フルメタル・アクションヒーローズ
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第7話 令嬢の謀略
「佐々波さん、少しいいかしら?」
「え……? ど、どうしたんですか吾野先輩?」
その日の放課後。
部活開始までに、まだ時間に少し空きがあった真里は、幸人のところに足を運ぼうとしたのだが。いつも送り迎えを引き受けてくれる吾野美夕に唐突に声を掛けられ、固まってしまった。
「あなたの今後について、相談があるの。テニス部の練習までには、まだ少し時間があるでしょう? ちょっとだけ、付き合って欲しいの」
「……はい、わかりました」
ただならぬ神妙な面持ちで、こちらを見つめる美夕の眼差しから、かなり真剣な内容の話題であると察した真里は唇を結び、深く頷く。
(……あれ? 恵、どこ行ったんだろ? 才羽くんのところじゃ、ないよね?)
そうして促されるままに、美夕の後ろを付いて教室を出て行く。親友の行き先に、女の勘を迸らせて。
そこへ一瞬、意識をそらしたせいで。彼女は見逃していた。
歪に口角を吊り上げた、邪悪な笑みで自分を一瞥する美夕の表情に。
それに気づいたクラスメートは、美夕の命令を思い出しながらも、恐怖のあまり何もできずにいた。
◇
「……」
その頃。校舎の中庭に移動していた恵は……物陰に隠れ、頬を染め、意中の男の背中を見つめていた。
話し掛けるタイミングを見つけられず、立ち往生に陥っているその姿は、さながら恋する乙女そのもの。普段の恵を知る者では、想像もつかない佇まいだった。
(……や、やばい。まともに顔も見れない。横顔チラッと見えただけで、体が……熱い。やばいってこれ、真里もこんな感じなのかな)
内側からの熱で体が火照る感覚に翻弄され、恵は目を回す。親友が抱いている感情を共有してしまった罪悪感や背徳感が、そこへ余計な「火」をくべていた。
このままでは一昨日の礼を言うことも、今後のことを尋ねることも出来ない。それ以前に、まともな話も無理だ。
そんな状況ゆえ、一旦出直そうか……と、踵を返した瞬間。
「玄蕃様、何か御用件でも?」
「はひゃあ!?」
くるりと振り返った幸人の言葉に、心臓が爆発するほどの衝撃を受け、動揺のあまり変な声が出てしまった。
思わず首をひねり、彼の方を見てしまう。つい先日まで、なんとも思わなかったはずの仏頂面が、今はなぜか……愛おしい。
(ま、真里……ごめん……)
そんな間違った感情は、早々に正さねばならない。だが、その実現はもうしばらく先になる。
自分の免疫のなさを痛感し、恵はそう結論付けるのだった。
◇
この広大な聖フロリアヌス女学院の敷地内には、近日中に取り壊し予定となっている旧校舎がある。
無人となり、静けさが支配する木造の校舎は、繊細な令嬢達には半ば恐怖の象徴として知られており、自分の意思で近づく者はほとんどいない、と言われている。
「あ、あの……どうして、こんなところまで……」
「あまり人通りの多いところでするべき話じゃないから、よ。あなたの場合は特にね」
それは普通の少女として生まれ育ってきた真里にとっても同様だ。元々、どちらかといえば内気で大人しい性格の真里も、こういった「いかにもお化けが出そうな場所」は苦手なのである。
なのであまり周囲を観察することはできず、悠々と軋む床を歩く美夕について行くしかなかった。ただひと気のないところに行くだけだというのに、階段を上がって最上階の五階まで登っている違和感にも、気づかないまま。
「え、えっと、それはどういう……」
「今、生徒会ではあなたを保護する目的で、役員として迎え入れる話が上がっているの」
「えっ!?」
「本当よ。それに、それだけが理由じゃない。一般家庭から進学してきた、初めての生徒であるあなたを立てることで、あなたを妬む上級生達に楔を打つ目的もある」
「……!」
「自分達を差し置いて、生徒会に入り込むあなたをよく思わない連中はいるでしょうけど……植木鉢の犯人のような奴でも、さすがに生徒会を敵に回せる愚か者ではないはずよ。曲がりなりにも、この女学院の生徒であるなら、ね」
振り返り、自信満々な笑みで美夕はそう言い切る。確かに現状、真里を保護できる有力な勢力は生徒会しかない。ここの生徒であるなら生徒会の威光に真っ向から立ち向かう愚かさもわかるはず。
真里を生徒会の正式な役員として取り込んでしまえば、いくら真里を憎んでいる連中でも、迂闊な手出しは出来なくなる。万一、彼女に手を出せば、全校生徒の頂点に立つ生徒会長、文村琴海を敵に回すことになるのだから。
「そ、そんな……ごめんなさい、吾野先輩……。先輩だけじゃなく生徒会長や生徒会の皆さんにも、わたしのせいでたくさんご迷惑を……」
「いいのよ、私達で決めたことなんだから。……ま、あなたが正式な役員になる前から、こんな話が漏れたら、何が起こるかわかったものじゃないからね。ちょっと辛気臭い場所だけど、許してちょうだい」
「い、いえそんな……」
美夕の言い分は尤もだ。
恐らく植木鉢の犯人の動機は、真里への嫉妬であるが……たったそれだけの理由で、殺人未遂手前の凶行に走るほどの激情家だとすれば。生徒会に入る、などという話を知れば、どんな手段で真里を潰しに来るかわからない。
そうなる前に、真里を安全に保護できるポジションに置くためには、他者を排した上で当人と話し合う必要があるだろう。
美夕の言葉から確かな気遣いを感じた真里は、そんな頼れる先輩の背中に、ほのかな憧れさえ抱くようになっていた。
その裏側に潜む、狂喜の貌など知る由もなく。
「ま……話の概要と、場所をここに選んだ理由はそんなところね。もう少し詳しい話を教室でするけど、テニス部が始まるまでには終わらせるから心配しないで」
「は、はい。本当にすみません、何から何まで」
「ふふふ、あんまりメソメソしないの。これからは、一緒に頑張る仲間なんだから。……さ、こっちよ」
そして、最上階の最奥の教室。
普通の生徒なら絶対に立ち入らない、その深淵の向こうへ。美夕は躊躇うことなく踏み込んで行く。
「はいっ、吾野先輩!」
もう少し冷静なら。もう少し、美夕の行動を疑っていれば。ここで違和感を覚え、適当な理由をつけて逃げることは出来ただろう。
だが、真里はいつも笑顔で送り迎えしてくれる上、こうして自分の時間を割いて気にかけてくれる美夕を、欠片も疑わず、教室に入ってしまった。
「……いらっしゃい。薄汚い庶民の小娘」
「え?」
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