「け、決闘ぉ!?」
「ですってぇぇ!?」
新装されたばかりの部室に、矢村と救芽井の素っ頓狂な声が響き渡る。
そんな彼女の前に置かれた、真っ白な椅子に踏ん反り返る久水梢。そして、その隣にチョコンと座っている、
四郷鮎子という眼鏡少女。
「その通りざます!」
「……梢、相変わらず強引……」
俺は女性陣が椅子に腰掛けてテーブルを挟んでいる中、着鎧した状態のまま救芽井の傍に立たされていた。対外的な意味での見栄えをよくするためらしいのだが、これじゃまるで執事みたいじゃまいか……。
――あのあと、救芽井に合わせろと迫る久水と、彼女に付き従っている(?)四郷の二人を抱えて、ここまで大急ぎで戻ってきたわけなのだが。
久水は着いた途端に俺を蹴り倒し、礼も言わずにズカズカと部室に乗り込んでいったのだ。四郷は無表情ながらも、ペコリと頭は下げてくれたんだけどな……。
まぁ、どうせ俺だし、今はそのことは置いておいても構わないだろう。そんなことより百倍重要なことが、目の前で繰り広げられようとしているんだから。
「まとめると、つまりこういうこと?」
眉をヒクヒクと震わせながら、救芽井は不機嫌そうな顔で事情のおさらいを始めた。
「以前私が振った資産家・久水家の当主である
久水茂と、こちらで決められている婚約者とで、私を賭けて着鎧甲冑で決闘しろ、と」
「そういうことになるざます。ワタクシ達が負けた時は、無条件でスポンサーになって差し上げることになっておりますわ。ただし! お兄様が勝った時は、あなたは久水家の妻として迎え入れられることになりますのよ。フォフォフォ!」
彼女の兄であり、久水家の当主であるという、久水茂。
彼は以前ニュースになった、「婚約者の存在を理由に、救芽井への求婚を断られた資産家」の人なんだそうだ。
そのあと、個人資産を注ぎ込んで「救済の龍勇者」の「G型」を購入し、護身用として運用しているのだとか。
見るからにイライラしてる救芽井をさらに煽るかのように、久水は高らかに笑う。今に始まった疑問じゃないんだが、あのおかしな笑い方はなんなんだマジで……。
「……本当は『おーほっほっほ』って笑いたいらしいんだけど、滑舌が悪いからあんな笑い声になってるんだって……。コンプレックスみたいだから、言わないであげて……?」
そんな俺の胸中を察してか、四郷がボソリと補足してくれた。そういや、資産家の娘とつるんでるなんて、この娘は一体……?
「なぁ、君は久水とどういう関係なんだ?」
「……ボク、梢の友達……。少なくとも、ボクはそのつもり……」
小声でちょっとした質問を投げ掛けてみたら――まさかのボクっ娘発覚。ま、かわいいからいいか。
……にしても、妙に暗いよな、この娘。生体反応にも引っ掛からないなんて、どう考えても普通じゃなさそうなんだが。
――本来なら、救芽井としても彼女の実態について問い詰めたいところなんだろうけど、さすがに今はそれどころじゃない。もしかしたら、救芽井エレクトロニクスの日本支社にスポンサーがつくのと引き換えに、救芽井が久水の家に連れ込まれることになりかねない事態なんだから。
「もちろん、拒否権はあなたにあるざます。スポンサー探しに喘いで無駄な時間を費やすのも、我が家に嫁いで新たな道を切り開くのも、あなた次第ですわ」
「……なんで龍太が負けることが前提なんやっ!」
余裕の笑みを浮かべて脚を組んでいる久水に、矢村が般若のような形相で食ってかかる。椅子から立ち上がり、声を張り上げるその姿に、俺は思わず圧倒されそうになった。
「あら、龍太と言いますの? 救芽井家の婚約者というのは」
「グッ! ……み、認めたかないけど、今はそういうことにされとる……みたいやな」
「そういうことにされてるって何よ! まるで私達が無理矢理に龍太君をお婿さんにしてるみたいじゃない!」
「いや、正にその通りだろ!? 俺の人権ガン無視ですかー!?」
自分のやってることに何の疑念も持っていない彼女に、俺は思わず突っ込んでしまう。
いろんな意味で目が離せないよな、この娘。ほっといたら知らない間に印鑑押されてそうだし。……俺を婿にするって話がマジであれば、だが。
