ラピス、母よりも強く愛して
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19第一回火星海戦
火星駐留艦隊。
混乱を極める火星地上軍とは違い、いつでも質量兵器で地上を壊滅させられる宇宙軍は、何事もなかったかのように落ち着いていた。
こんな場所にまでテロを起こせる組織は存在しないので、綱紀は弛みきって少ない娯楽に興じていた。
「おい、またハズレかよ、コロニーに落ちたぞ」
「コロニー落ちは罰金な。どけよ、俺様がバッチリ当ててやる」
ルナリアンだとかマーシアンは人間ですら無いので、上空から燃え尽きない程度のゴミや排泄物を落下させ、棄民がいる難民キャンプに当てて大被害を起こすために遊んでいる宇宙軍。
士官も娯楽に参加するほどで、後に回った方が修正が効いて、大気の動きによって流れる方向、船の速度による落下位置の変化を見れるので有利だが、先にビンゴを出した者が総取りの賭けなので順を争って遊びに興じていた。
「提督、木星方向より接近する船団ですが、艦隊全体にも知らせた方が宜しいのでは? 最近の規則違反や弛みには耐え難いものが有ります」
さすがに上層部は仕事をして、天測から木連艦隊接近も察知し、以前から木星周辺で活動している団体、建設されている居住区、要塞なども確認されていたが、国家秘匿案件なので公表は許されていない。
「何を知らせるのかね? 存在しない物を公表するなど有り得ない、何を言っとるのかね君は?」
「ははははっ!」
フクベ提督麾下の幕僚も腐りきっていて、1年の在任期間を延長、再延長され、交代人員は来ず、島流しにされて中央復帰が無理なのを悟った高官も、賄賂も接待の機会すら無い宇宙艦隊で、縦のものを横にする労力すら拒む役人根性に満たされていた。
「決定通りだ、木星蜥蜴は存在せん」
提督の決断で提案を却下された士官も、地球上空にいて週末には休暇が取れるスーパーエリート達とは違い、最悪の僻地で腐って行き、今回の提案でさらに減点された。
火星守備艦隊では、木連艦隊が目前に到着しても、名乗りを上げられようが宣戦布告を受けようが無視。
火砲で攻撃を受けてからようやく「正体不明の船団により攻撃を受けたので、テロ行為、海賊行為に正当防衛射撃を開始する」と宣言して始めて反撃ができる。
木連艦隊
遮蔽しながら全速力で火星に到達した先遣隊、途中で減速は行わず、重力ターンと大気圏での摩擦によって減速を行う、最悪の選択をしていた。
大半の船体が耐え切れずに爆発し、大気圏で燃え尽きるか、チューリップのようにユートピアコロニーに落下する事故が再現されるかと予測されたが、そんな船はラピスに消滅させられる。
「船体反転っ、逆噴射っ、減速開始っ! さらに火星大気圏内で重力転回を敢行するっ! 1ミリでも、1度でも突入位置を間違えると燃え尽きて死ぬぞっ!」
女神様救出のため、最初から帰還を考慮しない先遣隊は、最大戦速で火星に突入する。
血管切れそうな兵士と言うか、既に血管切れて血圧も上がりすぎ、ノルアドレナリンとかアドレナリン放出しまくりで、もう元の人生には戻れないほど漲っていた。
もちろん戦闘薬と呼ばれる麻薬を服用して、披露がポンと取れるどころか、3,4日眠る必要すら無く、食事も取らないでも大丈夫、反射神経とかも覚醒しちゃって、死ぬのすら恐怖でも何でもない。
「爆薬投下っ、火星地上基地を掃滅せよっ!」
質量兵器により地上軍を殲滅、決死隊でも有る降下部隊を全機投下。
潜入部隊と呼応して女神様を確保、戦隊は多少減速しただけで火星守備艦隊に特攻し、一撃離脱の後、さらに減速して無防備で殴り合う、無謀すぎる計画を立てていた。
指揮官は出師の表を書き「壮士立って再び帰らず」と言い辞世の句も残し、参加者は全員遺書を提出済み、それでも志願者が絶えず、落選した者は泣いて悔しがって戦友を送り出した。
