銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師
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人形葬
「人形葬?」
「ええ。
フェザーン絡みでかなりの数の私達が消えてしまったので。
合同人形葬を出そうという話で」
フェザーン目前まで帝国軍が迫っている中、ヤンにつく緑髪の副官はそう言って招待状をテーブルの上に置いた。
差し出し主は人形達の製造元であるアパチャーサイエンス社。
業務用の招待状らしく、既に出席を決めている来賓の顔写真やメッセージなんてのもついており、悪質商法のチラシに見えなくもない。
「この忙しくなるのにかい?」
「だからですよ。
人の代わりに消えた人形の重みを知っていただこうと。
あのお方はそういう所にはうるさかったですから」
そうなのかもしれない。
ヤンはそう思って招待状に出席に○をつけた。
惑星エコニア。
アパチャーサイエンス社の研究開発製造本部がおかれているこの星は、人間より人形のほうが多い星としても知られている。
そこで行われる人形葬という式典は一民間企業の体裁をとってはいたが、同盟政軍関係者がずらりと並んだ政治イベントになっていたのである。
だからこそ、そこで交わされる会話は生臭い。
「フェザーンは持つのか?」
「持たせる。
最悪、実体化AI、アンドロイド、ドロイドで編成した無人艦隊を送って防衛させるつもりらしい」
「という事は、ここで着飾っている緑髪のお嬢様がたはその出陣要員か」
「ふっかけても買ってくれるから、この会社過去最高の収益を記録したそうだ。
今回の人形の消耗は150万体をこえたらしい。
フェザーンに買われたのも含めたフェザーン戦役全体で500万体以上だそうだ」
「おかげで、人の命が助かっているんだ。
葬式で涙を流すのも仕事さ」
「フェザーンも金があるから遠慮無く買っていきやがる。
同盟軍の第一・第二世代の旧式駆逐艦をまとめ買いしてくれるから、予備に取っておいた艦艇に不足が出つつある」
「いいじゃないか。
こちらは第三世代、改第三世代駆逐艦に更新できている訳なんだし」
「フェザーンと同じ悩みを抱えつつあるんだよ。
金もあるし生産もできる。
だが、フェザーン首星前に帝国が来た以上、時間がないんだよ」
「けど、上はまた援軍を送るんだろう?」
「ああ。
第一次・第二次アイゼンヘルツ会戦にエックハルト会戦で失った傭兵艦隊の艦艇は一万隻を超えたからな。
もう傭兵艦隊という仮面すらかぶれない。
外交委員会はフェザーンに正規艦隊派遣の打診を正式に出しているが、フェザーン政府はまだためらっている」
「目の前に敵が迫っているのに何を悠長な……」
入りたくもない噂を聞きながら、喪服のヤン准将はため息をつく。
フェザーンの危機は同盟から見ると目を覆いたく成るような惨状を呈していたのである。
フェザーン正規艦隊二個艦隊の定数は三度の戦闘で割り込み、損傷艦も多く使えるのは半個艦隊程度。
本来五個艦隊を編成する維持力があり艦艇生産もフル稼働でやっているのだが、首星にまで帝国軍が来れるような状況ではとにかく時間が足りない。
で、艦艇以上に払底しきっていたのが人員だった。
帝国内戦で海賊たちが消え、新世代の海賊たちが出る前にこの戦いが始まり彼らを強制徴用して送り込んでもまだ足りない。
さらに育成していた人員も生き残った連中までまとめてエックハルト会戦で失ってしまったのである。
(政治に軍事が振り回されるのは常だが……たまんないなぁ……)
安全保障面から同盟に依存しつつあったフェザーンの中立性とそれを政権の柱にしていたルビンスキー自治領主は、同盟への交渉の駒として主戦場から外れたエックハルト星系で警戒していたラインハルト艦隊に目をつけたのだ。
近年の同盟軍最大の敵である彼を討てば同盟へのいい手土産になるし、フェザーン軍と合わせた三個艦隊ならば負けないだろうと傭兵艦隊(中身は同盟軍)もそれに賛同。
結果がこのザマである。
戦略的にまったく価値の無いエックハルト会戦は、数で劣っていたラインハルト艦隊が防戦と逃走に徹し、行動限界をギリギリ超えた所でアイゼンヘルツ星系に帝国艦隊襲来の報告が届いてフェザーン軍が動揺し、撤退しようとした所を叩き潰されたという敵ながらあっぱれ言いたくなるような戦いだった。
