嗤うせぇるすガキども
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これが漢の戦車道 ②
「やあ、あなたが黒木さんですね」
魔方陣の光が消えたあと、鹿次は新宿歌舞伎町にある「梵野興業株式会社」なるビルの前に立っていた。
二匹の悪魔はなぜかおらず、代わりに小柄で小太り、髪の毛をビジネスマン風になでつけたいつもニコニコしていそうなほど笑顔の似合う、スーツを着たお父っつぁんが立っていた。
だが、鹿次は、なぜがその人好きのする人物の目が三白眼になり、着流しの姿になって自分が日本刀でいきなり斬られるような幻覚を見た。
「ああ失礼。私はこういうものです」
お父っつぁんは、鹿次に名刺をさしだした。
それには「梵野興業株式会社代表取締役 梵野兵太朗」と書かれている。
ここの社長だった。
「まあ、中に入ってください。
君にはこれから戦車に乗ってもらわなければならないからね。
登録手続を済ませたら、すぐキャンプに行きましょう」
どうやら社長さんは、鹿次が来るのをみずから外で待っていたようだ。
しかし、人好きがするのは社長だけだった。
重役たちは、グラサンかけた百戦錬磨の雰囲気のただようおっかなそうな壮年、
やはりグラサンで坊主頭で迫力満点の巨漢、そして痛覚というものをどっかに忘れてきたような恰幅の良い人物。
社長の背の低さと腰の低さと良い人オーラがかえって引き立ってしまう。
「ベテランの一人が重い病気になって、引退しなければならなくなってね。
うちとしては黒木君の話は渡りに船でした。
よろしくお願いします」
鹿次のサインだけが入っている契約書2通を渡された社長さんは、ニコニコしながらそれを
受け取って、自筆でサインして社印社判を捺印すると、1通を鹿次に返した。
これで契約成立だ。
鹿次は、びびりながらそれを受け取った。
もちろん重役連も怖そうだったが、社長の「良い人オーラ」の後ろに見える、なんかすごく血なまぐさい雰囲気の方が恐ろしかった。絶対何人かあの世に送っていそうだ……。
それから、おそれおおいことに社長みずからベンツを運転して、鹿次をギャンブル戦車乗りの訓練と生活の場である、「キャンプ」と呼ばれる選手村につれていった。
おそらく寮であろう建物を通り抜けて、戦車を納めているであろうピットが建ち並ぶ一角に向かっている。
「君の部屋は、あとで寮長に案内してもらいます。
荷物一式はもう届いていますよ」
向こうの地球の、鹿次の部屋にあったお荷物は、悪魔のお嬢ちゃんがワープさせたらしい。
鹿次は、エロ本コレクションを見られたのではと心配したが、中身は4,000歳の婆様だったと思い出して、どうでもよくなった。
「つきましたよ。
欠員が出たのは、このピットのなかにある戦車のチームです」
社長がベンツのハンドルについているリモコンボタンを押すと、戦車格納庫のシャッターが自動で上がり、中にはどうやらE8らしいシャーマンがあるのが見えた。
ベンツはそのまま格納庫の中に入っていく。
鹿次は、そのイージーエイトの砲身に白文字で「horror」と書かれているのを見た。
庫内のドラム缶やジェリカンには「軽油:火気厳禁」と書かれている。
おそらくシャーマンのなかでは唯一ディーゼルエンジンの「M4A2」がベースなのだろう。
二人はエンジンを止めたベンツから降りた。
社長が乗員らしい集団のところにいって、なにやら話している。
鹿次は戦車を見てぼやいた。
「なんだかなー。シャーマンの量産型もいいところじゃないか……」
「おい、おめえ。
ギャンブル戦車道では男チームはティア5までの戦車にしか乗れねえって知らねえのか?」
鹿次が後ろを振り向くと、そこには変態がいた。
身の丈195cm。もはやボディービルダーのようなガチムチの肉体に、赤いマントと赤ふんどし、赤い安全靴だけを身につけ、銅のさび色の長髪を首の後ろで無造作に結んだ鬼のような顔。
「俺がこの戦車の車長だ。これからは『戦争親父』と呼べ」
「戦争親父」は、鹿次に自分たちの興業について説明してくれた。
「対戦は男チーム5両対、女チーム10両の殲滅戦で行われる。時間制限は2時間だ。
女チームは車両のティアに制限はない」
それって、すでにハンデの域を超えてるんじゃないか。と鹿次は思った。
それで勝てるのは八百万の神々や世界中の軍神から加護を受けてるあんこうチームだけだ。
もっとも鹿次がそう思ったのは、女が戦車を動かすところしか見たことがないからでもある。
「知ってんだろ? それでも俺たちは勝ち越すんだよ。
女子プロチームの一軍相手ならガチ勝負になるかもしれねえがな。
そんだけ女ってのは生物として弱い。
下手に高いティアの戦車なんか乗ったら、装てん速度がすぐに1分間に2発とかになる。
まあ、乗車前整備で半分くたばってるからな。
ガスアモ搭載は、俺たちにとっちゃ準備運動だがな」
