フルメタル・アクションヒーローズ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第92話 ダイナミック進水式
深いとも浅いとも言い難い、自然環境によりガーデニングされた林の中。
幾つもの筋となって差し込む日光を浴びながら、俺達はせっせと木を切り倒していた。
……手刀で。
「なぜだ!? なぜ財閥当主たるこのワガハイが、イカダ作りなど!?」
「我慢してくれ、これも四郷のためさ。それとも何か? 財閥当主たる紳士様は、愛しの樋稟様さえご無事なら、あとのレディはどうでもよろしいとでも――」
「さぁ一煉寺龍太、貴様もせっせと働け! か弱い姫君が、ワガハイの助けを待っているのだぞ!」
面白いほどに挑発に乗る茂さんは、何のパフォーマンスなのか全身をくねらせるように一回転しながら、薙ぎ払うような水平チョップを幹に叩き込む。
浮かれている姿は若干キモいが、こうして女の子のために(露骨なくらい)頑張れるんだから、この人にも「ヒーロー」の素質は……まぁ一応あったんだろう。多分。
――茂さんをこの林に連れ込み、木々をブッ倒してイカダを作り始めてから、およそ十五分。
着鎧甲冑の性能のおかげで、その作業はもうじきクライマックスを迎えようとしていた。生身の人間でもできる単純作業ではあるが、ほとんど体力を消耗しない分、ペースは段違いに早い。
……しかし、「林の中で手刀を振るい、図太い木を幾つも薙ぎ倒している、赤と白のヒーロー」か。端から見れば、おそらく通報ものだろうなぁ。
――電磁警棒を使うと、摩擦と僅かな電熱でボヤ騒ぎを起こしかねないので、パワードスーツとしての筋力増強に依存したチョップで丸太を調達。その後、出入りしていた時の長い草むらを手繰り寄せて縄を作り、並べた丸太にくくり付ける。それが足りないならば、木々に巻き付いている丈夫なツタで補う。
普通の人間にとっては、できなくはないが、なかなか骨の折れる作業だろうな。ましてや、今回のケースに関しては俺と茂さんしかいないのだから。
だが、そこを解決してしまえる辺りは、さすが着鎧甲冑、と言ったところだろうか。スーツ内にある、バッテリー式の人工筋肉による運動能力の変化に慣れさえすれば、体がいつもより何倍も速く、そして力強く動くようになったとしても、器用さは失われない。
二年前は、ちょっと足を踏み込んだだけで数メートルも移動できたことにまでたまげていた俺も、今では指先で藁同士を結び付ける作業も苦にはならない。
もっとも、これは単純な慣れというより、救芽井達による、あの二週間の特訓の賜物と言うべきだろう。現場でAEDや包帯セットのようなデリケートな物を扱う際に、勢い余って握り潰したりなんかしたら本末転倒らしいからな。
……にしても、例の長い草むらのうち、外側に生えていた部分はかなり乾燥していたから「藁」から作る縄の材料としては最適だった……という点については、かなりラッキーだったなぁ。そういや、ここ数日はシャレにならない暑さだったっけ……。
「しかし一煉寺龍太、貴様よくイカダの作り方など心得ていたな。それも、縄の編み方まで。庶民の学校ではそのようなところまで?」
茂さんは俺の教えたやり方で、藁として使える草を編む作業を続けている。
――って、なんで教えた俺より上手いんだよ……。明らかに運動能力の変化そのものには俺より慣れてやがるな。……どんだけ日頃から着鎧して訓練してんだか。
「……いや、俺の場合はちょっと、な」
――去年、「健全かつ強靭な精神を養うため」とか言われて、兄貴に無人島へゴールデンウイーク中に放り込まれたのを思い出し、思わず身震いしてしまう。あれは確か、県外の港へ兄貴に連れ出された時のことだった。
真水の確保、食料の調達。寝床の用意。そして、自力による脱出の準備。
それらを全てこなすことを強いられていた当時の俺は、ただ必死だった。人が住んでいる向こう側の港は、無人島の浜辺から見える場所ではあったが、泳いで帰れる場所ではなかった。
「ゴールデンウイーク中に港まで生還できなければ、俺はこのまま松霧町に帰る」。そんな無茶苦茶な条件を付けられてパニクる中、たどり着いたのが「イカダ作り」。着鎧甲冑などなかった当時の俺は、丸太の代わりに太めの枝を何十本、何百本もかき集め、今のように乾燥したイネ科の植物からできた藁を編み、縄を作り――イカダを自力で組み立てたのだ。
そして、食事など、最低限の生活能力を維持しながら慣れない作業を続けた後、俺はゴールデンウイーク最終日の夕焼け空の下、帰ろうとしていた兄貴の車にボロボロの格好で滑り込んだのだ。
厳しさしか見せなかった去年の兄貴が、俺に笑いかけたのは、その直後が最初であり――最後だった。
「――よし! 大体こんなもんかな」
「ふむ、ようやく完成か。しかし一煉寺龍太、こんな手間隙のかかる作業をするくらいならば、遊泳には使いづらくともボートを借りた方が早かったのでは?」
「あはは、それ言ったら元も子もないだろう。それに、こういうのは『気持ち』だよ!」
そして、着鎧甲冑を使った人間二人掛かりで組み立てたイカダを、俺は全力で担ぎ上げる。茂さんも何か思うところがあったのか、「紳士にあるまじき行いだ……」とぼやきつつ、俺の後方を支えてくれた。
林を出た途端に襲ってくる――はずだった日差しを、出来立てホヤホヤのイカダにガードしてもらいながら、俺達はようやく完成したイカダをお披露目するところまでたどり着く。
「りゅ、龍太君!? 帰ってこないと思ったら何を……!」
「な、な、なんやそれえぇっ!?」
いきなり林から飛び出してきた丸太の集合体に、救芽井と矢村は驚きの声を上げる。だが、四郷姉妹と久水は特に叫ぶような気配は見せなかった。四郷と久水の方は、声は出さないまでもビックリはしてるみたいだが。
「龍太様、それにお兄様……あなた達、まさか……!」
「……どうして……そこまで……」
久水は両手で口を覆い、四郷は珍しく目をしばたたく。ふふん、俺のサービス精神をナメるでないわ!
