インフィニット・ゲスエロス
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13話→兎と悪党
前書き
アリスと兎が案内する世界は不思議の国であり、ユートピアではない。
昔の夢を見た。
私が『この世界』を初めて見た日の夢を。
私の世界は、この日まで私の遥か遠くにあった……
昔の私の記憶が、フィルムのように流れる。
生まれたときから、私は天才だった。
それは、自称でも誇張でもなく、ただの事実だった。
物心つく頃には、私の回りの世界は、私の知り尽くしたものばかりで溢れる、退屈で無感動な世界であった。
それは人も同じ。
私にとって、目に映る人間は、全ての行動が私の予想の範疇を越えない、まるでロボットのようなものばかりで。
そんな奴等が、当然のように社会の大部分を占めているのが退屈で。
いっそ壊してみたら、この退屈が紛れるかもしれない。
そう考えて眺めた世界に、私が、一つ目の『異常』を見つけたのは、果たして偶然か運命か。
私の前に、冷たい目をした女の子が写る。
織斑千冬だ。
まるで割れた氷のように冷たく、刺々しい女の子。
私と同じ、『正常』に適合できない人。
最初は暇つぶしに、次第に興味を持ち、気づけば私とちーちゃんは、よくつるむようになった。
まあ、ちーちゃん『だけ』だけど。
当然、『常識的な』先生どもは、他の子とも仲良くしなさいなどの戯れ言を吐いた。
うるさい、私はお前らとは違うんだ。近寄るな。
大人達の無用な気遣いでよってきた『子供』がいた。
私たちの異常性についていけず、『ほとんど』私達の目の前からいなくなった。
山田太郎。
他の奴等と同じ、ただの子供のはずの彼だけは、私達の前に残り続けた。
彼は、他の子とは反応が違った。
彼は、最初に言った。
「お前ら、何したいんだ?」
その目には、他の奴等の目にある恐れや羨みは無かった。
ただ、疑問に思ったから聞いている。それだけだった。
私は答える。
「お前なんかに言っても解らないよ」
彼は返した。
「言わなきゃわからんだろ、馬鹿かお前は?」
初めて『馬鹿』と面を向かって言われた。
「は?馬鹿じゃないし?」
「ん?じゃあなんだ、俺ごときに、この程度の事を答えられない理由は?怖がりか」
カッチーンときた。生まれて初めてキレた。
あの時なんと言ったのか、全ては覚えていない。
ただ、8割は罵倒だったが、残り2割は本音を伝えたのは覚えている。
この世界はつまらない、とか、みんな馬鹿だ、とか。
彼は腕を組んでずっと聞いていた。
しばらくたった後だろうか。
その言葉だけは、今でもはっきりと覚えている。
「じゃあ、作れよ。お前が『面白い』って思える世界を、その手伝いしてやっからよ」
差し出されたのは小さな手。
初めてちゃんと見る、同年代の男の子の手。
頼りないはずのその手が、彼の言葉を聞いたその時から、急に大きく見えて。
差し出された手を握ったのは、いつ以来か。
気づけば、私の手は、彼の手に重なっていた。
その頃から、私達は『仮』仲間として、彼を迎え入れた。
『世界崩壊グループ(仮)』と冗談半分で私が名付けたこのチーム、最初は上手くいかなかった
ちーちゃんとタローちゃんも、最初は目を合わせて五秒でバトルと言わんばかりの仲で、しかもほぼタローちゃんが負けてた。
そう、『負けてた』
タローちゃんのスゴい所はそこだ。
何時からかわからないが、気づいた時にはタローちゃんは篠ノ之神社横の道場で修行していて。
空いている日には、道場で修行している警官の伝で警察道場にまで顔を出して。
半年後、そこには元気にちーちゃんを抱き締める(関節技込み)セクハラをしているタローちゃんが!
