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ソードアート・オンライン 宙と虹

作者:ほろもこ
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8

「な、なによ」

アスナはいきなり手を掴まれたことで上体を引いているが、その手を振りほどいてはいない。このことからも彼女がキリトに対して好意的なことが分かる。まあわざわざこんなスラムっぽい場所に来るくらいなのだから、それだけでもよく分かる。

このアスナという女性プレイヤーは、恐らくSAOの中でも最も有名なプレイヤーの一人だろう。
有名な理由は、様々だが……まず、SAO世界において圧倒的に少ない女性プレイヤーであるということ、もう一つ文句のつけようがないほどの美人であるということ。

さらに、彼女の着ている白と赤の騎士装は攻略組の一角でもあり、最強ギルドとも言われている《血盟騎士団》のユニフォームで、彼女はそのギルドの副団長を務めている。

もちろん、本人の剣技の冴えも素晴らしく、正確無比で優美なその細剣術は《閃光》の異名を頂いているほどである。

つまり彼女は剣技、容姿において現在アインクラッドに生存する約六千人の頂点に位置する存在であると言っていい。むしろそれで有名にならない方がおかしいというものだ。

そんな彼女だがそれなりに気苦労もあるようで、たいていの場合、彼女には複数の護衛プレイヤーが付き従っており、現に今も二人の護衛が一歩引いて立っている。ことに右側に立つ長く油っぽい髪を束ねた男の方は、手を握ったキリトと呼び捨てにした俺に対して憤怒の形相を浮かべている。

それに気付いたキリトは、ソイツに向かってひらひらと手を振ってから自分を呼んだ声に応じる。

「よう、アスナ。珍しいな、こんなごみ溜めに顔を出すなんて」

ごみ溜め扱いされた店主も顔を引きつらせるが、そちらの方はアスナが「こんにちは、エギルさん」と軽く挨拶しただけで、だらしなく頬を緩ませる。現金な奴だ。

「もうそろそろ、次のボス攻略だから、生きてるか確認しに来てあげたんじゃない」
「フレンド登録してるんだから、それくらい判るだろ。大体フレ登録してるからマップ追跡出来たんじゃないのか」
「まあまあキリト、それを言うのは野暮ってもんだ。なあ、アスナ」
「うっ、えっ、うん、そうだよね!」

突如話題を振られたアスナは動揺していたが、何とか平静を取り戻したようだった。まあ一応彼女から何回か相談を受けたりもしたので、彼女が何を考えて想っているのか俺は知っている。

「そういえばさっきシェフがどうこうって言ってたけど何のこと?」
「ああ、そうだ。アスナ、今料理スキルどのへんくらい?」

その質問を聞いた瞬間、アスナはきょとんとしたが、すぐに不敵な笑みを浮かべて、コンプリートしたことを告げた。
それを聞いたキリトはアホか、みたいな顔をしていたが、俺から言わせてみれば娯楽のために努力するのは必要なことだ。生死のかかった世界の中で楽しみがあれば生きようという気になるという物。それを自分で行うための力を得るのは悪くない、と俺は思っている。

「その腕を見込んで頼みたいことがある」

キリトはトレードウィンドウの窓を可視化させてアスナに向ける。アスナはそこに表示されたアイテム名を一瞥した瞬間に、眼を丸くする。

「うわっ!!こ、これ、ラグー・ラビット!?」

アスナは驚きの余り、腕を震わせている。そりゃそうだ。S級なんてめったにお目にかかれるもんじゃない。以前一度だけ食したことがあるが、あれはまさに天にも昇るといって差し支えない旨さだった……。

「そうだ。コイツを料理してくれたら、一口食わせてやる」
「キリト、流石にそれはケチすぎるぞ。せめて半分はやらないと、料理する側としては割に合わない」
「うっ……」
「そうね。確かに料理スキル上げるの大変だし、半分くらいはもらってもいいよね?」
「……わかったよ、半分な」

