フルメタル・アクションヒーローズ
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第56話 高飛車お嬢様と眼鏡ロリ
着鎧甲冑の運動性は正に超人的であり、走るスピードやジャンプ力も、普通の人間の数倍になる。
その中でも最高峰とされているだけあって、「救済の超機龍」の性能は、着鎧している俺自身が翻弄されかねない程だった。
俺は今、家屋から家屋へと素早く飛び回り、目的地である「松霧駅前の交差点」へと向かっていた。
こんな漫画でしかお目にかかれないような動きで、住み慣れた町中を飛び回ってるっていうのは、なかなか新鮮な気分だ。ウンザリするほど見慣れたはずの公園も、住宅街も、まるでよく似た別世界のように見えて来る。
だが、この力を行使しているということは、そんな感傷に浸っている場合じゃない、ということも意味している。
あの赤く点滅していた光。あれは救芽井によると、危機状態を感知している人間に反応した場所を指しているらしい。
『人間が恐怖を感じたり、興奮したりする時に分泌されるアドレナリン。それが日常生活では達し得ない数値にまで上昇した時、地球外から監察している我が社の通信衛星が異常を感知して、赤い点滅でサインを送るのよ』
屋根から屋根へ跳ね回る俺の耳に、救芽井からの通信が入り込んで来る。
つまり、人間のビビりパラメータに反応して、異常性を知らせてるわけなんだな。
「その反応は、今は一つだけなんだな?」
『ええ。交差点とは言っても歩道の傍をうろついてるみたいだから、車に撥ねられたりしたわけじゃなさそうなんだけど……』
「わからねーぞ。コンビニにトラックが突っ込むような事故だってありえなくはないんだ。交差点にイカれた車が特攻してても不思議じゃない」
こっちからは、救芽井が見ているであろう電子マップは見えないが……現場にたどり着けば、事故がどこで起きたかは一目瞭然だろう。
今の着鎧甲冑にできるのは、簡単な応急処置か、病院に駿足で抱えていくことぐらいだが……それでも助かる可能性が少しでもあるなら、試す価値はあるはずだ!
ゆえに俺はわずかでも距離を縮めるため、公道をガン無視して建物から建物へと飛び移りながら移動していた。
赤いスーツを纏った男が、屋根や石垣の上を駆け、跳び回る。その様はさながら、蜘蛛の力を手に入れたスーパーヒーローのように見えることだろう。
道行く住民の皆が、俺を奇異の目で見ているのがわかる。着鎧甲冑の新型だとは知らないんだろうから、相当怪しまれてるに違いないな……。
たまに写真を撮られてることが気にかかりながらも、俺はなんとか例の場所までたどり着くことができた。
――だが、そこまで来ても事故現場らしい状況は見つけられなかった。車は普通に行き交ってるし、特に人が騒いでる気配もない。
俺は少しでも見渡しが良くなるようにと、近くの商社ビルの屋上までよじ登り、そこから交差点を一望した。
「救芽井、交差点についたぞ! 正確な場所は!?」
着鎧する前と変わらず、俺の右手に巻かれている腕輪に話し掛けてみる。しかし、返ってきたのはやや困惑した声色だった。
『ちょっと待って! 微妙に赤点の場所が移動してるわ!』
「移動? ……じゃあ、別に車に撥ねられたりしてるわけじゃないのか」
場所を移せるくらい動いてる、ということは、そのくらいは元気ってことなんだろう。そう思うと、不謹慎ではあれど少し安心してしまう。
――だが、そんな束の間の安堵も、次の瞬間には消し飛んでしまった。
『これは……路地裏!? 龍太君、あなたが今いるビルから、右に七軒進んだ先の路地裏よ!』
「――路地裏だって!?」
そんな物騒なワードから推測される展開は、ただ一つ。
俺は救芽井の指示に条件反射で服従し、目的地で起きていることを想像する時間も惜しんで、ビルからムササビのようにダイブした。
片膝と両手をつく格好で着地すると、そこからクラウチングスタートの要領で駆け出していく。
一軒、二軒、三軒……と、うっかり通り過ぎないように正確にビルの数を呟きながら、俺は先刻の路地裏を目指した。
そして、いよいよ例の場所にたどり着く。
俺は足が焦げそうなくらいの摩擦を起こしながら、そこの目前にブレーキを掛けた。
「この先で間違いないんだな!?」
『え、ええ。だけど――』
今は救芽井の発言の先を聞く猶予もない。俺は彼女の言葉が終わるよりも先に、薄暗く狭い路地に飛び込んだ。
――そして、絶句してしまう。
「フォーッフォッフォッフォッ! ワタクシ達に狼藉を働こうなどとは、愚鈍の極みでざます! さすがは何もない田舎のグズ男共ですわねぇ!」
「ふぉーふぉっふぉっふぉ〜……」
見るからにガラの悪い、ヤクザのような男達に襲われていた――と思われていた、二人の少女。
彼女達の足元には、その厳つい男達が生ゴミのように転がっている姿があったのだ。
まるで某宇宙忍者のような高笑いを上げているのは、茶色のロングヘアーの巨乳美少女。年頃の女の子にしては、少々口調がアレな気がするが。