「ほら、いくぜ茂さん。出港ッ!」
「サーイエッサー!」
女の子からの視線を浴びたおかげか、茂さんもすっかりテンションが上がってノリノリなご様子。俺のペースに合わせてビーチを疾走すると、同時に両腕に力を込めて、海面へとイカダをスイングする!
「そらぁっ!」
「とぉうっ!」
着鎧甲冑を纏った人間二人にブン投げられたイカダは、青い空を虹のような放物線を描きつつ舞い、やがて凄まじい水しぶきと共に、日光に照らされた海面へと着水した。
「うおっしゃい! さて、着鎧解除――っと。よぉし四郷、これでもう言い逃れはできないな。観念して一緒に遊べー!」
「え、ちょっ――きゃああっ!?」
ぷかぷかと優雅に漂うイカダの丈夫さを確認すると、俺は流れ作業のように着鎧を解除し、次いでパラソルに隠れていた四郷を、世に云う「お姫様抱っこ」で強引に連れ出した。
何から何まで無茶苦茶過ぎるかも知れないが、背景ゆえか「引っ込み思案」を通り越してやたらと閉塞的な四郷に「人」らしく過ごしてもらうからには、これくらいのテンションで臨むくらいのことはしないと、ね。
――にしても、四郷の尋常じゃないテンパり具合が凄いな。鼻先まで真っ赤になって、口はワナワナと震えていて、視線はぐるぐると回っている。トンボでも落とそうと言うのかね、君は……。
「……あ、あ、あ……!」
「着鎧解除――む!? まっ、待て一煉寺龍太! 姫君をエスコートするのはワガハイの――」
「フッ! あんたにやらせるとは一言も言っちゃいないぜ。悔しかったら、悪い龍に捕まっちまったお姫様を助けてみろやクラァ!」
「う、裏切ったな貴様! 本当に裏切ったんですかァー! ……クッ……よかろう! ならば、ならば……! この久水茂が全身全霊を以ってして、我が超芸術的スパイクの錆にしてくれる!」
スパイクの錆って何だよ!? 踏む気か!? 兄妹揃ってソッチ系か!? つか、さっきはスパイクの的だったじゃねーか、あんた……。
ま、これで茂さんも加入することになったし、ようやく「みんなで」遊べるな。茹蛸みたいな顔になって目まで回ってるけど、四郷も遂に参加できるみたいだし。
――さぁ、人らしく遊んで、人らしく過ごそうぜ、四郷。せめて、今日くらいは、さ。
肩車で彼女をイカダに乗せて、そんな意志を視線で送る――が、当の本人はぷくっと桃色の頬を膨らませて、無言で顔を背けてしまった。ふむ、まだ友達になるには程遠いらしい。
まァいいさ。これからじっくり、他の女性陣とも交友を深めて――
「し、四郷さんったら……! お姫様抱っこなんて、私だってしてもらったことないのにっ……! いくら泳げないからって、甘えすぎじゃないのっ!?」
「ア、アタシやって、一番してもらえそうなくらい身軽やのにっ……!」
「鮎子のためにイカダを作るばかりか、あんな羨ましいことまで……ハッ! ま、まさか龍太様、矢村さんだけでは飽きたらず、鮎子までも妾に迎えようとッ!?」
……って、なんでそうなる!? 特に久水ッ!
ま、まぁ四郷が泳げないって事情は察してくれたみたいだし、思いっ切りぶつかった方が、案外友情に繋がるものかも知れないし。そういうのも……アリかな? 彼女達にそんなジャンプ精神が備わってるかはわからないけども。
「クックック……もはやチーム分けなどしても無駄無駄無駄ッ! ワガハイの狙いは、貴様一人だ一煉寺龍太ッ!」
……って、茂さんに至っては、チームワークを形成する意志が根こそぎ欠落してやがるけどッ!? なんか「ドドドドド」って感じのオーラがこれでもかってくらいに滲み出ちゃってますけどッ!?
やれやれ、こりゃあ相当な混戦になりそうな予感がするよ。せめて、四郷がなんかの弾みで落っこちる事態だけは回避しないとな……。
「ふふっ。及第点、かしらね。――さぁみんな、役者も揃ったことだし! 水上バレー、おっぱじめるわよぉーっ!」
――こうなることさえも、あんたの狙い通りだったのかも知れないけどさ……なぁ、所長さん。
ページ上へ戻る