時の中で迷っていた答えを導き出す切欠となった。
銀時は、意を決して手を掴んだ。
”シュテルの手を掴み、彼女を闇から引きずり出した”
「!!! お父様・・・何故!?」
「あいつが言ってたんだよ。お前を助けろってな」
「ですが、それでは!!」
助け出されたシュテルは見た。自分が助け出された代償に、なのはは深い闇の底へと沈んでいく光景が。
しかし、どうする事も出来なかった。
なのはが闇の底へと沈んでいくと同時に、二人の意識は外へと押し出されて行っているからだ。
「あいつは・・・自分よりもお前を助けたかったんだよ」
「私は・・・私は人ならざる存在に過ぎません。なのは様を模した只の木偶人形の様な物。それなのに、何故―――」
「少なくとも、あいつはそう思っちゃいねぇよ。あいつにとっちゃ、お前は【家族】だからな」
「家族・・・」
銀時の言葉にシュテルは胸を打たれる思いになった。
あくまで消耗品であり続けようとした自分を、なのはは家族だと思ってくれた。
思えば、なのはと共に戦った時もそうだった。彼女は自分の事を物のようには見ていなかった。
まるで親しい人と過ごしていたかのような笑みを浮かべていた。
「シュテル、なのはの奴がお前を助けた事を悔やむような事はするな。そんな事したらあいつの行いが無駄になっちまう」
「ならば、私はどうすれば・・・一体どうすれば良いのですか?」
「それをこれから学んでいけ。お前はあいつよりも頭が良いんだ。あいつの体を使って、外の世界を見てそれで学べ。こればっかりは親父である俺の口からは言えねぇ事だ」
「・・・・・・」
「それとな、今後はお前はなのはの”フリ”をしろ。流石にいきなりお前の存在を連中に言っても面倒なだけだし、俺も説明とかたるいんでしたくない」
「なのは様の・・・フリ・・・ですか? 私に出来るでしょうか」
何時になく不安になってるシュテル。そんなシュテルの頭に銀時は手を置いた。
「そんな堅苦しい呼び方は止せ。お前は家族なんだ。だったら、あいつの妹みたいなもんだろ? 素直にお姉ちゃんとでも呼んでやれ」
「お姉・・・ちゃん・・・」
「おうそうだ。ま、その内あいつも迎えに行かなきゃなんねぇからな。それまではお前がなのはだ。良いな」
「はい、善処します!」
「うん、凄く不安になったけど・・・まぁ良いや」
内心返って面倒な事をしてしまったのではないかと不安がる銀時ではあったが、今更取りやめる事など出来る筈もない。その時はその時でどうにかすれば良いか。
と、軽く考えて済ます事にした。
銀時となのは(シュテル)が目を覚ました時には既に桂率いる穏健派の攘夷志士達が江戸沖へと逃走を終えていた頃であった。
目を覚ました銀時は自身が意識を失っていた辺りの事、なのはの中にシュテルが居る事、その他諸々の事を色々とぼかしつつも一同に伝えて、桂のしつこい勧誘を跳ね除け一路定春の待っている万事屋へと帰って行った。
まだまだやるべき事、やらなければならない事は山ほど残ってはいるのだが、今だけは忘れる事にする。
とにかく、今この時だけは何もかも忘れて眠りたい。
そう思う今日この頃であった。
後書き
衝撃の中身交代劇でした。今度はなのは=シュテルと言う形になっていくと思われます。
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