ソードアート・オンライン〜Another story〜
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マザーズ・ロザリオ編
第255話 思い出の場所
前書き
~一言~
すごーーく遅れちゃってすみません……。
ある程度執筆は進んでたんですが、トラブルと言うか何と言うか……データがあぼーんっ。ってなっちゃって……。創作意欲を毟り取られちゃってました……。な、なんとか持ち直して投稿出来ましたのでお許しくださいっっ!! 涙
漸く、あのシーンまで行けました。肩にユウキやランの2人が乗ってて 一緒に街を歩いて……。と
オリ分を持ってくるのがメチャクチャ難しく感じてたので、正直オリ分が凄く少ないですが、温かい目で見てくれたら幸いですw
最後にこの小説を見てくださってありがとうございますっ! これからも、ガンバリマス!!
じーくw
リュウキ、キリト、アスナ、レイナ。
新しく出来たかけがえの無い仲間達との再会。
それだけでも紺野姉妹にとって、夢の様な出来事と言えると言うのに、それどころか 今までの自分達の世界が激変したと思えるほどの事があったんだ。
夢のよう――と言えば あのALOの世界で 皆とBOSSを倒し 生きてきた証をその剣士の碑に刻む事が出来た事も当然ながら同じくらいの気持ちだった。素晴らしい世界で素敵な仲間達と一緒に胸躍る冒険をして、勝利して喜びを分かち合う。これほど幸せな事があって良いのだろうか、と思ってしまう程に。
でも、楽しかったからこそ、心の底から笑いあったからこそ、そこからの別れは――本当に苦しかった。
何も言えずいなくなることを選んでしまった自分自身を憎んでしまう程に。
あまりに反動があり過ぎてしまったのか、この3日間は満足に食事も喉を通らなかった。ご飯が食べられるだけでも幸せだよ、と春香に教えてもらった筈なのに、美味しく感じなかった。砂を噛んでいる様にも思えてしまい、折角のご飯を無駄にさせてしまったと申し訳なさもあった。……そして自然に涙が浮かんできた。
ユウキもランも同じ気持ち。
この時ばかりは、ランもユウキの事を支える事は出来なかった。自分の心の内を鎮める事に精一杯だったから。心配をして何度も足を運んでくれた主治医である倉橋にもどうする事も出来なかった。ただ 話を訊き 涙を流す2人の傍にい続ける事しか出来なかった。
でも、助けてくれた。光を――くれた。
「さっ これから行くのは職員室だよっ!」
「うん。先生に挨拶に行こう!」
本当に光に満ちていたんだ。
それで、光の中なんだけど……最初の難関だ、とユウキは思ってしまっていた。これからの行き先を訊いて。
明日奈も玲奈も急に静かになっちゃったユウキの事が気になったのか。
「どうしたの??」
「ユウキさんが静かになったらビックリするよ??」
玲奈の言葉を訊いて、ユウキは『そんな大袈裟なぁ~』と苦笑いを1つしたが、その後に理由についてを説明。
『え、えーとね。……ボク、昔から苦手だったんだよね、職員室……』
『ふふっ。そうだったわね。プリント取りに行くのにすっごく時間かかっちゃったりしてたし』
『うー。姉ちゃんが行ってくれたらよかったのにー』
『だーめ。甘えるんじゃありません』
懐かしい思い出。それを思い返しているのだろう。2人の声は一際穏やかだった。それを訊いた明日奈も玲奈も ふふっ と笑顔を見せた。
「大丈夫だよ。だってこの学校の先生って、先生っぽくないトコがあるから」
「うんうん。みーんな気さくだし、話しやすいしね。と言う訳で、ゴーっ!」
玲奈が丁度扉の傍にいたから勢いよくドアを開けた。
「「失礼しまーす!」」
玲奈と明日奈の透き通った声が続くのと同時に、『ほら、ユウも』とランの後押しもあって、ユウキも覚悟を決めた様で。
『し、失礼しまぁす』
と やや声色がおかしい気もするが、それでも何とか頑張って言えていた。ランもクスクスと笑いつつ。
