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嗤うせぇるすガキども

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これが漢の戦車道 ③

 
 
 
 
 
「あとはスタ公だけか……。よし、操縦手。
 180度旋回、時速28キロきっかりで逃げろ」

 またまたバケモノ戦争親父が変な指示を飛ばす。
 重戦車相手にケツ向けて逃げろなんて、オカマ掘ってくださいと言うのと同じだ。
 普通ならば……。

「あっ、逃げる。
 ドライバー! 全速で追跡!」

 しかし遠距離狙撃に自信のなかったスタ公の車長は、装甲の優位を信じて接近戦を指示する。
 それこそが戦争親父の狙いだとも知らず。

「ガンナー! 何を呆けているの!
 しっかりしなさい!!」
「え? あ、すみません」
「敵は目前よ! 急速停止。同時に発砲!」
「り、了解」
「停止!」

 スタ公の車体前部が深く沈み、尻が持ち上がる。
 それが、戦争親父が待っていた瞬間だった。

「操縦手、全速! スピンターン180度」

 操縦手がギアを一気に1速までダブルクラッチしながら落とす。
 同時に左操向レバーだけを引ききって、アクセル全開、乱暴にクラッチをつなぐ。
 ホラー号は、まるで左履帯の先端に軸でもあるかのように回る。
 180度回りきる直前で、操縦手は引いていた左レバーをスパッと戻す。
 そのまま、スタ公とすれ違うようにダッシュ。後ろにでたところでもう一度スピンターン。
 そのものすごいGのなかで、装てん手は笑って次弾を保持していた。
 すでに標的の位置に当たりを付けていた砲手は、照準器を微調整しただけでスタ公を捕捉。

「うしろの正面だぁれっと。やっちまえ!」

 12秒間に放たれた3発の砲弾は、2発が車体後部に命中。
 ドイツ戦車と逆の向きに傾斜がついているスタ公は、撃ち降ろされる形になった徹甲弾を直角に近い角度で受けてしまう。
 ソ連戦車に共通の弱点を突かれたスタ公は、あっさり白旗を揚げてしまった。



 直径5kmの巨大なコロッセオの内側、一辺2kmの正方形がバトルフィールドになっている。
 そのフィールドは、アクリル樹脂とポリカーボネイト、ポリウレタンの積層構造をもつ
厚さ50cmの防弾透明樹脂板で囲まれている。

 ホラー号が1両で5両を食ったのとは反対側の辺では、残り5両の女性軍が男どもに
砲撃戦を仕掛けていた。

「素人め! 間合いが遠い。かな」

 男どもは昼飯の角度で、1,800mかなたから撃ち出される2ポンドや37mmがこちらに向かって飛んでくるのを、笑いながら眺めている。

「マチルダさーん、か。
 正面だけは堅いからやっかいだねえ」

 などとほざきながら、ゲラゲラ笑う男たち。
 相手が格の違う相手を前にして、いきなりトリガーハッピーになったのを面白がっている。

「んじゃ、そろそろガールズを教育してやりますか」

 連中はあの程度の砲撃なら、至近でもかわす自信がある。
 なにしろ1両に1人は、プロを引退した老兵が混じっているのだから。

「今日の相手には、プロ上がりがいねえ。
 つまんねーな」

 彼らの中でも長老格がつぶやく。
 この世界はオートレースと同じで、50歳以上の現役選手がザラにいる。
 女で彼らを倒せるものは、現役で脂ののりきった全盛期の女子プロ選手しかいない。
 それは観客を含めて、皆の共通認識だった。

 4両の野郎戦車は、時速20キロで「間合い」を詰め始める。
 ようやく数発の敵弾が彼らに命中するが、2ポンドや37mmなら1,000mでも安全距離だ。

『おい、こっちが片付いたから手伝ってやろうか?』

 ホラー号からの通信だ。
 戦争親父が「手伝った方がいいか?」と聞いてきたのだ。

「今日は十分食っただろ? 俺たちの戦果をとるなよ」
『わかってら。なに、横合いの林から榴弾で援護射撃してやろうと言うんだ』
「それはありがたいねえ。1,000mに近づくまで頼むわ」



 ガールズの方は、とうとうスターリンが倒されて分遣隊5両が全滅したのを知って、顔面蒼白になっている。

「何ですって? 1両相手に全滅……」
「格が違いすぎるわ、ホラー号なんて」
「だからスターリンとクルセイダー4両を割り振ったのに……」
「もう白旗上げようよ……」

