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提督はただ一度唱和する

作者:HIRANOKOROTAN
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望まぬが故の歓迎

 最初に兆候が見られたのは南方海域だった。
 南シナ海からソロモンまで、熾烈な制海権争いを繰り広げる激戦地だ。ODAなどで多少は資源採掘のノウハウがある日本と違って、深海棲艦には恒久的な陸上生活そのものが難しい。海上での争いに終始することで、何とか内陸に拠点を確保することに成功していた。大変な苦労をしたが、それで資源を得ることが出来た。
 ただし、沿岸に拠点を設置すると内陸まで危険に晒す。艦娘と妖精さんに頼らねば、維持して行くことは不可能だった。輸送に関しても同様だ。担当する佐世保の負担は大きかった。
 そのため、比較的穏やかなチョーク諸島に泊地を建設する計画があった。現状で事実上の海外派遣など考えたくもない軍と、何かが安定せねば首を括る他ない政府がようやく見つけた妥協点である。
 そのやる気なく建設途中の泊地が、深海棲艦による突然の大侵攻によって破壊された。侵攻に気づいた時点で、防衛をすぐさま放棄した駐留艦隊は、所属鎮守府へ連絡。犠牲者なしで撤退を終えた。
 連絡を受けた佐世保鎮守府は、鎮守府内で対応を協議。レイテ沖で哨戒に当たっていた潜水艦部隊によって漸減作戦を展開しつつ、任務部隊を各地で集結させた。
 このうちマレーシアの部隊は、侵攻する艦隊を無視してソロモンへと突入。オーストラリアへの打通と、ニューギニア制圧を目指す。
 深海棲艦はこの動きを受けてすぐさま転進。ソロモン救援に向かうが、フィリピン、台湾に集結していた部隊でこれを追撃。レイテ沖で激しい戦闘を繰り広げている。おそらく、呉からの増援が勝負を決めるだろう。
 北太平洋でも、大規模な艦隊の移動が確認された。
 南北へと水雷戦隊を派遣して、戦局を支える横須賀だが、基幹となる艦隊は温存している。真っ直ぐ小笠原へ向かう大軍を、この精鋭が迎え撃った。北太平洋は重油が漂い、炎を揺らす煉獄の様相で、しかし一隻の犠牲も出さずに、戦況は膠着する。双方が疲弊し、力を尽くしたとき、横須賀の真価が問われるだろう。
 大湊は決断を迫られた。佐世保はその課せられた任務上、南シナ海に分散しているため、呉の助けがなければ、やがては磨り潰される。
 横須賀は北太平洋で深海棲艦と四つに組んで、身動きが取れない。
 結果、大湊は日本海とオホーツクの二正面に相対することとなった。全力で当たっても、片方を支えるので精一杯だ。日本海側で上陸を許せば、もはや立ち直れないダメージが刻まれることになる。しかもその地理上、他の海域と違って十分な縦深が確保できない。迷っている時間はない。
 大陸からの侵攻がこれまで一度もなかったとしても、この状況では日本海を優先せざるを得なかった。主力のほとんどが、日本海防衛に抽出される。
 北海道に残ったのは、海上封鎖と掃海を担当する一部の艦隊のみとなった。もしも、オホーツクより再度の侵攻があった場合には、海上での防衛は絶望的と見られる。幸いなことに、北海道からの民間人脱出は完了している。これらの事情は、ここでやっと陸軍側に持ち込まれた。
 陸軍も状況自体は把握していた。しかし、日本海側に重点を置かざる得ないのは変わらない。長大な日本海の海岸線に戦力を配置せねばならず、むしろ海軍よりも面倒は多い。それだけでなく、安定が破られた反動は、全国に無視できない動揺をもたらしている。北海道に送ることの出来る兵力は僅かだ。海軍と協同しようにも、頼りの横須賀戦力は水雷戦隊であり、陸上での運用は微妙という他ない。
 ここに来て最後に残るのは、臨時徴兵によって集められた提督のみなのだが、こちらにも問題が持ち上がった。
 アリューシャン方面の作戦に参加した者たちを中心に、出撃拒否と判断する他ないような要求を、多数の提督が突きつけてきたのだ。
 寝耳に水にも程があるのだが、背景にはこれまで醸成されてきた上層部への不信感が大きく影響している。最低でも二十人もの年頃の少女の面倒を強制的に突然、丸投げされたのだ。おまけに支援も満足に与えられないとなれば、当たり前の感情ではあった。その分、好き勝手やってはいたのだが、連合艦隊を組んでの大規模作戦への召集など、彼らの指揮権に干渉が始まった。おまけに敗北して、北海道は深海棲艦の餌だ。
 彼らの危機意識は高まっている。艦娘が、思うほどに頼りにならない現実も理解し始めているのだ。
 実際に、彼らの引き締めを画策しているのは事実である。過剰ではあっても、予想された反発ではあった。最悪の機会と内容であることを除けばだが。
 機会については、感情以外でなら納得出来る。しかし、交渉の要であるその中味について、政府も軍も、理解という過程で躓いた。
 資材や自身の待遇に関することなら、まだいい。状況を弁えろと空手形も出せる。だが、艦娘の週休二日制の実施や国民への認定など、まずどう受け取ってよいものか迷う案件も同時に訴えている。もう遠征しかしないだの、もっと直接的に艦娘の戦争参加に反対を主張するなど、銃殺すべき要求さえ躊躇いもなく口にする提督もいた。