なお、追撃戦では高速戦艦がその火力と高機動で暴れ回り、星系に伏せていた単座戦闘艇が猛威を振るったという。
フェザーン軍42000隻対帝国軍15000隻の戦いは、フェザーン軍が20000隻近くを失う大惨敗となり、その半分が敗走時に燃料不足で降伏したという情けなさ。
傭兵艦隊はこの戦いでも殿として多くの艦艇を逃がした結果、12000隻中帰ったのは3000隻程度しかなかった。
政治に振り回されて戦略的要地を放棄し、傭兵という立場だから雇い主のフェザーンに物が言えず、言っても聞いてもらえずのこの惨敗にはっきりと同盟は現在の支援の限界を悟った。
だからこそ、同盟はフェザーン内部に親同盟政権樹立の必要性を感じ、その内部工作を行うことを秘密裏に決定していたのである。
で、その工作司令官の一人が、めでたく昇進したヤン准将である。
本人はまったくめでたくなかったが。
「このたびは、私達の為にお集まりいただきありがとうございます。
私達の父は、人の友として私達を作り、人を支える喜びを教えていただきました。
失った悲しみは大きいですが、それで多くの人を救えた事を私達は誇りたいと思います」
式典の演説で、緑髪の代表者が悲しそうな顔で演説を続ける。
あくまで式典用アンドロイドの一体を借りてだが、その実態は最高機密の一つであるマザーコンピューターのメインプログラムだったりするのを知っている人間は少ない。
ヤンは彼女の演説を聞きながら、ため息をつく。
彼はその知っている人間の一人であり、その彼女から面会を求められていたのだから。
式典は淡々と進んだ。
空の墓に形見として同じDNAで作られた緑髪を燃やしてその灰を墓にふりまく事で葬式そのものは終わるからだ。
だが、葬式という物の本質は生きている人間のためにあるのは周知の事実だ。
一つは、残った人間が去った人間との別れを告げるため。
もう一つは、去った人間をだしにして、残った人間に合うため。
「おかけになってくださいな。
ヤン准将。
貴方のことは、いつも噂になっていますのよ」
式典の貴賓室に居るのは、人間ではヤンしか居ない。
緑髪の副官に、戦艦セントルシアの実体化AIからやってきたアンドロイドに、最新鋭フラグシップ機『ホライゾン』タイプの緑髪メイド達が控える中で先ほどとは姿が違うマザーコンピューターはヤンに語りかける。
「なるほど。
木を隠すには森のなかですか」
「ここまで私達が広がると、この方がばれないのですよ。
このタイプは見かけは同じですけど、統括用機で『エンプレス』とお父様は名づけてくださいました」
同盟内部にいくつあるか知らない分からない超最高機密をあっさりとバラす事で、ヤンは己の逃げ道が塞がれた事を悟った。
そして、どの地雷を踏んだのかヤンには心当たりがあったのである。
「人形師のお宝ですか」
「ご明察。
そのお宝を正式に開示する為にあなたに来ていただきました」
もちろんこれはマザーの嘘だ。
ラインハルトの脅威を認めた以上、ヤンに偉くなってもらわないと困るのだ。
そうでないと、彼女が父である人形師に与えられた唯一絶対のラストオーダーである、
「銀河をひっかき回せ」
が遂行できなくのだから。
もちろん、そんな事をおくびにも出さずに彼女は書類がまとめられたファイルをヤンに差し出した。
「これが本当のお父様の遺産です。
正式な手順を全部踏んである命令書で、出す所に出せば、ちゃんと命令が実行できますよ」
作戦立案者は人形師。
賛同者に730年マフィアの面々のサインが並んでいるそれを読んでいたヤンの顔色が変わる。
青白くなりファイルに汗が垂れるのに気にせず、ヤンはそれを見続ける。いや、固まったままでいる。
その答えが出るのは、ヤンがお父さまが見込んだ英雄だからとマザーコンピューターはやっと確信する。
「そういう事ですか。
アッシュビー提督はフェザーンに殺されたんですね」
フェザーン回廊封鎖作戦
目的
同盟と帝国の要衝にあるフェザーン回廊はそれゆえに交易で繁栄しているが、軍事的に見て惑星フェザーンが帝国の手に落ちた場合、同盟が被る不利益は同盟の維持に深刻な打撃を与える。
また、フェザーンが中立政策を隠れ蓑に帝国と同盟内部の対立を煽っており、同盟内部の政策決定に不都合な影響を与える現状においてその排除を目的とする事がこの作戦の趣旨である。
作戦は以下の目的を達成する事を求められる。
1)地球教の解体
フェザーン政府の解体と同盟への併合を前提条件に入れる必要はない。