『失礼します』
と淀みの無い挨拶。この辺りが姉の貫禄が現れているのだろう、と何処か納得ができ、ユウキが頼り切ってる理由も本当によく判る。それでいて、ランは楽をさせない様にしているから、本当に理想の姉だ、と明日奈も見習わなければ、と思ったりしていた。玲奈も 自分の事を『お姉ちゃん』と呼んでくれるユイがいる為、明日奈とランの2人に師事したりしていた。
それはとりあえず置いといて、今は職員室だ。
2人しかいないのに、4人分の挨拶の声が響いて、少し職員室でもざわつきそうになっていたが、入ってきたのが結城姉妹である事を確認すると納得した様に、軽く会釈をした後にそれぞれの仕事へと戻っていった。
すたすたと、机の列を横切り、これからの授業を担当してくれる先生の元へと向かう。次の授業は現代国語。受け持つ教師は、都立中学の共闘を定年まで勤めあげてから、この急増教育施設に手を上げて再就職したと言う人物。すでに60代後半でありながら、学校の各所に取り入れられているネットワークデバイスを器用に操り、理知的な物腰もあって非常に好感の持てる教師の1人だ。『まだまだ学ぶ事は多い』と口癖の様に言っていて、50程年下の隼人にもあれこれと質問をしに行ったりしている姿を何度か見ていて、その姿勢にも尊敬の念が送られたりもしている。
「ええと、その子達が昨日聞いた新しい生徒さんかな。悪いが名前を教えてもらえないかね?」
ニコニコと微笑みを絶やさずに名を訊く。
『あ、はい…… ユウキ―――紺野木綿季です』
『紺野藍子です』
元気の良い声を聴いたのが嬉しいのか、実際にポローブから返答があった事が、刺激になって嬉しかったのか、口許を綻ばせていた。
「コンノさんたち。よかったらこれからも授業を受けに来たまえ。今日から芥川の『トロッコ』をやるんでね。あれは最後まで行かんとつまらんから」
『は、はいっ! ありがとうございます!』
『嬉しいです。授業を体験できると聴いて……本当に、とても楽しみにしてました。ありがとうございます。先生』
「ふふふ。元気があって良いですね。私の方もいつもより力が入ると言うものだよ」
ユウキやランの喜ぶ声は姿を見てなくてもはっきりと眼に浮かぶ様だった。ひょっとしたら嬉し涙まで流しているのでは? と思えてしまう程で、それだけでも 誘った甲斐があると言うものだった。
ユウキとランの病気――AIDS。
それを訊いた時 途方もなく重く感じるその言葉を訊いて、目の前が暗くなってしまった。息が詰まるのも抑えきれない程だった。現実じゃないのではないか、と何度も思ってしまった。
まだ、歩く事だって出来る。出会えたあの日。太陽の下にいた2人は自分たちの眼から見ても、元気そのものだって思えた。 それでも、制限がしっかりあり 毎日投薬を続け、機械に繋がれ、それを目の当たりにして 明日奈も玲奈も涙が零れ落ちるのを止められなかった。
でも、今は違う。笑い声が絶えない日が続いている。……これからも続くと信じている。
ユウキやランには辛い闘病生活が続くと思うと胸が締め付けられそうになってしまうが、それでも 皆が1つになって……沢山の人達が手を取り合ってこの少女たちを救おうとしてくれているんだ。
リュウキが、……サニーが皆を集めてくれて この少女達は命のバトンを受け取ってきっと前へと、まだまだ生き続ける事が出来る。
その第一歩と言う事で学校の体験を勧めた。
流石に病院の外まで出る事は不可能で今の方法を取っているのだが、それだけでも2人とも感激してくれて、提案した時はALO内だったのだが、あのBOSS戦攻略した際の喜びと何ら遜色ないくらいの喜びを爆発させて、ユウキは突撃をしてくれた。ランも穏やかに微笑み、その眼には涙をためて喜んでくれた。
明日奈と玲奈はその時の事を思い出しつつ、お互いに顔を合わせて笑顔で頷き合った所で、丁度予鈴が鳴り響いた。後5分で授業が始まってしまうから慌ててもう一度ぺこりと頭を下げた後、職員室の扉を開いて一息。