「おさらば、靖国で逢おう! 女神様万歳!」
無線封鎖前に最期の別れが行われ、史上初の艦隊による大気圏突入後の重力ターンが敢行された。
火星には数十、数百の燃え尽きない流星が現れ、火星全土からも観測された。
その一部は火星の地上基地に落下して、位置エネルギーの全てを放出して蒸発する。
血と汗を流し、血の小便が出るまで訓練した成果により、着弾位置は1ミリもずれずに成功した。
「次元歪曲断層最大硬化、減速後に地上部隊を降下させるっ! 降下口ひら~け~!」
メキメキと音を立てて、キールを軋ませながら減速、転回を行うボロ船。製造プラントを使用して作ったのではなく、木連人が作った技術力が低い製品であった。。
両陣営には重力制御技術は提供されていないので、慣性の法則は無視できず、火星に急行した分だけ速度が高く、月脱出船と同じように絶叫マシーンへと成り下がった。
それでも士気は高く、死を目前にしても悲鳴を上げる者などおらず、復讐のために生残性も居住性も無視された船体には、溶接やボルトの一本まで命と魂が込められ、どんな破壊的な出来事が起こっても破断せず、乗員と降下兵の命を守った。
明人達優人部隊艦からも通常の機動歩兵が降下する。
跳躍が不可能な一般兵なので、たとえ病人でも、これ以降艦内に残って作戦に参加すれば跳躍空間に汚染されて死ぬ。
降下しても帰還は考慮されていない上、潜入部隊と呼応できなければ水と食料の補給すら受けられないが、これから三日間、戦闘薬によって睡眠も食事も不要な状態で破壊を撒き散らして、弾薬を使い果たした後、爆撃を生き残った地球軍に包囲されて散華する。当然虜囚の辱めは受けない。
「ここまで運んで頂き、ありがとうございましたっ! また靖国で会いましょう!」
声変わりして間もないような少年兵達は、全員笑顔のまま降下ハッチから消えた。
「ああ、靖国で逢おう」
高高度降下から低高度開傘、全員血の小便が出ても、さらに訓練した成果により、一人の脱落者も撃墜者も出さずに開傘、着地した。
「目標! 地球人基地! 格納庫内の機動兵器を爆破掃滅せよ! 展開後瓦斯を放出、火に近寄って瓦斯を無駄にするなっ!」
大型の機動歩兵は集結を待たず突撃を敢行した。木連にはジュネーブ条約が存在しないので、ABC攻撃、核兵器、細菌兵器、ガス兵器による攻撃が許可された。全てがルナリアンであった祖先が受けた攻撃と同じである。
「城塞都市には銃口を向けるな! 住民は新たな兵士であるっ! 火星人、月星人は同朋であるっ! 仲間を傷付けるなっ!」
小型核兵器を発射し、防爆仕様の格納庫を貫通して破壊を続ける大型の機動歩兵。
次元歪曲断層などは搭載されていないので、放射線の嵐に突き抜かれて長生きは出来ない。
現在基地外部に展開されている兵力が反転帰投次第、包囲殲滅され、弾薬が尽きれば自機のエネルギーを持って搭乗員もろとも自爆する計画である。
投降して機体が鹵獲分析されるような無様な行動は許されてはいない。
火星駐留艦隊。
「地上軍が攻撃を受けていますっ、質量兵器によって各基地は被害甚大、これは統制された軍事行動ですっ! 残存兵力にも降下部隊が降り立って、掃討されている途中ですっ、直ちに救援をっ!」
当直士官からの報告にも、酔ったままの幕僚は反応せず、勤務時間外に起こされた事にも激怒して、士官を罵り続けた。
「馬鹿もんっ! 地上軍の被害などで起こすなっ! ここは宇宙軍だぞっ! 一体何を考えとるんだっ? 頭がおかしいのかっ!」
もちろん頭がおかしいのは幕僚の方で、地上を破壊した艦隊は一隻も欠けること無く重力ターンと減速を成功させ、駐留艦隊に向かって殺到している。
「木星艦隊は全艦重力ターンを終了、こちらに向かっています、せめて大気圏内であれば姿勢を崩すだけで撃退できたはずですっ、もう会敵は間違いありません、今すぐ戦闘準備をっ!」
