Raison d'etre
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二章 ペンフィールドのホムンクルス
5話 望月麗
付き合ってください。確かにそう聞こえた。
混乱したまま少女の姿を観察する。
身長は優よりも小さい。一四〇センチメートルくらいだろうか。顔は整いながらもまだ幼い感じで、両サイドをリボンで結んだ金色の髪が幼さに拍車をかけている。
そこでようやく、同じ第一小隊に所属している女の子である事に気づく。しかし、名前は覚えていない。そして会話した事もなかったはずだった。
「……えっと、ごめん。状況がよく飲み込めないんだけど……」
「だ、だから、私と付き合ってください!」
少女は叫ぶように繰り返した。
その慌てぶりを見て、反対に冷静さを取り戻す。
どうやら悪戯ではなさそうだった。
優は少し迷いながらも、はっきりと答えた。
「えっと……ごめんなさい」
嫌な静寂が訪れた。
伏せ目がちに沈む少女の様子を見て、言葉を続ける。
「……ごめんね。正直、名前も知らないし、いきなり、そういうのは、どうかなって……」
「……望月麗(もちづき れい)です」
「えっと、望月さん。今、言った通り、良く知らない人と付き合うとか、想像できなくて。だから、ごめんね。でも、そういう好意を向けられたのって初めてだったから嬉しかったです。ありがと」
素直に自分の気持ちを伝える。はっきりと彼女が納得できるように。
麗は悔しそうにぎゅっと口を結んだ。本当に悔しそうな顔だった。
何故、そんな表情ができるのだろう。まだろくに話したこともない間柄だというのに。
優の記憶では、麗との接点は今まで一度もなかったはずだった。
「じゃあ――」
麗は何かを決心したように口を開いた。
「――知らない人と付き合うのが嫌なら、まずお友だちとして付き合っていただけませんか?」
「え……うん、ただの友達なら……」
「じゃ、じゃあ、連絡先を交換してください!」
麗の勢いに押され、携帯を取りだす。
「いけたかな?」
「はい。じゃあ、私はこれで失礼します!」
連絡先を交換し終えて満足したように麗が慌ただしく去っていく。
「何と言うか、積極的な子だね……」
麗の後ろ姿を見送っていた華がぽつりと呟いた。
優は曖昧に頷いた。
「何で断ったの? 可愛い子だったじゃん」
京子が、もったいない、といった表情で言う。
「全く接点がなかった子だし……」
「ふーん。もしかして既に彼女とかいたりして?」
からかうように言う京子。
同時に華が身を乗り出して真剣な顔で見つめてくる。
「いないよ。中隊に入ったばかりなんだから、周りは知らない人ばかりでそんな関係に進展しないってば。よく知らない人とお付き合いなんてやっぱり無理だよ」
「ふーん……じゃあ知ってる人ならいいんだ?」
京子が悪戯っぽく笑う。
優は返答に窮して、それなら良いけど、と曖昧に濁した。
「てかさ、桜井って年下のほうが良いの? 年上受けしそうな感じだけど」
「いや……あんまり年齢に拘りとかないよ。あ、望月さんってやっぱり年下だったの?」
「うん。確か二つ下だったから中二じゃない?」
中二、という言葉が妙に印象的だった。
通常、特殊戦術中隊に入隊した時点で学業からは離れる事になる。しかし、義務教育である中学校を辞めることはできない為、便宜上まだ彼女は学生なのだろう。
「そういえば、詩織ちゃんも一個下だっけ。後輩たちは積極的だねぇ。華も頑張りなさいよ」
「ええっ!? わ、わたしは別に――」
京子の言葉に華が顔を真っ赤にして慌てふためく。
優は苦笑して、すっかり冷めた親子丼を口に運んだ。
◇◆◇
夕食を終えた後、優たち四人は寮棟に繋がる通路に向かおうと、一階ロビーを通った。
その時、警備員と年輩の女性が入り口で言い争っているのが見えた。
珍しい光景に自然と足が止まる。女性は「中に入れろ」と騒いでいて、警備員は三人がかりでそれを押さえ込んでいた。
「なに、あれ?」
不思議そうにその光景を見つめながら尋ねると、京子が呆れたような声で答えた。
「第四小隊の……誰だっけ。誰かの母親らしいよ。ああやって娘に面会させろって頻繁に乗り込んでくるわけ。ちょっとした名物みたいなもんだよ」
「面会? ああ、既に面会時間が終わってるのにゴネてるとか?」
何気なく振り返ると、優以外の三人は困ったように顔を見合わせていた。
その様子に思わず首を傾げる。
「ううん……面会は夜九時までは自由なんだけど、娘さんの方が会いたくないって言ってて……」
華が言いづらそうに答える。優が不思議そうな顔をすると、愛が補足するように呟いた。
「……昔、虐待があった。児童相談所が何度か動いて、接近禁止命令が出てる」
「――え?」
「あー、桜井って今まで面会に来てる家族さんとか見た事ないでしょ? 何でか知ってる?」
京子が迷ったように、目を逸らしながら言う。珍しく歯切れの悪い京子に、優は戸惑いの視線を投げ掛けた。
確かに、面会に来ている家族を見た記憶がない。あまり気にしたことがなかった。
「え、うん、確かに見た事ないけど。山奥の辺鄙なところにあるからじゃないの?」
短い沈黙が流れた。
嫌な間だった。
それだけで、良からぬ理由がある事を察するには十分だった。
京子がわざとらしく明るい声で説明を始める。まるで大した事がないように。
「世間じゃさ、ESP能力者の共通点って、全員が女っていうくらいしか認識されてないよね。実はさ、公式には発表されてないんだけど、もう一つ共通点があるらしいよ。あくまで噂だけどね」
聞いた事がない話だった。
中隊に入る時も、誰からもそうした説明はなかった。
共通点はESP能力の源を探る上で重要な研究指針となる。何故、そんな大事な事が発表されてないのだろう。その疑問は京子の続けた言葉で易々と氷解した。
「――ESP能力者は全員、幼少時に虐待を受けたり両親と死別とかしていて、例外なく家庭環境に問題を抱えてるんだって」
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