皆が『ふうー』と息をついた時、『あははっ、なーんだ 2人とも緊張してたんじゃーん!』とユウキの陽気な声が肩口から聞こえ、明日奈も玲奈もお互いに苦笑いをさせていた。
そして教室。
明日奈と玲奈の2人が入室した所でそれに気づいたクラスメートの1人が駆け寄ってきた。
「結城さーん。さっき先生が……って、あれ? それって……」
丁度2人一緒に入室したから 明日奈の事なのか、玲奈の事なのか、どっち? と聞く間もなく、ユウキの驚いた声が続く。
『えっ!? どーしてボクの名前しってるの??』
そう、明日奈たちの苗字は《結城》だから。名前としても珍しくないモノだけど、タイムリーだった事と、2人の事を苗字で呼ぶ人がこれまでにいなかったから ユウキは驚いた様だ。
『違うよ。ユウ。明日奈さん達の苗字だって』
そして、そこは冷静沈着……と言うより ユウキが猪突猛進だから ちょっぴり下がって全体を見れるランが即座にストップをかけてくれた。いつも見ているから、姿は見えなくても その様子が眼に浮かぶから思わず笑ってしまう。
『あははっ、そっかー。そーだったねー』
ユウキも納得した様に笑ってた。つられて明日奈も玲奈も笑う。
「あのね。お姉ちゃんの方のが紺野木綿季さんで、私の方のが紺野藍子さんなの」
「うん。それで2人ともちょっと今入院中で外に出られないからこうして、授業を体験しようーって事になったの」
明日奈と玲奈の紹介が終わり、一呼吸置いた所で。
『ユウキです! 暫くの間お世話になります!』
『私は藍子と申します。よろしくお願いします』
2人の自己紹介が終わった後、あっ! と言う間に皆が近づいてきた。『すごーい。よろしくねー』『あ、オレ コウタ。宜しくな!』と矢継ぎ早。あっという間に客寄せパンダにでもなった気分になったのは言うまでもなく、丁度良くチャイムが鳴ってくれたおかげで解散してくれた。
明日奈と玲奈の席は斜め前と後ろでそこまで離れていないから 今後しばらくは皆が1点に集まってくるだろうなぁ、と予想がつく。
「あ、あはは…… 押し潰されるかと思っちゃった……」
『ご、ごめんなさい。レイナさん』
「んーん。そんな謝らなくたって良いんだよー。だから学校、もっと楽しんで! ……ねっ?」
『っ…… はいっ』
ユウキと違う、何処か遠慮気味な所があるラン。双子だから 同じ歳だし、遠慮なんかしてほしくない、と思ったレイナは 丁度ランの視界になってるプローブを覗き込んで、パチンっ、とウインクをした。
その意図が多分 ランにも伝わったのだろう。少しだけ息が詰まった後にランはユウキに負けないくらい元気に返事をしてくれた。勿論、授業がもう始まるから玲奈に聴こえる範囲で。
そして 起立、礼の号令後、授業が始まる。
「えー、それでは今日から教科書98ページ。芥川龍之介の『トロッコ』をやります。これは芥川が30歳の時の作品で――」
教師の概説が続く間に、明日奈も玲奈もタブレット型端末を持ち上げてテキストの該当箇所を表示させて、見やすいように身体の前を持ち上げた。小声で『見える?』と確認すると『ばっちり!』『はい。大丈夫です』と返事が帰ってきて安心する。
ちゃんと見えてる事には安心したんだけど―――、その安心が一気に吹き飛んでしまう現象に見舞われてしまったのは次の先生の指示にあった。
「――それでは、最初から読んでもらいましょう。そうですね。紺野木綿季さん。藍子さん。98ページと99ページをお願い出来るかな?」
まさか突然指名されるとは思いもしなかった。
だから2人とも思わず『はっ!?』『はいっ!?』と素っ頓狂な声を上げてしまったとしても仕方ないだろう。この時ばかりはランも同じく声を上げていた。なので、クラス中が一瞬ざわついてしまって、注目の的になるのも無理ないだろう。
「無理かね?」
尋ねる先生に、直ぐにユウキとランは答える。
『よ、読めます!』
『頑張ります』
答えた所で、何やら小声でユウキとランのやり取りが始まった。
