非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜
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第67話『開戦』
沈んだ意識の中でも、身体を乱雑に動かされてるのがわかる。先程まで誰かに背負われてるような安心感があったが、今はその温もりを感じることができない。
そう感覚で捉えつつ、結月はゆっくりと眠りから覚醒する・・・はずだったが、目の前の光景に思わず目を見開いた。
「え、飛んでる…!?」
目を瞑りたくなるほどの明るい装飾と、豆粒みたいに見える人々。眼下には繁華街と酷似している光景が広がっている。予期せぬ事態に酒気も吹っ飛んだ。
どうしてそんな所を飛んでいるのか。
結月は視線を上げて、そして理解した。
「誰…?」
自分は今、連れ去られている。その事実だけはすぐに気づいた。目の前の人物は仮面を付けていて顔がわからないが、知り合いでないことだけはわかる。
「ハルト達をどうしたの…?」
「……」
結月は恐る恐る仮面に訊いてみる。しかし無反応だ。淡々と結月を何処かに運んでいく。
気づけば、繁華街を出て大地を駆けていた。
「教えないなら・・・力づくだよ!」ヒュオ
「……」バッ
先程から見向きもしないと思っていたが、技を繰り出そうとすると仮面はいち早く結月を手放した。素人ならそんな機転は利かない。つまり、仮面は実力者だ。
「正体が誰かもわからない奴に、連れて行かれる義理は無いよ」
「……」
仮面は何も喋らない。その時ようやく、結月は相手の姿をハッキリと見た。
三日月の様に細い目と口が描かれ、立体的な鼻が付いた仮面。全身を覆い尽くすほどの巨大な黒いマント。奴が身に付けているのは、それしか視認できない。何とも不気味である。
「倒してもいいのかな…?」
自分を拉致した訳だから、正当防衛という理由で倒すことは可能である。ただ、誰かもわからない相手にいきなり挑むのは結月の善心が許さなかった。
「だったら・・・逃げるが勝ち!」ズオッ
戦わないなら逃げるのみ。結月は相手との間に氷壁を展開し、間合いをとる。そして背中を向けて、元の道を全速力で走った。
しかし、それを不気味な仮面が黙って見過ごす訳がない。仮面の目が赤く光り、直後辺りに霧が立ち込めた。
「なに…これ…?」
酒によって倒れていたため、結月にとってこの怪しい霧を見るのは初めてである。一寸先は闇…もとい、一寸先は霧だ。だが、今の方向に真っ直ぐ進めば繁華街に戻るはずである。だから臆せずに結月は前進した・・・が、
「……嘘!?」
「……」ダッ
何が起こったのか、結月の目の前には赤い双眸の仮面がいた。慌てて結月は止まるが、仮面は一瞬で間合いを詰め、結月の背後をとる。そして、
「……」トン
「──っ」ドサッ
結月の首元に手刀を一発。その瞬間有無を言わさず、再び結月の意識は深い霧の中に沈んでいった。
*
「あの娘を攫った奴の正体・・・そりゃたぶん魔王軍の奴だ」
「どうして言い切れるんですか?」
作戦を練るために繁華街からの帰宅途中、カズマからそんな言葉が飛び出た。結月を攫った人物の正体がわかるならそれに越したことは無いが、理由は気になる。
「霧のこと覚えてるか? あの霧は魔力によって作られたものだ」
「それは思いましたけど、だから何です?」
「人が居なくなってたってことは、人避けの結界の一種だろう。しかも繁華街全域となると、かなり大掛かりだ」
「つまり、それができるのは魔王軍くらいだろう、ってことですね?」
「そういうこと。ま、正確には"幹部"かな」
