フルメタル・アクションヒーローズ
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第91話 どうせなら、仲良しの方が
「お婿に行けぬ……」
未だ激しく照り付ける太陽。焼けるような熱気を上げる砂浜。天の輝きを浴びて、ますます煌めきを増す蒼い海原。
そんな中で俺がふと零した一声が、それであった。
あの後、俺はみんなに状況を報告し、例の件に関しては一旦保留ということになった。
一応は超人的な能力を持てる「救済の超機龍」はもちろん、「新人類の身体」もこの場にいるのだから大丈夫……という俺の主張もあるにはあったのだが、何より所長さんが強くそれを推していたのが決め手となったのだろう。
「せっかくのバカンスなんだから、水入らずで楽しまないと! あ、海には入るわよ?」などとはしゃぎ回る彼女に流されるかの如く、みんな元通りの雰囲気に戻っていったのだ。
確かに気掛かりではある……が、大方予想はつく。なぜコソコソしてるのかはわからないけど、な。
――そんなことより。
「見ましたのね? 見たざますね!? このワタクシでさえ、まだ一度もお目にかかれていないといいますのにぃ!」
「救芽井っ! あ、あんた、あんなところで、りゅ、龍太にあんなっ……!」
「うわあぁん! 違うのよっ! あれは、じ、事故でたまたまぁぁ……」
目の前で起きている凄惨な古傷えぐり祭りを、誰かなんとかして頂きたい。不審者の件より、まずこっちを水に流せよッ!
救芽井は矢村に羽交い締めにされた状態で、狩人の眼差しで迫る久水に尋問を受けている。というより、あの白い胸を揉みしだかれている。
顔を赤らめて怒っているようで、その実、興味津々な視線を彼女に向けている矢村。ナニを想像しているのか、眼前の薄い桜色の唇に、対象の胸を揉みながら全神経を集中させている久水。どっちもとんでもない方向に勘違いしているという事実は、明白だろう。
そんな羞恥地獄にブチ込まれている以上、愚痴の一つも言いたくなる。ゆえに俺は、呟くのだ。
「お婿に行けぬ!」
「……さっきも聞いた……」
「大事なことなので二回言いましたッ!」
一方、後ろの方では、相変わらず四郷が読書に興じている。海に来た意味、全否定してません……?
「それより一煉寺龍太ッ! 貴様、とうとう樋稟と……ワガハイの樋稟とッ……!」
「違うって言ってんだろ! なに血涙になって縋り付いてんだよ、離れろ! また海パンがズリ落ちるぅぅぅ!」
「こうなれば、こうなれば! 貴様のフルンティングを介して樋稟と間接キッ――げぶら!」
「……滅殺……」
――ま、なんだかんだで助けてくれるから良しとしとこう、かな? それでも背中の巨大マニピュレーターで生身の人間をブッ叩くのはやり過ぎな気もするけど。
「……さぁーってと! じゃあみんなで、また海に行きましょうか! 今度は水上バレーよっ!」
「むっ……所長! 今度の景品は無修正なんでしょうねっ?」
「なにをエッチなこと考えとるんや、あんたは!? 全くもぅ、龍太に纏わり付く虫ってホントに変態ばっかりやなっ!」
「あなたにだけは言われたくありませんのよ……」
どうやら、所長さんはまだまだ遊ぶ気満々らしい。バレーボールを両手で掲げ、セルフ装備のダブルボールをこれみよがしに揺らしていらっしゃる。
そして、なんか怪しい欲望を垂れ流しながら、他の女性陣三名も彼女に続いて海へと向かおうとしていた。
「海ぃ〜水着ぃ〜バカンスぅ〜おっぱいぃぃ〜!」
一度はビーチという名のマットに沈められた茂さんも、彼女らを追うように起き上がってきた。両手をぶらぶらさせながら、前のめりになるように歩き出すその様は、最早ただのゾンビである。
つか、最後の一言で完全にタガがはずれていらっしゃるな。こんな自爆的エロリストが財閥当主やってるんだから、世の中なにが起こるかわかったもんじゃない。