仮想空間の同じ場所で授業を受けている様で、2人のやり取りは簡単に出来る。互いの読む場所の確認と交代する場所を決めていた様だ。
色々とやり取りがあった後に、ユウキから先に読む事に決まった。
「ユウキ…… よ、よめる?」
『もちろん。これでもボク、読書家なんだよ?? 姉ちゃんと合わせたら、きっとアスナやレイナにも負けないよ』
ランは兎も角ユウキは……と一瞬思ってしまったが、そこはお口にチャック。ユウキもその自覚はあるようだから『これでも』と言った様だ。
「……ランさん。この位置で、大丈夫かな?」
『はい。大丈夫です。……私も頑張りますね? 玲奈さん』
ランはきっちりと精神を整えた様で、ユウキよりも落ち着けていると思う。玲奈はユウキの事が少しばかり心配になってしまったが、それは直ぐに杞憂となった。
ひとつ間を取ってから、ユウキは元気よくテキストを朗読し始めたから。
『……小田原熱海間に、軽便鉄道敷設の工事が始まったのは 良平の八つ年だった。良平は毎日村外れへ、その工事を―――』
玲奈は、文面を一緒に読む様に 目でユウキの朗読に合わせて追いかけていたのだが、直ぐにそれを止め、目を瞑って全身で受け止める様に、心で感じる様に、……自分の心を開いて聴き入っていた。抑揚豊かに読み上げるユウキ。心地良い浮遊感さえ感じられる。
それは ランの順番が回ってきても同じだった。2人其々の色を出し合い、絡み合い……そして一つの物語を紡いでいった。
眼を閉じ、心で感じるユウキとランの声。
もう直ぐとなりに2人がいる。同じ制服に身を包んだ2人がそばにいる。きっと、それは心の中だけでなく、現実でもきっとこの光景が見られる。2人の声が聴けると強く確信する事が出来た。
その時こそ、今日の事を、今日の授業を思い返し、思い出話に花を咲かせようと誓う。
それだけじゃなく、ファーストフード店に寄り道をして、皆で他愛のないお喋りをするのも良い。きっと、その道筋は出来ている筈なんだ。
――決して楽ではない。苦しい道がまだ続くでしょう。……頑張って、病気に撃ち勝とうと頑張る事。
それは、あの時 病院で訊いた言葉。忘れられない言葉。
確かにそれも間違いないと思う。それ程までに、相手は強大だから。あのSAO時代のフロアBOSSだって凌駕するくらいの強敵だって判るから。でも、2人ならきっと打ち勝つ事が出来る。そう、強く思えたんだ。
打ち勝てたその時に、皆で思いっきり遊ぼう。心ゆくまで楽しもう。……沢山の思い出を作っていこう。それが先立ってしまったユウキ達のギルドの人達への何よりの土産になる。そう、信じているから。
そして、夢見心地の浮遊感の中、あっという間に授業時間は終わった。
終わると同時にクラスメイトの皆がわっ! と駆け寄ってきたのは本当にとても驚いた。
どうやら、皆も情感たっぷりの朗読に感動した様で、ユウキとランの話題一色になったみたいだった。
中には『ぜーーったいオレ、あそこで詰まってるよ』『あの漢字の読み方 正直判らなかったー』と、ちょっぴり 『もうちょっと勉強に力入れようね?』 と思う男子たちの言葉があり、更に笑いを誘っていた。
そして最初の約束に 学校内を案内すると言うのがあり、それを果たした時にはもうすっかり空はオレンジ色に染まりかけていたんだ。
『本当に楽しかったよ。……今日は本当にありがとう。2人とも』
『はい。現実の世界でこんなに穏やかになれた事も、胸が躍る気持ちになれた事も……本当に久しぶりでした。ありがとうございます。アスナさん。レイナさん』
丁度ベンチに腰掛けた時に、不意に2人からの感謝の想いを、真剣なそれを訊いて、反射的に明日奈も玲奈も明るい声で答えた。
「これくらいお安い御用だよ! 先生も毎日きていいって言ってたからさ」
「そうそうっ! 楽しくって疲れちゃったーって言っても連れていくからね? 休んじゃ駄目だよ?」
