| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

追憶 ハードラックの誓い

 第二次ティアマト会戦終了後の同盟首星ハイネセン上空に次々と参加していた同盟軍艦艇が帰還する。
 彼らは史上空前の大勝利にもかかわらず、誰もが敗北に打ちひしがれているように見えた。
 旗艦ハードラックは大破判定を受けながらも、ついにここまで引っ張ってくることに成功し、修理の後記念艦になる事が同盟議会において決定されていた。
 それこそ、この船にはもう主が居ない事を端的に示していたのである。
 そんな主なき船の一室に730年マフィアの面々が集っていた。

 アルフレッド・ローザス中将は何もするわけでもなく天井を見つめ、フレデリック・ジャスパー中将は日頃の陽気な顔とは裏腹に鬱屈した気持ちをそのまま顔に出して押し黙る。
 ウォリス・ウォーリック中将はモニターに映るハイネセンをただ眺め、ファン・チューリン中将はこの会戦の報告書を淡々と作成していた。
 ヴィットリオ・ディ・ベルディーニ中将は何をするわけでもなく椅子にこしかけたまま動かず、ジョン・ドリンカー・コープ中将の落ち込みはひどく、飲めないブランデーのボトルを揺らしてただため息をついていた。

「すまない。遅くなった。
 みんなご苦労だったな」

 人形を連れて最後の一人である人形師が部屋に入る。
 そして、主なき船の主に目を閉じて黙祷を捧げ、それに皆が習った。

「で、どういう理由で俺たちをここに呼んだんだ?」

 ファン・チューリンがキーボードを叩きながら人形師に淡々と問いかける。
 強引に集まってくれと頼んだのが、この人形師だったからだ。
 ハイネセンに残っていた人形師は、ファン・チューリンと同じく淡々としかし決定的な一言を皆に告げた。



「アッシュビーが殺された可能性がある」



と。

「おい人形師!
 冗談はよしてくれ!!
 今はそんな戯言を聞く余裕は無いんだ!!!」

 ジョン・ドリンカー・コープがたまらず叫ぶが、彼の顔にある紙束を叩きつけてそれでも淡々と言葉を告げる。
 その抑揚の無さが彼の悲しみと怒りの大きさを表していた。

「……このハードラックの艦船識別信号が漏れていた可能性がある。
 帝国軍のスパイからの報告だ」

 ジョン・ドリンカー・コープの顔に出ていた怒りがみるみる吸い取られてゆく。
 読み終わった彼はそれを他の面子に渡し、彼らもまた同じような顔になってゆく。

「アッシュビーが死んでしまったから言うが、アッシュビーは帝国内部に居るスパイから情報を得て作戦を立てていた。
 そのスパイマスターが俺だ」

「……なるほどな。
 あいつの作戦、えらく無謀なのに成功していた種はそれか」

 ウォリス・ウォーリックが吐き捨てるように言うが、それに意を唱えたのはヴィットリオ・ディ・ベルディーニだった。

「待て。
 この情報、同盟情報局経由じゃないのか!?」

「あいにく俺の私設スパイ網でね。
 そもそも、こんな事をする羽目になったのは、数度に渡る同盟の情報流出が原因なんだよ」

 人形師は淡々と嘘を語る。
 だが、その嘘を嘘と見抜けぬ人間しか居ないのならば、その嘘は本物になる。

「あいつ、えらく敵に名前を売っていただろう?
 そうする事で帝国の敵愾心を煽って、戦略や戦術の思考を誘導していたんだよ。
 その観測のためにはどうしても、帝国側に観測する為のスパイが必要だった」

「読めたぞ。
 そのスパイってのは、お前の後ろにいる人形たちか」

「ご明察」
 
 ファン・チューリンの指摘に人形師は嗤う。
 仲間に嘘を吐き続ける己の姿を嗤うのにその仲間たちは気づかない。

「この人形、帝国貴族でも愛用者が出てきている特注品でな。
 帝国も馬鹿では無いから、中のプログラムはいじっているみたいだが、やり方は色々とあってな。
 そこは機密なんで勘弁してくれ」

 アルフレッド・ローザスが話を元に戻す。
 少なくとも、聴き逃してはいけない台詞が人形師の口から出ていたからだ。

「情報流出!?
 それは本当なのか?」

 その問いかけに人形師は後ろに控えていた人形に命じて、レポートを彼らに見せる。
 会戦の数ヶ月前からフェザーンでは戦略資源が高騰し、それを帝国に高値で売りつけている事実が全てを物語っていた。
 フレデリック・ジャスパーがレポートを床に叩きつけて叫ぶ。


「フェザーンの野郎!!!!!」


 『アッシュビーが殺された可能性がある』はあくまで憶測だった。
 だが、それに乗じて暗躍していたフェザーンの影は、商業活動を越えて政府要人や軍内部にすら浸透していた。
 彼らに少なくない金銭的供与の証拠が載っていたレポートを踏みつけて人形師は続ける。

