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提督はBarにいる。

作者:ごません
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ロシアン巾着で運試し

「新年、明けましておめでと~っ!」

 1月1日、午前0時。普段ならウチの店も閉めてるハズの時間に、ジョッキを打ち鳴らす音が響く。今年は満員御礼の店内だ、チクショウめ。それもこれも新年早々に厄介な任務を発令してくれやがった大本営のせいだ。

「いや~しかし今年はめでたいね!」

 赤ら顔で既に出来上がっている長波を、ジト目で睨む。

「なんでだよ」

「だってさ~、正月早々提督の店で酒が飲めるんだよ?こんなめでたい事は無いさぁ♪」

「うるせぇバカ、口閉じてこれでも食ってろ」

 そう言って俺は先程から大鍋で煮込んでいた『それ』を、3つばかり更に盛り付けて長波に出してやった。

「……何これ?」

「新春運試しメニュー・『ロシアン巾着煮込み』だ。中身は食ってのお楽しみ」

 おでんなんかに入ってる油揚げの中に具材を入れて煮込む巾着煮込み。アレ意外と好きなんだよな。何が入ってるかワクワクして。

「……まさか、食えない物は入ってないよな?」

「アホぬかせ。ちゃんと食べ物しか入れてねぇよ」

 長波は疑いつつも、皿に盛られた巾着の内の1つを摘まむとはぷっ!と噛み付いた。そして引っ張ると、中身がムニ~っと伸びていく。餅だ。正月だし、餅入り巾着は定番だから外せない。しかし、ただの餅巾着じゃあ芸がない。

「ん!チーズも入ってるらろこりぇ!」

「食うか喋るかどっちかにしろ、はしたない」

 餅と一緒に、とろけるチーズを仕込んでおいた。餅とチーズ、そして和風だしのおでんつゆの相性は意外な位いい。

「やっぱ餅巾着は定番だよな~。さてと、他の奴はー?……お、なんか固いなぁコレ」

 次に長波が目を付けたのは、さっきのチーズ餅巾着より少し小振りで丸っこくなった巾着。箸で摘まんだり、つついたりはしているが、油揚げを破って中身を確認するような不粋な真似はしない。それだと面白くないからな、その辺の機微はウチの連中は煩い。

「食べてビックリ玉手箱、ってな」

「んじゃ、遠慮なく……」

 ガブリ、と巾着に噛み付くと、中身がぷちりと弾けて汁が溢れだす。

「ミ、ミニトマト!?」

「意外と出汁で煮込むと美味いんだぜ?」

 2つ目の巾着の中身は、サッと洗ってヘタを取っただけのミニトマト。意外と思うかもしれないが、じっくりコトコト煮込んで出汁を染み込ませると酸味の角が取れて旨味も増す……要するに美味しくなる。長波も最初は目を白黒させていたが、2回、3回と味を噛み締めていくと好みの味だったのか、味わうように口の中で転がし始めた。





「お?何か面白そうな事やってる!」

「ロシアン巾着だってさ」

「提督、こっちにも巾着!」

「へいへい」

 長波に試食用の巾着を出していたのを発見し、こっちにも寄越せと騒ぎだす他の艦娘達。全く、欠食児童かお前らは。俺は手早く巾着を皿に盛り付け、手渡していく。

「長波ぃ、そろそろ行きますよ!」

「あ、ちょっ、待てよ巻雲!」

 店のドアを少しだけ開けて、晴れ着に着替えた巻雲が顔を覗かせた。どうやら姉妹揃って初詣にでも行くらしい。長波は慌てて椅子から降りて、バタバタと店を出ていった。

「もう、何で長波は巻雲の事を呼び捨てにするの!私お姉ちゃんなんだからね!?」

「いや、だってどう見ても巻雲は姉貴ってより妹……」

「むき~っ!巻雲だって、巻雲だって……ふえええぇぇぇ」

「な、泣くなよ巻雲!?何かアタシが苛めたみたいに見えるだろ!?」

 ……何故だろう、ドアの向こうで起きてる事が脳内再生余裕なんだが。

「ていとくぅ、村雨も構って構って~?」

 一人酔っ払いがいなくなったと思ったら、新たな酔っ払いが絡んでくる。正月とかこういう行事の時の宴会は、特にも質の悪い酔い方をした奴が多い。

「お前も酔ってるなぁ、村雨」

 長波が居なくなったのを見計らったように、先程まで長波が陣取っていた俺の目の前の席に村雨が移ってきた。

「ぶ~っ、だって姉と妹に先を越されたら、やけ酒もしたくなるってもんです!」

「先を越される……って、あぁ。ケッコンの話か」

 村雨が言う妹2人とは、時雨と夕立の事だ。駆逐艦らしからぬ火力を有する夕立と、大規模作戦での決定力のある時雨。戦果を期待される大鎮守府であるウチの状況を鑑みるに、その妹2人の錬度が他の駆逐艦よりも高くなるのは必然だ。何より、2人共包み隠さず俺に好意をぶつけてきてたしな。村雨もそれに追い付け追い越せの勢いで遠征や戦闘に自ら志願して参加していたが、未だ錬度が80を越えた所。ケッコンへの道程はこの辺りからがキツくなってくる。