自分達が毎日、こんなに幸せで本当に良いんだろうか、とついつい頭の中で思ってしまう。思う度に、笑顔で迎えてくれた皆の顔も同時に浮かぶ。『今まで頑張ってきたご褒美だと思って』と口をそろえて言ってくれている。
それを思い浮かべる度に、ランとユウキはこれからも前を向いて頑張っていこうと心から想えるんだ。それに、まだ終わった訳じゃないんだから。……まだまだ、病は自分達の傍にいるから。最後の最後まで気は抜けないから。
「それにねー、私今決めたんだ!」
「ん? 何が?」
『『え??』』
玲奈は、さっと立ち上がって宣言をする。ユウキやランは勿論の事、明日奈も何の事か判らなかったから首を傾げた。玲奈はくるりと振り向くと 笑顔を見せながら言う。
「今日はとことんまで皆とあそぼーっ! って思ってるの! 皆ともっともっと一緒にいたいからさ。だから 何処か他に見たい所とか、行きたい所無いかな? あー、流石に校長室~とかは無理だけどさ。何処へでも行くよー」
玲奈は指をぴんっ と立ててそう言うと、明日奈も同じようなことを考えていたのだろう。同じく笑顔になって立ち上がる。
「そうだね。全速全身。何処へでも行くよ!」
明日奈も玲奈ものってこれた。
その事が嬉しくて嬉しくて、涙が出そうになるのをどうにか笑い声だけで誤魔化した後に、ユウキとランはしばし沈黙した。軈て意を決したのか おずおずと声が出てくる。
『あ、あのね……。一カ所だけいって欲しい所があるんだ』
「うん! いいよー。ユウキさん。あ、ランさんも行きたいトコ、言ってね? どっちか1人だけ~なーんて事言わないからさ」
あははは、と笑いながら、今にも行動しそうな玲奈に明日奈が軽く指を当てる。
「こーら、まだ何処か聞いてないでしょ? 先に場所聞かないと」
「あ、あははは…… そーでした」
ぺろっ と舌を出して苦笑いする玲奈。そして、ランも少し遅れて声を出した。
『大丈夫、です。私が行きたい場所…… ユウと全く同じですから。あ、先ずは確認をしないと……』
ランは一呼吸を置いて、続けた。
『その……学校の外でも大丈夫でしょうか?』
『ぁ……! そ、そーだった。そこ先に言っておかないとだった……』
ばつが悪そうに、肩をすくめてる姿が目に浮かぶとはこの事だろう。多分、ランに『うっかりし過ぎだよ?』と軽く注意をされてる姿も目に浮かんだ。
「外……」
「んー……」
明日奈と玲奈は少しだけ考える。
玲奈は、とことん付き合う! と断言している以上、校内でも外でも全然問題はない。……でも、確認してなかったのは プローブのバッテリーの事だ。時間があまりにかかるようなら、充電を考えないといけないし、携帯充電器もどうにかして確保しないといけないから。
でも、その心配は杞憂だった。
明日奈の方が先に確認を済ませた様で、軽く玲奈にウインクをしたから。
「うん。大丈夫だよ」
「だねー。あ、でも携帯のアンテナがある場所じゃないとだけどさ?」
『ほ、ほんと!?』
『あ、ありがとうございます……』
2人に喜んでもらいたい。毎日を充実させてもらって、少しは戦う事の糧になりたい。病は気から…、環境は最高に整ったとは言え、まだまだ万全を喫する事が大切だ。SAO時代でもそう。限りなく100%の情報を集め、犠牲者が0になる様に最善を務めた。それと同じだ。
……2人には心から笑顔になってもらって、頑張ってもらいたいから。
軈て、ランはゆっくりとした口調で少し申し訳なさが含まれた様子でつづけた。
『あの…… 少し遠い場所になるんです。横浜の、保土ヶ谷区、月見台と言う場所にまで……お願いします』
勿論、二つ返事でOKだった。
この学校のある西東京市から、中央線、山手線、東横線と乗り継いで、皆で横浜市保土ヶ谷区へと向かった。流石に公共機関の利用の際は 大きな声を出したりはしなかったが、それ以外の路上ででは周囲の目を気にする事なく、話し続ける。
よくよく考えたら、玲奈と一緒だから 傍から見てもぱっと見2人で話してるとしか思えないから大丈夫だとは思った。