カズマの辻褄の合う自論を聞いていると、不意に新しい単語が出てくる。尤も、晴登にとってはマンガでよく見かけるため、イメージは掴めた。要は"幹部"とは、魔王の次に偉い階級のことであろう。
「だったら、幹部はどうして結月を攫ったんですか?」
「そこはわかんねぇ。人質って訳じゃ無いだろうし。ただ幹部が直々に出てくる辺り、警戒はされてるんだろうが」
敵の行動が読めず、思考が滞る。理由が有ることは明白なのに、その理由が皆目見当もつかない。
「……考えても無駄そうだ。とりあえず、婆やに訊いてみっかな。魔王軍については、婆やの方がよく知ってるし」
「そうなんですか?」
「あぁ。何度が闘ったらしいからな」
「えぇ!?」
ここに来てまさかのカミングアウト。確かに、あの若々しい見た目で歳が三桁とかいう、マンガでしか居なそうな人物だから、何かしら秘密は有るだろうとは思っていたが。
「それに、俺だって・・・」
「?」
「……いや、何でもない。それより、急いで戻ろうか。少し走るぞ」
何かカズマが言いかけた気がしたが、誤魔化されたので言及しないでおく。晴登にとっては、結月を救うことの方が優先なのだから。
*
「・・・カズマの意見は合っとる。それは十中八九、"霧使いのミスト"じゃ」
「"霧使いのミスト"…?」
「魔王軍幹部の一人でな、その二つ名の通り霧を用いた魔術を使用する。アンタらが見たのは恐らく"隠密の霧"、対象と周囲の存在を乖離させる魔術じゃ。言わずもがな、上級魔術じゃよ」
「マジか…」ハァ
敵の能力の高さに、思わずため息をついた。二つ目の世界を作り出すだなんて、まるで"シュレディンガーの猫"を彷彿とさせる技である。
「それにしても、よく知ってますね?」
「生きてる時間が違いすぎるからのぅ。かれこれ、魔王軍と対峙するのは十回目になる」
「じゅっ…!?」
せいぜい二、三回程度かと思っていたが、ここでも婆やは予想を遥かに上回ってくる。澄ました顔の裏に、まさかそんな経験が有ったなんて。
「だったら、今まではどう立ち向かったんですか? 今回みたいに、自分勝手に異世界から人を召喚してたんですか?」
ここで、終夜は棘のある質問をした。どうやら先の一件で、婆やに対して嫌悪を示すようになってしまっている。
しかし婆やは臆することなく、その質問に丁寧に答えた。
「それは違う。今までは儂や他の村の者と闘っておった」
「じゃあ今回は何で?」
「もう…いないのじゃよ。奴らと渡り合える力を持った者が、儂以外に」
悔しそうな表情を浮かべる婆やに、さすがの終夜も何も言えなかった。
"いない"ということは、"この世にいない"ということだろう。つまり、魔王軍との戦闘は犠牲を伴う。婆やは一人、また一人と味方を失っていったのだ。その心情は到底測り知れるものではない。
「都合が良いのはわかっておる。本来なら、アンタらの世界を人質にもしたくなかった。でも・・・今回ばかりは儂らに力を貸してはくれまいか?」
今度は頭を下げて、婆やは助けを求めた。尤も、晴登は元より闘う覚悟である。それは他の者達も変わらないはずだ。ただ一人を除いて。
晴登達はその人物に視線を向ける。彼は立ち尽くしたまま何かを考えていたようだったが、徐に顔を上げると口を開いた。
「……わかりましたよ。俺も手伝います。ただし、今回で御免ですからね」
終夜のその言葉に、全員が安堵の表情を浮かべた。
*
「さて、あの少女を攫った理由についてじゃが、心当たりがある」
「何ですか?!」
「落ち着けよ三浦」
心当たりがあると聞いて黙っていられるものか。制止する終夜をよそに、晴登は話の続きを促す。
「奴らの目的じゃよ」
「えっと・・・イグニスの復活、でしたっけ?」
「うむ。実は復活には、"生贄"が必要なのじゃ」
「な…!?」