女であっても基本となることは、乗員自らやらなければならないのは現役戦車兵と同じだ。
当然始業点検や、履帯のチェック、エンジンまわりも同じだろう。
「で、機械に弱いから、調子の悪いところもわからんし、整備も雑だ。
だから履帯切断とか、オイル劣化でエンジン壊して自滅とかもよくある。
サスペンションなんか動きの渋い戦車ばかりだ」
更にいえば「戦い」に関係するのはフィジカルだけじゃない。
「その上士気が低い。すぐにへこたれたりパニックになったりする。
作戦能力も低い。囲碁将棋でも女流はワンランク下だろ。
女子スポーツでも監督やコーチはたいてい男だ」
はあ、いわれてみればそうだなと、鹿次はいまさらながら気がつかされた。
「しかし、戦車道の試合には、他のチームスポーツのような監督もコーチもつかない。
全部乗車中の隊長が決めなければならない」
それなら何も心配することはないだろう……。
鹿次は、初めて戦車に乗ることへの不安が雲散霧消した様な気がした。
戦車に乗りながら賞金ガッポガッポ。彼の未来は明るい……。
戦車のメンテはほとんど3K労働だが、派遣でその3Kばかりやってきた鹿次には
別にどうということはなかった。建機の知識もあったことがさらに有利に働いた。
日々の肉体強化も、ガチプロとちがって学校の体育実技が普通にこなせればついていける。
おかげで、短期間ですっかりたくましくなってしまった。
しかし、試合がなければファイトマネーがもらえない。
鹿次は、デビュー戦を一日千秋の思いで待っていた。
もともと資質があったのか、鹿次が練習生だった期間はわずか2週間だった。
取締役会でも人気の「ホラー号」を試合に復帰させてはどうかと提案され、了承が得られた。
そして、いよいよデビュー戦の日がやってきた。
今日の会場はS県S市の中心にある「殺死阿夢コロシアム」というコロッセオだった。
いま彼らは競馬場でいう「パドック」のような場所で観客に品定めされている。
男子チームは梵野興業所属のホラー号含めて定数の5両。
もっとも強いのはイージーエイトのホラー号。あとはシャーマン短砲身。
あえて低ティアのラム巡航戦車やT-50などの50mmクラスで出てきたつわものもいる。
「ティア5までは許されるのに、なんでわざわざ弱いので出てくるんすかね?」
わざわざ舐めプレイしなくてもいいだろうに。と鹿次は思う。
「ああ、知らなかったか。ティアを1つ下げるごとに、出場料と賞金が倍額になる。
俺は勝つこと優先だから下げない。それでも年間賞金王だ。俺たちはな」
車長からそういわれた鹿次は、ますます根拠のない自信に満ちあふれるのだった。
まあ、今回はそれでもいいだろう……。
女子チームはといえば。
選手どもは女子プロと比べるまでもなく華奢な鍛錬不足がはっきりわかる体付きで、さっきまでキャピキャピ騒がしかったのが、ホラー号の怪物車長を見たとたんびびったようだ。
戦車は、せっかくティア制限がないというのに重戦車はスターリン3が1両だけ。
あとは、クルセイダー4両、マチルダⅡが3両、M5軽戦車2両という編成。
「車長、ティア制限がないのに、なんであんな情けない編成なんすかね」
腕と戦術で勝てないなら、せめて戦車ぐらい固いの持ってくればいいじゃんというのはいつわらざる感想だろう。
毎回こうなら、男にハンデ負わせなければ、賭け自体が成立しない。
「砲弾だよ。このゲームに出てくる女選手で、ぽんぽん75mmを装てんできるのはいない。
5発も装てんしたらへたばる。
全国クラスのアスリートでもないかぎり、女って普通そんなもんだ。
だからせいぜい主砲50mm級の戦車しか持ってこれん」
そりゃそうだ。工事現場だって野郎しかいない。
体力筋力で男女が対等なら、もっとガテン女子がいてもおかしくない。
しかし、歴史上記録の残っているガテン女子といえば、女実業家の広岡浅子ぐらいだろう。
男より石炭を掘りまくったそうだ。
鹿次のポジションは副操縦士という実質通信手。
本来なら無線だけでなく車体機銃を撃つお仕事もあるが、戦車道の試合では歩兵がいないから無用の長物だ。
そこから次は装てん手。さらに操縦士か砲手を経験し、最後は車長になる。
オッズも決定し、各車がコロッセオの端にある「ゲート」におさまる。
ますます競馬のようだが、これはチャリオット競争の頃からの伝統らしい。
塔に登った審判長が旗を振るとゲートが開き、各車が戦場目指して出撃する。
男子チームはすぐに散開する。
もしまとまって進撃したら女子チームがかかってこない「無気力試合」になりかねない。
没収試合になったら、金にならないのだ。だから各個撃破の可能性を見せる必要がある。
主催者控除のあと残った残金だけ返金してばかりいれば、客が来なくなる。