「提督だって私の好意を知ってるクセに……イケズです」

「あのなぁ、俺ぁ村雨が無理しないかと戦々恐々としてんだぜ?」

 好意は素直に受け取る質だが、無理・無茶・無謀は俺の大嫌いな3つの『無』だ……つまりは無駄だ。無理や無茶をすれば身体に余計なダメージを与えて艦娘としての寿命を縮めるし、無謀は轟沈のリスクが常に付いて回る。昼行灯と呼ばれようが、俺はそんなのはゴメンだね。

「……そっか、私の焦り過ぎか」

「そういう事だ。ほれ、これでも食って温まりな」

 そう言って俺は長波の残していった巾着の皿に、新しく3つの巾着を足して村雨に出してやった。

「あら?他の人より一個多くない?」

「……内緒にしとけ。余り物で悪いが、そいつはサービスだ」

 依怙贔屓はすまいとは思うものの、やっぱり自分に好意を向けてくるオンナってのは、他に比べて可愛く見えるもんさ。

「えへへ……じゃあサービスされたオマケから食べちゃお♪」

 嬉しそうに顔を赤らめながら、長波の残していった巾着にかぶりつく村雨。

「ん?……あ!これ、たこ焼き!?」

「おう、たこ焼きも入れたっけな。大阪でたこ焼き茶漬けってメニュー出してる店があってよ」

 そこのたこ焼き茶漬けというのが、ご飯の上にたこ焼きを乗せ、その上から熱々の鰹出汁をかけて出汁茶漬けにして食べる、という変わったたこ焼きの食べ方をしていたのだ。そこから発想を得て、巾着の油揚げの中に冷凍のたこ焼きを仕込んでみた。俺も味見してみたが、甘めのおでんつゆをたこ焼きが吸って、中々どうして美味しく仕上がっていた。

「ジューシーなたこ焼きって、何か新鮮かも!」

「でも、美味いだろ?」

「うん!」

 次は何かな~?と、楽しそうに巾着を選ぶ村雨。残るは3つ……その中でもとびきりふっくらと膨らんだ巾着を選んでガブリ。

「ん!挽き肉……でも野菜も入ってる」

「そいつぁ『おいなり餃子』だな。餃子のタネを油揚げで包んである」

 五目巾着もいいんだが、飽きてきた頃に思い付いてな。試しにやったら中々美味くて、おでん作る時なんかに気が向いたら作るようにしてる1品だ。

「これなら、普通に焼いても美味しそうね」

「あぁ、フライパンで油を引かずに焼くと油揚げがパリッとしてな。香ばしくてこいつがビールのお供に最高なんだ」

「あ~ん!なんでそうお酒が飲みたくなる妄想を掻き立てちゃうの!?」

 そりゃあ、そういう商売だからな。

「もう……あれ、これもおいなり餃子?」

 先程食べた巾着と同じような形の巾着をつまんで、首を傾げる村雨。

「いや?全部別の巾着を入れてあるぞ。とりあえず食ってみれば解るだろ」

「じゃあ遠慮なく。ん?モチモチしてる。でもお餅みたいに伸びない……何これ」

「そいつぁジャガイモだな。いも餅みたいに潰したイモに片栗粉と塩を混ぜてな、油揚げの中に詰めてある」

 餅ほど粘り気がなく、程よく蕩けてモチモチ&とろ~りの食感。その上イモの中に他の具材を詰めてバリエーションも楽しめる。俺がレシピを教えた知り合いなんぞ、このイモ巾着ばかり何十個も仕込んで煮て食ってたりする。イモの中にチーズや明太子なんかを入れて味を変えてやれば飽きないと言ってたが……食い過ぎだろ。

 さぁ、残る巾着は1つ。

「あ、うどん!」

 そう、冷凍うどんを半解凍位にして、適当な大きさに切って油揚げに詰めてみた。巾着ごと食べればきつねうどんになるワケさ。

「どうだ?ロシアン巾着は」

「う~ん……でも、どれを食べても美味しいから皆大吉じゃないかしら?」

「こいつめ、嬉しい事を言ってくれるじゃねぇか」

 一年の計は元旦にあり、って言うしな。こういう騒がしい元旦もたまには悪くない。
 
 
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