艶やかな唇に、救芽井に通じる高貴さを持つ色白の肌。翡翠色のつぶらな瞳に、彫像よりも整い尽くされているかのような目鼻立ち。
やたら大仰な口調と、高価そうな日傘で倒れている男をバシバシ叩いている姿を見ると、あんまり想像しにくい――というかしたくないのだが、おそらくどこかの金持ちお嬢様なのだろう。
だがそんなことより、あの巨峰はなんだ。エベレストか、チョモランマか。……いや、どっちも同じか。純白のブラウスと、淡い桃色のタイトスカートを履いているのだが、ブラウスがノースリーブなおかげで、いろいろとアレが強調されているようにも見えてしまう。
下手をすれば、救芽井以上かも知れない。あの揺れを矢村が見たら、嫉妬を通り越して殺意が湧いてしまいかねないぞ。
そんな危ない印象をのっけから与えているこの少女だが、その隣にいるもう一人の女の子も、相当な美少女のようだった。
サファイアを思わせる水色を湛えた長髪を、滑らかなサイドテールに纏めて右側に垂らしている。その一方で、瞳の色は燃え滾る炎のように紅い。
人生のほとんどを、屋内で過ごしてきたのかとさえ思うほどの、真っ白な肌。恐らく、今まで見てきた中で一番白いぞ、この娘。
顔立ちは、すぐ傍でやたら荒ぶってるお嬢様(?)に負けないほど整ってはいるが、その表情のなさは、さながらアンドロイドのようだった。黒い丸渕眼鏡を掛けているのも手伝って、どことなく冷たい印象を受ける。
身長は……矢村より少し小さいくらい、かな。胸は――仲間が増えるよ! やったね矢村ちゃん!
……それはさておき、黒のTシャツに青いミニスカートという些か地味な格好だ。隣にいるお嬢様星人とは、明らかにタイプが違うと思うが……なんで一緒にいるんだろうな。
さっきは彼女に合わせて、無表情に加えて棒読みながらも、同じ笑い声を上げていた。もしかしたら、仲良しなのかも?
……って、いやいや、そこは今問題じゃないだろう! 彼女達の何にハッスルしてんだ俺は!
――この光景は、正直なところ信じがたい、が……まるで、この二人がのしてしまったかのような絵面だ。
俺はまさかと思い、右手の腕輪のスイッチを押し込み、救芽井に通信を繋げる。
「なぁ、もしかして今の赤点……」
『……うん。青点に戻ってる……。そこにいる人が、やっつけたってことなのかしら』
マジかそりゃあ。てことは結局、今回は俺いらなかったってことじゃねーか。
「フフフ。しかし鮎子が路上で『力』を使おうとした時は、実に焦ったものざます。危うく、一般人に見られるところでしてよ」
「……梢に悪いことしようとしてたから、なんとかしなきゃって、思って……」
フムフム、どうやらあのおっかなそうなお嬢様は「梢」というらしい。で、あの眼鏡ロリが「鮎子」、か。
……ん? お嬢様で「梢」って、まさか……!?
「あら? ちょっと、そこの庶民! お待ちなさいな」
別に逃げる気なんてなかったのだが、背を向けて考え込んでいたから、逃げ出す気でいると思われていたらしい。
梢という少女は俺にビシッと指差し、有無を言わさぬ眼光をぶつけてきた。その影には、鮎子と呼ばれた少女が小さく隠れている。
「その姿……見たことはありませんが、着鎧甲冑の一種でざましょ?」
「そ、そうだけど……よくわかったな」
なんだかよくわからない人だが、「救済の超機龍」の実態に一目で気づいたところを見るに、着鎧甲冑のことに詳しい人……なのかもな?
「ちょうどいいざます。ワタクシ達、その着鎧甲冑を作った救芽井の者に用がございましてよ。『救芽井樋稟』に会わせていただけないかしら」
「え、えぇ!? きゅ、救芽井にか!?」
「なんです、その声は。まさか、この久水梢の命令が聞けない、などと言うつまらない冗談を口にされるつもりざますか?」
やたらと強気な口調で、久水梢とやらは救芽井に会わせろ、と迫ってきた。「久水梢」……やっぱり、あの娘だったのか。
俺はとある懐かしさを胸に抱きつつ、腕輪にソッと話し掛けた。
「救芽井。通信は入れっぱなしだったと思うから、話は聞いてると思うが……」
『……ええ。まさか、久水家の令嬢がそんなところにいたとはね。私がいれば話は通じると思うから、ひとまず彼女を学校まで連れて来て』
――やっぱり、救芽井と知り合いなのか、どっかの金持ちの娘だったらしい。救芽井といい久水梢といい、「お嬢様」とはどこまでも縁が深いみたいだな、俺は。
『――ねぇ、龍太君。一つ聞いていい?』
「どうした?」
『あなたの前には……女の子が「二人」いるの?』
「あ? あぁ、そうだな。さっき話してた久水梢と、鮎子っていう眼鏡掛けた女の子の二人だ。それがどうかしたのか?」
ふと、そんなことを聞いてきた救芽井に、俺は首を傾げた。人数なんて聞いて、どうするんだ?
『……そう。おかしいわね』
「なにが?」
俺が訝しげな声を出した、その時。
『そこに反応してる青い点は、一つだけなのよ』
――ありえないことを、彼女は口にしていた。
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