フェザーン政府は実質的にシスターズの娘達を隠れ蓑にした地球教に操られており、その地球教の解体こそこの作戦の主目的である。
帝国領辺境にある地球教本体に手を出すのではなく、フェザーン回廊を封鎖する事で地球教の影響力を叩き落とす事ができる。
2)フェザーン回廊の封鎖
フェザーン回廊は広く、イゼルローン回廊のような封鎖はできない。
その為、補給・整備拠点である惑星フェザーンを攻撃してその価値を落すことで、帝国側にイゼルローン回廊と同じ距離の暴虐を味合わせる事を目的とする。
一大流通拠点であるフェザーンの価値を落す為に、惑星フェザーン全土を対象にした全面核攻撃を提案するものとする。
3)正当性の確保
この作戦については、フェザーン政府が同盟および帝国政府に影響力を発揮していると非難が来るのは間違いがない。
その為、フェザーン政府と地球教がどのような悪事を働き、その悪事への制裁という形で正当性を確保する事が求められる。
これについては、ブルース・アッシュビー謀殺容疑(別途資料)、サイオキシン麻薬密売(別途資料)……等を用いて正当性を確保する
この作戦を本当に人形師が立案した訳ではない。
だが、復讐者としてフェザーンに制裁しようとした事は本当で、その為のフェザーン侵攻計画は彼らの血判状でもあったのである。
その忘れ去られた血判状を具体的にしていったのが残された人形たちだった。
ド・ヴィリエ大主教を入手した事で帝国側での地球教の犯罪行為が提示できる事でこの作戦が一気に具体化した。
そして、フェザーンと地球教は今現在一番力が衰えており、同盟政府はフェザーンでクーデターを企んでいた。
その流れに彼女たちも乗ったのだ。
出してきた提案は最も簡単で過激だったが。
「フェザーン一星を核で焼くことで、同盟は数十年程度の平和を手にできるでしょう」
「そこに住んでいるおよそ三十億の人間を代償にですか?」
ヤンの声は己が思っていた以上に低く冷たい。
己の声を聞いて、ヤンは自分が激怒している事を自覚した。
「『尊い犠牲でした』で片付けられる三十億です。
お父様の言葉を再現しましょう」
そう言って、メモリーから人形師の言葉を再生する。
さすがに女性形アンドロイドから男性の声が出るのは真面目なシーンに合わないのでレコーダーから聞かせたが。
「何よりも素晴らしいのは、この犠牲に同盟市民の血はほとんど流れないって事さ」
国家の国家たる下衆さ全開の台詞にヤンの怒りは頂点に達して、かえって頭が冷める。
これだけの復讐心を秘めながら、実際の730年マフィアが行った政策はフェザーン融和政策だったのだから。
そして気づいてしまう。
ド・ヴィリエ大主教が緑髪の政策秘書から聞かされたそれを。
「そうか。
まずは、裏で動くフェザーンを舞台にあげる必要があったのか。
それに三十年以上かけて。
そこまでする必要はあるのですか?」
「ないですよ」
想定外の全否定を聞いてヤンの手からファイルが落ちる。
今までの流れは何だったんだと必死に心を落ち着かせるヤンを知らずにマザーはあっさりと前提をバラす。
「あくまでこれは、『お父様のお宝』ですから。
見つけた人が好きにすればいいと思います」
そう。
あくまで、実行されなければ妄想で終わる案なのだ。
だが、実行できる環境が整い、それによって三十億の犠牲と数十年の平和という形で天秤に物が乗せられている。
そして、それをどう判断するかを人形師が見込んだ英雄であるヤンに任せたのだ。
「という事は、実行しなくてもいいと?」
「構いません。
ですが、その場合第三国であるフェザーンをめぐって同盟市民の血が流れる事態となり、同盟政府はそのコストに耐え切れないでしょう。
政府が行っている工作そのものは間違ってはないなのですよ。
その工作における、最もローコストでハイリターンを入手できる作戦案であるというだけで」
だからこそ、ヤンがこの作戦を行わない事を前提に、マザーコンピューターはヤンの心に釘を刺した。
やってもやらなくても地獄に彼を突き落とす。
「彼らを救いたいのならば、フェザーンを完全に同盟に併合して下さい。
そうしないと、同盟は最終的にフェザーンを見捨てるでしょう」
後書き
この話では全体的に人口が増えているのでフェザーンの人口も増やしています。
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