そして、指定した場所は多分2人にとって所縁のある場所だったのだろうけど、3年もの間の入院生活でやっぱり周囲の状況は変わっているらしく、2人が興味をもったものには皆近くまで寄って判る範囲ではあるが解説も加えた。
そんなのんびり小旅行気分でだったから目的地まで付くまでには相当時間がたってるみたいで、ロータリー中央にたつ大時計の針はもう5時を回っていた。濃い朱から紫に変わりつつある夕日の空を仰ぎつつ、目的地へと足を進める。
風景は勿論、冷たい空気の味までも東京都は随分と違う様な気がするのはきっと気のせいじゃないだろう。
「綺麗な街だねー、ユウキ、ラン。空がすごく広いよ」
「今日は晴れててよかったね。もう星や月が見えてるし、絶対に綺麗だよー」
明日奈や玲奈の明るい調子を他所に、ユウキとランの2人は済まなさそうな声で返事をした。
『うん…… でも、ごめんね。ボクたちのわがままのせいで、こんな遅くまで……』
『はい……。夢中になり過ぎてしまいました。……お家の方は大丈夫でしょうか? 可能名のであれば、私もお詫びを……』
最後まで言わせまい、と思ったのは明日奈と玲奈。
「へーきへーき! 遅くなるのはいつもの事だもん」
「そーだよ。それに、言ったでしょ? とことんまで付き合うからってさ?」
実際の所……明日奈は勿論のこと、玲奈も夕食の制限に遅れた事などほとんどなく、またその場合母親の起源が大いに損なわれる事は言うまでもない事だ。ランがお詫びを……と言ってくれたが、どうしても合わせたくない。母親を前にした時、明日奈は萎縮してしまう。そして、玲奈は感情が高まり、爆発してしまったあの時からどう接して良いか正直な所判らなくなってしまったから。
でもだからと言って無断で良い訳はないから、明日奈と玲奈は携帯端末を取り出した。
「「ちょっとメールさせてね」」
同時のやり取り。息の合った2人の操作を見て 軽く笑うランとユウキだった。
メールの送信を終えた2人は気を取り直した。
「よっし、これでOK。それで皆。行きたいところってどこ?」
「これで大丈夫だから心配しないでね?」
『ありがとう。……えっとね、駅前を左に曲がって、二つ目の信号を右に……』
ユウキの説明を訊き頷いて明日奈と玲奈は歩き始める。
駅前の小さな商店街をユウキのナビゲーションに従い通り抜けていく。ユウキとランは、その商店街を……、通り過ぎていくパン屋や魚屋、郵便局や神社の前を通るたびに、懐かしそうに一言二言呟いていた。軈て住宅地に入っても、大きな犬のいる家や、立派な枝ぶりの楠撫でに目をとどめては嘆声を上げる。
もう、ここまで来たら言われなくても判る。ユウキ達が行きたい場所が……。
軈て正面に見えてきた。白いタイル張りの壁を持つ家がひっそりと建っていた。
『……………』
言葉は少ないただただ、目の前で感じる様に 例えこの場には本当の意味では来ていな意かもしれないが、それでも 慈しむ様に じっと見据えた。
「ここが2人のお家……なんだね」
「素敵なお家……」
そっと左手の指をプローブのアルミ部分に添えながら明日奈は囁き、玲奈はそのままの感想を口に添えた。
『うん。……もう一度、みられるとは思ってなかったよ』
『……そう、だね』
白い壁、そして緑色の屋根の家は周囲の住宅と比べると少し小さめだったが、その分たっぷりと広い庭を備えていた。芝生には白木のベンチ付きのテーブルが置かれ、その奥には赤レンガで囲まれた大きな花壇が設けられている。
しかし、テーブルは風雨にさらされて色を喰済ませ、花壇もただ黒土に枯れた雑草がちらほら生えているだけだ。両側の家の窓ガラスからは、団欒の暖かなオレンジ色が零れているのに、この家の窓は全ての雨戸が占められて、生活の気配は全くない。
それも当然だろう。如何にまだ活動範囲があるとは言え、それは病院内での話だ。完全な医療設備の整った環境でなければユウキやランには難しい。小さな病院はこの近くにもあったが、そこで対応しきれるとは思えない。