「つまり、アッシュビーはやり過ぎたという訳だ。
 同盟と帝国の間で甘い蜜を吸い取るフェザーンからすれば、アッシュビーのこれ以上の勝利は望んていなかった。
 俺たちを嫌っている連中に接触しているのはそれが理由だろうよ」

 そこで人形師は一度言葉を区切る。
 ぽたりと涙が床のレポートに落ち、水滴が紙に染み込む程度の時間、彼は黙ったままだった。

「すまない。
 もっと俺が奴らの尻尾を早く掴んでいれば……」

「お前は悪くない」

 最初に言ったのはファン・チューリンだった。
 おそらく彼は人形師の茶番には気づいていただろう。
 そして、このままだと自分たちもフェザーンの操り人形で終わるという所まで気づいてしまっていた。

「ああ。
 少なくとも、あいつの為に泣く友人を責める気は起きんよ」

 ウォリス・ウォーリックが追随する。
 彼もまた人形師の茶番に気づいていたのだろう。
 だが、仲間の分裂を茶番ですらでっちあげて維持しようとする人形師の涙を見て、この仲間たちと騒ぐのは悪くなかったと思う自分に気づいてしまっていた。

「帝国とは戦争をしている間だ。
 殺し殺されは文句も言わん。
 だが、それを影から操ろうとするその根性が気に食わん」

 フレデリック・ジャスパーが、怒気を秘めたまま呟く。
 それに追随したのはジョン・ドリンカー・コープだった。

「奴らに一泡吹かせないと、天国のアッシュビーも浮かばれん。
 何か良い手はないか?」

「ある」

 この瞬間を人形師は待っていた。
 フェザーンという敵を利用して、730年マフィアをそのまま派閥として維持し続ける瞬間を。
 死んだアッシュビーには死後罵られるなと心のなかで自虐しながら、人形師はその策を告げる。

「アッシュビーが死んだ事で、同盟軍の人事が一気に動く。
 宇宙艦隊司令長官の椅子が空いた事で、椅子取りゲームが発生する。
 アッシュビーの死の責任を世間は問うだろうから、おそらく統合作戦本部長も退任する。
 この二つの椅子、俺達で奪ってしまおう」

「おい。
 それはクーデターじゃないのか?」

 さすがに話がやばくなったと感じたアルフレッド・ローザスが窘めようとするが、人形師はただ笑って合法性をアピールする。

「悲しいことに、合法だよ。
 俺たちより上位の候補者が勝手に辞退するだろうからな」

 人形師は床に落ちていたレポートを拾い上げる。
 反730年マフィアの将官のかなりの数がフェザーンからの利益供与を受けていた証拠が書かれた紙を。
 少なくとも彼がハイネセンに残っていたのは、何が起こるかわからないこの一斉摘発を自分の見える場所で行いたかったからだった。

「おそらく政府はアッシュビーの死を糊塗する為にも俺たちの誰かを昇進させ、俺達の仲を裂こうとするだろう。
 だから、今のうちに会って話をしておきたかった。
 で、この作戦を通して欲しい」

 人形師は人形に命じて、一つの作戦案が書かれたレポートを皆に手渡す。
 読み終わったヴィットリオ・ディ・ベルディーニが叫ぶ。

「帝国領内進攻作戦だって!?」

「ああ。
 こっちはアッシュビー一人死んだだけで帝国軍は艦隊殲滅なんだが、奴らは勝ったと大騒ぎしている。
 奴らの酔った顔に冷水をぶっかけてやれ」

「ならば、その作戦の指揮官はお前だ。
 人形師」

 その言葉は、ファン・チューリンの口から出て、ウォリス・ウォーリックが追随する。
 その口調は、アッシュビーが居た時の口調に戻っていた。

「いいな。
 お前は、留守番だったからここで功績を立ててくるといい。
 何しろ、作戦立案者が指揮官だ。間違いは起きんよ」

 ジョン・ドリンカー・コープが追随する。
 沈み込んでいるのは彼の気質ではなかった。

「それならば、俺の艦隊を使ってくれ。
 前線に居るほうが俺は楽だから、偉い椅子はお前たちの誰かに任せるよ」

「俺もお前には借りがある。
 お前の人形たちが居なかったら俺の身も危なかったからな」

 ヴィットリオ・ディ・ベルディーニが続き、アルフレッド・ローザスに助けを求めた人形師は彼からも裏切られることになった。

「お前の艦隊を返すよ。
 今度はお前が、アッシュビーを気にせずに武功を立てる番だ」



 第二次ティアマト会戦後の人事は宇宙艦隊司令長官にウォリス・ウォーリック、統合作戦本部長にファン・チューリンが大将に昇進してその任務に就き、翌年には「アッシュビーの復讐」と称してイゼルローン回廊側の帝国軍拠点をことごとく制圧した上で、壊滅的打撃を受けたのにも関わらず大歓喜に沸いている帝国領に逆侵攻する。
 その時の三個艦隊にベルティーニ・コープ提督と混じって人形師の艦隊が居た。
 彼の軍人としての経歴はここから花開き、イゼルローン要塞破壊作戦においてその頂点を迎える事になる。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