「では、そこの赤い殿方が? 随分と品のなさそうな男ざます。……龍太……龍太?」
その時、久水は何かに感づいたように眉を潜めた。考え込むような表情で、なまめかしい唇に人差し指をそっと当てている。
……まさか、覚えてるんだろうか? 俺のこと。うわぁ、ヤベェぞコレは……。
「とにかく、そんなに自信満々なら受けて立つわ! 日時は一週間後だったわね!?」
「――そうざます。場所は町外れの裏山にある、私達の別荘ですわ!」
清々しいほど挑発に乗ってしまった救芽井は、あっさりと決闘の話を承諾してしまった。久水は何かを思い出そうとしていたところに声を掛けられたためか、一瞬不機嫌そうな表情を浮かべたが、すぐに高飛車な態度を取り直してみせた。
どうやら、当事者たる俺が全く入り込むことができないまま、決闘の話が固まってしまったらしい。基本的人権の尊重はどこに行ったんだ……。
「ふんっ! 龍太はな、恐くて悪いロボット軍団だってやっつけたんやで! ボンボンのオッサンになんて負けるわけないやろっ!」
「お兄様はまだ十九歳ざますよ!? 確かに老け顔には違いないざますが……」
「つーか、その『ロボット軍団』を片付けたのはお前だったろーが」
俺はちょっと荒っぽく、わしわしと矢村の頭を撫でてやった。功績を褒められて嬉しかったらしく、彼女は「えへへー」と満面の笑みで俺を見上げている。
しかし、久水の兄貴だっていう茂さん、十九歳で資産家の当主やってんのか……? 俺と二つしか違わないってのに、たいしたもんだ。
「私も珍しく矢村さんとは同意見ね! 龍太君の強さを見たら、きっとあなたも久水茂さんも腰を抜かすわ!」
何が気に障ってるのか、救芽井はやたらと声を荒げて久水に抗議している。いや……なんか二人とも、俺のこと持ち上げ過ぎじゃない?
だいたい、決闘の類は日本の法律で禁止されてるんじゃないのかよ? 金持ちの世界は、法の正義さえ捩曲げてしまうというのか!
……いや、それよりも。
着鎧甲冑は、こんないさかいのためにあるようなものじゃないはずだ。人を助けて、命を繋いでいくために造られたものじゃないのか?
俺は――やりたくないな、出来ることなら。
「いい度胸ざます! 一週間後が楽しみざますね! 鮎子、今日はこの辺でおいとましましょうか」
そんな俺の胸中をよそに、久水は四郷を連れて部室を出ようとしていた。意気揚々とこの場を去ろうとする、彼女の後ろを歩いていた四郷は、一瞬俺の方を見ると、サッと久水に続いて部屋を立ち去ってしまった。
俺の顔、なんか付いてるのか……?
「ふー……やれやれ、とんでもないことになっちまったなぁ」
彼女達が帰っていったのを確認して、ようやく俺は着鎧を解除した。このクソ暑い炎天下で長時間の着鎧とか、マジで死ねる……。
俺は胸元の服をパタパタと揺らして涼みながら、やっとこ椅子に腰掛けた。
「龍太君以外の男の人と結婚だなんて、考えられないわ! 後から図々しく出てきたって、あんな人のお嫁さんになんてなってあげないんだから!」
「よっぽどお前の好みに合わなかったんだな、その茂って人」
「当たり前よっ! だから龍太君、絶対に負けないでね! 今から特訓しましょう!」
「龍太のことバカにするなんて許せんけんなっ! アタシも賛成や! 鼻あかしたれっ!」
「なんでお前らだけそんなにやる気満々なんだよ……」
昨日までは、一応は平凡な夏休みだったはず。……はずなのに、いつしか俺は救芽井を賭けて、会ったこともない人との決闘に臨むハメになっていた。
こんな着鎧甲冑のコンセプトをガン無視するような決闘、どうあってもお断りする展開になるって思ってたんだけどなぁ……。着鎧甲冑の観念に背くくらいなら、俺なんかポイ捨てしちまった方がマシだったろうに。
救芽井も矢村も、俺なんぞの何が良くてこんな事態を築き上げてるんだかな……。
俺は夏の陽射しを窓から見上げ、これから起こるであろう一悶着にため息をつく。
「それに、まさかあの娘とこんな形で出くわすなんてなぁ……」
――久水梢。
それは紛れもなく、俺の初恋相手の名前だったのだ。
小学生の頃、俺を振った強気な女の子。
あの歳不相応な気高さは、今も俺の記憶には焼き付いたままだったようだ。