そして、ユウキとランの両親はもう……。
『ありがとう。アスナ……、レイナ……。ボクを此処まで連れてきてくれて』
「……中に入ってみる?」
『いえ、大丈夫です。……もう一度、この家を見られただけで、本当に満足なんです。楽しかった思い出が、目の前に浮かんできます。今でも……鮮明に』
もう 日も暮れる時間帯。見えにくくなっていると思えるが、2人の目にはしっかりと当時の光景が蘇っているのだろう。今は風雨にさらされて傷んでいるテーブルや椅子に座り、或いはこの広い庭を思いっきり走り回ったり……。きっとそんな光景が。
『ほんの一年足らず……だったよね? 姉ちゃん。この家で暮らしたのはさ』
『ええ。……でも、昨日の事の様に思い出せる。そう、でしょ?』
『うん。いつも姉ちゃんと走り回って遊んでたよね……。あのベンチでバーベキューしたり、パパと本棚作ったり』
2人の思い出話を訊いて、明日奈と玲奈は胸に響くものがあった。
自分達の家は……裕福、富裕層だって言って良い。紛れもない事実。でもそれが良かったなんて本当の意味では思った事なんてない。
自分達の家にも広大と言って良い程の庭園があった。でも、そこで遊んだ記憶なんて無いんだから。主に勉強をして、将来を見据えて……幼き日からそう教えられて過ごしてきた。玲奈と一緒に遊んだりする事は当然あったが、あまり激しくすると服が汚れてきつく怒られてしまうから 滅多な事は出来なかった。
だから、ユウキたちの家族の思い出は深い憧憬を伴って胸に響いてきたんだ。
「じゃあさ。こんど22層の私かお姉ちゃんの家でバーベキューやらない?」
不意に玲奈が声をかける。
もう、失ってしまったものは 元には戻らない。なら、自分達に何が出来るだろうか。
そう――未来になる事。楽しい事を、新しい思い出になることを沢山する事だ。
『わ、それいいねー! すっごく楽しみ!』
「レイ、ナイスアイディア! バーベキューパーティーだね。わたしの友達も、シウネーたちもみーんな呼んで盛大にやろうよ」
『ふふふ。私もとても楽しみです。あ……準備はしっかりとしないといけませんね? ジュンやタルケン達が『まいった』と言うくらいは』
「えー、それってあの2人がそんなに食べるって事??」
『あははははっ。うん。むっちゃくちゃ食べるよー。あの身体の何処に入るのー? って思っちゃうくらい。四次元空間ってヤツだね』
あはは、と笑いあった後、再び家を視線に戻してゆっくりとつぶやいた。
『今ね……、この家のせいで親戚中大揉めらしいんだ』
不意に呟いたその言葉には、寂しさを滲ませられていた。
いつもなら、ユウキには言葉足らずな所があるから 直ぐに補足にランが付け足して……と言うのが基本だったが、この時ばかりはランは遅れていた。だが、直ぐに口を開く。
『その、ここを取り壊してコンビニにする。更地にする。貸家にする、等上がっているそうです。私達の財産……と言う事になってますが、管理費や維持費等金銭的な問題もあって、それなら親戚の人達が有効利用した方が有意義だと。何度も説得に来られました。……それに遺言も書け……とも』
その重すぎる言葉に思わず息を止めてしまう。
人の心が無いのか? 思い出まで踏みにじる様な事をするなんて、そんなことをする親族がいるなんて……と 強い憤りも感じたが、完全に否定する事が出来なかった。
何故なら 正確には身内ではない……が、自分達にも心当たりがあるから。人の心を弄ぼうとした男がいた事を。
『だよねー。あの手この手で躱して躱して~ ってやっちゃって、結構怒ってたもんね? あのお姉さん』
そんな中、ユウキは陽気に笑っていた。
話の内容が内容だけに、心が痛む案件だと思っていたのに それでもユウキは笑っていた。この子達には そう言う強さもあったんだ。だからこそ、ここまで強くなる事が出来たんだ。……奇跡とさえ思える事まで呼び込める程に。