 微妙な問題を含む、膨大で迂遠な政治的手続きを必要とする前者の要求には言葉を濁すしかないが、何を思ってか彼らは本気で、強硬だ。後者に至っては、反乱さえ危惧される。
 この騒動を奇貨として、守原英康大将が動いた。彼は親艦娘派の中心人物であり、艦種に則った階級制や艦娘の軍内部における人権の確立など、様々な取り組みと実績がある。また、最初に“小料理 鳳翔”の開店を認めたことでも名を知られていた。
 中途からではあるが、歴戦の提督にも数えられ、北海道でともに負けた同志でもある。政府にも顔が効く。
 彼は、烏合の衆の前に、おあつらえ向きに現れたヒーローだった。一気に収斂し、求心力を獲得する。
 彼の呼びかけと説得によって、とりあえず騒動は収まった。戦力も、防衛だけならばという程度には確保出来た。代わりに陸軍は、北海道での指揮権を奪われることになる。
 これらの事情を、新城は義兄からの手紙で知った。最前線の一個人に、検閲も通さず届けられた、剣呑な郵便物だ。新城の実家である駒城がいかに権力者とはいえ、かなりの無茶である。大隊に伝えられる情報では、援軍が用意されているとしか明かされていないのだ。
 駒城は陸軍と縁の深い家であるが、何らかの形で、守原の行動を掣肘したいのだろう。海軍の統制を取り戻そうというのに、彼の行動はあまりに自家だけを優先し過ぎている。
 もっとも、義兄に関しては、ただ義弟を案じただけという可能性も否定できない。そこを義父に利用されたのだろう。新城なら動くと、確信しているのだ。
 内容も手段もきな臭いことこの上ないのだが、どこか面映ゆいような気持ちで、新城は裏側を推測する。同時に、厄介なと恨む気持ちもある。一介の中尉の身で背負うには、少しばかり重い期待だ。
 新城はこの手紙を大隊長に開示。大隊長は盛大に顔をしかめると、忌々しそうな表情で各方面への連絡と、大隊将校の召集を命じた。
 戦車乗りだった頃はそこそこ有能な士官だったのではないかな。新城は大隊長の不機嫌な横顔を眺めて思う。すぐさま命じられた行動に移った。
 集まった将校たちは、状況を知らされると同じく苦い表情になって新城を睨みつけた。厄介事を持ち込んだ人間を責める目をしている。新城も否定できない。予想されたことなので、小憎らしいほど平然と振る舞った。
「で、どうする? 提督としては知らんが、あの守原だ」
 野心家として知られる人物だ。親艦娘派と謳ってはいるが、要は艦娘を利用して、権力を握ろうと画策しているだけである。摩耶のような存在が士官待遇というだけで、陸軍は苦労しているのだ。彼に好意を抱くのは難しい。
 その上、北海道でもやらかしている。陸軍側が情報を秘匿していたなどと騒いで、何故か認められているが、常識を尋ねる人間も教える人間も希になったと、現代の風潮を嘆くばかりである。あれのせいで、北海道の兵力はかなり目減りした。
 今まで恨みがましくしていた将校たちが、一斉に新城を見る。貴様らも大概だと思いながら、新城はふてぶてしく言った。
「こちらで握っている艦娘を手放さないことでしょう。戦力がどうこうの前に、通信手段を失います」
 いかにも守原大将が要求してきそうなことだ。全員が嫌な顔をした。大隊長が吐き出した煙で、部屋が真っ白になったように感じる。艦娘にどれだけ思うことがあろうと、一度手に入れたものを再び手放すのは、抵抗があるのだろう。
「それから、海上の艦隊とも連絡を確保するべきです。いつ、守原大将が到着するのかはわかりませんが、時間を無駄にし過ぎています。間に合わない可能性も否定出来ません。状況を把握するためにも、外部から情報を得なければ」
 言いなりになりたくなければ、反論する材料がなければならない。しかしそれは、上陸して奪われた、深海棲艦の支配地域へ進出することを意味する。むっつりと沈黙する将校たち。大隊長はさらりと言った。
「若菜。お前行け」
「は? 自分が、でありますか?」
「艦娘の面倒を見とるのは、お前んとこの中隊だろう? 駆逐艦連れて、ちょっと行ってこい」
 パシリではないのだが。若菜大尉は初めて真実に気がついたような顔になっている。慌てて新城を睨みつけた。積極的に押しつけていた過去は、忘却の彼方らしい。新城は無視した。それより大隊長だ。覚悟はしていたことである。
「吹雪を連れて行きましょう。幸い、資材も多少は確保してあります」
「貴様、勝手に」
「自分が、というより、妖精さんが、ですが」
 新城が機先を制すると、あーという顔で、全員が流した。この時ばかりは、新城も仲間だ。褒めて欲しいとばかりに差し出されたときは、そのまま爆破したいとすら思った。
「報告が遅れて申し訳ありません。若菜大尉殿。よろしいですか?」
 若菜は要領の得ない様子で頷いた。愚鈍にも思えるが、誰も責めない。貧乏籤を引き受けてくれたのだ。人間として、礼節を知る見事な態度だった。大隊長に目を向ける。
「んじゃ、そういうことだ。それぞれ準備にかかれ。解散」
 大隊長が立ち上がって、あくびした。他の人間も片づけをはじめる。若菜が周囲を見て、困惑のあまり慌てているが、みんなそそくさと退出していった。新城にも仕事がある。まずは猪口に声をかけねばならない。居場所の見当をつけながら、新城は廊下に出た。西田が寄って来ている。
 肩の辺りから笑い声がする。

 
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