 戦車道では自軍が極端に劣勢になった場合、投了の手段として手旗の白旗が使える。
 それは鹿次がいた方の地球上における戦車道でも同じだ。

「だめよ、白旗使ったらファイトマネーが減額されるわ。
 それに観客を楽しませるのもプロの仕事でしょ」

 お金の話になると、目の色が変わる。
 どこでも女という生き物は、現金な連中のようだ。
 そこに、ホラー号の放った榴弾が降り注ぐ。

「きゃああぁあ!」
「ホラー号よ! ホラーよ!」
「逃げよー! 逃げよー!」
「でもどこに逃げるのよー」

 ホラー号は女性軍から500m離れたブッシュのなかにいた。
 キューポラから半身を出したバケモノ車長の戦争親父が半ばあきれていた。

「なんつー醜態だよ。お、1両だけ腹の据わったのがいるねえ」

 それは、さっきファイトマネーのことを思い出した車長が駆るマチルダⅡだった。
 せめて勇名轟くホラー号を倒して、ファイトマネーの増額を迫るつもりのようだ。

「でも、10発撃ったら、1発は当てて見せろよ。
 照準器の使い方、忘れたのか?」

 そう、まるで距離修正がなっていない。敵弾は頭上か足元にしか飛んでこない。
 一方で掩護は有効だったようだ。予定より早く味方からの通信が入電する。

『おい、戦争親父。
 1,000mまで進出した。もう掩護はいいぞ』
「だとよ。全員これからお昼寝タイムだ」

 そして、ホラー号は全員そろって、いや、鹿次をのぞいて居眠りを始めてしまった。
 鹿次はひとり、気が気ではなかった。

「本当に、大丈夫かよ」

 まあ、戦度胸の問題だろう。
 もう見切っているといってもいいかもしれない。
 それにすでに彼らは敵軍の半分を食っている。






「よーし。これで終わりだな。
 弾種高速。目標マチルダⅡ!」

 2両のシャーマンは高速撤甲弾を、ラム巡航戦車は6ポンド用特殊徹甲弾を装てんする。
 狙うは、3両のマチルダⅡ。スチュアートはアウト・オブ・眼中だ。

「これじゃ射的遊びでしかねーな」

 砲手たちはみな、1,000mなら直径2mの円の中に当てることができる連中ばかりだ。
 そしてシャーマンでも2ポンドくらいの豆鉄砲は防ぐことができる。
 可哀想なシャーマンは同時期にティーガーがいたことと、指揮官に恵まれなかったせいで「ザコ兵器やられメカ」の代名詞になってしまったが、エイブラムズのような優秀な将軍に率いられれば、数を武器にドイツ戦車をタコ殴りにもできるのだ。
 ……そんな装甲指揮官は、エイブラムスしかいなかったというだけの話だ。
 いま、彼が理想と思ったろうアメリカ戦車に、彼の名前がついている。
 その戦車は砂漠からわらわら湧いてきたT-72Mという粗悪兵器を、まるでティーガーの再来のようにボコボコにたたきのめしたのだった。
 
 彼我の距離が1,000mを切ったところで、3両の中戦車は昼飯の角度で停止した。
 ウスノロのマチルダⅡがいくらのそのそ回避運動をしていても、偏差射撃の必要もない。
 砲手たちは車体の動揺がおさまるのを待って、一呼吸おいてから一斉に撃った。
 3両のマチルダⅡが瞬殺され、T-50が満を持して2両の絶賛パニック中のM5A1に襲いかかる。
 そしておいしくいただこうとする直前に、主審のホイッスルが鳴りひびく。
 時間切れだ。
 T-50は、まったく戦果なしになってしまった。合掌。



 今日のファイトマネーは参加均等割10万円+戦果賞金の配当になった。
 重戦車1両、巡航戦車4両を食ったホラー号は、チーム賞金500万円となる。

 戦争親父が、日本中央競戦車会の競技用事務所から、賞金の入った封筒を持って帰ってきた。
 初めての賞金に、わくわくを押さえきれない鹿次。
 戦争親父がまず自分の分の金を懐に入れ、順繰りに僚友たちに賞金の分け前をわたす。
 そしてなぜか、鹿次には一銭もくれなかった。

「車長。俺の分の賞金は?」
「お前はなぜか賞金が差し押さえになっている。
 まず半額の5万円が、そっちに供託された。
 それから社会保険料、源泉徴収、寮費、食費を引いたらマイナス1万円だ」