とにかく、今度は俺も参加しようかな。さっきは不審者の件で遊びどころじゃなかったし。
そんな心境で、俺は茂さんを後ろから見張るように歩き出す――が。
「…………」
そこから先に、進めなかった。
――というよりは、進む気になれなかった。
久水がしばしばこちらに向けて送る、誰かを案じる眼差しに気づいた瞬間、俺は金縛りにあったかのように動きが止まり――そして、彼女が「相変わらず」動かないままでいるという事実に、改めて直面する。
「四郷……」
「…………」
振り返った先に見える世界――たった一つの傘に閉ざされた、涼しげでありながら、どこか閉塞的なその空間。そこは、まるで彼女だけが違う次元に取り残されているかのような空気を作り出していた。
向こうはこちらなど見えていないかのように、ただ黙々と読書を続けている。比喩ではない、文字通りの「温度差」というものが、俺と彼女の間にある溝を、ますます深めてしまっているようだった。
自分には関係ない、自分が周りと一緒に遊ぶことはない。それが、彼女にとっての当たり前であるかのように。
――だが、そこに自然さはない。そうあるのが自然、という気にはならなかった。例え、彼女がどれだけ済ました顔をしていても。
彼女は……無理をしているのではないか?
根拠がなくとも、そんな言葉が何度も脳裏を過ぎるくらい――彼女の能面のような表情には、どこか堅苦しく、不自然な雰囲気が漂っているように感じられたのだ。
自分はこうでなくてはいけない。自分は一人でなくてはいけない。そんな叫びが、聞こえた気がする……。
――って、そもそも所長さんは何を考えてるんだよッ! 妹が泳げないのを知ってて、なんで「海でバレーしよう」なんて言い出すんだ!?
四郷のことも十分心配だけど、そろそろ一言ブチまけとかないと……!
「あの、所長さ――んっ?」
……という心境で、意気揚々と海を目指しているかに見えた所長さんの方へと振り返る。
だが、彼女は――俺が目を向ける前から、こっちにチラリと視線を送っていたのだ。まるで、俺の胸中など、全てお見通しであるかのように。
なんだ……? 所長さん、何か言いたげだったようにも見えたけど……。
「……一煉寺さんも、行けば?……」
そうして、俺が所長さんの向ける視線にたじろいでいるところへ、今度は妹の方が背後から声を掛けて来る。無関心そのものというか、排他的とも言えるような声色になっていた。
――それだけ、縁がない世界だっていうのか? 彼女にとって、俺達がいる場所というのは。
……そんなこと、ないだろ。
こんなに近いのに。日なたと日陰っていう違いしかないのに。縁がないとか、自分には関係ないとか、そんなこと、あるもんかよ。
「まぁ、行こうとは思うけどさ。四郷はどうすんだ? 本読んでることを悪く言う気はないけどさ、たまには日なたでエンジョイしても悪くないんじゃないか?」
「……確かに、そうかも知れない。けど、泳げないボクに、なにがエンジョイできるの……?」
にべもない返事で拒絶する彼女。その声色には、微かに怒気が含まれている。
「新人類の身体」ゆえの弊害――ってところなのだろうか。泳げないという点に限らず、あれだけ人間離れした彼女の能力は、その強力さに比例するように、人を遠ざけていたのかも知れない。
……まぁ、だからといって引き下がるほど、割り切りのいい性格でもないんだけどな。俺は。
「――そっか。じゃあ、海に出れれば遊んでやってもいいよ、ってことだな?」
「えっ……?」
遊びたくないのは、ここから動きたくないのは、自分が泳げないから。自分がそういう体だから。
そういうコンプレックス染みた動機で遊べないのなら、そこを曲がりなりにも解決してやるしかないだろう。
本人だって、それが出来れば頑なに拒否したりはしないはず。俺が漏らした一言に、それまで興味なさげだった彼女が、急に驚いたような表情で顔を上げたのだから。