投票券を購入して賭けに参加するのは他のギャンブルと同じだが、勝ち側を予想する単純なものから、勝車を予想するもの、もっともオッズが高いのは、当然試合終了時に残存している戦車を全て的中させるものだ。
この試合でも、ホラー号は単勝一番人気だ。
「ふん、追ってきたな」
バケモノ車長がハッチを開けて外を見る。
後ろからクルセイダー4両が、当たりもしない行進間射撃を必死にしかけてくる。
「進路変更させないつもりなんだろうさ。おい、副操!」
「は、はひ」
いきなり呼ばれた鹿次は、おもわず噛んでしまった。
やっぱり初陣だから、緊張しているのだ。
「各車に通信。
座標、敵の数、救援の必要なし、単独で狩りに専念しろと伝達」
「り、りょうかい」
「あと前方を注視してろ。こわーいスターリンおじさんが待ち伏せているはずだ。
操縦、何すればいいかわかっているな」
「当然だ。あいかわらずお嬢ちゃんたちは間抜けだな」
鹿次も戦争親父に返答する。もう噛むことはないだろう。
「わかりました。前を見張ります」
「おい。ペリスコープだけじゃなく、ハッチからツラだせ。横着するな!」
んなこといわれても、鹿次にとっては初めての戦場だ。
怖くて当然だろう。
そしてほどなく、車長のいったとおりIS-3のぺったんこの特徴ある車体が、別に隠ぺいもハルダウンもせずに芸もなく待ち伏せているのを見ることになる。
「ぜ、前方700、スターリンです」
これなら素人同然の鹿次でも楽勝で見つけられる。
つまり車体が大きすぎ、何回もスイッチバックをくり返して地形にかくれようとしていたが、もたもたしてるうちにホラー号に発見されてしまったということらしい。
女性は車の運転も苦手だ。そうでなければ女性のF-1レーサーがごろごろしているだろう。
「おい、新入り。
スターリンの砲口が真っ黒な円になったら教えろ」
操縦士のモヒカン頭が鹿次にそんな指示を与える。
ホラー号はスタ公目指してまっすぐ進んでいない。
実は勢子の連中にわからない程度の角度をつけている。
勢子のクルセイダーどもは、別に意図して進路妨害のための射撃をくり返しているのではなく、マジで当てようと焦っているようだ。
あえて進路妨害のために外すなどという器用なまねをしようとしたら、砲弾が明後日に飛ぶ。
「真っ黒な丸になりました」
鹿次が叫んだ。零距離なら命中する可能性大ということなのだが、鹿次にはわからない。
戦争親父が操縦手に合図を送る。
「ころあいだな。今だ!」
「了解。急制動」
操縦士がクラッチを切って、操向レバーを両方とも一気に手前に引く。
戦車は装軌車だから、ものすごい短制動が可能だ。
観客席からはそれまで走っていたホラー号がいきなり動かなくなったように見えた。
中では鹿次だけが、顔面を装甲にぶつけてうめいていた。
スターリンの中では、照準器で追尾していたはずの目標が静止したのを見て、砲手がチャンスとばかり、車長の指示を待たずに撃ってしまった。
車長が「待ちなさい!」と叫んだが、もはや遅かった。
勢子の中のクルセイダーの1両が、急停止したホラー号に驚いて、咄嗟回避を試みる。
しかし、事故回避の鉄則は「ハンドルより先にブレーキ」だ。
速度を落とさずコーナリングで左にかわそうとしたクルセイダーは、逆に右旋回した。
あわてた操縦手は、今度は逆の入力をしてリカバリーしようとする。それも悪手だ。
結果、まるで雨の高速道路でスピンを続ける観光バスのように蛇行しながら、クルセイダーはホラー号の前に出てしまった。そして、スタ公の一撃を食らってしまった。
「きゃああああぁぁ!!」
「ふ、フレンドリーファイア?」
スタ公の砲手は、自分が同士討ちをしてしまったという事実の前に、頭が沸騰してしまう。
残りのクルセイダーの乗員たちは、いきなりホラー号が消えてしまい、パニック状態。
「砲手。目標は前方11時、1時、2時方向の戦車3両。
装てん、全速で3発ほうり込め!」
バケモノ車長が叫ぶまでもなかった。
砲手はすでに11時方向のクルセイダーのバックを狙って射っており、もう次にぶち込む女にイチモツを向けていた。
装てん手は最速で1発4秒の記録を持つ。
見ている側からすれば、ホラー号の砲塔が90度すーっと回ったと思ったら、クルセイダーが3両白旗を揚げていたとしか見えなかったにちがいない。
「おいおい、なんだよそりゃ」
鹿次は生まれて初めて「男の戦車戦」を身をもって体験し、なかば呆然としていた。
男は横Gにも縦Gにも踏ん張りが利くので、女ではできない機動が可能なのだ。
そうでなければ女のレーサーがもっと(以下略)
「あとはスタ公だけか……。よし、操縦手。
180度旋回、時速28キロきっかりで逃げろ」
またまたバケモノ戦争親父が変な指示を飛ばす。
重戦車相手にケツ向けて逃げろなんて、オカマ掘ってくださいと言うのと同じだ。
普通ならば……。
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