「ふざけるなっ! 木星艦隊など存在せんのだっ! せめて正体不明のテロ集団と呼べっ!」
そこでようやく到着したフクベ提督に詰め寄る士官たち、地上軍への攻撃や被害では、艦隊に警報も出せず、もちろん戦闘配備の命令などできない。
「提督っ、ご決断をっ! 艦隊決戦は不可避ですっ、直ちに戦闘配備をお命じ下さいっ!」
「あ~? 今日の当直指揮官は誰だったかな?」
フクベ提督まで深酒で酩酊し、駐留艦隊トップまでが腐敗していた。
(((((だめだこりゃ)))))
命令違反を犯して当直士官だけで警報を発令、戦闘配備をしたが、下級士官、一般兵士は笑うだけで、寝間着のまま部屋を出て、いつもの訓練か抜き打ちの訓練に笑い、怒り、罵りながらも集合しなかった。
先行決死隊及び優人部隊。
「これより地球艦隊に突入するっ、彼我の速度差は大きい、衝突すれば双方が破壊されるがそれは構わんっ、一人一殺、一撃離脱の後、減速しながら火星を一周し、さらに攻撃を加える。第一目標は地上の住人に対して質量攻撃が可能な中小型艦のみ、大型艦艇には目もくれるなっ、日頃の訓練の成果を見せよっ!」
「「「「「はっ!」」」」」
木連軍の士気は高く、さらに決死隊ともなると、宗教的陶酔に満ちた兵士が、散華や殉教を目指して死に急ぐ。
ラピス教団でも自殺は禁じられ、殉教後の天国なども約束されていないが、それでも兵士たちは死を願った。
地級艦に比べると小さい、居住性など一切考慮されていない中型の艦艇から、無人、有人の小型艦が爆装したまま分離し、減速中の戦隊を追い越しながら突っ込んでいく。
個体火力の小ささもあり、最大火力の誘導弾を発射後は、帰投も補給も考えにくく、行動を別にした母艦自体が会敵後生還を期していない。
無人機も有人機も発射後は自機と命を弾として砕ける戦法を迷わず選んだ。
「優人部隊突貫! 魔神、電神、鉄神、直ちに跳躍開始! 地級艦隊中央に出現し指揮艦艇を掃滅せよっ! 卑怯な奴らだ、病院船に隠れているかも知れん、赤い十字も迷わず目標とせよ!」
相対速度を無視できる「ジン」部隊は艦隊中央への特攻を命じられた。
先遣艦隊の決死隊が長円軌道で火星を一周してくる間、何の援護も受けられず、駐留艦隊と等速で移動して集中砲火を受け、数瞬跳躍空間に隠れる以外は逃げ道もなく、殲滅されるまで破壊を続ける。
「今までありがとう、靖国で会おう」
「おう、次は靖国で」
「女神様のためにっ!」
「ああ、女神様万歳」
目が完全にイっている九十九や元一郎も、同じ合言葉を整備兵と交わして出撃して行く。
しかしそんな行動は明人には許されないので、無限エネルギーと絶対防御が施された電神出撃時には違う言葉が交わされた。
「いや、俺は生きて帰る、女も待ってるしな」
「そうか、それじゃあ酒保で何か美味いものでも食おう、俺が奢る」
「ああ、泳いででも帰ってやるさ」
明らかな自殺作戦を生きて帰ると言った明人を、笑って見送る整備兵。どちらも生還は期していないので、次に会う場所は靖国だと信じていた。
「よく間に合わせてくれたっ、ありがとうっ、ありがとうっ」
配備が間に合わなかった雷神、炎神の骨格を持ち込み、予備部品などを掻き集めて準備された機体に搭乗する秋山。跳躍空間には降りられず、単機での近距離跳躍程度は可能になっていた。
「俺も逝ってきます、これまでありがとうございましたっ!」
当然、両機とも与圧機能も無く、片手と爆薬しか積んでいない特攻兵器に喜んで乗り込む三郎太。
九十九達とは同行できないが、戦隊と同じ軌道を巡り、女神様救助のために散華できるのを泣いて喜んだ。
「発艦!」
「「「「「応っ!」」」」」
三機は跳躍空間へ、二機は自爆攻撃のために火星上空へと飛び出した。
これまでの火の出るような練磨が、ついに結実する日が来た。
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