皆まで言わずとも、魔王軍が結月を攫った理由は理解できた。身内ならまだしも、そうではない人を巻き込むなどまさに非人道的である。魔王に人も何も無いだろうが。
「てことは時間の問題か…!」
「婆や、イグニスが封印されてるのは何処ですか?! 先回りしましょう!!」
「うむ、それが最善じゃろう。場所は・・・案内した方が早いか。儂も犠牲は出したくない。今すぐ出発するとしよう」
「「はい!」」
一行は身支度を始める。
いよいよ、魔王軍との闘いが始まるのだ。王都の時とは、また違う緊張感である。一体、魔王軍とはどんな奴らなのか──
「あの・・・」
「ん? 何だ?」
「俺達も闘うんですか? まともに戦えないのに…」
出鼻を挫いたのは二年生の一人だ。いや、彼らにとっては大問題か。何せ、武器を持たずに戦場に行こうとしているようなものだから。
しかし、その問いに対する終夜の答えは無慈悲なものだった。
「・・・もちろんだ。ついてこい」
「え、部長!?」
「ただし!」
終夜はそこで言葉を区切る。その表情は真剣そのもので、ふざけているとは到底思えない。すると不安気な二年生含む一同を彼は一瞥し、口を開いた。
「ただし、危ない時は逃げろ。俺らに構わなくていい。命を大事に、だ」
その時、晴登の心に電撃が走った。
どうして、そんなことを言い切れるのか。彼には命に関わる経験など無いはずなのに。それなのにどうして──そんなに堂々としていられるのか。
「尤も、俺らが指一本触れさせねぇけどな」ニッ
そうやって親指を立てる終夜を、晴登はただ尊敬の眼差しで見る他なかった。
*
一行は早々に支度を終え、イグニスの封印されている場所へと向かった。魔王軍が結月を生贄とするならば、先回りして阻止するのみ。戦闘は避けられないが、結月の救出が最優先である。
「それにしても、こんな山奥に在るなんてね…」
「へばってる暇ねぇぞ、辻」
「別にそうじゃないわよ。このくらい大したことないわ」
終夜と緋翼との会話でもわかる通り、イグニスの封印されている場所──婆や曰く"竜の祭壇"はこの山の奥に在るらしい。しかし山は鬱蒼と木が茂り、道というのも獣道のみ。登るのはそう容易くなかった。インドア派の晴登にとっては、中々苦である。
「…あれ、開けてきた」
だが、景色に変化が起こった。森が途絶え、目の前に学校のグラウンド程の草原が現れたのだ。空を見上げると、数多の星と共に紅い月が輝いている。不穏な風が晴登の頬を撫でた。
「まだまだ先じゃ。急ぐぞ!」
「はい・・・ん?」
先に進もうとした矢先、やけに辺りが静かなのに気づいた──いや、静かすぎる。晴登は嫌な予感がした。
その刹那だった。
「ふっ!」ジャキン
「カズマさん!?」
「全員構えろ! 敵襲だ!」
カズマが太刀を振るうと、両断された矢が晴登の足元に落ちる。
急いで辺りを見渡してみると、何ということだろうか。いつの間にか、前方からぞろぞろと何か大軍が押し寄せて来ていたのだ。その数にも驚かされたが、何よりも──
「骸骨…?!」
その大軍の正体に度肝を抜かれた。何と奴らは全て、鎧を身に纏った人型の骸骨だったのだ。どうやら武器は異なるようで、弓を持つ者も居れば、剣や槍を持つ者も居た。
「何だよあの数! 三桁は居るぞ!」
「奴らは魔王軍の兵士、"無魂兵"。その名と見た目の通り、死者の骸骨が兵士となっておるのじゃ!」
「じゃあ遠慮は要らないってことですね?!」
「不死身ではあるが、粉々にしてしまえば動くことはない! やっておしまい!」
「「了解っ!!」」
やはり魔王軍の強さは伊達ではない。相手の取るであろう行動を先読みして手を打っているからだ。となると、魔王軍は既にこの先に居るのかもしれない。だったら急いでこの軍勢を突破する他無いだろう。