『病院に頻繁に来られた時は流石に参りました。周りの先生方にも迷惑になってしまいますし……』
『うんうん。……もうそろそろ根負けしないとかな、って思っちゃってるんだ。ボクとしては嫌な事だけど…… 間違えてる事、言ってないから』
笑い声からユウキは寂しそう声へと変わる。
家を有意義に使う事。金銭的に考えてもユウキ達の援助に多少なりとも回せるかもしれない。自分達の利益を第一に考えているとは思うのだが、その返還がユウキやランにもあると言うのであれば…… 確かに間違えてはいないかもしれない。病気と闘い続けるのにはどうしても金銭面は必要だから。
『……だから、かな? 姉ちゃん』
『うん。最後にこうやって見れる事が出来て良かった』
悔いはない……と聞こえるが、どうしても寂しく感じる。
だから、その思いを払拭させる為に、陽気に、明るく明日奈は言う。
「じゃあさ、こうすれば良いよ」
『『「え?」』』
明日奈の言葉に、ユウキやランだけでなく、玲奈も首を傾げた。そんな皆を見て明日奈は更に笑顔の質を上げる。
「2人は今15歳……だよね。16になったらさ、好きな人と結婚するの。ほら、そうすればきっとこの家を……いや、家どころじゃないね。2人の事もずーーっと守ってくれるよ……」
無茶を言っていると言うのは判る。
2人に好きな人がいるとすれば、スリーピングナイツのメンバーか 若しくは……。
明日奈は若干冷や汗が流れる。ユウキは兎も角、ランは 何処からどう見ても 想い人が判るから。
沈黙は一瞬だった。その後すぐに あはははは と笑い声に変わったから。
『あはははは! あ、アスナ凄い事考えるねぇ! なるほどー、それは思いつかなかったよー』
『ふふふ。そうですね。守ってもらえる……と言うのは くすぐったくって、とても心地よいものです』
一頻り笑った後、ユウキはにやっ と笑った。……いや、にやっ と笑ってるのが判ったと言うのが正しい。
『でもさー、もし そー言う行動を頑張ってしちゃった時にはー、大変な事になっちゃうんじゃないかなぁ? 姉ちゃん?? えっと、しゅらば、って言うのかな? かな??』
『………っ』
「……あぅ」
ランの想い人の事。それくらい判る。この場で鈍感な者は誰一人としていない。そもそも、『鈍感』と言う言葉が似合うのは、自分の住む世界ででは、2人にしか使っちゃいけない? ものだと認識しているから。
軈て、声色こそ変わっていないものの、果てしなく冷たい言葉が冷気と共に流れ出た。
『……ユウ? あまり調子にのっちゃ……』
何処の魔王様の降臨だろうか? と思ってしまう程の暗雲漂う妖気。それを間近で感じ取ったユウキは颯爽と掌還しだ。
『ひ、ひぃっ!! ね、ねーちゃんごめんなさいっ!! じょ、じょーだんですっ! あ、レーナも冗談だからねぇー!!』
「う、ぅぅ……、わ、わかってるもんっ……」
『す、すみません…… 玲奈さん』
「わ、判ってるってば。……そ、それに 好きになるのって理屈なんかじゃないんだし……、心にびびっ と来るのが最初なんだし……」
両手を合わせてもじもじしてる玲奈を見て、明日奈は穏やかに笑いつつ、全員を包み込む様に抱きしめた。
「わっ」
「ふふ……。なんでだろうね。皆なら、皆と一緒なら、きっと良い結果になる。そうとしか思えなくなっちゃった。……色々と不安があっても、さ?」
『……えへへ』
『そう、ですね……』
未来はどうなるか判らない。誰にも、それは判らない。
だけど…… 矛盾してるかもしれないけれど、はっきりと見えた。きっと、大丈夫だと。全て、上手く行くと。
そして――そう強く思った。全員が同じく思ったその時だった。
「―――あれ? 明日奈に玲奈? どうしてここに?」
聞き覚えのある声が聞こえてきたから。
まるで、見計らった様に……天から神様でも降りてきてくれたかの様に。
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