フルメタル・アクションヒーローズ
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第198話 京都の兄妹
陰りの色を滲ませる灰色の空。風に煽られ、幾重もの音を奏でる森の木々。
人の心を映すように澄み渡り、せせらぎを響かせる河川。
その景色を見下ろす俺を乗せ、ヘリは京都の空を舞う。
ラドロイバーとの抗争に参加せんとする俺の意思が、久水兄妹に届くか否かは、この先に待ち受ける一戦に掛かっている。
勝ったとしても、後ろ指を差される未来しかないかも知れない。希望など、望めないのかも知れない。
……しかし、それでも俺は進まねばならないんだ。
「――見えたわよ。あれが、久水家の本家ね」
「……!」
森と川を抜けた先――古き良き文化を遺した街から、遠く離れたこの山奥。そこに、目指すべき場所がある。
その想像を越えた光景に、俺は思わず息を飲んだ。
五千坪はあろうかという広大な敷地に築かれた、古城のような木造の屋敷。森に囲まれているが故に、そこだけが時代の流れから切り離されているかのようにも感じられる。
これが、久水家の本家……。あの二人の、実家、なのか……。
「怖気付いた?」
「まさか。それより、件のシステムは間に合いそうなのか?」
「……鮎子の訓練はかなり順調よ。あなたにフラれると分かっていても、シンクロ能率は着実に伸ばしてる。それでも、あくまであなたの『データ』に合わせられるようになった、ってだけだけどね。そういう机上の空論が通じなさそうなあなたに、今のあの子がどこまで合わせられるか……」
鮎美先生は腕を組んで豊満な胸を寄せ上げつつ、ヘリの中でコンピュータに向かい、シミュレーションに臨み続けている妹に視線を移す。
その小柄な淑女の赤い眼差しは、心なしか病院で訓練していた時以上に煌めいているようであった。――まるで、何かが吹っ切れたかのように。
「……ま、当人達が決めたことだもの。姉の私がグチグチ言うつもりはないわ」
「ああ、ありがとうよ」
「けど、あの娘は他の聞き分け良い子ちゃんとは訳が違うわよ。あなたの命を救うために、あなたと敵対することさえ厭わなかったのだから」
「……そうだな」
「誰かを選んだ以上、選ばれなかった子にはきちんとケジメをつけておくこと。それが出来ない男に、モテる資格はないわよ」
「わかってるさ。それくらいはハッキリさせなきゃ、矢村にフラれちまう」
……そうだ。問題は、茂さんとの決闘に勝つことだけじゃない。梢先輩の気持ちとも、決着を付けなくてはならないのだ。
この戦いは、俺自身のケジメのためにも、避けて通ることはできない。例えあの二人にどのような罵声を浴びせられようとも、俺は俺の気持ちを通さなきゃならないんだ。
「さ、そろそろ降下するわよ。鮎子、いい?」
「……了解。先輩」
「うん?」
「……大丈夫、だからね」
降下準備を姉に促され、四郷はコンピュータを畳んでその場を離れていく。その途中、ぎこちない笑みを俺に見せながら。
……俺の都合でフラれて、その上でエゴに付き合わされて。それでも、俺を励まそうってのか。それで、あんたは……!
「さて、次は私が降りる番ね。……負けんじゃ、ないわよ」
「……ああ」
ヘリから吊るされたハシゴを伝い、訓練用コンピュータを背負う四郷が地面へ降りて行く。そんな妹に続くように、研究機材を背負った鮎美先生もハシゴに足を掛けるのだが……その背は、焚きつけるように俺を励ましていた。
こんな俺でも、助けようとしている。勝たせようとしている。姉妹揃って、割に合わないことをしやがる……!
「……勝つさ。絶対に、勝つ」
そう、誓いながら。俺は姉妹の後を追う。
今はただ、戦うことだけを考えていよう。それこそが四郷姉妹の激励への、せめてもの報いになると信じて。
――そうして、久水家の正門に広がる石垣の広場へ降り立った俺達を、静かに出迎えるように……一人の男が、その姿を現した。
「――よく来たな」
「――ああ。遊びに、とは言えん用事だがな」
獰猛に、それでいて狡猾に、獲物を狙うように細められた鋭い瞳。日の光を浴びて、まばゆく輝くスキンヘッド。百八十センチを悠に超える長身。
――そして、黒の袴姿の上からでも分かる、鍛え抜かれた浅黒い筋肉。
この男こそ久水財閥現当主にして、俺に次ぐ着鎧甲冑所有資格の最年少保持者、久水茂なのだ。
「……久水、茂……!」
「どういう風の吹き回しかは知らないけど――今日の彼、今までとは別人のような眼をしてるわね」
普段は西洋趣味にかぶれ、さながら英国紳士のような格好をすることの方が多い彼だが、今は本家である京都に身を置いているためか、いつもの姿からは想像もつかない和服に身を包んでいた。
「随分と、イカした格好じゃないか」
「貴様こそ、随分と似合う格好になったものだ。その衣が纏う炎、世の理から外れた狂龍には丁度いい」
とにかく、あんな好戦的な面構えで出て来たからには、のんびり話し合う気は向こうも持ち合わせてはいないと見ていい。
彼がご執心なはずの鮎美先生が近くにいるってのに、そっちには目もくれない有様だし――すぐにでも、俺と彼の一騎打ちが始まりそうな予感だ。
……すると、その時。
「あら、二人とも穏やかではありませんわね。そのような血の気の多さでは、どちらが勝ってもこの屋敷の敷居は跨がせられなくってよ?」
女の色香と、静けさを滲ませる柔らかな声が、緊迫した久水家の入口に響き渡る。
声色そのものは聞き慣れたものであるが、その穏やかな口調と佇まいは、まるで別の何かがとり憑いたのかと思う程の変わりようであった。
「その声、梢ちゃ……んっ!?」
「……こず、え……?」
それから僅か数秒の間を置いて、兄に続くように和服を纏う久水梢が姿を見せた――のだが。
その姿を認めた瞬間、四郷姉妹は思わず目を見開き、固まってしまっていた。それは、俺も同様である。
「梢、先輩……?」
「――龍太様。あなたの『ケジメ』など、何の意味もありませんわ。ワタクシは、ワタクシの思うままに生きておりますもの。これまでも……これからも」
当然と言えば、当然だろう。
あの水流のような長髪が、久水梢の茶色い髪が、バッサリと切り落とされていたのだから。
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