はぁ、と溜め息をつくキリト。お前どれだけ食いたいんだよ、と内心突っ込むが気持ちは分からんでもない。

「ってエネバはどうするんだ?」
「んー俺か?別にいいよ。一回だけ前にS級食ったことあるしな」

恐らく先ほどの分配についての話なのだろうが、アスナのことも考えると、俺はお邪魔だろう。いつもの日課をするにも結構な時間をかけるし、そろそろ帰る頃合いだ。

「ま、そういうことだよ。じゃあ、お二人さん俺はここらで。あ、そうそうアスナ、悪いけど俺は何度勧誘されてもギルドには入らないと伝えといてくれ」
「あ、うん」
「そいじゃあな」

俺は自分のホームタウンである第四十九層主街区《ミュージェン》へと帰還した。石造りの街で、クリスマスの時には、街のシンボルでもあるツリーに見事なイルミネーションが設置された。当時そこが最前線だったのでカップルも多かったみたいだが悲しいかな、俺はそんな相手はいなかったので一人で自棄になってレベリングをしていたというつらい記憶がある。

俺はここに自宅を、半年ほど前に購入した。もともと家を買うことは俺の中ではそんなに優先度は高くなかったのだが、一年以上前に起きた事件をきっかけに購入せざるを得なくなった。その間、《彼女》には多大な負担をかけてしまったが……事件当時はまだ中層プレイヤーの中でハイレベルという評価に留まっていた俺が家を買うのは厳しいことだと、納得してくれていたが、同時に深く恐怖もしていただろう。俺が帰ってこないかもしれない、と。

最早慣れた道のりをスイスイっと歩いて、自宅に帰る。少しだけ広めの、二人で暮らすにはちょうどいいくらいの部屋の大きさだ。

「ただいま」
「あ、おかえりなさい」

この掛け合いが出来るようになったのも、俺が家を買ってからだ。それ以前はもっと別の(といっても宿屋やNPCから借りられる部屋ではない)場所にいたが、そこは彼女にとって複雑な思いのある場所だったために、落ち着かないどころの話ではなかっただろう。

しかし、勘違いをしないでもらいたい。俺は別に彼女に恋愛感情を持ったことは一度もない。
単なる同居人でしかないのだ。相手もそれを、承知しているはずだ。

「ご飯できてるから、どうぞ」
「ありがとう。あ、でも先にいつもの奴やってくるよ」
「それじゃあご飯が冷めちゃうよ?」
「む、そうか。じゃあ遠慮なく」

そういって俺は席について、彼女が作ってくれた晩御飯を食べ始める。彼女も俺よりは遅めの動きだが食事を食べていく。しばらく二人は無言だったが、俺が食べ終わったことでその沈黙は終わった。

「美味かったよ、ごちそうさま」
「あ、うん……ありがとう」

礼を言って寂しそうに微笑んだ彼女を置いて、食器を片付けると、俺は自室へと引っ込んだ。俺の日課だ。ストレージを呼び出して、分厚い本を取り出す。以前はもっと薄い本だったそれは、日記だった。俺がこの世界に来てから一日も欠かさずに付けている日記だ。最初はただの暇つぶしだった。
しかし、付けていくうちに、この世界での体験は恐ろしいものだと同時に二度と体験できないものなのだと理解してからは、真剣に日記をつけるようになった。

この手のアイテム(記録結晶で撮った写真なども)は、現実に戻ってからもナーヴギアから取り出せるらしい。だから、俺は日々を記録し続けている。いつか向こうに帰った時に、誰かに話せるように。 
 

 
後書き
何やら女性が出てきましたが……どうなるのでしょう。

自分で書いててどうなるのか分からないとは作者失格もいいとこですが、そんなSAO 宙と虹をこれからもよろしくお願いします。

あ、薄い本っていってもアレな本じゃないですよ← 
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