「鎌鼬っ!」ヒュ
相手は骸骨なので、この技も遠慮なく放てる。晴登が放った風の刃は数体の骸骨の胴体を両断していった。
しかし数が数。一撃だけでは減った様子すら見られない。
「だったら何発も…!」
「三浦、力の無駄使いをするなよ。コイツらはあくまで雑魚なんだから」
「あ…はい!」
終夜の忠告を受け、晴登は敵の術中に嵌っていたことを悟る。そうだ、この後には幹部の相手もしなければならない。ここで疲れては元も子もないのだ。
どうにか突破する方法はないだろうか。そう考えていたその時、終夜が晴登の前に立った。
「だから俺が・・・道を開くぜ!」ドゴォン
「え、うわっ!?」
突如、真っ黒な閃光と轟音が地面に解き放たれる。空気がビリビリと震え、衝撃波が晴登達を襲った。
「何だ今の・・・って、道が…!?」
「突っ込むぞ!」
恐る恐る正面を見ると、なんとそこには、無魂兵の軍勢の中央を貫いて道ができていた。今の一撃でそこらの無魂兵が消し炭になったのだろう。さながらブラックカーペットである。
「けどまだ半分も倒せてないわ!」
「数が多すぎる! 俺の一発でも無理か…」
ここに時間を取られている暇はない。一刻も早く、結月を助けに行かなければならないのだ。そうなると・・・
「ここに誰か残って、引きつけるしかない…」
「「!!」」
まさに、伸太郎の言う通りである。この数の無魂兵を相手にするには時間が惜しい。であれば、この軍勢を囮の誰かが抑えつつ、結月を救出しに先に進まなければならないのだ。しかも先のことを考慮すると、実力者の終夜やカズマが囮役をするのは適切ではない。となると・・・
「俺が残り──
「「俺らが残ります!!」」
「・・・え?」
晴登が囮役を買って出ようとした時、それ以上の気迫で申し出た人達が居た。なんと二年生達である。晴登の頭上に"?"が浮かぶ。
「でも先輩達、戦えるんですか…?」
「チッチッチ。俺らを見くびってもらっちゃ困るぜ、三浦。安心しろ、秘策が有るんだ」
「ふっ、ようやく使う気になったか」
「部長、知ってるんですか?」
二年生の秘策について終夜は何か知っているようだった。。しかし、魔術を使えない人では、敵を引きつけることは難しいのではないだろうか。
だが終夜はすぐに結論を出した。
「よしわかった。ここはお前らに任せる。しっかりと引きつけておいてくれ」
「ちょっと部長!? いいんですか!?」
「さっきまで逃げ腰だった奴らがああ言ってるんだ。任せなくてどうする」
「それは……」
言い返せなくて晴登は押し黙る。本当に任せても大丈夫なのだろうか。
…いや、秘策を知る終夜が「任せる」と言ったのだ。信じるしかない。
「では、お願いします! 先輩方!」
「おうとも!」
「じゃあ俺らはまずここを突破するぞ。さっきの道は消えちまったから、もう一回いくぜ!」ドゴォン
再び黒雷が轟き、ブラックカーペットが出来上がった。一行は急いでそこを駆ける。
そして晴登達が先へと進み、二年生達は立ち止まった。
「・・・さて、ようやく俺らの出番だ」
「あんだけ部長に発破かけられてんだ。見苦しい真似なんかできるかよ」
「逃げたりはしねぇ。まっすぐぶつかってやる」
「それじゃ──始めようか」
後書き
バレンタインデーも過ぎ去り、何でもない時に更新していくスタイル。すいません、テストだったもんで。
未だにストーリー構成があやふやですが、とりあえずやりたいことが『二年生活躍回』。いつもはぐうたらしている二年生達は、魔術無しでどう闘うのか。そして、結月の安否は如何に。次回をお楽しみに。では!
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