「タッバ、ツープラトンだ!俺が尻を触るから、お前は胸を!」
つい魔が差して、セクハラを手伝った私は悪くないと思います(断言)
え、その後?二人ともちーちゃんにお仕置きされたけど。
私がタローちゃんを本当に認める事になったのはその時だ。
いや、別にちーちゃんの体を堪能できたのが理由じゃないよ。
ちーちゃんは、身体能力では他の追随を許さない、天才である。
だから多少の腕に覚えがある、程度ではその力で蹂躙できる。
大した努力も必要なく。
だから、タローちゃんは絶対、最初は悔しかったと思う。
同年代の女の子に、一方的にボコボコにされて。
なのに、タローちゃんは腐らなかった。
努力を積み重ね、才の無い体をちーちゃんと同じ高みまで引き上げた。
それを見たときから、私の中で、タローちゃんだけは他の才能の無い奴等のように『ロボット』には見えなくなった。
私の予想を覆す、イレギュラーな凡才、山田太郎を、私は『人』として見れるようになったから。
私の世界は、ペアからトリオになった。
ついでに、親や先生からのうざい干渉もなくなった。
タローちゃんがクラスで優等生を演じた上で、表面上クラスに溶け込んでいるように見せかけてくれたのだ。
ちなみに、彼に理由を聞くと、『束と千冬と仲良くなるのは俺だけで良い』という欲望丸出しの答えが返ってきて、私は更に喜んだ。
欲望に忠実、私とお揃いだ。
それからは、私の世界は愉しくなった。
いつ頃からか、穏やかになったちーちゃんと、外面に反して私達には餓狼のようにガツガツいくタローちゃんが居れば、私の世界は満たされていた。
だからだろうか?
私が考えて、月の基地をつくる途中で、タローちゃんが事故にあったとき、私は目の前が真っ暗になった。
ちーちゃんが月からタローちゃんを連れて帰って来てくれてから、私は初めて父にすがり、太郎を病院に連れていってもらい、その後、片時も離れずに彼の介護をし続けた。
タローの両親にも謝った。多分、自発的に大人に謝ったのは、その時が初めてだと思う。
一日後、彼が目覚めた。
あらかじめ決めてあった通り、私とちーちゃんが説明した事故原因をなぞり、うちの親と太郎の親、両方に当たり障りのない対応をする彼に、私は初めて何を言えば良いのか分からず、まごついていた。
ただ、タローちゃんの目を見れず、ずっと伏せていた。
耳だけ、彼と大人達の話を拾う。
気づけば、太郎ちゃんの両親や私の親は帰り、一夏君が家で待っているちーちゃんも帰って、居るのは私とタローちゃんだけ。
カチカチという壁時計の音が、ひどく響いた。
「……束」
その声に、無意識にビクッとなる。
だが、タローちゃんの話を聞かない訳にはいかない。
近寄ると、努めて明るく振る舞う。
「た、束さんに何かご用かな~、今回は迷惑かけたから何でも聞いちゃうよ~」
何時もと違い、恐怖から震える声。
嫌われたらどうしよう。
拒絶されたらどうしよう。
そう怖がる私に彼が送った言葉は。
「すまなかったな。俺のミスだ」
「違うよ!」
その言葉に、まとまらない思考で口だけが答えていく。
「タローちゃんは悪くない!悪いのは、月面の変化を予想できなかった……」
その先は言えなかった。
彼が、私の唇を唇で塞いでしまったから。
また私達の間に流れる沈黙。
でも、この沈黙は、先ほどとは違って……
塞いでいた口を、彼がゆっくり放す。
呆然と立ちすくむ私を、ベットから乗り出した上半身でホールドする。
抱き締めあった体から伝わる彼の温もりが、嬉しかった。
しばらくすると、彼は抱き締めた私の耳元で、一言だけ囁いた。
「気にすんな、好きでやってる」
よし。
ポイッ
無駄に高性能なシェルター型アイテムを投げ、病室を外界から孤立させる。
