そうだ、つまらない話をしてあげよう
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素晴らしい!!
拍手喝采。大きなお口を開げてカッカッと笑うお爺さん。しわしわの大きな手で叩かれた音は大きくて、公園を歩く人たちが不思議疎な顔でこっちを見ているわ。見なくていいからさっさと自分の日常に戻りなさいな。このつまらない舞台には私と、この汚く唾をまき散らすお爺さんだけで十分だわ。
「いやあ。実につまらなくて最高な話だったよ」
大きな声でお爺さんは、ニヤニヤと笑いながら言ったわ。
「私の話がつまらないと感じるなんて、見た目通り感性も貧相でつまらないものなのね」
だから私は突き放すように言ってあげるの。この能天気な大馬鹿者にはこれくらい言ってあげないと理解できないでしょうから。
「そうかな? 君の話は誰が聞いてもつまらないと言うと思うけどなあ。
だってこの話、途中からお姫様の話じゃなくて君主観の話になっていなかったかい?」
「そうかしら?」
「無意識にそうなっていたのかい? それは重傷だ。それではこの話はお姫様の話ではなく、君の話になってしまうよ」
あわあわとこれ見よがしに慌てふためいて見せるお爺さん。愛娘の書いた話が見ず知らずの少女に汚されたからって何をそんなに慌てふためく必要があるのかしら。元から駄作なのだからこれ以上悪くはならないでしょうに……なんていう心配はどうらら危惧だったようね。
「君のようにつまらなそうな顔をしたお嬢さんが、醜い化け物なわけあるわけないじゃないか。こんな美しい顔のお嬢さんを化け物だなんて言う輩が居たら、わたしは叱っているね」
そんな事胸を張って言う貴方を私は譴責させたいわ。何をくだらないことを言っているのよ。私が醜い事はこの場に居る誰もが知っている事であり、毎日鏡で見てる私自身が一番よく知っている事実だわ。
「ふんっ。そう思いたいのなら勝手にそう思えばいいじゃない。綺麗か醜いかなんて私には関係の無い事よ。私は別に誰かに評価されやくて、話をしてあげたわけじゃないんだから」
そう強がりを言ったのは間違いだったかしら。お爺さんはすっごく悲し気な顔をしてご自慢のお髭をさすっているわ。お爺さんを傷つける事に成功したのはいいけど、そんな顔をされたら……癪に障らないわ。
――ごーん。ごーん。ごーん。
「おや……? もうそんな時間か」
「ああ。もうそんな時間なのね」
ちらりと見上げた時計の短針が三のところで止まっていたわ。鳴った鐘の音は三時になった事を知らせるためものあり、このつまらない舞台が終わりを告げる音でもあるの。
そう。もう三時間もつまらないホームレスのお爺さんなんかと、つまらないお喋りをしていたのね。
「なんて有意義な休日だった」
「なんて退屈な休日だったのでしょう」
お爺さんは開いた本を閉じ鞄の中へしまい、私は広げたお弁当箱を風呂敷で包み鞄の中へしまう。
「最高につまらない話をしてくれてありがう、つまらなそうな顔をしたお嬢さん」
「最高につまらない話だったわ。つまらないお爺さん」
私達は同時に鞄を手に持ち立ち上がった。
「お嬢様。時間です」
この世界には空気を読むという文化は無くなってしまったのかしらね。皆の憩いの場所である公園に不釣り合いな全身黒いスーツの集団が私を取り囲むの。彼らは私を迎えに来た使者だから。
「おや豪奢なお迎えだね」
黒の壁の向こう側からお爺さんの声が聞こえたわ。もしかして皮肉を言われているのかしら。良く聞こえなかったわ、残念ね。
「お別れの時間のようだね」
「別れの時が来てしまったようね」
黒服に先導されるまま私は歩き出す。背後からお爺さんの寂しそうな声が聞こえるような気がするけどそれは気のせいね。
「つまらなそうな顔をしたお嬢さん。もしまた何処かで出会えたなら――」
「つまらない人生を送ったお爺さん。もしまた何処かで会えたなら――」
立ち止まり振り返る。見えるのは黒の壁だけだけど、それでも私は誰にも聞こえない小さな声で囁いた。
「――またつまらない話をしてね」
―To be continued-
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