 そうだった。悪魔どもに賞金の半額を分ける約束だった。
 いまのいままですっかり忘れていた鹿次だった。

「払え」
「うっ……」
「といいたいところだが、俺が代わりに払ってやったから恩に着ろ」

 ちょっと待ってと、鹿次は言いたかった。
 だって、戦果割りの賞金が500万円あったでしょうよ。

「あの、それじゃ俺10万しかもらえないんですか?」
「そうだ、副操縦手は戦果割り無しだ。ド新人なんだからよ。
 4人乗りの戦車なら、おめえの席なんかないんだぜ。
 乗れるだけでも感謝しろ」

 それだけ言って、戦争親父はドスドスと歩き去っていった。
 そして今日の終業整備は、鹿次一人でやることとなっていた。
 あとの4人は、賞金をふところに、飲みに繰り出していった。



 鹿次がひとりで戦車の点検をしていると、ニコニコ社長がやってきた。

「やあ。初陣の感想はどうでしたか?」

 鹿次は、元気なくうなだれて、今日のいきさつを話した。



「まあ、しょうがないですよ。誰でも通る道です。
 戦果をあげて、早く偉くなってくださいね」
「……ひとつ、聞きたいことがあるんですが」
「なんですか?」

 あんなボロクソ負けを喫した女子側は、どれだけ賞金がもらえるのだろう。
 ぜひ、全然もらえないという答えが聞きたかった鹿次に、社長は冷酷な事実を告げた。

「えーとね。参加だけでひとり百万円。撃破されなければチーム全体で一千万円。
 ただし女子側が無気力試合を宣告されたら、男女とも賞金なしだよ」

 なんなんだ、その扱いの差は。
 思わず怒り心頭で鹿次は社長に詰め寄る。

 不意に社長の顔から笑みが消え、三白眼の仁王様に変貌した。
 そしてドスの利いた声で、噛んで含めるように語り始めた。

「テメエ、ざけてんじゃねえぞ。
 アダルトビデオだって女優のギャラは百万単位、だが男優は数万円だ。
 そんだけおひねりはずまなかったら、女子が男子と戦うわけねえだろ。
 客だって、女子戦車乗りがかわいらしくやられるところが見てえんだ。
 寝言はクソして寝てからほざけ」

 そして鹿次は社長から顔面をグーで殴られるというボーナスをいただいた。






 そうこうして、鹿次もすでに何試合かこなした。
 あまりにも女子がふがいないので、鹿次は「こんなものにあこがれていたのかな」と疑問を感じ始めていた。

 しかし、彼に関してだけは、そうは問屋が卸さなかった。



 その日、戦争親父は久々にキャンプに来た梵野社長と何かこみいった話をしていた。

 午後になって戦争親父は、梵野社長をともなって皆の前に姿を現した。

「お前ら、今日は社長からありがたい話を聞いた。
 つきの興業はスペシャルマッチだそうだ」

 梵野社長が、その話の続きを語る。

「つまり、胴元さんたちから一方的すぎて波乱がないから、女子プロ二軍補欠の選手たちと戦わせてみたらどうか、というオファーがありましてね。
 殲滅戦で、制限時間は特別に6時間。賞金は3倍ですが負けたら罰金1チーム百万円です。
 一応この話につきましては、拒否することもできます。
 で、どうでしょう皆さん。やってみますか?」

 当然常勝無敗のホラー号のクルーに、否はなかった。
 むしろ「二軍の補欠? 歯ごたえねーじゃんか」とか思っていた。
 もちろん鹿次も……。






 ついに、そのスペシャルマッチの開催日がやってきた。
 会場はC県F市のN山コロシアム。格式はT1。
 テレビ中継付きであり、勝戦車投票券は日本全国で購入できることとなった。

 賞金3倍。それだけで鹿次の胸は高鳴る。
 ホラー号の面々は、意気揚々と愛車とともにパドックにのぞむ。

「どんな連中かな? すこしは骨のあるヤツらならいいが」

 鹿次も言うようになっている。
 しかし、そんな余裕ぶっこきの態度は、相手チームの面々を見たとたんどっかに消える。

「あ~~~~~~っ!」

 しかし鹿次は、その続きを言うことができなかった。

『Be quiet』

 そんな声が頭の中に響いた瞬間、鹿次は声を発することができなくなった。
 必死に口をぱくぱくさせる鹿次だったが……。

「お前、何やってんだ?」

 戦争親父には、鹿次が何に焦っているのかまったく分からなかった。

(つづく)
 
 
 
 
 
 
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