私は彼を病室で襲う事に決めた。
私にとって、彼が唯一の異性となったのはこの時だったな……
妙に手慣れてた事にはムカついたが、まあいい。
あの日から今まで、私以上に彼と夜明けのコーヒーを飲んだ人は居ないのだから。
おや、夢が覚めてしまった。
久しぶりの居眠りに苦笑しながら、私の頭は夢から現実に戻った。
顔に置いて、視角を塞いでいる本を弾き、適当に床に落とす。
「ふんふ~ん、さてダーリンタローちゃんは何を選ぶかな~」
女にだらしなく、性格も曲がっているくせに、一度情を掛けた人間には甘い変人。
『凡人』の中では頂点に立てる力では満足できず、私とちーちゃんという『特別』と見比べて、何とか追い抜こうとする強欲家。
そして誰よりも私を理解してくれる、愛しい人。
「まあ、自己評価が不当に低いのが玉にキズだけどね~」
あれだけの力がありながら、自身のISに『老兵』と名付ける理由が正にそれだ。
太郎曰く、ちーちゃんのように天才的に真っ直ぐ強い奴が『騎士』の名を持つなら、自分は凡才の『兵士』。
それも、同じ努力では肩を並べられず、死ぬほど努力してやっとこさ同等に立てるのだから、僕の機体は老練な技を使う兵士『老兵』と名乗るのが相応しい。
そんな事を言う太郎を見るたびに、私は思うのだ。
タローちゃんは、自分が思っているよりスゴいんだ!と。
「でも、ただ言っても伝わらないから」
だから、私は彼に思い知らせてやることにした。
彼自身が、どれ程スゴいのかを彼と、世界に。
時計を見る。調度夜中の12時を過ぎたばかりか。
もうすぐ、あの社長はタローちゃんに選択を迫るだろう。
机の引き出しを開けて、私が仕込んだ異空間に仕舞った自由帳を見る。
パラパラとめくる中には、『亡国企業』に所属する企業等の機密が山になっていた。
「大丈夫だよタローちゃん。君は好きに生きれば良い。」
「そして私も、貴方の恋人という事だけ守って後は好き勝手するよ~。だって、どんなに悪態をついても、タローちゃんは私を見放さないって私が一番知ってるから……」
彼女の瞳から光が消える。
束の理論は、簡潔に言えば、彼氏のワガママを許してあげてるのだから、私のワガママも許してくれるよね?という字面にすると可愛く見えるモノだが……
「君が要らないなら消すし、必要なら少しだけ延命させてあげる。このオモチャ共をね」
大多数の人間に価値を見出ださない束のワガママは、全然穏当じゃない。
太郎が束とこの件を調べた時、彼は束と千冬の安全も考えて、束を止めた。
束はそれを理解した上でわざと言いつけを破り、絶対にばれないように手間をかけて調べた。
そして思った。
この企業、使えるじゃん。
太郎は失念していた。
もはや日常化した束とのやりとりで、彼女の危険性を。
彼女が人間と認識しているのは、極少数の選んだ人間だけだという事実を。
ここ数年、恋人として普通にやりとりしていた太郎は、束が他の『一般人』にどんな仕打ちをするか、想像出来なかったのだ。
「へぇ、各国の正規軍に納入される戦艦と同型艦も所持してるんだ~。外見弄れば同士討ちとか出来るかな~夢が広がるぅ~」
彼女の自由帳の最後には、言葉が添えてあった。
『ISの兵器の有用性を見せつけるには、現行兵器の破壊が一番理解しやすい。また、集団戦を基本とする兵器群は、偽装した自陣営の機体に誤射させることによって、他の機体のおっかけ誤射も期待できる。時期を見定めて、現状娘アリスと計画中』
天才は『天災』となった。
後書き
全ヒロイン中、一番太郎を愛してるヒロイン、束様(白目)
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