「所長さーん、ここってゴムボートとかないんすかー?」
「うーん、残念だけど遊泳に使えるボートは置いてないわねぇ。あるにはあるけど、緊急避難用のエンジン積んでるタイプしかないわ」
「あ、わかりましたー。んじゃ、あそこの木、ちょっと使わせて貰っていいすか?」
「……えぇ、それなら、いくらでもどうぞ」
さっきからこちらを見続けている所長さんも、大体俺の考えてることには気づいているらしい。バレーしようって時にいきなりゴムボートの話を持ち込んで来たというのに、スラリと即答している。
……まさか、最初から俺に働かせる気でバレーの話を持ち出したんじゃないだろうな? まぁ、この際どうでもいいか。
「よーし、じゃあ行くぞ茂さん」
「むぐふぅッ!? ど、どこへ行こうと言うのかね!?」
俺は微妙に先行していた茂さんの海パンをむんずと掴み、さっきの林の中へと連行していく。
「あ、あそこに連れ込もうというのか!? 一煉寺龍太、貴様樋稟だけでは飽き足らず、このワガハイまでもッ……!?」
「内臓まで吐きそうなジョークはその辺にしとけ。それより茂さん、あんた『救済の龍勇者』の『腕輪型着鎧装置』は持ってるか?」
「む? まぁ、護身用にとパンツに忍ばせてはいるが……」
マジかよ、駄目元で聞いてみるもんだな。つか、俺達ってなにげに発想が一致してない? ちょっと認めたくない気もするけど。
「ちょっと、龍太君なにしてるの? 早くみんなで――」
「あー悪い、ちょっと先に始めといてくれよ。すぐ用意するからさ」
「用意? なんなんや、一体?」
「あはは、まぁ、ちょっと待っとけよ」
救芽井と矢村は、俺を呼び戻そうと声を掛けて来る。が、俺は止まるつもりはない。
二人は、四郷がいないことには特に気にしている様子がない。俺がいなくなると、こうしてすぐに気づくのに。
――そうなっているのは、どこかあの娘と関係を結ぶことについて、俺以上に「溝」を感じているからなのだろう。同じ時間を共にする「友達」なら、その当人がいないことに疑問を感じないはずがない。
心のどこかで彼女を避けているから、あんな風に四郷に対して関心を持てないのだろう。事実、二人が四郷と積極的に絡んだところを、俺はあんまり見たことがない。
また、海に向かっていた女性陣の中で、所長さんを除いて唯一四郷を気にかけていたであろう久水も、どこか遠慮気味な様子を見せており、今は四郷に対して申し訳なさそうに目を伏せている。
察するに、防水対策が施されていない、という「新人類の身体」の状況を知っていたから、誘うに誘えなかったんだろうな。
……別に、ここで恩を売ってコンペティションを有利に進めよう、だなんてセコいマネは考えちゃいない。
ただ、四郷だって体が少々他人と違うくらいで、中身はちゃんとした人間なんだってことを、救芽井にも矢村にも理解して欲しい。
そして、俺自身も彼女を……もっと、ちゃんと、理解してあげたい。そうすりゃきっと……友達になってくれるさ。久水だって親友になれたんだ。同じ人間の俺達に、できないわけがない。
それに、いずれ戦うんだとしても、どっちかが負けて終わるんだとしても。……別れる時が、来るんだとしても。どうせなら、仲良しな方がいい。きっと、そうだ。
「よーし着いた。んじゃあ茂さん。早速作るとしますか! ホラ、さっさと着鎧するっ!」
「わ、わけがわからんぞ。一体貴様はなにを作ろうと言うのだ?」
茂さんは、俺の一連の行動の意図が全く見えないらしく、林に到着した今でも困惑しているようだ。
そんな彼が可笑しくてしょうがなかったのか――いつしか、俺は口元をニヤリと吊り上げ、得意げに笑っていた。
「決まってんだろ? 無口でムッツリで、そのくせドSなお姫様でもエスコート出来る、魔法のボートだよ」
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